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第6話 進む為に、最善を

 2091年 8月某日 


 「ああ、暇だぁ」


 気だるい声が部屋に響くと、それをあまり快く思わなかったのか、私の右隣に座る銀髪のアイマスクを掛けた女の子は声の主をマスク越しから睨む。


 「暇とか言う程なの?

 目の前にやることがあるでしょう」 


 彼女の目は特殊なアイマスクのような物に覆われており、何処か幻想めいた雰囲気を感じさせる。

 折佐奈白「おりさなしろ」、生まれつき視覚が無かった彼女は視覚を補う為に特殊なヘッドギアとして、例のアイマスクを常に身に着けているのだ。

 初めは慣れないその風貌に多少奇異的に最初は感じて距離を取っててしまいがちだったが、今となってはこのメンバーの中では一番のしっかりものだと認識している。

 私の右向かいに座る焦げ茶色の地毛が特徴的な男の子はそんな事を言いながら目の前の電子ノートに向かい合っていた。


 気付けば夏休みも既に後半へと差し掛かっている。

 今日は勉強会をしようという活糸の提案により友人の家に訪れている。


 「もう少し集中しろよ、活糸。

 向こうでは戦闘センス抜群な割に、勉強はさっぱりなんだからさ」


 私の向かいに座る男の子は、隣で苦戦している先程の彼こと、田ノ倉活糸「たのくらかつし」に対してそんな事を言うと彼は反論した。

 そんな活糸に指摘した彼は明峰継悟「あかみねけいご」。

 今回の勉強会が行われている家の一人息子である。


 「アレとコレとは話が違うだろ。

 こんな事を勉強して将来何の為になるんだよ」


 「いいから勉強しなさいよ、活糸。

 次騒いだら本気でシメるわよ」


 アイマスク越しから、彼女の鋭い視線が活糸へ向かう。

 傍から見れば美少女の類いの彼女だが、発せられた恐ろしく冷めた声に活糸の姿勢が異様に綺麗に整う。

 あまりの威圧感に私や継悟も釣られて姿勢がよくなった。


 活糸が白の命令に素直に従ってからは黙々と勉強を続けている、余程彼女が怖いのだろう。

 1時間程は静かになると、もう一人の男の子は区切りがよいところまで終わったのだろうかゆっくりと体を伸ばしてリラックスする。


 目の前にある電子ノートの電源を切ると、ゆっくりと立ち上がった。


 「何か飲み物でも取ってくるよ」


 「私も手伝おうか?」


 白はそう彼に提案するも、彼は首を振る。


 「折佐奈は活糸を見張っておいて欲しい。

 アイツ、もしかしたら逃げ出すかもしれないだろう」


 「ふーん……。

 私がソレを見逃すとでも思っているのかな?」


 「マスク越しの視線が怖いですよ、白さん」


 「なら、手を動かしなさい」


 「はい」


 尻に敷かれ、素直に彼女の命令に従う活糸。

 少し可哀想にも思えてきたが、日頃の行い故だろう。


 「そうなると、華式くらいだな。

 今、手は空いてるか?」


 「うん。

 私で良かったら手伝うよ。

 白さんや活糸くんは色々と忙しいみたいだから、ね?」


 活糸はこちらを見つめる、助けを求める子犬のような様子に少し可哀想に見える。

 しかし、隣の彼女からの静かな威圧感に押される。

 私自身、可能なら一刻も早くこの場から少し距離を取りたかった。


 「そうして貰えると助かるよ。

 活糸はまあ頑張れよ」


 「見捨てるなよ!

