目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第9話 葛藤と共闘

 2097年5月10日 午後8時30分頃


 「空いてる隣いいかな、ケイ?」


 「好きにしろ」


 配給された今日の夕食を頬張りながら、自分に声を掛けて来た女性アバターを一瞬見やりながら答える。

 白っぽい銀髪の女性アバターは何食わぬ顔で俺の隣に座り込み俺と同じく配給された食事を口にした。


 「はぁ。

 やっぱりコレは不味いねぇ。

 毎日こんなモノで最前線で戦う私達を送り出すとは」


 「予算に余裕があればここまで酷くはならないだろう。

 条約ではダンジョン攻略に対して各国及び財閥間での協力をとか言っているが現場にまでソレがしっかりと反映される訳がない。

 ボス部屋までの経路が分からない上に、一ヶ月経って何も成果が出ていないんだ。

 こうして配給される物資の質も落ちてくるのは見えてくる。

 配給に頼りたくないなら、自分で蓄えをしておくことだろう」


 「達観としてるねぇ、相変わらず」


 現在俺達は現実世界をモチーフとしたナウス内の世界の一つであるプラントに現れた例のダンジョン。

 その攻略部隊の野営地にて食事を取っている。

 俺達プレイヤーへ配給された質素な食事を頬張りながら、俺とは前方に存在する巨大な建物を眺めていた。


 現実世界にて、ここはこのゲームを制作したユグドラシル社の本社が存在している場所である。

 北アメリカ大陸とユーラシア大陸の間に位置する人工島と同じ座標に例のダンジョンは存在しているのだ。


 俺達のような攻略者から、この世界の名前を取りプラントと名付けられた、難攻不落の迷宮。

 ゲーム開始から5ヶ月を経とうとも未だにクリアが出来ていないのである。

 これと同じような物が、あと2つ別の世界に存在していると言われるが一つでさえこの有様だった。


 残り3年半程、2100年を迎える前にこの3つのダンジョンを攻略しなければならない。

 もし失敗すればこの世界に閉じ込められた30億余りのユーザーが全員殺されるからだ。


 途方もない戦いを俺達強いられている。

 中で今も俺が生き続けられているのは隣で呑気に飯を頬張る例の女性アバターことエルクの存在もあってだろうが。


 「何か、言いたげな感じだねケイ?」


 「いつも済まないな、エルク。

 俺はあんたに助けられてばかりだ」


 「随分と素直なことだね。

 何か心境の変化でもあったかい?」


 「変化というよりは、こうして一日が過ぎるのが当たり前には思えなくなっているんだよ。

 今日でまた何人かの仲間がDLを全損しこの世を去った。

 毎日が死と隣合わせで、俺達が生きてるのは単なる奇跡とすら思える」


 「そうかい。

 まあ私は君よりも強いからなぁ。

 師が弟子に簡単に負ける訳ないだろう?

 それに君は絶対に死なせないさ、おじさん達に君を守るように頼まれているからね」


 「そういうのは、本来逆の立場だろう?

 俺が守られてばかりじゃ、流石に立場がない」


 「なら、君が私を守ってくれよ。

 私が君を守り、君が私を守ればお互いに絶対に死なないはずだろう?」


 「どんな理屈だよ?」


 「さあ、どんなだろうね?」


 配給された食事を食べ終え、俺は例のダンジョンを再び見上げる。

 夜の明かりに僅かに見える巨大な影からは、威圧感がこちらへと伝わってくる。

 何人のプレイヤーがあの迷宮内で死に絶えたのかは図り知れない。

 拳を握り締め、俺は迷宮の最上部を見上げた。


 早く終わらせたい、この戦いを……


 そう考えていると、突然エルクは俺を後ろから抱き締めて来た。

 あまりに唐突な彼女行動に驚き俺はすぐに振り払おうとするが、彼女が僅かに震えている事に気付き振り払う力をすぐに緩ませた。


 「突然、何の真似だよ」


 「たまには良いだろう?

