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第5話 違えた者

 2097年4月12日


 それは、あまりにも一方的な狩猟の惨状だった。


 私の目の前で繰り広げるケイの武器とクロの盾が衝突する。

 衝撃エフェクトの光、衝撃音が辺り一帯に鳴り響く。

 音の一つ一つが彼の攻撃の激しさを伝える。

 私は遠くから今もケイへの狙撃の機会を伺い続けていた。

 しかし、そんな機会など訪れる訳はない。

 ただ彼等の戦いを見守ることしか私は出来なかった。


 もしかしたら機会など幾らでもあったかもしれない。

 でも、撃てなかった。 

 覚悟が足りないと、実力も足りないくらい私も頭では理解出来ていたのだから。


 私の思考が落ち込む中、劣勢を強いられるクロが攻撃を一方的な攻撃を凌ぎつつもケイへと訴え掛け続けていた。


 「俺達がダンジョンに挑む事がそんなにも無謀か!

 お前達の最前線で攻略出来る奴等は英雄気取りかよ!

 俺達みたいな、抗おうとしてる存在がそんなにも邪魔なのか!!」


 クロはケイの攻撃を必死に防ぎながら攻撃の手を加えようと抗っていた。

 当たりもしないことは百も承知。

 それでも、ひたすら彼はただ抗い続ける。

 傍から見れば無謀に極まりない行為にも思える。

 しかし、その中でもクロは抗い続けていた。


 「お前は強いよ、ケイ……。

 俺達なんか居なくても、一人で俺達の知らない世界で戦える力があるんだからな!」


 精神的な疲労が見えているのは明白。

 彼の素振りに何も感じないのか、無慈悲に攻撃を続けるケイにより体力ゲージも徐々に減少し気付けば半分を切っていた。

 それでもクロは言葉を投げ掛け続ける。

 自身の動ける限り、何度でもケイへと訴え続けたいたのだ。


 「去年の最後にボスと戦った時だって、お前の力に頼ってようやく倒したくらいだ……。

 自分達で勝てなかった、それはすげぇ悔しかったよ。

 俺達はまだ弱いんだって、お前の力無しじゃ勝てないだなってさ!

 俺だってらお前はすげぇ奴だって認めてるよ」


 「何が言いたい?」


 ケイの攻撃が弾かれ、彼は間合いを取り直す。

 武器を構え直していると、クロは彼に話し掛ける。


 「簡単な事だよ。

 俺達はな、お前がどう思っていようともそれでもこのギルドで共にやってこれて楽しかったんだ。

 お前が白狼だろうと、英雄だろうとそんな事は何ら関係ない。

 お前と一緒に戦えて、現実世界でもふざけ合って、毎日のように送っていた他愛ない日々が、俺は!

 俺達は楽しかった!」


 僅かにケイの表情が動くが、それでもクロは言葉を続ける。


 「お前はどうなんだよ、ケイ!

 一年近く共に過ごしたあいつ等はお前にとって何だったんだ?

 取るに足りない無意味な存在だったのか?」


 「そんな綺麗事を並べて、この現状をどうにかなるとでも思っているのか?」


 「確かに、綺麗事だろうよ。

 でもな、俺達はその綺麗事の為に戦ってやる!

