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第8話 メイとヒナ

 2092年 11月某日


 私の前に一人の男が立ち塞がる。

 しかしこちらが体力ゲージを半分以上保っているにも関わらず、男の体力ゲージは3割を切っている。

 勝ち目など薄いはずなのに、何故かその目から闘志を残らせているようにも見えた。


 「ボロボロの癖によく耐えるよね、明峰君は?

 で、まだ私相手に勝てるとか思ってるの?」


 「これくらいのハンデでも充分戦える」


 「アハハハ、面白いね。

 追い込まれ過ぎて、とうとう苦痛が快楽へ変わったのかな?」


 「どうだろうな。

 もしかしたら、この状況を逆転出来る方法を俺が見つけたかもしれないだろう?」


 目の前の男に余裕があるようには思えない。

 彼に出来る攻撃手段は全て私が目の前で潰してみせたところなのだ。

 アレには勝ち目などない。

 既にお仲間も倒されているのに関わらず何処からそんな根拠があるのだろうか?


 ただの強がり?

 あるいはまだ何かの手を隠している?

 いや、これから倒すんだから関係ない。

 どうやって、遊ぼうか?


 ふと、男は何かを呟く


 「俺は、お前が何者だろうと受け入れる。

 例え周りが否定しても、俺は、俺達はお前を受け入れるよ」


 「何のつもりだい?」


 「そのままの意味だ。

 俺達はお前が何者だろうと俺達のギルドの大切な仲間だからな、絶対に見捨てない」


 「綺麗事だね。

 そういうのは聞き飽きてる」


 「だろうな、俺だって同じだよ。

 そんな言葉はただの綺麗事だ、聞き飽きてる。

 だがな……、」


 目の前の男は武器を構え、私に話掛ける。


 「それでも俺は、お前と共にあのギルドで戦えたら最高に楽しいって思えるよ。

 だから、これ以上は進ませないさ。

 お前が道を間違えようとしているのなら、俺達が、俺が全力でお前を止めて繋ぎ止めてみせる!」


 男の姿が視界から消える。

 そして、突如私の目の前へと現れた。

 条件反射で攻撃を防ぎ、私は奴の攻撃を切り払う。


 男の言葉が勘に障った、顔を見るだけで苛立ってくる。


 「鬱陶しい、さっさと私の前から消えて!!

 あなたに何が分かるの!!」 


 私は感情任せに動いていた。

 こんな男相手に熱くなる必要なんてないのに……


 「なんで、私の邪魔をするの!!

 誰も私なんて必要としてない!!

 必要なのは私じゃないでしょう!!

 優秀で、清楚で、おしとやかで、優等生で……、」


 何故熱くなる、目の前の男はやられる寸前だ。

 なのに、なのになのに!!


 「みんなから良い子として思われないと誰も私を受け入れないじゃない!!

 私の一体何が駄目なの!

 アレは私じゃないのに!

 私なんて本当は要らない癖に!!

 なんで変にお前等は繋ぎ止めるだよ!!

 偽善まみれで、勝手に幻想抱いてさ!!

 お前等全員、なんで私を嫌がらないんだよ!!」


 私は溢れ出る感情が止まらなかった。

 目の前の男に八つ当たりをするように、叫んでいた。


 「………」


 目の前の男は何も言わない、私の攻撃を防ぎながら攻撃の手を増やしていく。

 気に食わない、目の前の男が、奴のギルドも何もかもが気に食わない。


 「さっさと壊れてよ!!」


 渾身の力を込めて武器を振るう。

 一際強い衝撃が辺り一帯に響き渡る、しかし目の前の男の目は依然として私を捉えている。


 「なんで、なんでお前は壊れないんだよ!」


 お互いの攻撃が加速する。

 両者の体力が減少するが私の方の体力ゲージの減りが異様に早まる。

 目の前の男は私の攻撃を受けている内に学習している。

 僅か数十分の間に、私を倒せる領域に届きつつあった。

 何故こうも必死に戦う?

 私は目の前の男とは家族でも何でもない赤の他人だ。

 なのに、どうして……?