 薄情者!」


 活糸の嘆きを彼は無視しそれに合わせて私も彼の後ろに付いて部屋を出る。


 この家の一階は、私の前を歩く彼こと継悟の両親が店を経営している。

 正確には、彼の養夫婦が経営している喫茶店だ。

 厨房で作業している彼の母親に、彼は少し何かの話を付けると了解を得たのか冷蔵庫の方へ向かう。

 慣れた手付きで飲み物と先程言っていた菓子の皿を手に持ち盆に乗せると私の方へ手渡す。

 慣れた手付きで手速く作業し、仕事の邪魔にならないように私と彼はすぐに厨房を離れた。

 戻り際、彼の母親が私の方を見やると笑顔で見送られる。

 今、目の前に鏡があれば私の頬が赤くなっているかもしれないと感じた。


 「階段、落とさないように気をつけろよ」


 少しふらついているように見えたのか、彼は優しく声を掛ける。

 同様している要因が近くに居るので少し慌てそうになるが落ち着かせ返事を返す。



 「うん、大丈夫」


 部屋に戻ると、白が活糸に対して家庭教師のごとく勉強を教えている姿があった。

 先程まで活糸へ強く当たっていた彼女だったが、それでも根はかなり優しい面を私達は垣間見る事になる。


 「順調のようだな、折佐奈」


 「まあね、毎日これくらい素直ならもう少し可愛げがあるのに」


 「可愛げは余計だ!」 


 楽しく語らう私達。

 現実世界では同じ学校の同級生で仲の良い四人グループだ。

 しかし、もう一つの世界仮想世界であるナウスでは、私達は共に戦う同じギルドの仲間である。


 黄昏の狩人、それが私達のギルドの名前だ。


 楽しく笑い合う私達。

 ふと視界に入った他愛もない代わり映えの無い日常の一コマで僅かに微笑む継悟の姿。


 締め付けるような何かの感情が私の思考を支配していた。



 2097年 4月23日


 凄まじい衝撃が、高原エリアの一帯に響き渡る。

 私達に立ちはだかるのは、コケのような物に覆われた4足歩行のゴーレム型モンスター。

 3階建ての建物と大差ないであろう敵は、Aランク上位のレー・ヴーガと呼ばれるこのエリア一帯のボスモンスターである。

 推奨攻略人数14人と言われるAランクでも上位に位置する敵を前に、例の彼を除くギルドメンバー、そこへ新たにミヤさんを交えての計5人での討伐をしようとしている。


 「クロ、離れて!!」


 先程、ゴーレムの攻撃を受け切ったクロはドラゴの声に反応しすぐに後退。

 入れ替わりには数秒も掛からず、怒涛のドラゴの連続攻撃がゴーレムに攻め掛かる。

 敵は彼女からの攻撃によって受けた後硬直時間を終えるとすぐさま巨大な右腕で彼女を振り払う。

 ゴーレムはすると、ミヤさんの方へ狙いを定め突撃していった。


 「ミヤちゃん!!」


 ドラゴが咄嗟に彼女の方へ向かう。

 攻撃が迫り来る中でもミヤさんは平然としていた。

 彼女の様子に危険を察したのかクロもドラゴの後を追う。


 「馬鹿かよ、二人揃って!」


 ゴーレムの攻撃が迫る中、寸前のところでミヤさんは攻撃をゆっくりと流れるように回避する。

 最小限の動きで一切の無駄が無い、腰に帯びている銃を一瞬で構えると銃声が鳴り響いた。

 攻撃直後に生まれた決定的な隙を突かれたゴーレムは大した威力も無いはずその攻撃に敵は大きく怯み倒れ込んでしまう。


 倒れたゴーレムからミヤさんは距離を取り、クロとドラゴに話し掛けた。


 「2人共、少し慌て過ぎですよ。

 もう少し相手の動きを見て行動して下さいね」


 「ああ」


 「それに、まだ倒していないですから。

 油断は禁物です。

 次の敵の行動に備えて下さい」


 「ミヤさん、勝手に俺達の指揮を取らなくても。

 俺が一応リーダーなんですから」


 「クロさん、あなたは動きの割には効率が悪過ぎです」


 「いや、それは」


 「全体の鼓舞が上手い割には、指示にはムラが多いどころか散漫としろくに動きの指示もしないじゃないですか?

