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第7話 サクラノカイナ

 2097年4月23日


 敵の攻撃によって倒れ伏している俺に、ユウキが回復薬を使おうとしていた。

 しかし、彼のすぐ傍に敵の巨大ゴーレムが迫っていた。


 たかがAランクの敵に苦戦している俺達。

 無様極まりないとしか言えない状況だった。


 俺達がこれから挑もうとしているのは、目の前の敵が最弱とも言える敵達が巣食うダンジョン。

 今回、その練習相手としての敵に対して俺達は劣勢を強いられている。

 こんな状況に俺は僅かならぬ苛立ちを覚えずにはいられなかった。


 敵から放たれた攻撃。

 巻き起こった衝撃が俺達2人を飲み込んだ。


 すぐさま体力は全損。

 復活エリア行きを覚悟し目を閉じていたが違和感があった。

 俺達2人の体力ゲージが全く減っていないのである。

 辺りは依然として衝撃による砂煙のエフェクトで見えなくなっているが、それでも自分達の体力ゲージくらいは確認出来る。


 俺達は敵の攻撃を直撃していたはず。

 なのに自分達が五体満足でいることに驚きを隠せない。


 「体力が減っていない、どうして?」


 砂煙のエフェクトが晴れていき、現在の状況が鮮明に映っていく。

 視界に広がる、蒼天とそして俺達を敵から立ち塞がるように立つ1人の存在がそこにいた。


 赤い髪の女性アバター。

 俺達が最もあり得ないと思っていた存在に俺とユウキは驚愕する。


 「なんで、メイさんが……」


 ユウキが目の前の彼女の名を唱える。

 本来であれば後ろに控えている彼女が俺達を庇うような形で敵の目の前に立っている。


 「メイ。

 お前、大丈夫なのか?」


 俺達の声を聞こえた事を確認する。

 僅かにこちらを見ると「あとは、任せて下さい」と彼女は告げ、目の前の体力が僅かとなった敵と相対する。


 敵の体力ゲージは1割と少し程。

 先程の攻撃を俺達から守ったのはメイなのは確かだろう。

 エフェクトが晴れていき露わになった敵の異様な姿に俺達は再び驚愕する。


 刹那、凄まじい衝撃が再び訪れた。

 時間差で訪れた衝撃の元を確認すると、巨大な腕らしき物が地面へと落ちた瞬間であったのだ。


 敵の姿を確認すると、やはり見間違いではなかった。

 ゴーレムの巨大な左腕が吹き飛ばされているのが目視ですぐに確認出来る。

 彼女の攻撃によるものなのは確かだろうが、その事実をすぐには受け入れられずにいた。


 「……」


 ゴーレムがこちらを見下す。

 こちらをゴーレムの視界から塞ぐように立つメイの姿を確認すると敵は標的を彼女に定めた。

 自身が狙われた事を確認すると、メイはこちらから距離を取る為に移動を開始した。


 去り際、不穏な何かが背筋によぎる。

 まるで見てはいけない、ナニカを見てしまったかのような感覚だった


 「一体、何が起こってる?」


 「でもあの感じ、嫌な雰囲気だよね?」


 「ああ、そうだな」


 唖然と彼女を見守る事しか俺達2人は出来ずにいると、俺達の元へミヤとドラゴが駆け付ける。


 「どうやら御無事みたいですね、お二方は」


 「メイのお陰だ。

 で、あんた一体彼女に何を吹き込んだ?」


 「私は彼女に自由に戦えと言いました。

 そこから彼女の戦意を煽るような形で説得しただけですよ。

 でも、ここまで変わるとは予想外ですね。

 あとは彼女に任せても問題ないでしょう。

 まああの個体は恐らくこれから変異するでしょうが彼女1人でも充分だと思います。

