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第3話 RESTART

 2097年1月1日 


 「っ!!」 


 意識が覚めて俺はすぐに辺りを見渡した。

 辺りに広がるのは夜景、慌てて日付と時刻を確認する。


 「2097年1月1日午前2時17分を過ぎた辺り……

 他のみんなは……?」 


 俺はすぐに自分の周りを再確認する。

 場所は以前と変わらない。

 そして見慣れた彼等の姿があり、僅かに安堵する。

 先程までの俺と同じく気絶している様子だった。

 命に別状は無さそうなので、ひとまず安心と言えるのかもしれない。


 「っ……ここは。

 継悟、お前やみんなも一応無事みたいだな……」


 クロが早速意識を取り戻し、辺りを確認する。

 先に意識を取り戻していた俺へと詰め寄り話し掛けて来る。


 「ケイ、何がどうなっているのか分かるか?」


 クロに聞かれ、俺は首を振って答える。


 「何も分からない。

 俺もさっき目覚めたばかりだからな。

 ひとまず全員無事らしい。

 彼等の意識が戻り次第一度ログアウトして解散しよう、問題は次回に持ち越しだ。

 多分、運営から何かの知らせはあるだろうよ」


 「そうだな。

 とりあえず全員の目を覚まさせよう」



 俺とクロが他のメンバーを起こしに向かう。

 わずかに頭を抑えながらも、全員が目を覚ますと俺とクロはそれぞれに現在の状況を簡単に伝える。

 簡単に現在の状況を互いに共有し終え、俺達一度ナウスからログアウトをしようとする。

 しかし、ログアウトのコマンドをウィンドウから選択し押すが何も反応を示さなかった。


 「あれ、ログアウト出来ない?」


 「僕もだよ」


 「私も」


 「俺もだ。

 ケイは?」 


 「同じくだ、俺もログアウトが出来ない」


 本来メニュー画面の一番下にあるはずのログアウトの項目を何度も押すが何も反応は無いのである。

 そして、俺達の目の前から何も無かったかのようにログアウトのコマンドボタンは消えてしまった。


 「どういう事だ?

 どうして、ログアウト出来ない」


 「分からない。

 でも、なんか嫌な予感が……」


 ドラゴがそう粒焼いた刹那、ゲーム内のお知らせが更新される。

 初めて聞く危機感を感じさせるアラート音に俺達は一瞬、何かの恐怖を感じた。

 そしてウィンドウのお知らせ欄には新しくアップデート情報と表記されたそこには以下の事が記されている



 nousをプレイ下さる全てのユーザー様へ

 今回のアップデートにより、Project nous を開始します。


 その内容に関しては以下の通りです。


 ・プレイヤーのログアウト不可について

 ・現実世界との連絡手段について

 ・ゲームバランスの大幅な調整

 ・新規ダンジョン及び新規報酬

 ・今後のアップデート及び運営に関して


 ・プレイヤーのログアウト不可について


 今回のアップデートにより、プレイヤーの皆様はこのnousから一定条件を達成するまでの間はプレイヤーの皆様からの自発的なログアウトが不可能になりました。

 及びプラント、グーシア、ダイラン内の運営からの外部操作によるログアウトも不可になっておりますのでご了承下さい。

 解除条件に関しては新規ダンジョンのお知らせ内にて説明いたします。


 ・現実世界との連絡手段について


 今回のアップデートにより、プレイヤーの皆様はログアウト不可になりましたが現実世界との連絡手段に関してはこれまでと同様、電話、ビデオ通話及びメール等での連絡はこれまで通り可能です。