 これまで勢いだけでなんとかしてきたと言わんばかりの動きですよ」


 「確かにそうかもしれませんが……」


 「とにかくあなたは前衛をしっかりお願いしますよ」


 「分かった」


 ミヤさんの言葉に押されクロは何も返せない。

 彼女の言葉は的を得ているので、当人は何も返せずにいた。


 「あと、ドラゴさんはもう少し無鉄砲なところを抑えて下さい。

 連携が取れなくて後ろのメイさんや私が手出し出来ませんから

 あなたが私やメイさんの狙撃に撃たれたいなら話は別ですが」


 「無鉄砲って、私は前衛で火力役だからガンガン攻めないといけないし、それに私は的じゃないよぉ!」 


 「それでも集団で行動するならもう少し抑えて下さい。

 これから指示する通りに行動お願いします、それ以外の勝手な行動は禁止です」


 「はい」


 「後ろのお二人さんもです!!

 ユウキさんはもう少し動いて下さい、回復以外にも味方の強化や攻撃の誘導くらいはできますよね!

 メイさんも!

 ずっと見てるだけじゃ何もしてないのと変わりませんよ!!

 あなた方二人が動かないでこのギルドは何がしたいんですか!!」


 もっともな意見に私やユウキは何も言い返せない。

 僅かな苦笑いをこちらに向けるユウキは、ミヤさんの方を振り向いて話掛けた。


 「ちょっとミヤさん落ち着いて、みんな困ってるからさ」


 ユウキが僅かに興奮気味のミヤさんに対して説得を試みるが、すぐに一蹴されてしまう。


 「あなたも関係ある事ですよね、ユウキさん?

 さっきからわざと下手なフリしてますよね」


 「いや、そんな事はないと思うよ」


 「はぁ、まあいいです。

 とにかくこれからは私が指揮を取ります。

 異論は認めませんから。

 まずは、」


 転倒から立ち上がりこちらへ向かう敵へミヤさんは武器を構える。


 「全員散開、その後個人へそれぞれ指示を与えます。

 その間は余計な行動を禁止、及び敵の攻撃へは回避や防御のみでの対応をお願いしますよ」


 敵のゴーレムからミヤさん達は離れ、ミヤさんは手始めにドラゴと並走する。


 「ドラゴさん、あなたは自分勝手な行動が多すぎです。

 しかし戦闘のセンスはかなりのモノです、そこは認めます。

 ですから、あなたにはクロさんが敵の攻撃を弾いた後に敵に2、3発程度強力な攻撃を浴びせた後に距離を取っていく事を繰り返して下さい。

 あなたは深く攻め過ぎです。

 アタッカーの役目は敵へ直接ダメージを与えるのが役割ですが、それでもパーティとしっかり連携を取りながらの話ですよ。

 細かい事は後でしっかりお伝えしますが、味方との連携を取らないと今後Sランク以上の討伐は難しいですから」


 「わかったから!

 とにかくクロの合図に合わせて深く攻めないようにすればいいんだよね、ね!」


 「はい、そうです。

 ではよろしくお願いしますよ、ドラゴさん」


 ミヤさんは何かを告げるとクロの方へと向かう。

 クロは現在、ゴーレムのヘイトを一番に掴み攻撃を受けていたのだった。

 凄まじい衝撃が鳴り響き、ゴーレムの攻撃の強さがひしひしと伝わる。


 「クロさん!!」


 攻撃後、僅かに体勢の崩れたゴーレムへ攻撃を与えるとゴーレムは再び転倒する。


 「済まない、ミヤさん手間を掛けた」


 「構いません。

 それでクロさん。

 あなたは真正面から敵の攻撃を受け過ぎです。

 そして意識が全体へと向け過ぎて、分散しすぎている」


 「いや、だが指示を出す為には全体へ意識を向けないといけないだろう?」 


 「だとしてもです。

 それにあなたはタンクでしょう?