 「私の邪魔をするな!!」


 瞬間私の放った攻撃は空を切る。

 目の前で捉えていたはずの奴の姿は無い。

 まさか私が見逃した?

 いや、さっきまで確実に私の目の前に……


 ふと、何かの気配を察した私は前へと飛び退く。


 「幻影回避、だったかな?」


 私の背後へと現れ攻撃をぎりぎりのところで回避。

 私が問いかけても奴は何も答えない。


 「気に入らないよ、そういうのはさ」


 何度攻撃を交わしたのだろう。

 幾ら攻め立てようと、目の前の男は私の攻撃を必ず防ぐ。

 お互いの体力ゲージは気付けば同じ割合にまで変化していた。

 私が圧倒的に有利な状況だったはずなのに……


 「なんで私の邪魔ばかりするんだよ!!」


 邪魔だ!


 「気に入らない、気に食わない……」


 邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ!


 「憎いんだよ、お前が、お前等が憎いんだよ!!」


 目の前の奴が邪魔だ!


 「お前等のせいで、私の中の私が鈍るんだよ!!」


 関わりたくも無い

 目の前のあの男が、私を見ている。

 気に食わないんだよ、その姿が……

 私をどんどん狂わせた、奴の存在が!!


 「さっさと壊れろ!!」


 彼の右の頬を僅かに触れようかというところで、私の攻撃は阻まれていた。

 目の前の奴からは生気という気迫は感じない。

 ただ、こちらを見ているだけだ。


 「何なんだよ、お前は。

 私の邪魔ばかりをして、何がしたいんだよ!」


 「お前を助けたい。

 それ以上の理由が必要か?」


 「何を言って」


 「そういうのはメイと同じだな、ヒナ。

 お前は自分がどれだけ辛くても、俺達に悟られないようにする。

 硝子のように脆い癖に、無事なフリをし続けてるからな」


 知ったような口で言葉を続ける男に対して私の苛立ちが更に強まる。


 「メイ、いやヒナ。

 俺達ではお前を直接助けてやる事は出来ない。

 でも話くらいは聞いてやれるよ。

 それだけしか、お前を助ける方法が思いつかない。

 だが、俺達に一度全部ぶつけてしまえば少しくらいは気持ちが楽になるだろう」


 気に食わない。

 目の前の男の言葉が気に食わない。

 でも、それを受け入れたいと願う自分もいる。

 気に食わない、目の前の男も私自身も


 「信じてはくれないだろうな。

 まあ。俺の言葉だけで足りない事は承知の上だ。

 お前は俺よりも強いからな正直勝てそうにない。

 こうしてお前の攻撃を受ける事でしか会話の時間が繋げないんだからな」


 私は持っていた武器から手を離し、目の前の男に掴み掛かる。

 体力も僅かだ、締めあげればそれで終わる。

 男を押し倒し、首を両手で掴む。


 私の勝ちだ、これで終わる。


 「私の勝ちだね、ケイ。

 さっさとこんな戦いから幕引きもらうよ!!」


 男の僅かな体力ゲージが減少していく。

 元の筋力値が低いのか威力は低め、しかし男の体は抑えているので身動きは取れない。

 死ぬのは時間の問題だ。


 ふと、男は自身の首を締めている私の腕を掴む。

 振り払うにはあまりにも弱い、抗うつもりはないように見えた。


 「それでヒナが満足するのなら受け入れるよ」


 男は抗わない。

 どうして?

 私は今からあなたを殺すのに、どうして?


 「っ……」


 迷うな、ようやく勝てるのに何を躊躇う。


 「抗ってよ、逆らってよ!!

 じゃないと、私があなたを殺せないじゃない……」


 「甘いのはお互い様か」


 気付けば私は泣いていた。

 理由はわからない。

 何故私はこの時泣いたのだろうか?