 こういう風に私が甘えるくらいはさ」


 「たまにはって……」


 「いやぁ、最近少し詰め過ぎていてね。

 ちょっとだけさ、どうにかなりそうだったんだよ。

 まあ今君は「嘘おぉ?」とか思ってるだろうけどさ割と私は本気で悩んでいるんだ」


 変な言葉が混ざっていた気がするがスルー。

 俺はとにかく彼女に尋ねた。


 「俺にどうしろと?」


 「動かなくていい。

 少しこうしていれば落ち着くさ」


 「済んだらさっさと離れてくれ」


 「随分そっけないなぁ。

 お姉さん傷つくよ」


 「そうですか」


 数分程だろうか、しばらく抱き締められるとゆっくりと彼女は離れる。


 「なるほどねぇ。

 ケイって顔には出さないけど内心結構ドキドキしてる方なのか」


 「余計なお世話だ!」


 「まあとにかくありがとう。

 少しは落ち着けたよ、これで明日も頑張れる」


 「はいはい。

 で明日の攻略エリアの予想はどうなってる?」


 「明日かろ一気にボス部屋前まで目指すと予想している」


 「一気にボス部屋だと?

 まだ全体の3割も攻略を終えていないのにか?」


 「上は別の予想を立てているんだよ、ちょっとこれを見て欲しい」


 そう言ってエルクは地図アイテムを取り出して俺にみせる。

 地図の内容は現在まで攻略途中であるプラント第3層の地図である。

 三日月型のような迷路が現在分かっているダンジョンの内部構造だと分かる。

 その地図を見て俺もなんとなくだが、彼女の言いたい事が分かった。


 「まさか、残りの空白エリアのほとんどがボス部屋だと言いたいのか?」


 「その通りだよケイ。

 部屋の規模、ダンジョンの大きさから推測するに500平方キロメートル前後だと思う。

 東京都の約4分の1の大きさが、例のボス部屋だと思えばいいかな」


 「余程頭体のでかいボスが居るのか?」


 「そこまでは分からない。

 ダンジョンに巣食うモンスターの傾向がボスの特性に影響されているとするなら。

 第3層のモンスターはそれぞれモンスターの種類はバラバラだが共通点として皆二足歩行で武器を構えている。

 第1層の時も二足歩行が主であったが武器は持っていない種類も存在したが今回の第3層においては確認出来た全38種のモンスターが武器を構えていた」


 「第2層は植物や昆虫、動物系統が主。

 そしてボスも植物や昆虫、動物系統の特性に長けていた。フィールドに毒を撒き俺達プレイヤーから多くの死者が生まれた」


 「そうだね。

 で、今回の第3層からは全てのモンスターが武器を構えており二足歩行である。

 予想されるボスモンスターはどのような存在だと上は予想していると思う?」


 二足歩行で武器を持つ。

 その点は俺達プレイヤーと似通ってるかもしれない。

 第1層のボス自体は2人組で武器を持っていたが、特徴的だったのは雑魚敵等の出現が無かった点。

 ボスを守るようにこちらへ攻めてくる、それ等の敵は一切居らず2人組のそのボス達のみと戦っていた。

 第2層攻略においては、第1層の情報から追加されたダンジョンのボスはモンスターの指揮能力は無いと思われていた。

 しかし現実はいとも簡単に裏切った。

 第2層のボスは完全に指揮官寄りとも言える。

 ボス自体の戦闘能力はあまり高くは無かったが、森林フィールドという特性を活かし状態異常の付与を多く使用する巧みな戦術により俺達を苦しめたのだ。

 取り巻きのモンスターのランクはAランク下位までであったがそれでも非常に高い敵の統率力により俺達プレイヤーは非常に苦しめられた。


 そして、今回の第3層。

 階層の雑魚敵は全て何らかの武器を使用している。

 それ等全てが二足歩行。

 これ等の状況見て一つ思ったのが、奴等には何らかの文明があるのではないか?