 わざわざ敵の攻撃を真正面から受けて防ぐ必要はないんです。

 味方への被害を少なく、尚かつパーティの生命線なんですから絶対に倒れてはいけないんです。

 それくらいは分かりますよね?」


 「それくらい分かってる。

 だから俺は……」 


 「あなたはとにかく味方への被害を減らせばいい。

 現場近くでの咄嗟の判断力は私より上ですからね。

 ですからそこはあなたの判断に任せます、私はそれ以外をカバーします。

 前は任せます、あなたの後ろを私が補いますから」


 「わかった、それに従おう」


 「はい。

 指示としては、敵の攻撃は軌道逸らし味方への被害を少なくする事に専念をお願いします。

 そして、ゴーレム型のモンスターの特徴は攻撃後に体のバランスが大きく崩れる事です。

 敵の攻撃を逸らし、敵の体勢が崩れたところに転倒スキルを使えば容易く崩れますから。

 そのタイミングを見計らいドラゴさんが攻撃に当たりますので連携をお願いします」


 「わかった。

 やればいいんだろう、あんたの命令に従ってやる」


 「お願いしますよ、リーダーさん」


 クロの肩を叩き、ミヤさんは次にユウキの元へと向かう。

 敵が立ち上がり、クロの方へと向かう。


 「認めるしか無さそうだな、軍神の実力を」


 ゴーレムから迫る攻撃をクロは構えた盾で防ぐ。

 しかし、クロは先程言われた事が影響されたのか攻撃を正面から防ぐのでは無く攻撃の軌道を盾で受け流し軌道をそらして見せた。


 「確かに、前までとは明らかに感覚が違う」


 攻撃後体勢が崩れたゴーレム、そこに吸い付くかのようにクロの攻撃がゴーレムが先程攻撃を繰り出した左腕に命中。

 轟音が響き渡り、ゴーレムはあっさりと転倒してしまう。

 その刹那、再び轟音が鳴り響いた。

 轟音と共にビル程の巨体を持つゴーレムが数メートルも吹き飛ばされる。

 ゴーレムの体力ゲージが目に見えて減っていく……。

 轟音の正体は身の丈程の巨大な剣を振るったドラゴだった……。


 「深く攻め過ぎるなと言われたけど、

 とりあえずあと一回くらいかな?」


 武器を構え、敵を見据えるドラゴ。

 何かのスキルを使うのか特有の光効果が彼女の周りに現れる。


 「強めの攻撃をって言われてもピンと来ないしなぁ」


 ゴーレムが転倒から起き上がり、ドラゴの方へゆっくりと迫ってくる。

 彼女に言われた事を無視してでもドラゴは攻めるつもりのようだった。


 「ドラゴ、お前少しは落ち着けって!!」


 「私はガンガン攻めるから!

 私が倒れないように、カバーをお願いクロ!!

 私、クロみたいに難しい事は分からないから!」


 「ああもう、わかったよ!!」


 クロが大声を上げ、ドラゴの横に立つ。

 右側にドラゴが剣を構え、左にはクロが盾を構え彼女を守るその姿は一人の騎士を思わせた。


 「守ってやるよ。

 お前もこのギルドの奴等全員な!」


 「そうこないとね!

 私に付いて来てよクロ!!」


 ゴーレムの攻撃が二人に迫る。

 巨大な右腕から彼女に向かって繰り出される攻撃をクロは前に出ていき防いだ。

 しかし正面から受けてしまったのか、あまりの攻撃の威力にクロが吹き飛ばされてしまう。

 しかし、攻撃後に生まれたゴーレムの隙へドラゴは見逃さず一撃を加えた。


 「っ!!」


 攻撃後、僅かによろめくゴーレム。

 転倒までには届かず、敵はすぐに起き上がりドラゴへと攻撃の手を加える。

 咄嗟の判断で、手に持った大剣を瞬時に構え攻撃を受ける。

 ドラゴの体力ゲージが、3割程は容易く削られ吹き飛ばされる。

 ゴーレムの視線が私の方を向いた、赤く煌めく単眼がこちらを睨む。


 背筋に嫌な予感を告げるそれが通り抜けた。


 どうする?


 逃げるべきなのは確かだ。


 でも逃げ切れる保障は?