 泣き崩れた私を目の前の彼は優しく受け止めた。

 彼を傷付けたにも関わらず、彼の優しさに甘えている自分がいた。



 2097年 4月23日


 どれだけの時間が過ぎたのだろう。

 メインメニューの時計から時刻を確認すると開始から約20分弱であった。

 気の遠くなるような時間。

 私達からは3時間程度は過ぎているだろうとは思っていたがそんな事は無い。

 僅か20分程で私達はたった一人のプレイヤーにより壊滅されていたのだ。


 「君達、本当に弱いね。

 これだけやって、2回しか攻撃が当たってないとは

 軍神って呼ばれたあなたですらこの程度とは落胆しましたよ」


 私の目の前に立つ赤髪の女性プレイヤー。

 メイというプレイヤーのはずだが、彼女は現在ヒナという人物の人格らしい。

 かつて、このnousで最強とも言われた黄昏の狩人。

 その中でも最も強いのが、目の前の彼女である事。  私達との実力差は明白だ。

 スキルの熟練度、人数に関してはこちらが圧倒的に有利にも関わらず彼女は己の技能によってそれを全て補っている。

 戦いの中で確認が取れているのは、黄昏の狩人というギルドを象徴する技を彼女流にアレンジした技達だろう。


 黒雷の技、彼女の通り名と同じ名前の技である黒雷を模した、無迅【むじん】。

 龍殺しの技、龍の腕【りゅうのかいな】を模したサクラノカイナ。

 確認しているだけでも2つ。

 恐らく、白狼の持つ技も彼女は我流で扱えるのだろうか?


 言動こそ乱暴だが、その実力は本物である。

 私がワルキューレに在席していた頃には一切関わる事が無かった類いである。 


 私が戦術を幾ら使おうと、彼女の前のでは全て利用される。

 動きを予測され、何が一番嫌がるのかを彼女は私よりも先に読み出して行動に移しているのだ。

 連携が取れてきたとと思えば、簡単に乱される。 

 徐々に隊の指揮は乱れていき、もはや隊で行動することが彼女に対してデメリットだと思えてくる。


 これまでの常識が通用しない存在。

 勝ち目など見当たらない。

 これまでの戦いで最も屈辱といえる経験だろう。


 「懐かしいなぁ。

 君達を見ていると前のギルドを思い出すよ」


 笑いながらこちらを見下す彼女。

 それでも私はまだ戦える。

 心は折れていない、体を奮い立たせ立ち上がる。


 「忠告です、彼女を返しなさい」


 私の武器である双の拳銃。

 右に構えたソレを彼女に向けて威嚇する。


 「強がるねぇ、君。

 でも、他のお仲間はもう動けないみたいだよ?」


 周りを見れば、既にクロ達の武器が全て破壊されて呆然とこちらを見ている事しか出来ずにいる様子だった。


 武器の破壊は一定条件下。

 尚かつ、プレイヤー自身の実力が多く問われるモノ。

 引き起こせたとしても、ほぼ運だ。

 しかし彼女は私達の前で意図的に壊してみせた。

 それも、彼等に対して私が一方的にやられる様を見せ付ける、その為だけに壊したのだ。


 白狼が意図的にクリティカルを起こせた。

 そして、目の前の彼女は意図的に相手の武器を壊せる。

 両者はある意味似通っている。


 こんな奴が何故、白狼達と同じギルドに居られた?

 何故彼女は、黄昏の狩人に在席出来ていたのだろう?