 お前を必ず納得させて、そしてあのダンジョンを絶対に攻略してみせる。

 俺達で、絶対にそうしてやるって決めたんだからな!!」


 クロの攻撃がケイの武器と衝突、互いの力が一瞬均衡するが僅かづつケイは押されていた。


 「お前はいつもでもそういう奴だ、クロ。

 暑苦しいくらいに真っ直ぐだ、そんなお前だからあいつ等を惹きつける。

 お前が羨ましいよ、勢いだけで動かせる馬鹿みたいな力がな!」


 ケイの姿が消え去り、瞬時にクロは盾を構え突如繰り出された彼の攻撃を防いだ。


 「だが、それだけだ」


 ケイの攻撃が加速する。

 彼から放たれる凄まじい速度の連撃をクロは歯を食いしばり抑え込む。


 そんなクロの行動意図を私は瞬時に察知した瞬間、私はすぐに武器を構えた。


 彼の狙いは、攻撃の意識を自分に全て向けさせる為だという事を。


 私な意識全て向いたであろうその瞬間に引き金を引いた。

 ようやく掴んだ一度きりの好機を逃さぬ為に。


 だからケイ、私達はここであなたを超える。


 超えなければ私達は先に進めない。


 響いた銃声、放たれた弾丸は確実にケイの方向へと向かった。

 寸分の狂いも無い、確実に彼を倒せるだけの威力だろう。


 その瞬間、彼の姿が煙を巻いて消え去った。


 私の放った弾丸は空を切り、その後彼は何事も無かったかのように闇に紛れてクロの背後へと彼は現れると、クロへ言い放った。


 「俺が分からないとでも思っていたのか?」


 そう告げたケイの言葉に戦慄が全身を巡った。

 クロが驚愕する暇などはない、その時既にケイの攻撃が迫っていく。

 彼は咄嗟に回避に転じ体を反らし直撃を免れようと僅かに抗った。

 胴体への直接攻撃を逃れるが、クロの右腕が吹き飛ばされ後ろから倒れ込む。

 武装は左に構えた盾のみ、窮地に立たれたクロはケイを見上げる。

 彼の剣が突き立てられ、その瞬間クロの飛ばされた右腕が掴んでいた武器がフィールドに突き刺さる。


 勝敗は既に決していた。


 「お前の負けだ、クロ」


 「なるほど……。

 お前は始めからこれを狙っていたのか」


 クロの言葉に私は、ケイの戦い方を不意に思い出した。

 今まで何故頭に入れていなかったのだろう。

 私は彼を撃てない理由。

 それは、彼が仲間だからというそんな甘い理由ではない。

 本能的に彼を撃てなかったのだ。

 彼への狙撃が逆に仲間を窮地へ追い込む事を私は知っていたのだから。


 「お前の得意技だったよな。

 曲芸スキルと自身の技量によって編み出した特殊プレイヤースキル、幻影回避。

 敵の攻撃を回避した瞬間、自身の最も近い対象の背後へと回り込む。

 そこから背後の急所に向けて一撃を浴びせればクリティカル率は高い上に、部位によっては更に補正される。

 恐らく、ユウキを倒したのはソレに何かを組み合わせて行った攻撃か。

 まさか今になって、ようやく理解するとは」


 彼は一定条件下において、遠距離からの狙撃が一切効かないどころか逆に好機へと変えれる。

 一種の博打に等しい技だろう。

 使える状況はかなり限られる上にスキルの枠を無駄に埋めてしまう。

 しかし、様々な条件を満たした時、生み出される効果は非常に大きい。

 対人戦、更には複数人での今回のような戦闘であれば発動した場合の効果は非常に大きいのだ。

 私がかつて一番近くで見てきた彼の姿。

 それが敵に回る事がこれ程恐ろしいものだと今更ながらに痛感する。


 「俺の武器の特徴はクリティカル時にダメージ補正が高い事。そして、この技によって厳しい条件下であるが窮地を好機に変える事だって出来る。

 あまり過信はできないが、お前達相手にらそれで十分だろう」


 飛ばされた右腕をクロは見つめる。

 自分達との実力差を更に見せつけられたのだ。

 残った左腕が握り締められているのか、その手に持つ巨大な盾が僅かに震えていた。


 「幻影回避、この技はエルクからの受け売りだよ。

 メイは同じギルドだったから分かるだろうが、俺はかつて対人戦向けの戦闘が専門。

 2、3年前くらい前の当時はモンスター相手よりプレイヤー相手のpvpが盛り上がっていた。

 その当時の名残りだよ、コレは。

 今更この戦闘スタイルを変えるつもりはないが、俺はモンスター相手にするよりかはプレイヤーを相手にする方が立ち回りがしやすいんだ」


 「前のギルドに関して、何があったのかに関してはメイさんも俺達には未だに話してはくれないかったよな。

 お前が強いのは前々からわかっていたが」


 クロはそう言うと、ケイの目を真っ直ぐと見据えて問い掛ける。


 「お前は今のままでいいのかよ?