 遠距離支援の私が近距離特化のアレと正面から戦うのは正直無謀と言える。


 つまり今の私には逃げるという選択肢しかない。

 ミヤさんは現在、ユウキに指示をしている。

 与えている命令がクロやドラゴに比べて明らかに長い、数分以上は彼に話し続けているだろう。


 「クロとドラゴのアレが悪い方向へ向かったのかな」


 敵が予想以上に速いことに気付いた私は、仲間の様子を観察しつつも移動を開始する。


 ゴーレム型モンスターの特徴として移動速度はかなり遅く設定されている。

 しかし、それは体格の割にはの話だ。

 その速度は大抵の全速力で走るアバターよりは余裕で速い程だろう。

 アレがSランク程度なら、あの目や手からビーム光線くらいは出して来るだろうか。


 それが無いだけ今回は幸いと言えるだろう。


 思考重ねていた刹那、思考が途切れるように衝撃が私の後方から響いていく。


 「大丈夫かい、メイさん?」


 声の方を振り向く。

 いつの間にかゴーレムの攻撃を抑え込むユウキとミヤさんの姿がそこにある。

 間一髪というところだろう。

 あと数秒遅れていたら、私は大ダメージを受けていたところだ。


 「遅れてしまってすいませんね。

 ここは、ユウキさんにここは任せましょう。

 指示は向こうでお伝えします。」


 先程の衝撃はユウキが敵の攻撃を抑えた時に生じたモノだったのか辛うじて現在も敵の攻撃を抑えていた。


 そしてユウキが抑えている間に私はミヤさんに誘導され私は移動しながら彼女の話を聞く。


 「よく抑えましたね、メイさん。

 全くあの二人には困ったものですね……。

 でも、まだ動きに慣れてないだけだと思ってはいます。

 突然、動くなと言われてあの二人が素直に納得するとは最初から思っていませんでしたからね。

 実際に私が実演した方が早そうですから。

 とにかく動きに関しては今後の為にも慣れる必要がありますね」


 「あの、それで私は一体どうすれば?」


 「クロさんとドラゴさんのサポートに徹して下さい。

 あの御二人が幾ら強かろうと今の動きで抑えるのはまず無理でしょうから。

 そこを私とあなたで補います」


 「出来るんでしょうか、私なんかに……」


 「出来ますよ、あなたなら。

 だってメイさん。

 本当はあのメンバーの誰よりも強いんでしょう。

 前にお会いした白狼さんとは少し気配が違いますが、私には分かります。

 元は、彼と同じ黄昏の狩人のメンバーであったらしいですし」


 「いえその、そんな……。

 私はいつもみんなの足を引っ張ってばかりです。

 それに、その名前は昔の呼ばれ方です。

 今の私はあの時みたいに戦えませんから」


 「あなたに関して言うことがあるとすれば周りに合わせ過ぎているかもしれません。

 ソレはあなた自身の過去から影響しているのかもしれませんが」


 自分の過去が原因なのは分かっている。

 そのせいもあって、前のギルドから私達は離れてしまったのだから。

 ひたすら悩む私に対して、私へ訴えかけるように話掛け続けた。


 「でも、あなたが変わらないならばこのギルドは何も変わりません。

 彼等が再びあのダンジョンに行ったところでまた無駄死にしてしまうのがオチでしょう。

 それは、あの白狼も例外ではありません」


 みんなが死ぬ?

 そして彼も?


 「あなたに不出来な面があるなら、今はそれを私がカバーしてみせます。

 だからあなたはもう少し自由に動いて戦って下さい。

 今は私を信じて貰えなくても、疎ましく思われても構いません。

 私は突然現れた新参者には変わりありませんから。

 でも、今だけは私を信じて欲しいんです。

 これから見せる結果であなた方から信頼に足るものだと証明させます。

 だからその為に、あなたの力を私に貸してくれませんか?」


 気付けば足を止めて、彼女の言葉に聞き入っていた。

 彼女の視線が私の目をしっかりと捉える。

 まるで、アバターではない本物の彼女がそこにいるようにも錯覚した程だった。

 そこにある嘘偽りの無い彼女自身からの本当の言葉なんだとすぐに理解した。


 あまりにも真っ直ぐで強い輝きを放つその姿に私の感情が揺らいでいくのが分かる。 


 以前私を助けてくれた彼にも似た何かの感覚だろう。


 自由に戦えと。

 周りに合わせ自分を抑え過ぎていると。


 みんなの為に戦える力。


 ユウキに今の戦い方を教わった時にも以前。

 彼女と同じようなことを言われていた事を覚えている。


 クロ達に戦いよ全てを投げ出していた。


 前のギルドで、あの日を境に全てを失った。


 以前のように戦えない今の私、これからも彼等に全てを任せてたままでいいのだろうか?