 nous内で稼いだお金に関しても、これまでと同様現実世界でのお支払い等に使用できます。

 新たなnousでの生活をお楽しみ頂ければ幸いです。


 ・ゲームバランスの大幅な調整


 今回のアップデートに応じてゲームシステム及び、ゲームバランスの大幅な改修を行いました。

 内容は以下の通りです。


  ・DLシステムの導入

  ・新規スキルの追加及び既存スキルの修正

  ・熟練度システムの改修


  ・DLシステムの導入


 今回のアップデートにより追加されたDLシステムは、新規追加されたダンジョン内にて新たに機能する新システムとなります。

 プレイヤーの皆様はステータス画面から常に確認する事が可能となります。

 その初期値は2となっており、ダンジョン内にて死亡した場合にこの値が減少していきます。

 値が0の時に死亡した場合、プレイヤーの皆様は現実世界での死亡と同じ扱いになりますので十分ご注意下さい。


  ・新規スキルの追加及び既存スキルの修正


 DLシステム導入に伴い、これまでの既存スキルの大幅な修正及び新スキルを追加を致します。

 新規ダンジョンの攻略及び、nousを更に楽しめる内容となっております。


 今回のアップデートにて体力消費を前提としたスキルの効果量を上方修正、及び効果時間の見直しを致しました。

 これ等の細かい効果量に関してはヘルプから一覧表として確認可能です。

 内容があまりに膨大な為、ここでのお知らせはこの文面でのみお伝えさせて頂きますのでご了承下さい。

 更に、属性持ちスキルの効果量を上方修正及び属性ペナルティ効果の効果量修正致しました。

 詳細な効果量に関しては、上記と同じくヘルプ項目からご確認出来ます。


 新スキルについては敵専用スキルを追加及び新規exスキルを追加致しました。

 敵専用スキル及び新規exスキルについては以下の通りになります。


 敵専用スキル


 侵略者、混沌、精神干渉、因果操作、無限武装


 新規exスキル


 破滅者ex、生命共有ex、事象予測ex、創造者ex


 これ等新スキルの細かい内容に関してはお伝えする事は出来ません。

 今回は名前だけをお伝えする形となりますがプレイヤーの皆様の手で確認して貰えれば幸いです。


  ・熟練度システムの改修


 これまでスキル熟練度を伸ばす事でスキルを獲得されておりましたが、熟練度の上限を一律1000までに上限を引き上げました。

 熟練度を上げる事でこれまでの既存スキル強化も同時に行われます。

 これらの取得を新たな目標の一つにして貰えれば幸いです。


 ・新規ダンジョン及び新規報酬


 今回のアップデート最大の目玉と言える新規ダンジョンを追加致しました。

 プラント、ダイラン、グーシアのそれぞれに一つ大規模なダンジョンを追加し、これらに新規システムであるDLシステムを導入します。

 追加されたダンジョンに巣食う怪物達は、これまでの既存ダンジョンとは比べものにならない程の強敵となっており最低A〜最大SSSまでの高ランクが巣食っております。

 そしてダンジョンの最奥に眠るボスは、nous史上最強の敵達が待ち受けております。

 これ等全てのダンジョンを攻略すればプレイヤーの皆様は元の世界に帰還する事が可能です。

 プレイヤーの皆様全員が協力し、これらのボス攻略を目標に頑張りましょう。


 新規報酬に関しては、ダンジョンのボス攻略後に入手したアイテムを現実世界へ持ち帰る事が可能となっております。

 ボスから得られる報酬に関して秘密ですが、報酬の全てが大変豪華な代物となっております。

 ダンジョンを攻略しプレイヤーの皆様の目で実際確かめてご確認下さい。


 新規ダンジョンの追加に伴い攻略までの時間制限を設けます。


 P-JP 2100/1/1 00:00


 上記の指定時間までに全てのダンジョンを攻略出来ない場合、全世界のユーザーの皆様はこのゲームと共に完全消去されてしまいます。

 ですので、時間を守りつつもダンジョンを攻略をする事を推奨します。


 ・今後のアップデート及び運営について


 今回のアップデートにて、大規模なアップデートは終了となります。今後細かい修正は行いサポートは継続しておりますのでご不明な点が御座いましたらお問い合わせ欄からお願いします。


 以上nous運営事務局からのお知らせでした。



 狂ってる。

 それが俺が一番始めに感じたものだった。


 「これ、どういう事なの?