 この世界から元の世界に帰れない現状を?

 今の状況を見ても尚、お前はなんとも思わないのか?」


 クロの言葉に対してケイは僅かに噛み締めながら、苦言混じりに答える。


 「なんとも思わないなら……、俺は初めからあの場所を攻略しようなんて考えない」


 「だったら!!……」


 クロが言い返そうと瞬間、一筋の光を垣間見た……。

 無慈悲に振るわれた攻撃に、クロは何も言い返せなかった。

 そして、クロの体は光に包まれ消え去る。

 自身の振るった剣をしばらく見つめ終えると、こちらの視線を既に察していたのか振り向き話し掛けた。


 「あとはお前一人だ、メイ」


 返答を返す頃には遅かった。

 既に私の目の前には剣を向ける彼の姿がそこにある。

 既に首元には剣が突き立てられ、勝敗は既に明白だ。


 この距離で、この状況で私が勝てる訳がない


 「抗う意思はあったか」


 その声に、私は自分状況に僅かに驚いた。

 彼の剣が私の首元を狙うと同時に、私は左手で非常用に備えていたサブウェポンである小型のナイフが彼の頬を掠っていたのだ……


 「あの、その」


 「偶然。

 いや、咄嗟の判断にしては上出来だよ」


 「どうしてこんな事を、するの?」


 「力の差を見せつければ、今すぐに迷宮に行くような事はしないだろう。

 あいつ等も、そこまで馬鹿じゃないからな」


 「やっぱり、そういうところは変わらないんだね」


 「俺はしばらくギルドから離れるよ。

 場所は自由に使っていて構わない」


 「ねえ、ケイ?