 私は全て投げ出していた。


 いつも、目の前から逃げていただけだった。


 それはある意味、優しさだったのかもしれない。


 傷つけないで済むなら……、


 傷つかないで済むのなら……、


 他人も自分も、誰もが傷付かなければいい。


 でも、これからはそれが枷となる。

 私自身が分かっている。

 これから立ち向かおうとしてある相手は私達を殺そうとする者達なのだ。


 私達を殺す為に、人為的に生まれた存在。


 戦う事は怖い。

 前のギルドに居た頃から傷付けるのが例え現実のものではない仮想の出来事だと分かっていても嫌だった。

 でも、今の居場所をくれた彼等を、彼を失う事の方がもっと嫌だった。


 だから私は……。


 「分かりました、ミヤさんの言葉を信じます。

 今すぐには無理かもしれません。

 でもその、不足な部分のフォローをお願いします」


 「ええ、行きましょう。

 あなたを待つ彼等の元に」


 彼女から伸ばされた手を取り、私は一歩を踏み出した。

 そして私は武器を構えた



 「ユウキ、下がれ!!」


 クロが咄嗟に指示に、ユウキは瞬時に後ろへと下がり彼と位置を入れ替わった。

 すぐさまゴーレムの攻撃が、敵の前に立つクロへと迫っていく。


 凄まじい衝撃がクロの全身を貫く、敵の攻撃は体力の減少と共に激しさを徐々に増しているようだった。

 現在、私とクロとユウキの3人でどうにか敵のゴーレムからの猛攻を凌いでいる。


 ミヤさんに言われた指摘を上手く聞き入れていたのか、クロとユウキの動きは以前よりも数段良くなっていた。


 時間の経過と共に練度も徐々に増し成長していく2人。

 距離を取り、私は全力の攻撃を与える機会を伺う。

 クロ、あるいはユウキのくれる好機を見逃さない為に神経を尖らせ戦闘を繰り広げる。


 2人の戦いを見ていくにつれ自分の心の何処かに劣等感が生まれていった。

 何故、私は二人のように前線で戦えないのだろうか?