 私達、ナウスに閉じ込められて」


 ドラゴは声を震わせ、絶望していた。


 「ドラゴ落ち着け、まだそうと決まった訳じゃない」


 「絶対そうだよ!!

 ログアウトも出来ないのに!!

 私達、訳の分からない新規ダンジョンをクリアするまで現実世界に帰れないんだよ!!

 これから私達どうなるの!!」


 正気を失いかけるドラゴに対してクロは彼女を少しし強めに押さえつけつつ冷静に彼女をなだめる。


 「分かってる!

 だが、今は落ち着け。

 今騒いでどうにかなる訳ないだろう」


 「分かってる!

 分かってるよ、でも」


 「不安なのは仕方ない。

 でも、クロの意見に僕は賛成だ。

 今騒いでも仕方ないし、とにかく今の状況をもう少し把握しないと。

 メイさんや、ケイは落ち着いているようだね。」


 「俺は問題ない、メイは大丈夫か?」


 「うん多分、大丈夫。

 落ち着いてるよ、でもその、ちょっと……」


 メイはわずかに体を震わせそのまま膝から崩れる。

 全身に力が入らないのか立ち上がれずにいた。


 「御免なさい、誰か手を貸してもらえないかな……。

 力入らなくて……」


 メイの状況を見かねて、クロは俺に話し掛ける。


 「ケイ、メイさんを頼む。

 ドラゴは俺とユウキでなんとかする。

 二人掛かりなら多少暴れても大丈夫だろう」


 「こんな時まで怪物扱いしないでよ〜」


 「とにかく、一回休む必要があるか…。

 一度状況を立て直したい。

 ケイ、お前のプレイヤーホームが結構広かったよな。

 しばらく俺達もそこを借りていいか?

 そこを拠点にしばらく動きたいと思ってるんだが?」


 「分かった。

 すぐに、向かおう」


 一度俺のプレイヤーホームへと向かい、そこで俺達は夜を明かした。

 それから、この問題が解決された訳でもない。

 ただ、時間だけが過ぎていくのを感じていた。



 2097年4月12日 プラント ワルキューレ本部


 十大財閥。

 それは、現在牢獄とも化しているナウスを運営していたユグドラシル社の親会社達の総称である。

 世界経済の大部分を支配している大規模グループ達は十王とも称され、国によっては彼等の地位は国家と同等以上の立場を持つ。


 日本に本拠地を置く十大財閥の一つ白崎グループ。

 その直属ギルドの名はワルキューレ。

 現在、日本国内でのナウス関連の事件に対して政府と警察、更に他の十大財閥と協力し最前線で動いている。


 私はこの事件解決の為にこのギルドで最前線にて戦う者の一人である。


 「ミヤ様、御父上がお呼びです」


 「分かりました、すぐに向かいます」


 ミヤ、それがこの世界での私の名前である。

 現実世界では白崎雅七【しろざきみやな】、白崎グループの会長である祖父の実の孫娘にあたる。

 私は祖父の主催するナウス内で開かれた記念式典に参加した際、今回の事件に巻き込まれたのである。

 そして今日、私は事件後に初めて父に呼び出しを受けていた。

 実に事件から4ヶ月半のことである。

 今回のナウス事件において、最前線で動いてる人物が私の父だからなのか毎日が多忙のことは聞いていた。

 そして今日、ようやく時間の合間を見つけて私を直接呼び出したのだろう。


 何を言われるのかに、粗方の予測は付いていた。


 目の前に広がるのは緊張感の漂う部屋。

 仮の作られた世界と言えど、この部屋だけは常に緊張感が張り詰めていた。

 僅かな緊張すら拭えない私を見据える視線一人の男性アバター。

 作られた肉体とは思えない程、覇気にも似た畏怖を漂うその眼光で私の方を見ていた。

 ゲーム内での名前は、カゲツ。

 私の実の父である白崎月咲【しろざきつきさ】の姿がそこに居た。


 「久しいな、雅七。

 元気そうで何よりだ」


 「はい。

 お父様もご無事で何よりです」


 「私が何をしているか?