 私達は、あなたにとって邪魔な存在なの?」


 私の問いに対して、彼の返答は意外なものであった。


 「前のギルドと同等の価値が、今の場所にもある。

 それが答えだ」


 前のギルド、私達が以前在席していたあの場所と同じ価値があると答えたのだ。

 意味が分からなかった、あの場所を一番大切にしていたのは目の前の彼であるのに、彼はあの場所を自らの手で捨てたのだ。

 その理由は今も教えてはくれない、だから彼のその言葉の意味が理解出来ずにいた。


 「分からないよ、ケイ……。

 あなたの言葉が、あなたの行動の意味が分からないよ!」


 自身の頬に彼の刃が触れようとも構わず私は立ち上がり、彼の服を掴んだ。

 とにかく訴えかけるしかなかった、負けは明白だ。

 でも、ここで手放したら取り返しがつかなくなる気がした。

 例えここで負けて消えても、アバターが全て消えるまで絶対に離さない覚悟でいた。


 私の体が恐怖で震える、あの日の恐怖が鮮明に脳裏に流れ込んでいたからだ。

 アレが原因で今の私は戦えない。

 私は前のようには戦えない、このギルドで足を引っ張るのは分かっている。

 でも、それでも私を受け入れてくれたこのギルドを失いたくはない。

 そして、ここで彼を離れさせたくはない。

 戻って来れない。

 これ以上彼を先に行かせてしまったら私達の知らないところで死んでしまうのではないのかと思っているからだ。


 「お前は強いよ、俺なんかよりも遥かにな

 ずっと前から、お前達は俺以上に強かった」


 彼はそう呟き、ひと息の間を空ける

 僅かにケイの突き立てる刃が震え、彼の心理になにかかしらの揺らぎがあるのはわかっていた。


 そして彼はそのまま言葉を続ける。


 「今は、分からなくていい。

 これからも、分からないでいい

 だから……、」


 武器を構え、こちらへと振るわれているのはわかっていたが、私は目の前の彼の様子に何も言葉を返せずにいた。


 「華式……、あいつ等を頼んだ」


 頬を伝う彼の涙に、私は何も言えなかった。

 涙の意味が分からない、少なくとも彼は私達を……


 刹那、振るわれた刃が私の体力ゲージを全て奪い去る。

 これまでの戦いで最も悲しく辛いそれに、私は何も抗えない。


 彼の言葉を最後に、私の意識が光へと消えた。



 決闘終了のファンファーレが鳴り響き、俺は武器をしまう。

 様々な感情が脳裏になだれ込むと、疲労が全身に行き渡っていく。

 ここが、ゲームの世界だろうと全力で動けば疲れる上に精神的疲労は現実のソレとほぼ変わらない。

 いや、精神的疲労はこの世界の方が遥かに厳しいだろうか……。 


 「見事な腕前だよ。

 流石、白狼と呼ばれるケイ君だね」


 勝負を終えた俺にエルク達が向かって来る。

 エルクが呑気に俺へと話し掛けてくる


 「戦いは終わった。

 あいつ等の方へ向かったらどうなんだ?」


 「せっかく、2人の美人達が君の勝利を祝福しようとしているのにかい?」


 「余計なお世話だ」


 「そうかい、相変わらず連れないね。

 私の教えたあの技をこんなところで使うくらいだからな。

 まあ、あの四人相手に本当に勝つとは、綿も驚いたよ。

 君の成長にはいつも驚かされるね」


 「あいつ等、メイ以外はあまり対人戦に慣れていなかった。

 あの迷宮に彼等を攻略加えてに臨むのは無謀にも程がある」


 「君はボスと直接戦っていたよね、第1、第2階層攻略において」


 「第1は、前の連れがラストアタックを決めた。

 第2は俺だった。

 俺はこれまでのボスの性質から奴等はただの自動生成のモンスターではない事を予測している」


 「どういうことです?」


 俺の言葉が気になったのか、軍神であるミヤが問いかけると俺はすぐに答えた。


 「奴等は、プレイヤーに近い何かだったよ。

 姿は俺達同様の一般プレイヤーと大差ない、扱えるスキルや能力は極めて高い事を除けばな。

 厄介なのは、アレ等に俺達同様の知性があったことだ」


 「知性?

 我々人間と同じような意思疎通が迷宮のボス達とは可能だったと言うのですか?」


 「俺達は攻略から撤退時、奴等からいつも手を抜かれていたよ。

 奴等は深追いして、俺達へ攻撃を仕掛け無かった。

 撤退は容易過ぎる、まるで始めから全てのプレイヤーを殲滅する事が目的では無かったかのようにな」


 「何か、迷宮のボスには何かの意思があったと?

 でも、我々人間に敵意がある事は明らかでは?」


 「敵意を示せば奴等は真っ先に攻撃をしてくる。

 そこはこれまでの敵と全く変わらないが」


 「そう」


 「とにかくだ、奴等はこれまでのボスモンスターと同列に扱うのは遥かに危険だろう。

 奴等が俺達人間同様に知性を持つなら多少は対人戦での戦い方を学んでいるべきだろう。

 例え、Aランク以上の雑魚は対処出来たとしても本来の目的のボス戦で殺されれば元も子もない」


 「あなたは対人戦に相当慣れていたようだけど?