 それが不思議でならない。


 「私はまだ立てます。

 あなたのような者に私は絶対に屈しません。

 例え体力が全損しようとも、相討ち程度には収めますから」


 「じゃあ相討ちにしてみてよ!」


 戦いが再開されても、状況は変わらない。

 私の体力ゲージは徐々に減少していく。

 辛うじて死なないのは運がいいのか、あるいは彼女に遊ばれているのかのどちらかだろう。



 戦いが再開されて数分後、手元からナニかが砕ける音が響き渡る。  

 それは、私の持っていた武器の砕ける瞬間だった。


 「とうとう壊れたね、ソレ?」


 武器が壊されると、ヒナは躊躇いもなく私に斬りかかった。

 抵抗出来ないと理解した上で私の左腕を切り飛ばす。


 「私の勝ち。

 残念だったね、ワルキューレのミヤさん?」


 緋色の赤い光を放つ不定形の刃先が突き付けられる。


 「あなたは私を殺して満足ですか?」


 「どうかな、残りの奴等も殺すつもりだけど?」


 「そうですか……」


 彼女の視線が僅かに泳いだ、私の問い掛けに対して初めての動揺を示す。

 何かの違和感。

 彼女の心理が先程の言葉に揺さ振られた。


 何かが分かった気がした。

 彼女が最も恐れるモノ、多分それはメイさんとも共有している要素かもしれない。

 彼女が最も恐れるのは、もしかしたら…… 


 「ヒナさん、あなたは私を殺して満足ですか?」


 私は彼女に再び問いかける。

 そして僅かに彼女の視線が泳ぐ。


 「同じ事を尋ねて何の真似かな?」


 やはり同じ反応を彼女は示した。

 彼女の弱点、私は一つの仮設を割り出せた。

 でもこれは掛けだ、もし間違えれば下手をすればメイさんは2度と戻って来ない可能性だってある。

 彼等のギルドと関わってから僅か一週間程の私がしていいものではない。

 でも、今のままでは何も変わらない。

 今の私に残された最後の機会だ。


 コレに掛けるしかない。


 「いえ、これで確信しましたよ。

 あなたの致命的な弱点を」


 「何なのかな、是非とも教えてもらいたいよ」


 会話に興味を持たせた、しかし状況は変わらない。

 だが会話に持ち込めば、彼女を、メイさんの人格を戻せる可能性がある。


 「あなたか最も恐れているのは自身への肯定です。

 自分が間違っている事が分かっている、そして周りから拒絶されることで自身の間違いを正当化している。

 でも、あなたは先程僅かに迷いましたよね?

 あなたは、私を殺して満足ですか?という問いに対して僅かに視線が逸れ反応が遅れていましたから」


 「その、仮設は間違いじゃないのかい?」


 「ならば私をさっさと殺して下さい。

 あなたが満足するのならそれで充分ですから」


 彼女の刃が震える。

 迷い、あるいはこちらの回答が的外れで笑いを堪えているのか?


 「君は似ているね、彼に。

 同じような事を以前、彼から言われたのを思い出したよ」


 「同じ事?」


 「なるほどね、あの言葉はそういう意味だったのか。

 全く、回りくどい事をするなぁ明峰君はさぁ」


 何かに納得したのか、彼女は独り言をつぶやく。

 何に対しての納得だろう?

 いや待て、さっき彼女が言った言葉………、


 アカミネクン。


 私の探している人物の名字と全くの同性だ。

 いや私の探している人物である可能性は低い、目の前の彼女があの人との関係者である可能性は限りなく低いのだ。


 思考を重ねていると、突然ヒナは武器を収めた。 

 そして衝撃的な言葉を口にする。


 「私の負けでいいよ。

 どうやら君達を殺すと彼に怒られそうだからね」


 「何の真似です。

 ここまで追い詰めておいて戦いを放棄するのですか?」


 「事情が変わったんだよ。

 命拾いしたね君達、感謝するんだね裏切り者にさ」


 私は彼女に飛びつき揺すり掛ける。


 「待ちなさい!

 あなたにはまだ聞きたい事が!!」


 「あの、どうかしたんですかミヤさん?」


 返って来た返答は気弱で戸惑う彼女の声だった。


 「メイさんですか?」


 「ええと、どうかしたんですか一体何が起こって。

 クロさん達も後ろで立ち尽くして、それにさっきまで居た敵のゴーレムは?」


 「大丈夫です、今はあなたが戻って来てくれただけで」


 私は彼女にそう言い掛け、彼女を優しく抱き締める。

 彼女は僅かに戸惑っているが、今は彼女が戻ってきた事に安堵した。


 「あの、ええと。

 よく分からないけど、良かったのかな?」


 その後クロ達も集まって来て、今回の件はなんとか解決した。


 ヒナの存在。

 それはメイさんにとっての何なのだろうか?