 君なら既に知っているだろう。

 そして既に起こってしまったものは仕方ない。

 よって雅七、君には私から新たな命令を与える」


 「はい」


 「事件解決に至るまでの期間、君をワルキューレから除名する。

 異論は認めない」 


 実の父から告げれた、その言葉に私は納得できなかった。

 普段の私なら素直に従うしかない、しかしあまりに納得のいかないその言葉に私は初めて実の父に反抗した。

 身に宿った荒げた感情に任せ、私は異を唱える


 「何故です!

 私では実力不足だと言うのですか!」


 「いや、事件解決には君の力は必ず必要と言える。

 しかしだ、各国政府や他の十王達が動いている以上様々な問題が我々の元にあるのだ」


 「お父様は既に何かの手掛かりの一つを掴んでいるのですか?」


 「我々十大財閥の中に裏切り者がいる。

 それが今回の事件の裏で糸を引いてるのは確かだろうよ。

 それが何者なのかは掴んでいる。

 しかし、確実な証拠がない。

 証拠を提示したところで金で揉み消される可能性も拭えないが……」


 「財閥の中に裏切り者が居ると……?

 なら、何故私の力を信用しないのです!

 私はギルド内でも指折りの実力でしょう。

 迷宮の攻略にだって、私の力があればもっと早くに終えさられる。

 なのに、私の実力では足りぬと言うのですか!」


 「雅七、君を余計な事に関わらせる訳にはいかない。

 君は無理をしてでもワルキューレを率いるつもりだろうが事件解決まで彼等と関わる事を禁止する。

 お前はもう少し自分の立場を考えるべきだ」


 「ですが…!」


 「裏切り者に関して、それが誰なのかまでは確証はない。ここ2ヶ月程、関東エリア内では僅かに不審な動きが見られている」


 「そこまでわかっているのなら、何故今すぐにでも動いて検挙しないのです?