 白狼って確か、3年前のpvpの世界大会で結構な成績を残したらしいからその名残りか何かなの?」


 「その通りだよ、随分と詳しく知っているようだな」


 「強いプレイヤーには目を付けていたもの、あなたの在席していたギルドは確か黄昏の狩人【たそがれのかりうど】。

 たった4人の少人数の無名ギルドで世界大会2位を打ち出した。当時は随分と褒め称えらたでしょう?」


 「当時はそうだったな」


 「白狼【はくろう】、黒雷【こくらい】、緋桜【ひざくら】そして龍殺し【りゅうごろし】。

 それぞれが異名を持っている程の実力者で多くのギルドから誘いを受けたけど、その全てを断っている。

 私達、ワルキューレからの誘いも断ったそうね」


 「その時は、丁重にお断りさせてもらった」


 「それは残念ですね、あなたなら幹部クラスにも引けに取らないでしょうに。

 私と同じ、金の腕輪クラスには2年もあれば出世出来ると思いますよ」


 「とにかくだ、俺はしばらくギルドから離れさせてもらう。

 だから、お前の事はあいつ等に一任するよ。

 軍神一人の護衛、その程度ならあいつ等でも充分だろうからな。

 実力はさっき見せた通りだ、十分だろう?」


 「そうですね、実力は見させてもらいましたから」


 「俺は失礼させてもらう」


 俺はすぐに用の無くなったこの場所を去った。

 去り際、全く全容の把握出来ない軍神であるミヤに対して、僅かな警戒心が拭えずにいた。



 2097年 4月20日


 ケイとの戦いを終えて、一週間が経っていた。

 ミヤさんが私達のギルドの一員に加わって、ここは以前よりも賑やかになっていた。

 最初の1日、2日は上手く馴染めずにいた彼女だったが、ドラゴとクロのお陰ですぐにこのギルドへと馴染んでいく。

 ユウキからは、ギルドの経営している喫茶店での仕事内容を教えられ、現在彼女は私と同じウェイトレスの仕事をこなしていた。


 そして、今日も時間は過ぎていき店は閉店時間を迎える。いつもの日常に、新しい仲間を迎え賑やかになりつつあるがそこに彼の姿は無かった……。


 「お疲れ様、ミヤさん。

 仕事に慣れるのが速くて本当に助かるよぉ」


 ドラゴはそう言うと、隣に座るミヤさんに抱きつく。

 最初は嫌がっていた彼女であったが、私と同じくすぐに諦めがつき抱き付かれるままに身を任せていた。


 私達は今日の仕事を終えて、現在プレイヤーホームの二階に位置するリビングで休んでいる。

 今日の当番である男子グループのクロとユウキが手際よく夕食の準備をこなしていく。

 そして私達女子グループは適当に休みながら雑談をしていた。


 「いえ、可能な限りはギルド内での仕事は手伝いたいですから。ただ何もしないのは、流石に堕落してしまいそうになりますから」


 ミヤさんはドラゴに抱きつかれながらも落ち着いてそう答える。


 「でも、凄い助かる。

 前まではメイちゃんとケイがしていたからさ。

 私が前にやってた時はもうめちゃくちゃで……。

 ユウキとクロからは出禁食らったから」


 「あはは……、お役に立てて何よりです。

 あの、素材はドラゴさんとユウキさんが主に集めているんですよね?」


 ようやく落ち着いたのかドラゴは彼女から身を離し、少し考え込みながら話し続けた。


 「うん、でもユウキは調理が担当だからね。

 素材の見極めにはユウキが必要なんだけど、仕事量はかなり多くなるでしょう?

 だから大半は私なのかな、

 私はだからとりあえず狩りと採取だね、とにかく食材を集める事が仕事だから。

 今のところ、常に2週間分の備蓄はしているくらいかな」


 「そうですか、でしたら私も素材集めの仕事をさせて貰えませんか?

 私は少しでも皆さんのお役に立ちたいので」


 「それも良さそうだね。

 ユウキーー、クローー!