 ミヤちゃんの言う事はもっともな意見だろう。

 一人で深く攻め過ぎている。


 私自身、以前からそういう自覚はあった。


 これまで、私の身勝手でがありつつもこのギルドが勝ち続けられたのはクロの鼓舞と指示、ユウキの支援、そしてメイちゃんの存在があっての事だ。

 そして、このギルド最強の彼の存在。


 私はいつも彼等の邪魔をしてばかりだ。


 私は以前に一度、クロに相談を持ち掛けた事がある。

 ギルドに入ってから半年余りが過ぎた頃。

 去年の10月末に私はこのギルドを一度は辞めようと思っていた。

 クロに直接相談を持ち掛けた時に彼は私にこう言ってくれた。


 「このギルドの仲間が嫌いなら、辞めるのは好きにして構わない。お前がそう感じたなら仕方ないだろうな。

 それ以外なら俺達が可能な限りの手を尽くして霈を引き止め続ける。

 祐希や芽衣さんだって、もちろん俺だってお前を引き止める。アイツがどうなのかは分からんが、多分同じだろうよ。

 お前もあってのこのギルドだからな。

 それに、一度こっちを離れてしまってもさいつでも戻って来いよ。

 ここはお前の居場所だ、だからいつでも歓迎してやる」


 彼の言葉があって、私は今のギルドが大好きだ。


 だから私は彼等を信頼している。

 身勝手な私を受け入れてくれる、過去がどうであれ今の私を本当の仲間として家族のように認めてくれているからだ。

 だから今の私はどんな敵を前にしても全力で戦える。 

 彼等の為なら私はいつだって戦ってみせる。

 彼等と笑え合える日々が送れるなら喜んで馬鹿呼ばわりされてもいいと。


 「ドラゴ!!」


 クロの声のに応じ、私は自身のスキルを使った。

 発動時に生じる特有の光エフェクトが私の全身を纏い精神を研ぎ澄ませる。


 目の前には倒すべき存在が視えている。

 だから私は迷わない。


 全身に高揚感が溢れ目の前の光景が真紅の光に染まっていく。

 両手でどうにか振るっている相棒の片刃大剣を片手で掲げるように持ち、私はスキルの名前を唱える。


 「オーバー・ザ・トリガー……」


 去年の最後にフリーディア戦にて一度だけ使った私の持てる最大の強化スキルの名前だ。

 こんな状況なのに、自分が僅かにニヤついて笑っているのが自分でもわかる。


 前に禁止令を食らってしまった封印中のスキル。

 攻撃力大幅強化に加えて行動速度強化、今は持っていない属性値の大幅強化も付いているのだ。

 私の知る限りでは、前線で戦うアタッカーが使う物としては最強の強化スキルの一つ。

 自身の体力を時間経過で減ってしまい敵の反撃に対して非常に脆くなってしまうのがこの技の唯一の欠点だ。


 しかし、敵の動かない今ならば、臆さずに使える。


 敵はクロとユウキが抑えて転倒しているのだ。

 一定時間動けない、なら敵からの攻撃に非常に脆くなるこのスキルの欠点を今の状況なら利点しかないのだ


 「ドラゴ!!

 それ、前に禁止した奴だろ!?」


 クロからの声を聞き入れず、私は敵に向かって飛び込んだ。

 周りの音は聞こえない。

 倒すべき敵は見えていれば充分だ。


 思考をする時間すら無い、体が自然に倒すべき敵を捉えて武器を振るっていた。

 傍から見れば瞬きの一瞬で行われた攻撃。

 気付けば敵は私のすぐ後ろに佇んでいる。

 敵の存在を知覚した直後、爆発のような激しいエフェクトが発生しゴーレムが吹き飛んだ。


 徐々に頭が平常時に戻ったとき、自分の行動のマズさに気づく。

 とりあえず何もなかったかのように私は敵から距離を取り直した。

 半分はあっただろう敵のの体力ゲージは残り2割を切っていた。

 勝利は目前、さっきのアレをもう一回やれば軽く押し切れる自信がある。


 私は一度武器を収めた事により、スキルの効果は一度途切れた事を確認。

 次回使用までの待機時間として「172s」と表示されるステータス画面を見つめていた。


 「次は大体3分後かぁ」


 そんな事を言っていると、突然後頭部に痛みの衝撃が訪れる。

 痛覚軽減してるとはいえ、結構ヒリヒリする程の威力。

 自分の体力ゲージの1割は持っていかれたのではないかと思った程だった。


 「馬鹿かお前!」


 殴って来たのはクロだった。

 突然殴ってきたクロに対して私は抗議する。

 悪いのは分かっているが、流石にやり過ぎだろう。


 「なんでぶったりするのよ!!

 私はかわいい乙女なんだから、もう少し優しく扱ってよね!」


 「乙女があんなでかいゴーレムゴリ押すかよ!!

 それにあの技、前に禁止したはずだろ。

 なんで使ったんだ?」


 「いやぁ、敵が動かないならデメリットをある程度打ち消せるかなって思って、かな?」


 私が少し照れながら言うと、呆れたようにクロが反応する。


 「照れながら言うなよ……!

 全く、心配させやがって」


 「で、これからどうするのクロ?