 敵の動き関してはあまり変わらないでしょうし、彼女の実力がこれで分かりますから」


 「変異って……。

 メイをここで殺す気かよ、あんた?」


 「いえ、変異したとしても彼女1人で問題ないと判断していますから。

 あなた方は彼女の実力を知らないんですよ。

 ケイという人物が在席していたギルドと彼女は同じギルドの出身なんですからね」


 「それは知ってる。

 だが、彼女自身はあまり戦えないってケイは言っていたよ。

 メイ自身も自分でそう言っていたくらいだ。

 何故あんたはそうだって言い切れる?」


 「同じギルドなのに彼女の異名を知らないんですね」


 「異名だと?」  


 「緋桜【ひざくら】、3年前の大会で彼女はたった1人で逆転してみせたんですよ。

 同じギルドに居たのにまさか知らないんですか?」


 「緋桜って、黄昏の狩人最強のプレイヤーの異名だろ。

 それがメイな訳がない。

 あの大会だって4対4の大会だったんだ。

 そこに彼女が出場していたとでも言うのかよ?」


 「そうだったと、言っています。 

 白狼がかつて在席していた黄昏の狩人というギルドはたった4人の少数ギルド。

 あなた方がダンジョンを攻略している間に私個人で色々と調べていたんです。

 黄昏の狩人についての過去の記録。

 それ等をネットに上がっている僅かな情報のみで当時のメンバーとその実力を調べていましたから」


 「どうしてそこまでするんだよ?

 護衛対象のあなたにはあいつのギルドとは何の関係のない事のはずだが?」


 「ええ、確かにそうです。

 黄昏の狩人と私個人とは何ら関係はありませんよ。

 まあ調べた結果、公式の大会での出場は3年前の大会を最後に途絶えています。

 彼等は何かの事件に巻き込まれた、というネットのうわさが多少広まっていましたが真偽は彼女本人に聞けば分かります」


 「何がしたいんだよ。

 ミヤさん、あなたの目的は一体何だ?」


 「アカミネケイゴという人物を探しています、私の大切なあるお方に関する唯一の手がかりですからね。

 その人物を見つける為、私には力が必要ですから」


 ミヤの言う人物の名前に俺は驚く。

 そして同じ反応を示したユウキと僅かに視線が合う。

 彼女の探している人物。

 それは現在ギルドを脱退している、ケイの本名と全く同じなのだから。


 「そろそろですよ、皆さん。

 彼女の実力が分かります」



 クロ達から距離を取って、被害が及ばないだろう事を確認すると私は敵の方を振り向き巨大なその姿を捉えた。


 武器を構え、振り向くと同時に発砲する。

 長銃から放たれた弾が敵の頭部を貫通し、敵の体力ゲージが1割を切った。

 先程の攻撃の威力で腕を飛ばせたとはいえ、ゴーレムの巨体故か頭部を貫通しようとも2発合わせて1割のダメージだ。


 突如敵の動きがおかしくなる。

 何かの奇声のような音を上げると先程飛ばした右腕が再生。

 体力がみるみると回復していく、変異個体特有の行動なのはすぐに分かった。

 敵の色が禍々しい赤い光をまとっていくと、敵の威圧感がこちらへと突き刺して来る。


 こちらを見ていたゴーレムの単眼が赤く煌めき、敵意がより強まる。


 「変異、あのときと同じ」


 思わず声を漏らし、敵の強化に多少驚くが私は何故か冷静だった。

 分からない、どうしてここまで冷静なのだろうか。


 「彼なら、どうする?」


 私は考えていた。

 この状況で彼なら、ケイだったらどうやって戦うのだろう?