 という点である。


 理由はこれまでのボス達には共通していた一つの点があるからだ。

 俺達が敵意を奴等に示さなければ、敵は俺達を襲わなかった点である。

 まるでボス自体にら知性があるかのような素振り。

 あのボスモンスターの内部にある意思は、まるで俺達プレイヤーと同じ何かであった。

 第3層も同じような敵と予測するなら。

 敵は恐らく人型である可能性が高い。


 様々な思考の果てに俺は一つの答えを伝える。


 「人型で尚かつ、指揮官タイプのボスモンスターか?」


 俺の導き出した答えに、軽い拍手でエルクは応じるとそのまま言葉を続けた。


 「正解だよ。

 つまり第3層のボスは多くの軍勢を率いて来る存在。

 多くの敵でこちらへと攻めて来る為に広大なフィールドを用意しているという予想だ」


 「大量の敵を率いる。

 その規模はどれくらいだよ?」


 「上の予想だと2万体程らしい。

 モンスターの強さはA上位からSSランク下位程度を予測している」


 その言葉を聞き僅かに気が飛びそうになる。

 SSランクを数人掛かりで狩れる俺達に対してソレが2万体である。

 攻略部隊の総勢が約5万人。

 敵一体に対して2、3人しか人員を割けないのである。


 「流石にキツイなソレ」


 「ああ、こちらでせいぜい5、6体は処理出来るが2万分の6は流石に小さ過ぎるからなぁ」


 「勝ち筋が見えないか。

 前回の2層攻略時点で約8万の死者が生まれたが第3層は少なくともその倍近くは見込めそうだろう」


 「そういう事になるね。

 戦いに、自分達は生き残れるのかなぁ」


 「生き残るんだろう、絶対に」


 「そうだね、そう言ってもらえると心強いよ」



 2097年5月11日


 翌日の午前8時丁度、プラント第3層のボス部屋前までの最後の決起集会が行われた。

 通算8回目に渡る今回の攻略に参加したのは俺達を含めた約5千人余りのプレイヤー達である。

 俺達の前で演説しているのは、今回の攻略部隊を率いる財閥ギルドのメンバーの一人。

 白崎グループ直属ギルドであるワルキューレから選ばれたナウス攻略を専門とする部隊ゲイレルル、そのリーダーを務めるカイラという男性プレイヤーであった。

 彼の後ろ横に立つ薄茶髪の女性プレイヤーも相応の実力がありそうに思える。

 演説している彼の武装を見る限り、左腰に帯びた青い幾何学模様が目立つ片手剣と対照的な位置にハンドガンを装備している。

 戦闘スタイルの予測をするに、恐らく自分やエルクと同じだろうか?


 後ろの女性プレイヤーに関しては狙撃銃を背負ってこちらをただ見ている、というよりは監視をしているかにも見えた。


 「本日の攻略に参加を希望した選ばれしプレイヤー達の諸君。君達の協力に全プレイヤーを代表して心より感謝の意を示したい。

 本日は誠に感謝する!

 君達と共に戦えるのなら、我々は必ずや勝てる!

 だが忘れるな。

 あの迷宮はこれまでのお遊びとは訳が違う、実際に死人も生まれている事は君達も存じているはずだ!