 大きな疑問を残したまま私達の戦いは幕を閉じた。



 その日の夜、今日は店をnpcの店員に任せて俺達はギルドハウス2階のリビングに集まっていた。

 今日の戦いの反省会が行われている。 


 「では、始めましょうか。

 今回の戦闘はあなた方の実力をもう一度測る為、そしてあなた方のそれぞれの課題点を再確認する為に行いましたが……」


 ミヤさんは会議を一人で仕切り、俺達はただ聞いていくのみ。

 それぞれに対する指摘や改善点が分かりやすく説明される。

 俺よりも、こういうまとめ役は彼女の方が明らかに数段上手だろう。


 話は長々と小一時間程続き、そして話題はメイさんの方へと向かった。


 「では次に今回の戦いで一番重要な議題として、メイさん構いませんか?」


 ミヤさんの問い掛けに対して、メイは何も答えない。

 ただ僅かに俯いているだけである。


 「今回の事について、無理を勧めてしまった私にも責任はあります。

 しかし、今後の動きにあたってはあなたのもう一人の人格と思われるヒナさんについて知って置かなければなりません」


 「分かっています、いずれは話しておかないといけないって分かっていました。

 こんな形で明らかになるのは驚きましたが、でも怖かったんです。

 彼女を知られたら、私はきっと差別されるかもしれないって……」


 メイは震えるような声でそう訴える。


 「見れば分かりますよね?

 あんな一面を知られて前みたいに仲良くしてほしいなんて言われても無理なんです。

 みんなを傷つける、壊してしまう、彼女はそういう人物です。

 怖いんです、私は……あの人がまた現れてみんなを傷つけてしまうのが嫌なんです!」


 彼女の悲痛の叫びを俺達は受け止める。

 これまで彼女はどんな気持ちで俺達と過ごしていたのだろうか?

 心優しい彼女は、常にあの一面を恐れていた。

 自分では分からないであろう、未知の恐怖と日頃戦っている彼女。

 なんとなく、アイツが彼女を肩入れしている理由が分かった気がした。


 「気味が悪いですよね、私の中に別のワタシがいるんです。私の知らない間に色々な問題を起こして、その度にケイや前のギルドには助けられていました。

 最近は全く出なくて安心していた。

 もう二度と彼女は出ないと思っていたんです……」


 「メイさん」


 「私は怖いんです。

 ずっとバレるのが怖くてみんなが私から離れるのが怖かったんです。

 彼女がみんなを傷つけてしまう事が怖いんです」


 メイさんは俺達の中では一番心優しい人物だ。

 戦闘には向かないが、ケイとは昔からの付き合いがある。

 彼女がケイに対してだけは、俺達以上に信頼を置いているのは彼女のもう一人の人格であるヒナを受け入れているからだろう。

 黄昏の狩人と呼ばれる、俺達の世代なら誰もが知る最強のギルドの一員が目の前にいる彼女でもあるのだ。

 実際はもう一人の人格であるヒナであるが、それでも彼女の一部である事には変わらない。

 ヒナが彼女にとってどういう存在なのか、ケイにとってヒナは何なのか、黄昏の狩人というギルドにとってヒナはどういう存在なのか……

 あまり触れて欲しくはない過去なのだろう、彼女の反応を見ればすぐに分かった。


 「ミヤさん、今すぐに聞かなくてもいいだろう。

 メイさん自身が一番辛い訳だし、これは彼女自身の問題だろう?

 俺達が深く詮索していい問題ではないと思う」


 俺がミヤさんにそう言うと、ユウキやドラゴも同じく頷く。

 それに彼女自身も察してはいたのか、納得している様子でもあった。


 「そうですね、しかし彼女についての最低限の情報が欲しいところです。

 また問題が起こっては困りますから」


 ミヤさんの言葉はもっともだろう。

 俺達自身が再び彼女によって危険に晒される可能性は0ではない。

 今の段階で、ヒナを止められる存在が誰もいないのだから。


 「メイさん、ヒナさんの弱みとかこちらで対策出来そうな物はありますか?