 あの日、去年の最後に彼が私を助けてくれた。

 それから彼が敵を全く寄せ付けない強さで倒してくれた。


 私は戦えない、私は今の彼のように強くはない。


 後ろから仲間を見ているだけだった。


 彼なら、どうやってこの敵に勝つのだろう。


 彼なら、私なら、ワタシなら……


 何かがぷつりと途絶えていく。

 私の意識がナニカに塗り変わっていた。


 ナニカの声が私を少しずつ染めていく。


 声の誘惑に私はいつの間にか意識を身に任せていた。


 ナニカに主導権が移っていく。

 私では勝てない、私では目の前の敵に勝てない。


 ワタシナラカテルヨ

 ワタシナラカテルヨ

 ワタシナラカテル、ワタシナラ、ワタシナラワタシナラワタシナラワタシナラワタシナラワタシナラ………



 戦わないでいい。


 傷つかないでいい。


 誰かを傷付けないでいい。


 わたしは彼等のように戦えないのだから。


 戦いに必要ないのだから。


 そう、必要ないのだから。


 必要なのはワタシだから


 必要なのはワタシ。


 だからメイ、あなたは少し眠っていなさい。


 悪魔のような声、心地よいソレに私の意識は奪われていた。



 攻撃が私の頬ぎりぎりを過ぎっていく。

 まともに受ければ即死、当たらないぎりぎりで回避し移動を始める。

 敵の攻撃をかいくぐりながら、私はメニューウィンドウを出現させ現在の武器をストレージにしまい込む。

 ストレージの奥底に隠していた、私専用の装備を確認する。


 やはり彼女は甘いと思う。

 私が居る事を承認していたのだ。

 私のストレージを黙認しているどころかわざわざきれいに整頓され消耗品も補充されていたのだ。


 「あれほど拒絶していた割には、私を嫌いになりきれないんだね。

 本当、君達は甘いなぁ」


 ストレージから武器を取り出す、かつて愛用していたサクラノカイナという武器を選び装備する。

 持ち手の部分しかない武器、区分的には短剣の種類だがこれさえあれば装備は今の彼女のもので問題ない。

 持ち手の部分にあるボタンのような物を押せばそこから赤く揺らめいた光の刃が出現する。


 血を連想させる光を眺めると、精神が更に昂ぶる。

 表に出るのはいつぶりだろう。

 目の前の敵がプレイヤーではないのが残念だが、アレはいい獲物だ。

 久しぶりの戦いの相手には丁度いい。


 「壊れてくれるよね、ワタシの為にさぁ?」


 敵の左腕から攻撃が迫っていく。

 体格が大きい故に攻撃範囲はかなり広い。

 影響の無い範囲を予測し移動する。

 敵の攻撃が空を切るのを確認し、衝撃が巻き起こる。


 確か、クロとかいう吠える犬が敵の攻撃を捌いていたはずだ。

 ワルキューレの軍神も同じく、敵の攻撃後に起こる隙を狙っていた。

 変異後にもその攻撃が通用するのかを試す必要がある。


 敵へ迫り、攻撃を放った左腕の内側から攻撃を叩き込む。


 敵は態勢を崩すが変異前よりは効果は薄い、何度もやればいずれ通用しなくなるだろう。

 敵がよろめいている内にストレージにしまった彼女のメイン武器である長銃を再び選択し、後ろにサブ武器として設定しておく。

 正面から倒す他の選択肢はなかったが、それくらいのハンデの方がやりようがある。

 彼女の武器があれば遠距離からも攻撃は可能、充分変異後の個体でも充分戦える。 


 敵の攻撃が再び迫る、巨体から放たれる攻撃範囲は広いので攻撃の度に距離を取らなければいけない。

 しかし、攻撃後はやはり反応は遅い。

 攻撃後の腕に向かって飛び乗り、敵の頭を狙いに向かう。


 この状況ならアレでいいだろう。

 敵の後頭部に狙いを定め、一気に詰め寄る。


 使うスキルを確認、いくつか以前と比べてスキル構成が変わっているのはわかっていた。

 それでもあの技を再現するのにそう手間は掛からない。