 今回も我々の中から死者が生まれてしまうだろう、だが恐怖に怯える必要はない。

 我々も君達から多くの死者が生まれぬように最大限の協力をしよう。

 プレイヤー諸君が我々を信じ、戦い、進んだ先に必ず勝利はある!」


 「「「ーーーーー!!!」」」


 盛大に賛同の声が飛び交い、周りの熱気が高まっていく。

 前方で演説している男の話を多少聞き入れていると、隣に居るエルクが話し掛けて来た。


 「そこで喋っている彼、元々は私と同じギルドに在席していたんだよ。

 今はもう解散してしまっているがね」


 「なるほど。

 で、そいつがどうかしたのか?」


 「君の通り名である白狼。

 その元になった人物が目の前の彼だよ。

 私が君に教えた幻影回避の生みの親で彼はその当時、黒狼という通り名で多くのプレイヤーに知られていた。

 君達が活躍する以前は彼が日本で最強とか言われていたなぁ。

 しかし、ギルドは色々あって崩壊し私達は別々の道を歩んだ。

 後ろに控えている彼女も同じくね。

 私が、君の居た黄昏の狩人の育成へ精を出していた以前から彼へのワルキューレや大規模ギルドからの誘いは多くあったとは聞いていたが。

 まさか、彼がその誘いに乗るとは思わなかったよ」


 「なるほど。

 こうして実際にワルキューレの人間として出会う事になったのは驚いた訳か。

 そもそも、アイツと現実でも知り合っていたのか?」


 「まあ、一応ね。

 最初に出会ったのが中学後半にゲーム内で。

 その後、同じ高校で鉢合わせて。

 更にその後大学まで一緒だったなぁ。

 後ろの彼女はいつも彼に引っ付いて、からかうと面白かったよ」


 「なるほど。

 そこそこ仲は良かったのか?」


 「出会いがしらに暴言を吐きあう程の仲だったよ」


 「仲悪いのかい」


 俺の指摘に対してエルクはからかうように笑う。

 考え方が読めない彼女の行動には困ったものだろう。


 「まあ、私とアイツはいつもそんな感じだったからなぁ。

 それに彼、当時は今の君と同じくらいの実力だったと思うよ?

 白と黒、過去と現在、どちらの狼の方が強いのかね」


 「別にどちらが強いとか、そんな事はどうでもいい。

 今は目の前のダンジョン攻略が優先だ」


 「そうかい。

 私は結構面白そうだと思うけどね?

 まあ、一通り終わったら手合わせしてみなよ。

 私は今のアイツの実力が少し興味があるからね」


 決起集会を終え、ダンジョンに入るまでの最後の休憩時間にて俺は自分の持ち物をストレージから確認していた。


 回復系、緊急離脱用のアイテム、銃の弾丸や武器の応急メンテナンス道具等、最低限かつ必要な物を詰めるだけ詰めておく。

 緊急離脱アイテムが一度に2個しか持てないのが辛いが……。


 「随分と熱心な事だな、ケイ?」


 昔から聞き慣れた声を耳にしゆっくりと振り向く。

 そこには黒に近い藍色の髪の男性プレイヤー、そしてその隣には薄い灰色髪の女性プレイヤーがそこに居た。


 「お前等も来ていたのかフィル、シロ?」


 「そういう事だ、別に喧嘩をしに来た訳じゃない」


 「久しぶり、ケイ。

 元気にしていて何よりだよ」


 目の前の2人は、俺が元居たギルドである黄昏の狩人のかつてのメンバーだ。

 ギルドマスターである、フィルもとい田野倉活糸【たのくらかつし】。

 そして現在の副ギルドマスターを俺の代わりに務めるシロこと折佐奈白【おりさなしろ】。

 この場に居ないメイやヒナを除けば、黄昏の狩人のメンバーが揃った事にもなるのか。


 「前に会った第2層の攻略以来か。

 前のギルドからは今離れているんだろう?