 何か、些細な物でも構いません」


 「一つだけあります、彼女の弱点という意味では無いかもしれませんが」


 「それは一体?」


 「ケイの存在です。

 その、あの、ヒナは彼の事がええと、す、す……きなんです。

 彼に対する執着がとても強くて、同時に彼に対することなら彼女はその、結構動揺します……」


 「……。」


 言っている本人が一番動揺しているように思える。

 まあ、別人格の彼女がアイツに好意を抱いているのはある意味事実だろう。

 確かに言われて見れば、ヒナという人物は白狼と俺達を何かと言えば比べていた気がする。

 だが、流石にソレは自分にとっても地雷じゃないのかと思ってくる。


 俺やユウキ、そしてドラゴも同じ反応のようだ。

 コレはある意味自爆行為、その場にケイが居たら彼女は恥ずかしさのあまり発狂しかねないだろうと思う。


 「メイさん的には、その点は大丈夫なのか?

 その、アイツとの関係的にさ?」


 「はい、前のギルドでもその彼女がケイに好意を抱いていたのは知られていました。

 人格が戻って、お互い恥ずかしい思いも何度かしましたし……」


 メイさんの視線が僅かに泳いでいる。

 余程動揺しているのか、メイさんの顔が真っ赤に染まっている。

 一体、ヒナという人物は何をしでかしたのだろうか、メイさんには悪いが逆に気になってくる。


 「メイさんは、白狼とは現実でも知り合いなのですよね?現実でも問題を起こしてしまったんですか?」


 ミヤさんがそう尋ねると、彼女は俯き頭から湯気のようなエフェクトが発生する。

 かなり動揺していた。

 直接返事を貰わずともすぐに理解出来る程である。


 「ミヤさん、流石に可哀想だからやめてあげて」


 「そうですね、これくらいにしましょう。

 その、では次に彼女が現れた場合はそれで対処するという事で」


 メイさんは一息つくと、顔を手で隠ししばらく部屋の隅で丸くなっていた。

 まあ仕方ないだろうが、そんな彼女を見てきて何も反応を示さなかったアイツはどういう神経をしているのだろう。

 色々な意味でいつもアイツには腹が立っていると最近思う。


 話が流れていこうとする中、俺は一つ気になった事があった。

 それはミヤさんの目的である。

 彼女の探している人物について、俺はそのことが気になっていた。


 「ミヤさん、俺から一つ聞きたい事があるんだが構わないか?」


 「なんでしょうか、クロさん?」


 「あんたの目的だよ。

 探している人物、俺達と全く関係が無い訳じゃないようだからな」


 俺の言葉に対して、彼女は僅かに頷く。


 「そうですね。

 そろそろ私の目的を伝えるべきだ時だと。

 私は思っていましたから」


 そう言うと、彼女は俺達の前に立って話を始める。


 「私はナウス事件の直前に殺された、このゲームの開発者の一人であるカノラ・リールの死の真相を独断で調べています」 


 「カノラ・リールって、このゲームの設計者でありこのナウス事件の首謀者とも言われている人物だろう?

 そんな殺人犯の為に、どうしてあんたが動いているんだよ」


 「おじ様が人を殺すような真似をする訳ありません!

 例えそうだとしても、何者かに脅されての理由があったはずです。

 だから私はそれを知りたい、その為に私はおじ様の死因を調べているんです」


 「つまり、ミヤさんの目的はカノラ・リールの裏に動いていたであろう真実を突き止めようとしているのか?