 脳裏に浮かべた動きをトレース、武器の持ち方歩行のタイミング、そこからの攻撃後に至るまでの重心移動を再確認し自身の体に落とし込む。


 秒にも満たない時間だろうか、体に動きを落とし込む作業を終えて動きの再現へと向かう。

 使用するスキルの選択は終えている、技の再現としては8割程だろうか。

 オリジナルには及ばない、だが敵を倒すのには充分。


 敵の頭を私の攻撃が貫く。

 私が幾度も与えた剣戟が時間差で敵を襲い掛かる。


 「無迅【むじん】」


 唱えた刹那、敵の頭が半壊。

 ゴーレムの単眼が露わになり、体力ゲージが2割程減少し大きくのけぞる。

 衝撃エフェクトが異様に重なりあい不協和音のような音を奏でていた。

 メイン武器の特性を受けて、経過ダメージの強化付与されていたのを確認。毒などの状態異常効果を扱えない私には無意味に等しいが、充分今の状態でも勝てる事を確信した。


 半壊した単眼からこちらを睨む敵の視線、プレイヤーであれば充分楽しいが無機質なゴーレムにはそういう昂ぶりが起きない。

 やはりつまらない、さっさと壊してしまおう。


 敵の攻撃が迫る、一度に多くのダメージを与えたことでこちらへの注目が更に高まるが1人で倒そうする私には何ら関係ない。


 「せいぜい良い素材くらいは落としてよ、デカブツ!」


 罵声を放ち、敵に向かって走っていく。

 敵の視線を確認、完全にこちらを標的としているので狙いが分かりやすい。


 最初はどこを狙おう、腕?もしくは脚?

 どの部位を奪えば、しばらく遊べるのだろうか?


 「まあ全部取っちゃえば関係ないよね?」


 好奇心と衝動が私を突き動かす。

 まずは、右足だ。


 狙いを定めればあとは敵の動きを読みながら機会を伺う。

 こちらへと攻撃が向かう、変異後と言っても読みやすい単調な攻撃。

 変異前と比べて速度はかなり速いが私に躱せないものではない。 


 攻撃をかいくぐり、一気に加速。

 先程使った無迅の動きに入る。

 狙いは敵の右足、確実に壊す為に念入りに潰そう。


 動きをイメージ、そして再び攻撃を放つ。


 あの女の技に頼っていると思うと吐き気がするが……。


 私が攻撃を終えると、遅れて敵の右足から破砕音が響き渡った。


 「フフフ……たまらないね。

 敵が壊れていく、この感覚!!

 最高だよ!!」


 高揚感がたまらない、敵が無様に壊れていくさまに私は笑いが止まらなかった。 



 「何だよ、アレ。

 さっきとはまるで様子が違うじゃないか!」


 俺は一種の恐怖を抱いていた。

 俺達の知る臆病で誰よりも心優しい彼女が気でも狂ったかのように敵をたった1人で圧倒していた。

 更には扱う武器の形状が初めて見る物。

 赤く染まった光を放つ緋色の刃、不定形で揺れ動き彼女の意のままに姿形を変えていく。

 敵の攻撃を刃で逸らすごとに、まるで花びらが散るように光のエフェクトが舞っていく。


 それは美しいとすら感じる程の姿、光が彼女を照らしその輝きを増していく。

 しかし、それをぶち壊すような彼女の言動。

 まるで別人、同一人物とは思えない立ち振る舞いに恐怖を覚える。


 「ミヤさん、あんたはこれを知っていたのか?」


 「いえ知りません、まさかこんな事になるなんて。

 彼女の事を白狼から聞いてはいなかったのですか?」


 「僕達は何も知らないよ」


 「私もだよ、あんなメイちゃん私は初めて見るから」


 ドラゴとユウキも俺と同じ反応、やはり今の彼女は明らかにおかしいのは事実だ。


 「そうですか……」 


 僅かに下を見るミヤさんに対して俺は詰め寄る。

 メイを止める為に俺は彼女を問い詰める。


 「指示をくれ、メイさんを止める。

 敵を倒すのは二の次だ」


 「わかっています。

 でも今の彼女を私達が止められる保証が確実にはありません、一度対策を講じて」


 「そんな暇はない!!

 今からでも、彼女を止める!!