 そういう事を噂で耳にしたんだが、実際のところどうなんだ?」


 フィルが威圧気味に俺へそう尋ねるが、事実である。

 俺は肯定の意を彼等に伝えた。


 「事実だよ。

 あいつ等がこのダンジョン攻略に参加したいらしい。

 しかし、今のあいつ等の実力じゃあ死に急ぐだけだから全員返り討ちにして、ダンジョンの攻略に向かわせないように忠告のつもりでしたんだよ。

 あの後、第1層の探索部隊に参加しクロのDLが一つ減ったらしいが」


 「無謀だと忠告したが効かなかったと……。

 だが、お前だってもう少し他のやり方が無かったのかよ?」


 「実力で分からせた方が早い、それがあいつ等の為だろう?」


 俺の言葉に苛立ちを覚えたのか、フィルが声を荒げようとする前にシロがフィルの頬を思いっ切りつねる。


 「痛え!!!

 何でアイツじゃなくて俺なんだよ!」


 「全く、喧嘩しに来たんじゃないんでしょ?

 それにケイももう少し抑えてよ、一ヶ月振りの再開なんだから、ね?」


 シロが俺に対して優しく微笑みながらそう言い掛ける。

 しかし微笑みの裏から殺気のような威圧感が殺し切れていなかった。

 彼女の威圧感に押され、ここは素直に返事を返す事しか俺は出来なかった。


 「はい」


 俺がそう答えると、威圧感が何事も無かったかのように消える。

 メリハリがしっかりとしているが、逆にそれに恐怖も感じた。


 「よろしい。

 で、私達がケイを尋ねたのは偶然とかじゃないの。

 単刀直入に言うと私達とパーティーを組んで欲しい。

 ボス戦とか今回のような攻略に関わる時くらいは過去のし絡み無しで私達と協力して欲しいの。

 本当は早く仲直りして、私達のギルドに戻って前みたい一緒に居られたらって思うんだけどね……」


 シロが僅かに落ち込む素振りを見せると、フィルは彼女の意見を促すように俺への説得を試みる。


 「シロがそう言ってるんだ。

 俺は別に構わないと思ってる、お前はどうなんだよ?」


 2人の誘いに断る理由は特に無かった。

 ダンジョン攻略でのパーティーの予定が現状エルクとの2人だけであった。

 そこにかつてのギルドメンバーであり実力もある2人の協力が入ってくるのだ。

 ダンジョン内での生存確率はかなり上がるはずである。


 「分かった、お前達と共に組むよ。

 こちらからもよろしく頼む」


 「良かった、それじゃあほらこっち来て!!」


 さっきまでの落ち込みが嘘のように明るくなり、俺とフィルの手を取り無理矢理円陣を組まされる。


 「黄昏の狩人、ここに復活だね」


 「期間限定だろう、実際」


 「夢ない事言わないでよケイ。

 まあ今は仕方ないけどさ」


 「だが、ケイや俺達が居るなら負ける気がしないのは事実だ」


 「今度はメイちゃんも加えたいけど……、今は無理か」


 「最悪ヒナを呼ぶとかか?

 アイツが何をするかは分からないが」


 「で、何で俺達円陣組まされているんだよ?」


 「前はこうやって、してたでしょう?」


 「いつの話だよ」


 「メイちゃんが入る少し前までは、いつもしてたと思うんだけど?」


 「そういや、確かにしていたような気がするな」


 「そうそう。

 せっかく組むんだからさこうして験担ぎしないとね」


 そう言って、俺とフィルの肩に掛けているシロの腕に込められた力が強まる。


 「私達は最強でしょう?

 だから大丈夫。

 いつかはメイちゃんを加えてかつての姿で戦いたいけどさ。

 でも、今戦える私達であの子の希望になりたい。

 いつか彼女が過去を乗り越えて共に戦えるかもしれないから。

 だからそれまでに、私達が前線を切り開いてあの子を驚かせよう。

 あなたもこのギルドの仲間なんだって、誇れるように」


 「そうだな。

 メイを驚かせてやろうぜ。

 このギルドの仲間だって、誇れるようにさ。

 ケイ、お前も同じだろう?」


 「どうだかな。

 だが、お前達となら負ける気がしないよ」


 俺の言葉に、2人が僅かに微笑む。

 そして、フィルが掛け声を放った。


 「敵は俺達プレイヤーを閉じ込める難攻不落のダンジョン、プラント!!