 敵の残りの体力僅かだし。

 それに、あの技もう一回使うなら3分くらい時間掛かるよ?」


 「3分か、分かったよそれくらい稼いでやる。

 ドラゴは次に備えていろ、すぐに出番は来るからな」


 「うん、私にどーんと任せて!」


 クロが前線で戦うユウキの元に戻っていく。 

 彼の後ろ姿を見送り、彼の様子を見守る。

 ユウキとの連携を繰り広げ、敵の攻撃を凌ぐ姿は流石に長年の付き合いがある程の実力だった。

 しかし、クロが敵の攻撃を読み誤りクロの体が上に飛ばされた。

 上空から叩き落され、かなりのダメージを受けたのだろう。



 その瞬間何かが私のすぐ横を突き抜けた。


 「何、今の?」


 気付けば姿はそこに無い。

 しかし、何者かがすぐ近くを通り過ぎて行ったのは確かだろう。

 一体何が……。


 「予想以上かもしれませんね、彼女は……」


 後ろからそう私に話掛けて来たのは、本来ならメイちゃんと居るはずであるミヤさんだった。


 「予想以上ってどういう?」


 「見れば分かりますよ。」


 彼女に言われて、私は視線を彼女と同じ敵の巨大なゴーレムの方へと向けた。



 凄まじい衝撃が俺のすぐ横を突き抜ける。

 大地そのものが揺れるかのように敵の攻撃がこちらへと振るわれる。

 まともに受けるのは無理に近い、俺は先程ミヤさんに告げれた助言を受けて辛うじて受け流している。

 俺一人ではカバー仕切れないところを繋ぐように、ユウキがタイミングを見計らい手助けをしていく。

 前衛で戦えるようなタンクでは無い彼が、アレの攻撃を捌いていく姿には圧巻せざるを得ない。


 紙一重に等しい攻防を繰り広げる。

 しかし、それはあまり長くは持たないだろう事は明白だった。


 「右前方から敵の予備動作を確認!」


 「了解!」


 ユウキの出した合図に合わせる。

 数秒にも満たない間で、ユウキの開けた空間に引き付けられるように位置を入れ替わる。

 そして、敵の巨体から振るわれる攻撃を受けた。


 俺は攻撃を受け流せるようになったとしても完璧とは言えない。

 当たりが少し悪いのか、自分の体力ゲージは容易く2割程は削られていく。


 「正面なら半分以上は持ってかれるところか……!」


 敵の姿を視界で捉える。

 こちらを見下す巨大なゴーレムの瞳がこちらを見ていた。

 敵意しかない、人工的なソレに僅かに恐怖心を覚える。

 以前ダンジョンで死を受けた体験がフラッシュバックし、自分の判断を鈍らせようとしてくる。


 「こんなところで!」


 俺の左側へと敵の攻撃が向かっていた。

 盾を構え攻撃を受け流す体制を取る。


 しかし、訪れたのは敵の攻撃による衝撃ではない。

 自分の体が宙に浮いた感覚だった。


 「何っ!!」


 自分の体が掴まれ、瞬時に上空へと放られたと気づいた時には悪寒が全身を貫いた。

 自然と俺の視線が上空に向かう。

 こちらへ振るわれようとしている豪腕がすぐ目の前に存在しゆっくりと確実にこちらへと向かっていたのだ。


 流れる時間がゆっくりと、鮮明に映し出されそして攻撃の衝撃が全身へと伝わった。


 地面がえぐれる程の威力だろうか、気付けば俺の体は全く動かずにいた。

 7割程はあった体力が、辛うじてミリ単位程で残っている。

 しかし、攻撃による衝撃により1分弱程の全身麻痺の状態異常がステータスバーの上に表示されていた。


 「動かねぇ、クソ!

 なんでだよ!

 いつも俺は、こんな初歩的なミスを!!」


 感情任せに罵声を放つが、体は言うことを効かない。

 すぐさまゴーレムの追撃が向かう。

 しかし俺は状態異常の影響でアバターは指の一つも動かせずにいた。


 コレがもしあのダンジョンなら、あの攻撃を受けた時点で即死だろう。

 だが、逆に意識があることで精神的にも追い詰められている事に俺は気付かされる。

 視界がゆっくりと流れる、そんな時に聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。


 「クロ!!」


 声の主はユウキ。

 俺の状態をすぐに察しアバター事担ぐと、寸前のところで敵の攻撃を回避してみせたのだ。


 「間に合った、すぐに回復を!」


 すぐに俺の回復を行おうとするユウキに俺は必死に呼び掛ける。


 「逃げ……ろ」


 俺は朦朧とする意識の中で、視界に捉えていた。

 既に敵の攻撃が目前にまで迫っていることを。


 しかし、ユウキは俺の回復をする事にしか頭に無い。

 俺の声には全く気付いていない様子だ。


 気付けば俺とユウキはゴーレムの衝撃に飲み込まれ視界が塞がれた。


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