 あんたが動かないなら、俺1人でも行くからな!」


 「僕も手伝うよクロ」


 「私も」


 ユウキとドラゴは俺に賛同してくれる。

 それだけでもありがたいだろう。

 少なくとも3人ならなんとかなるかもしれないと、僅かな希望を感じた。


 「無茶です!!

 変異前ですらあなた方で倒せないのに、たった1人で変異後の敵とも渡り合える彼女の間に割込むなんて。

 幾らなんでも無謀過ぎます!!」


 「だとしても、このまま彼女を放ってはおけないだろ」


 「だからって……」


 彼女が静止の言葉を投げかける、確かにまともな判断だろう。

 彼女の判断が正しいと思っている、以前の俺ならそうしているだろう。


 だが、


 「いいか。

 俺達は決して仲間は見捨てない。

 だから彼女を止めに向かうんだ。

 勝ち負けなんて関係ないんだよ」


 「仲間なんて、ただの道具と同じじゃないですか!

 力が無ければ簡単に捨てる、綺麗事を並べても結局はみんな同じでしょう!!

 勝たなければ意味がない!

 負ければ、これまでの道のりの意味がない!!

 私は、私達は勝ち続け無ければならないんです!!」


 「あんたは、そういう世界しか知らないんだな」


 「知ったような口を!!

 一体、私の何を知っているんですか?!」


 「知らないよ、俺達はあんたのこれまでなんて何も知らないさ。

 俺達だって仲間同士の過去なんてあんまり良く知らないよ」


 「え……?」


 目の前の彼女は呆気に取られ疑問しか浮かばないのか彼女の力が抜ける。

 俺はそんな彼女に対して言葉を告げた。


 「俺達は互いなんて何も知らない。

 でも、それでも俺達ギルドは何があってもお互いを見捨てない。

 あんたが俺達を利用しようとしても、あんたがワルキューレの一員だろうと関係ない。

 もしミヤさんが困っているのなら、俺達は全力で助けるだろうよ。

 俺達はそういうバカの集まりだ」


 俺は後ろに控えている、ユウキとドラゴを見やる。

 少し照れくさい事を言ったが、それでも付いてくれる彼等がとても心強い。


 「ユウキ、ドラゴ力を貸してくれるか?」


 「「勿論!」」 


 ミヤさんは何も言葉を返さない。

 何かを感じたのは間違いないだろう、だが今はいい。 

 目の前の仲間を必ず助けるのが優先だからだ。



 破砕音が響き渡る。

 気付けば、敵の体力は半分を切っていた。

 敵の右足と左腕は既に壊れまともには動けない状態。


 バランスが崩れ一度の攻撃で大きな隙が生まれる。


 わざとこちらへと引き込ませ、寸前で回避し一気に詰め寄る。


 「そろそろ、飽きたなぁこのデカブツ」


 幾度と無く繰り出した同じ攻撃、簡単に崩れていくさまを見ているのは楽しいが数分も経てばただのゴミ同然。

 遊ぶにはもう物足りないだろうか?

 そろそろ壊そうか?

 じゃあその次は?

 彼を探すか?