 ミヤさんへの仕事の割り振り後で相談してあげて!」


 向こうで作業しているクロ達にドラゴは大声で声を掛ける。

 そして、クロから了解の合図と同時に「うるさい」と言われドラゴは少し落ち込む。


 「何よ、聞こえるように言っただけなのにさ」


 「毎日賑やかですね、私達のギルドはかなり堅苦しくてこうして話す事はありませんでしたから。

 式典への参加はあっても、普通のお祭りへの参加は難しかったですし警備や運営の仕事で掛かりきりで……」


 「財閥ギルドのワルキューレ、私達も名前くらいは知ってるくらい有名どころの出身ですからね……。

 うーん、でもミヤさんって何処かで見覚えあるんですよね、気のせいかな?」


 「そんな事は無いと思いますよ、メイさん。

 私の顔は、現実の方でもたまにメディアで取り上げられたりしていますから」


 「現実世界での写真とかあるんですか?」


 「ええと確か、去年の11月頃に雑誌の取材で撮ってもらったものを記念に貰いました。

 確か、コレだと思いますね」


 そう言って、ミヤさんは一枚の写真を見せる。

 二人の人物が写っていた、一人は茶髪で名のしれた若手俳優の某外国人男性、そしてその隣に立ついかにも清楚な印象を受ける長い黒髪の女性。

 写真の彼女を一目見て、その正体が分かるのにそう時間は掛からなかった。


 「白崎雅七さんって、まさか本物?!」


 「はい、このナウスではミヤとして一人のプレイヤーとして居ますがね。

 現実世界では、白崎グループの会長の孫である白崎雅七として私は知られていますから」


 「社長令嬢なんて、こんな近くに居たんだ

 本物が目の前にいるなんて凄い、ああでもアバターだから少し違うのかな?」


● 


 「二人はミヤさんと馴染めたようで何よりだね、クロ」


 「そうだな、現状の問題の一つはどうにか解決だ」


 俺とユウキは、ギルドの女性陣が新しい仲間となったミヤさんと馴染めているのかを見守りながら夕食の準備を進めていた。

 ここがゲームの世界といえど、多少の空腹感はあるのである。空腹で死ぬ事はないが、現実同様のサイクルが遅れるので良い面でもあるかもしれない。


 細かい理由や原理は分からないが、とにかく空腹のままではギルドメンバー同士でのストレスが溜まり兼ねないのが事実だ。

 ゲームに閉じ込められた現在は現実世界と同じ時間帯に可能な限り食事を取っている。

 本来なら家族と過ごす時間だが、閉じ込められ今となっては週に何回かの通話やメールでしか家族と連絡が取れていないのである

 故に俺達はこうして共に食事を取る事を決めて、少しでも現実世界と変わらない生活を送ろうと努めていた

 しかし人員が欠けているとかなり仕事が回りづらい事を痛感していた。


 「ケイが居ないと、どうしても仕事が回りづらいな」


 「そうだね。

 結構色々な面で僕達は彼に助けられてたからね。

 普段使ってた調味料の素材だって、あるモンスターの一部分を破壊して手に入る貴重な代物だったりするからね。

 入手方法が本当に難しくて前のような供給に戻すまでには、まだ苦労しそうだよ」


 「あいつとの連絡、未だ繋がらないんだろう?」


 「彼の両親にも一応尋ねたよ。

 結果、手掛かりは無し。

 行きそうなところとしては、例のダンジョンが一番確率が高そうだけどね……」


 「納得いかないが、あいつの言葉は正しかったよな」



 そう思わざる負えない理由としては、俺達は2日前に例のダンジョンの一階層の探索をしたからだろう。

 探索パーティ数総勢60程度の大規模な探索隊、攻略最前線の2つ手前の第1層を二日間で2層まで向かうという内容になる訳だ。


 あの場所を一言感想を出すとすれば、理不尽。


 ソレを体現したかのような地獄のような場所だろう。

 全てのモンスターの能力が非常に高く、とてもじゃないが耐えていられない。

 一戦一戦が既に満身創痍、俺達は5回も二階層手前に行くまでにモンスターと会遇したが、4回目の戦闘時既に回復アイテムは底をつき死がすぐ近くにまで迫っていた。

 二階層に行けば、一時的に街に戻れるリスポーン地点が存在するのは聞いていた。


 その中で俺は仲間の避難を優先させ最後の一戦にて最後にドラゴをリスポーン地点に向かわせ避難させた後に俺も避難を試みたがそこで俺はモンスターに殺された。


 後から聞いたところ探索部隊64隊の内、58が全滅。

 そのうち14の部隊がDLシステムによりナウス世界から消滅したとされている。 


 「あと2回か……」


 「僕がもう少し、立ち回りを上手く出来たらクロを死なずに済ませたのに」


 「3人が死なずに済んだだけ、今回は良かったとだろう?