 で、あの戦いで探していたっていうアカミネケイゴという人物とあんたの目的に何の関係がある?」


 俺の問い掛けに対して、ミヤさんはゆっくりと答える。


 「彼の存在は、ナウス事件に巻き込まれてすぐに祖父が私に教えてくれた事でようやく知りました。

 その人は私の従兄弟に当たり、そして伯父様の実の息子です。訳あって両親とは離れ離れになり彼の母、私の叔母の友人宅に引き取られ育てられたそうです。

 ゆくゆくは我が財閥の後継者の候補でもあると、私の祖父が彼の存在についてそう言っておりましたので。

 お祖父様が、私に言ったんです。

 真実かは分からないがもしその方を連れて来たならば2人には話してやろうと、そう私に言いましたから」


 カノラ・リールの息子だと、彼女はそう言った。

 そして白崎グループの後継者候補。

 俺達のギルドにいるアイツが、そんな存在な訳がない。

 しかし、友人宅に引き取られ育てられた事。

 アイツは養子だと自身もそう言っていた、家計が苦しい時はアイツが率先して手伝っていたとメイさんも言っていた事を思い出す。

 俺達も事件に巻き込まれる前までは、学校が終わればアイツの養夫婦の経営している喫茶店へ赴き駄弁っていたのも懐かしく思う。

 その明峰家の人達が白崎グループと関係があったのは、にわかに信じがたい事実だ。

 つまり、彼女の探しているアカミネケイゴという人物は俺達の知る明峰継悟とは別人だろうと思う。 

 現時点では……


 「話をぶり返すようで悪いですが、戦いの時にヒナさんが仰っていたアカミネクンとは何者なんです?」


 ミヤさんの質問に対して俺は率直に答えるべきか僅かに迷った。

 俺達の現実に関わる話、かなりプライベートな部類だからだ。

 彼女にそれを話していいのか僅かに迷う。

 名前だろうと、現実世界での話をゲーム内に持ってくる事はタブーとされている。

 たまに口が滑りかける事があるが、それでも基本はそれが暗黙の了解と化している。


 彼女のような例外も一応はあるが、それでもアイツのプライベートな話をここでするべきか迷っていた。

 本人が居ないのに話すべきなのか僅かに躊躇う、しかし状況が状況故に話すべきかもしれないと俺は思っていた。

 だがいずれバレる事かもしれないので、話せる事は話しておこう。

 アイツには少し悪い気がするが、ややこしくされても困るからだ。


 「今はここに居ないケイの事だよ。

 あんたの探している人物とケイは同性同名だ。

 でも、あんたの探している人物と同じ奴の可能性は低いと思うよ。

 白崎グループは大企業、そんな奴とアイツが関わっている訳ないからな」


 「そうですか、白狼の名前が……」


 「やはり、アイツが気になるのか?」


 「ええ、可能性は低いでしょうが同性同名の人物がこれ程近くにいるんです。

 僅かな手掛かりに懸けてみる価値はあります。

 白狼を探す事が私の目的の一番の近道かもしれませんね」


 「仮に、白狼があんたの探している人物だったとしてどうするつもりなんだよ?

 多分アイツは何も知らないだろうからな。

 アイツ自身、白崎グループとは何も関わりは無いと言っていただろう?」


 「お祖父様に彼を会わせてみます、それで真意が分かるかもしれませんし」


 何やら複雑な家系だと思うが、これから彼女が関わろうとしている事は相応のモノらしい。

 俺達でどうにかなる訳がないが、アイツを探し出すくらいの手伝いは出来るだろう。

 それでケイが巻き込まれる可能性が否定出来ないのが難点だが。

 彼女のやろうとしている事に仲間を巻き込む可能性、ハイリスク過ぎる。

 俺達に対してのリターンがあるとも限らない……

 正直関わりたくはない案件だが、仲間の方を見やればすぐに思考はほぐれる。

 余計に考える事がバカらしくなる、目の前で仲間が困っているのを見過ごせないのが俺達なのだから。


 「分かりましたよ、俺達が白狼探しを手伝います。

 だが俺達を強くして欲しい、アイツが居るのは恐らく例のダンジョンだからな。

 俺達がダンジョンで渡り合えるように鍛えてもらいたい、それが協力する条件だ」


 俺は目の前のミヤさんにそう告げる。

 その言葉を聞くと、僅かに驚きをみせるがすぐに表情が和らぐ。 

 俺達を見て彼女は笑顔で答える。


 「はい、これから改めてよろしくお願いします」


 俺達の新たな目標が決まった瞬間だった。


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