 今は離脱し何処にいるのかも分からない、でも必ず会えるだろう。

 彼は私を見つけてくれる。

 あの時からそうだったのだから。


 「じゃあ、そろそろサヨナラ。

 少しは楽しかったよ、暇つぶしにはなったかな?」


 敵の背に降り立ち、武器を構える。

 武器の形状が変化し、無数の光がヒラヒラと舞い始めた。


 確かこの技、うるさいあの男の技。

 なんかダサい名前だったから私なりに変化を加えて、今は私専用技となっている。


 名前を思い出そうと僅かに思考をする。

 そして、僅かに頬が緩んだ。

 簡単な名前だった。

 この技は私の武器の名前そのものだから。 


 「サクラノカイナ」


 技を唱え軽く刃を振るう。

 刹那、私を中心に光の柱が敵を突き刺し、爆風が巻き起こる。

 災害と同レベル、現実世界では見ることない光景だ。

 気分が昂ぶる、敵が壊れていく音、断末魔をも錯覚させる光の光景に気分の昂りが止まらない。


 そして、敵の体が破砕を立てて消え去った。

 私の引き起こした攻撃と混ざり、敵の姿が消えゆくのを見れないのが少し残念と言える。


 敵が消え去り、僅かにふけっているとようやく後ろに控えていた奴等が姿を現した。


 「メイ、なのかお前は?」 


 「メイちゃんなんだよね?」 


 クロとドラゴ、確かそういう名前のプレイヤーだ。

 そしてこちら伺うユウキというプレイヤーがその後ろに控えている。


 武器は構えている、臨戦態勢のつもりだろう。

 まあ、オモチャが壊れて暇していたんだ少しくらいは楽しませて貰わないと困る。


 「私はあなた達のよく知るメイだよ?

 でも彼女は例の緋桜ではないんだよねぇ。

 だって彼女、本当に弱いもの。

 それで私が生まれた。。

 だから、彼女には感謝してるの。

 私がこうして色々出来るんだからね」


 「つまりお前、メイじゃないんだろ?」


 「アハハハ…そうだよ、私はメイであってメイではないの」


 つい笑ってしまう、私を未だに彼女だと思っている程の馬鹿達だとは思っても見なかった。


 「私の名前は緋菜【ヒナ】、元だけど黄昏の狩人で最強だったのがこの私なの。

 まあ君たちの事は、一方的に知ってるんだけどね?

 クロ、ユウキ、ドラゴ。

 現実世界では、弘矢【ひろや】、祐希【ゆうき】、霈【ひさめ】だったかな?

 君達ばかりいつも楽しそうな事してるからね。

 私は裏でどうやって壊そうかうずうずしてたんだよ?

 君達はどんな声で、怯えて震えて壊れてくれるのかなってさぁ?」


 目の前の彼女は、明らかに様子がおかしい。

 そして会話を交わした瞬間、俺は彼女が別人と化しているのを察した。


 「私はあなた達のよく知るメイだよ?」


 明らかに異質な彼女の返答。

 見た目は俺達の知る彼女そのものだ、しかし彼女からは危険な雰囲気と異様な殺気みたいなものを感じる。


 「でも彼女は例の緋桜ではないんだよねぇ。

 だって彼女、本当に弱いもの。

 それで私が生まれた。。

 だから、彼女には感謝してるの。

 私がこうして色々出来るんだからね」


 「つまりお前、メイさんじゃないんだろ?」


 僅かに笑みを浮かべ、笑い始めた。

 何が可笑しいのか分からない。

 一種の恐怖、そんな感覚が俺達へ僅かだが確実に這い寄って来ていた。


 「そうだよ、私はメイであってメイではないの。

 私の名前は緋菜【ヒナ】、元だけど黄昏の狩人で最強だったのがこの私なの」


 ヒナ、それが奴の名前らしい。

 ケイは彼女の事を以前から知っていたのか?

 前のギルド時代でどういう立場だったのだろう?

 考えるまでも無く、こいつは明らかに危険なのは確かだ。

 以前のギルドで彼女が問題になっていたのは間違いないだろう、そして本来のメイさんはどうなっている?

 俺達の手に余る程、例え助けられたとしてもまず無事では済まないのは確実だ。


 「まあ君たちの事は、一方的に知ってるんだけどね?

 クロ、ユウキ、ドラゴ。

 現実世界では、弘矢【ひろや】、祐希【ゆうき】、霈【ひさめ】だったかな?

 君達ばかりいつも楽しそうな事してるからね。

 私は裏でどうやって壊そうかうずうずしてたんだよ?