 全滅してしまうよりはマシだからな。

 問題は今後どうするかだ」


 「そうだね。

 クロは攻略を続けたいんだろう?」 


 「可能な限りはな、お前はどうなんだ?」


 「どっちでも構わないよ。

 でも、君とあの二人を失わせたくはないよ」


 「俺達には現在、圧倒的に火力面が不足している。

 俺がタンクでユウキが補助、メイさんが後方支援でドラゴがメイン火力。

 バランスは良い、しかし長期戦やあのダンジョンで生き残る事を考えるなら火力面にもう二人そして惹き付け役が欲しいところだ」


 「火力面を3人体制、盾役を2人か……」


 「人員を増やす、簡単に思えるがそうでもない。

 命を預けられる程の実力や信頼があるのか? 

 そこも含めなければならない」


 「その宛ては?」 


 「一応、無くはないよ。

 問題多々かもしれないが、色々な意味でな」


 俺の言葉を察したのかユウキはすぐに反応を示す。


 「なるほどね、あの二人を候補にか……、

 僕としては賛成かな、あの二人の実力はこちらとしては充分過ぎるくらいだと思うからね」


 「来てくれるかは別問題だが」


 「向こうは既に、攻略者の一人だからね。

 これから挑もうという新参者を仲間に加えて、下手をすれば足手まといで向こうの戦力の邪魔にしかならない可能性もある」


 「俺達自身の戦力強化が必要だな……。

 具体的にどうするつもりだ?」


 「今のところの目標としては最低一人でAは倒せるくらいの実力は欲しいところだね。

 メンバーそれぞれの課題点としては

 クロは耐久力と冷静さかな。

 ドラゴは協調性と対応力。

 メイさんは、スキル熟練度と覚悟の問題

 僕はスキル熟練度と対応力かな?」


 「お前は既に充分動いてもらっているだろう」


 「いや、まだ直せるところは多いよ。

 判断もまだ速く出来る余地がある、スキルの取り方によってはこちらの出来る戦術の幅も広がるからね。

 結果的に手数が増える訳だから、敵を倒せる確率も上げられる訳だよ」


 「なるほどな」


 「ドラゴに至っては、現状火力役としては充分だと思ってる。

 実際、探索部隊の中でも彼女の実力は上の部類だったからね。充分、向こうで彼女の力は通用するはずだよ。

 でも、僕達の事が多少心配なのか力を少し抑えて、辺りの状況把握に意識を大きく置いている節があるのかな。

 焦って自分がでしゃばり、それで味方の流れを崩してしまう節もある。

 彼女自身はかなり優しい性格だから仕方ないけど、そこがある意味彼女の良い利点なんだとは思うけど問題のは明白だね。

 そこをどう上手く改善すれば良い感じなるのだろうね。

 で、問題は君とメイさんだよ」


 「……」


 「ダンジョン内のモンスターはどれも非常に攻撃力が高い。今のクロの耐久力だと下手をすれば2、3発ですぐに落とされてしまう。

 回復アイテムが幾らあっても供給が間に合わない」


 「俺自身の能力不足か」


 ユウキからの指摘に納得せざるを得ない。

 前衛でのタンクが俺の役割。

 しかし、タンクが数発で落とされてしまうのでは役割を果たせないどころかメンバーのお荷物とそう変わらないだろう。


 「そして、メイさんに関してなんだけど……。

 ある意味一番の重症かな。

 素質に関しては正直僕達より一番上なのは確かだけど、彼女自身の心理状態が不安定過ぎる。

 過去に何かしらあったのは以前、聞いてはいるけど。

 この先、彼女がどうするのかはメイさん自身に委ねるしかないのが現状。

 こちらから言っても、恐らく治らないだろうし。

 彼女自身が自分の力で解決する問題だね」


 「そうだな……。

 メイさん自身は自覚しているだろうよ、でも少しずつは成長しているのは確かだ。

 俺達の影響を受けてなのか、あるいはケイの存在が影響されてなのか」


 「どっちもだと思うよ、僕達の影響も受けてケイからの影響も受けている。

 今後どういう選択を取るのか、メイさんに関してはそこが心配だな」


 そんな会話を交わしている内に夕食は既に完成していた。