 だが、俺達なら勝てる!

 俺達は最強のギルドである黄昏の狩人。

 だからこの世界に見せ付けてやろうぜ、俺達が必ずこの世界を攻略してやるってさ!

 ケイ、シロ、俺達ならここで革命を起こせる!!」


 「「おおーー!!」」


 不格好で何がしたいのかよく分からないと思っていた。

 変に格好付けたフィルは相変わらずの馬鹿らしさだが、それでも構わなかった。


 俺達なら、どんな敵だろうと絶対に負けはしないだろうと。



 攻略開始から2時間余りが経過していた。

 薄暗い内部で、俺達は幾度も戦闘を強いられたが容易く倒せる程。

 かつての仲間ということで、連携の質は落ちているだろうかと思っていたが体は覚えているのか容易くかつての練度へと戻りつつあった。

 俺達の編成は四人。

 俺とシロ、フィル、そしてエルクである。

 少なくとも、階層ボスを相手にしなければ勝算は高いだろうと思う。


 「今ので何体目だ?」


 「5体目だよ。

 それよりフィル、いちいち敵と出会う度に戦闘をするのはやめようよ。

 いくら簡単に勝てるからって、こっちの物資や体力は限りがあるんだからさ。

 無用な戦闘は控えるべきだよ」


 「そうだな、少しペースを落とそう。

 先頭グループは、今どのあたりだろうな?」


 「そろそろ、現段階の最前線を越える辺りだと思う。

 私達の役目は、先頭部隊が通らなかったルートの細かい道筋の記録。

 現在の道が迂回ルートの可能性やトラップの把握とか、こちらのやる事も結構重要なんだよ」


 「そういう事だ。

 我々の苦労が分かっただろう、フィル君?」


 そう言って、地図の書き込みをしていくエルク。

 普段の気の抜けた様子の彼女が珍しく真剣に仕事をこなす様はどこか不思議な感覚があった。

 俺の視線に気付いたのか、エルクはこちらを見る。


 「そんなに見つめて、私に惚れたかい?」


 前言撤回、エルクは常に平常運転である。


 「そういうんじゃない。

 で、これからどうするんだよ?」


 俺の言葉にエルクは少し考え込みながら言葉を返した。


 「少し気になる事があるんだよ。

 ここに来るまでに、まだ死にかけているプレイヤーは愚か戦闘中のプレイヤーに出くわしていない。

 私は常に索敵スキルで、私を中心とした半径100メートル前後は把握出来てはいる。

 だがプレイヤーの反応はまるで無いんだよ。

 何処かで何かを見落としているような妙な違和感があるんだ」


 「既に前に前線を押し進めたか、あるいは既にプレイヤーはロストしているかのどちらかじゃないのか?」


 フィルがそう答えると、エルクは頷く。


 「実際その通りなんだけどさ。

 なんというかなぁ、女の勘というかね?」


 「貴方のソレは信用なりませんよ」


 シロははっきりとそう言うとエルクは少し落ち込む。


 「酷いなぁ、今お姉さんの何かが凄く傷付いたよ」


 「しかし、違和感があるのは私も同意です。

 そろそろ救援のあるパーティーに出くわすだろうとは思っていましたから。

 それが全くないのは気になりますね。

 あまりにも違和感が酷い場合は上に報告しましょう」


 「それしかないね。

 まずは現状報告をしておくか」 


 エルクはそう言い、まとめた資料をチャット使い攻略部隊のクラウドへ送信した。

 ここがゲーム内だとしても、現実世界と同じように仕事が出来る仕組みはありがたいと思う。

 しかし、何故このゲームにプレイヤーを閉じ込めたのかが疑問に残る。

 プレイヤーを全員殺すならわざわざ、DLシステムなどの導入など要らないはずだ。

 単に一度の死亡で殺せば速い、いやゲームにより人間を殺せるのならVRヘッドギアで一斉に殺してしまえばすぐに済む話だ。