 君達はどんな声で、怯えて震えて壊れてくれるのかなってさぁ?」


 僅かにこちらを睨む、獲物を見つけた肉食動物の類いと同じ。

 ケイからも似たようなものを感じたがアレとは同類ではない。

 獲物を見つけ、餌をどうやって遊ぼうかと考えている殺人鬼と変わらないものだ。

 本物の殺気、仮想世界である事が唯一の救いだろう。

 こんなものを現実で受けたらたまったものではないからだ。


 「ユウキ、ドラゴ、準備はいいか?」 


 「いつでもいいよ」


 「うん、私も。

 メイちゃんを早く助けたい」


 2人がそう答えると、目の前のヒナが機嫌を悪くしていた。


 「私を無視するなんて、気に食わないなぁ?

 全員まとめてでもいいよ。

 でも私、彼より強いから。

 まあ、例え逃げたとしても私がそう簡単に逃がす訳ないけどさぁ。

 せいぜい1秒でも長く生き延びてよね?

 苦痛を与える時間が短いのはつまらないもの」


 彼女が武器に手を掛けたと同時に俺達も武器を構える。

 決闘でも無いのに戦闘をしようとする彼女の思考はかなり恐ろしいとさえ感じた。

 無抵抗なプレイヤーへ武器を使用しての危害を加えた場合、即座に手配者として街においても衛兵から身を危険に晒す事になる。

 手配者から一般プレイヤーに戻るためには、特定のクエストをクリアすればいいがクリアには最短でも一週間は掛かる。

 俺達で補えばもっと早く終わるだろうが、それでも受ける罰則はかなり重い。

 現在ナウスの中から脱出出来ない今となっては、手配者というのは全プレイヤーへの裏切り行為。

 心優しい彼女をそんな事にさせる訳にはいかない!


 「ヒナさんだったか?

 まさかお前、このまま戦うつもりか?」


 「そうだよ。

 君達もそのつもりじゃないのかい?」


 「馬鹿を言うな。

 今現在、俺達プレイヤーがナウス内に捕らわれているのは知っているだろう?

 そんな状況で手配者になるのは、お前自身にとってもメイさんにとっても今後の活動において危険が多過ぎる」


 「なるほどね。

 確かに、下手なリスクを背負うのは面倒か。

 じゃあ決闘システムで相手をしてあげる。

 それでいいかい、リーダーのクロさん?」


 「ああ」


 「決まりだ。

 で、さっきから後ろに居るワルキューレの軍神さんはどうなんだい?

 君、結構強いよね?」


 彼女の言葉に俺達は後ろを振り向く、気付けば俺達3人の後ろにミヤさんが立っていたのだ。

 俺達の反応に対して、ミヤさんはこちらへ歩みながら話掛けて来た。


 「勘違いしないで下さい。

 私はあなた方に負けられては困るだけです。

 それに、この件は私にも責任がありますから」


 「頼もしい限りだよ」


 「話はもういいよね、さっさと始めよう」


 彼女がそう告げると、決闘の申請アラートが鳴り響く。

 対戦相手の名前の欄には俺達のよく知る彼女の名前である「mei」と表示されている。

 それに対してこちらは4人。

 以前、ケイと戦った時と似た状況だが今回はこちらに軍神であるミヤがいるのだ。

 勝てる可能性はある、俺達の誰かが落ちても残りで勝てればいい。

 1人でも生き延びて、彼女の正気を取り戻す。


 彼女からの申請を俺達は躊躇いもなく引き受けた。

 カウントダウンの文字が表示、目の前の彼女は不気味に微笑む。

 明らかに見かけは自然体。

 しかしそれが恐怖を誘ってくるのだ、飢えているこちらへ猛毒を仕込んだ温かい料理を向けられたかのような不気味さである。


 「全員戦闘用意!!」


 俺の掛け声に合われて、俺達は武器を構える。

 同時に目の前の彼女もゆっくりと流れるように武器を構えた。

 赤い光を放つ緋色の刃、美しくもあり恐怖を感じるソレに神経が貼り詰める。


 「さあ、殺し合いを始めましょう!!」


 カウントダウンが切れた瞬間、突如として彼女は目の前から消え去った。

 そして彼女の笑い声が何処からともなく聞こえてくる。

 俺達とヒナとの戦いが幕を開けた。


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