 待ちきれないのか、ドラゴがこっちの方にやってきて料理を勝手につまみ食いしていく。

 多少呆れ、ユウキと少し顔を見合わる

 少しため息をつくと、彼女達の元へと向かった。



 その日の夜、物音がしたので私は目を覚ました。

 誰かが部屋を出た、音の位置から私の右隣の部屋。

 元はケイの部屋であったが、彼が失踪をしてからミヤさんが使用していたはずである。

 少し気になり、私は彼女の部屋へと向かった。


 部屋の扉にノックをすると、向こうから返事が「どうぞ」という声が聞こえ私は部屋に入る。


 「目を覚ましてしまいましたか……。 

 すみません、以後は気を付けますねメイさん。」


 「いえ、私が勝手に気になっただけですから。

 何かあったんですか?」


 「えっと、ただのアイテムの整理ですよ。

 最近あまりしていなかったので」


 「そうでしたか」


 「色々と物が増えてるなぁと自覚をしていて……。

 そろそろストレージを圧迫しそうでしたから」


 「私も常に結構溜まってる状態ですね……。

 武器が銃なので弾丸や武器のメンテナンス用の道具だったり……」


 「確か、あなたの役割は後方からの火力支援役でしたよね。先日の戦いで、見掛けましたが」


 「何も出来ませんでしたけどね……。

 駄目だなぁって自覚はしているんです。

 いつも周りに迷惑を掛けてしまって、この間のダンジョン探索でも私のミスのせいでクロのDLが一つ減ってしまったんです。

 私達を守る為に、彼を死に近付けてしまった」


 「慕われているのですね、クロさんという人は。

 あなた方が彼を信頼しているのは分かりますよ。

 彼の周りを惹き付ける力は、私も羨ましいと思う程です」


 「ミヤさんもクロと同じリーダー格の人なんですよね?

 軍神と呼ばれている程ですから」


 「ですね。

 私自身はそんなに自覚はしていませんから、その名前で呼ばれるのは未だに抵抗感があります。

 でも事実として私は負け無しでしたから、いつの間にかそう呼ばれてしまった」


 「凄いですね、そう呼ばれるだけの力が羨ましいです。

 私には何も無くて……」



 「私はただ負けられないだけですよ。

 負ける事が許されない、常に勝利し続けなければワルキューレの存在は堕ちてしまいます。

 それは、お父様やお爺様の顔に泥を塗ってしまう行為そのものですから」


 彼女はそのまま言葉を続ける。


 「私はお父様やお爺様にとっては都合の良い道具なんです。私一人の意思は関係ない、あの人達の意向が全てですから……。

 そして今となっては、とうとう見捨てられてしまいましたがね」


 「家族が見捨てるなんて、そんな事は」


 「お母様やお婆様はいつも私の味方でした。

 でもお婆様は一昨年に、お母様も2ヶ月前に持病で亡くなってしまいました。

 今の私には、誰の味方も居ませんよ」


 「そんな事……。

 だったら私や、このギルドの仲間があなたの味方になります!

 だから、そんな寂しい事を言わないで下さい」


 「大丈夫ですよ、あなた方が良い方々なのは分かっていますから。

 それに、私は落ち込んでいる暇はないんです。

 一刻も早く突き止めなければならないんです、大切な人の死の真相を……」


 「探している人?

 それに死の真相って……」


 呟かれた言葉に僅かに驚いた。

 言った本人も失言だったと思っているのか、表情を僅かに曇らせる。

 しかし、すぐに私の方を見て答えた。


 「あなた方には、いつか話す必要がありますね。

 その時はお願いします。

 でも今は少し待って貰えませんか?」


 不穏な何かが肌を通り抜ける感覚。

 大切な人の死。

 それが彼女の目的にどう関わっているのだろう。


 「はい……」


 返す言葉が見当たらずそう返すしかない。

 彼と同じ何かを、私は彼女から僅かに感じていた。


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