 わざわざプレイヤーに対してダンジョンの攻略という救済措置を行う、難易度は理不尽だが決して勝てない訳ではない。

 何かの目的があって、このデスゲームを始めた。


 もしかしたら、そんな事もないのかもしれない。

 ただの愉快犯なら理由など関係ないのである。


 「何か聞こえない?」


 シロがそう言い、俺達は耳をすませる。

 何かの衝撃が聞こえてくる、俺達がそう気づくとエルクは攻略部隊のチャットを見て何かに気付いたようだった。


 「済まない。

 攻略は後回しだ、とうとうアレが現れたようだよ」


 「アレってなんだよ、エルクさん?」


 フィルがそう尋ねると、エルクはすぐに走り始める。


 「話は移動しながらでもいいだろう。

 さっさと来い、手遅れになる!」


 彼女に言われ、俺達も続く。

 走りながらエルクは俺達に告げる。


 「デスゲーム始まって以来のPKだよ。

 攻略部隊の中に、我々を殺そうとしている悪意あるプレイヤーが紛れている」


 「敵の情報は?」


 フィルがそう尋ねると、エルクは答える。


 「蟻の奴等だ。

 まさか、生き残りが居るとは思っても見なかったよ」


 蟻、そう聞いて俺達の緊張は高まる。


 蟻、英語でそれはantと呼ばれここナウスでは別の存在として知れ渡っている。


 過去に二度、ナウス内で大きな事件が起こった事例かみある。

 サービス開始から2年後に起こった、内部犯による個人情報の流出事件。

 そしてもう一つは、3年前に行われたantと呼ばれる天才ハッカー及びプロプレイヤーによる殺傷事件である。


 彼等は通称、蟻と呼ばれ当時は非常に恐れられていた存在である。

 彼等は不正ツールを、このナウス内で駆使しプレイヤーキルを始め、プレイヤーの個人情報を一般プレイヤーと紛れ聞き出し実際に殺傷事件を引き起こしていた。


 VRヘッドギアを不正改造し、本人の情報はまるで掴めない。

 プレイヤーを殺したとしても直接手を下すような愚かな真似などはしない。本来モンスターの動きを抑える為に使用されるトラップをプレイヤー相手に使い、敵を誘い込み確実にPKを引き起こすのである。


 その目的は不明。

 愉快犯とも計画犯とも言われるが3年前にワルキューレを含む財閥ギルドが手当たり次第に調査し主要メンバーと思われる人物を起訴したはずである。

 彼等によって引き起こされた被害により、一時期はナウスは運営停止の危機にすら訪れたが、彼等の活躍あってその危機は脱したはずである。


 しかし、


 「アントの残党、それが攻略部隊に紛れていたのは確かな情報なのか?」


 「上の報告が確かならね。

 それより、ここから先は我々も未知の領域だ。

 ダンジョン内でのプレイヤー戦は初めてだろうからね」


 「慎重に行動するべき。

 でも見過せば被害は拡大します。

 攻略部隊が最前線を切り開いている今、奴等に邪魔をされてはこれまでに散ったプレイヤーの皆さんの犠牲を無駄にしますから。

 私達で相手をどれだけ抑えられるかはわかりません。

 一度彼等には、壊滅寸前まで追い詰められた身でもありますから」


 「そうか……。

 危なくなったらすぐに撤退しろ、死んだ場合の責任を私は取れないからね。

 限りある命を攻略の為に費やして貰えるのは、我々の立場からして本当にありがたい。

 しかし、これからの世代を犠牲にするのは避けたいんだよ。私個人の想いもある、せめて無駄死にだけはしないでおくれよ」


 彼女の言葉を受け止め、俺達は先を急ぎ進み続けた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?