 お父様なら一声で動かせるでしょう!」


 「確実な証拠を掴まなければならないと言っただろう。 それに私達が下手に手を出す訳にもいかないんだ。

 他の十王に目をつけられてれれば今後の活動にだって支障が起こるかもしれん。

 こちらの一任ではすぐには手に負えない問題ばかりなんだよ。

 私だって黙って見過ごせない事だとは思っているさ。

 しかしだ政府や警察と協力を仰がなければならない、未だに音沙汰がないのが現状だ。

 動くにはまず何事も力が必要なんだよ。

 裏で何かは行われているが、あれ等を全部捕まえるには現状では証拠が足りない。

 それが済むまでは下手な行動は全て慎まなければならないんだよ」


 「証拠不十分。

 そして政府や警察にも裏の者の息が掛かっていると?」  


 「まあ、そういうことになる。

 大きな組織になれば必ずそれに紛れる不純な輩は必ず起こる。

 これは仕方のない事だが、今に始まった事でもない。

 常に味方の中には敵が居る、それを肝に命じておけ。 話を戻そう。

 今後、君には監視役としてある人物と共に行動してもらう。

 既に監視役は扉の向こうで控えてもらっている、入りたまえ」


 後ろの扉が開き、私の目の前に現れる白の長髪を持つ女性アバターの姿が目に入る。

 父の前に立ち一つ礼をすると、私の方を振り向いた。

 そして父は彼女の紹介を進めていく。


 「今回、外部からの協力者としてユグドラシル社から君の監視役及び助手として雇う事になったエルク殿だ。

 ナウス内では名の知れた情報屋でもある、君も名前は聞いた事があるだろう。

 現実世界での彼女の名は篠原涼香【しのはらりょうか】。

 彼女の実力は私が保証するよ」


 父がそう言い終えるとエルクは私に再び一礼し簡単な自己紹介を彼女の方から始めた。


 「先程紹介の通り改めて、初めましてミヤさん。

 君の監視役に命じられたエルクです。

 まあ、私の名前くらいは何処かで聞いた事があるのかな?」


 「あ……はい。

 有名な情報屋だとは聞いています。

 まさかナウス本社の方とは思いませんでしたが」


 「私は他の人達と違って少し特殊な枠組みでね。

 私の仕事が主にユーザーに紛れての世論調査。

 プレイヤー達から噂とか色々と聞いて、怪しいものがあれば独自に調査したり上に報告したりとかだね。

 常にゲームの中にいるような生活だけど、まあこうなってしまった今としては生活は対して変わらないのかな?

 今回みたいな監視任務は初めてだから、まあ長いことよろしく頼むよ」


 彼女が言い終えると父は僅かに咳払いをし、そして話題を戻す。


 「雅七は今後、可能な限り彼女の命令に従うように。

 彼女の命令なく離れる事は私の許可があるまで禁止する。

 私からの話は以上。

 二人はもう下がって構わない」


 「……、失礼します」


 納得のいかない事が多かったが、これ以上粘っても仕方がない。

 渋々お父様の意に従い礼をすると、私達は部屋を出た。

 部屋を出た直後、エルクは私に話しかけた。


 「随分と仕事熱心な御父上だね。

 あれだけ立派な方が親として居るのは実に誇らしいことだろう?」


 彼女の言葉は最もだろうが、私からはあまり良い印象はない。

 そのままの事実を気付けば彼女に漏らしていた。


 「あの人は私を道具としてしか見ていませんよ。

 私を生かしている理由は、今の学校を卒業後にあの人の決めた許婚との婚約の為でしょうし。

 あの人は今までもこれからも私を仕事の為の道具としてしか見ていないです。

 それで、これから私はどうすればいいんですか?」


 諦めたような私の口振りに僅かに困った表情を見せる彼女だったが、僅かに考え込み話題を振る。


 「うーん、まずは新しい住居探しからとか?

 今の君はギルドから除名されている訳で、今の居住地には居られないだろう?

 落ち着くまでの間に住む新しい場所を探そうか?」


 「分かりました」


 「素直でよろしい。

 私の事はエルクと、呼び捨てで呼んで構わない。

 その方が私としても楽だからね。

 君の事もミヤでいいかな?」


 「はい、これからよろしくエルク」


 「それじゃあ早速、家探しを始めようかミヤ」


 彼女にそう言われ、私達はワルキューレ本部を後にした。 



 それから私は彼女に様々な物件を紹介される。

 色々な場所を知っている彼女の知識の広さには驚くがこれといっていい場所は見つからない。

 そして現在は、ワルキューレ本部がある東京エリアの郊外に位置するプレイヤー経営の喫茶店にいる。


 店の名前は、眠った魚。


 どういう意図で付けられたのかは分からないが、私達はひとまずそこで休憩を取っていた。


 「何処か納得のいく場所は見つかったかい?」


 「これといってまだ特には………。

 都内エリアはほとんど空きが無いですし、空いていたとしてもとても私の所持金では足りませんよね」 


 「なるほど……。

 なら、いっそエリアを離すのもアリかもね。」


 「埼玉、千葉エリアを検討ですか?」   


 「そうだね。

 それと私の仕事の都合上で、君の監視を常に出来そうにないんだよ。」


 「監視の任務を放棄すると?」 


 「いや、監視は継続するよ。

 私の入れない期間に、とあるギルドへ君の監視を依頼している」 


 「何処のギルドです?」


 「その為のここだよ。

 ここはとあるギルドの経営しているお店でもあるからね。

 おーい、クロ君!」


 「はーい!」


 クロと呼ばれ現れた一人の男性アバター。

 眼鏡が特徴的な黒髪短髪の男は、私達の席の方へやって来た。


 「紹介するよ、こちらが例の護衛対象のミヤ君だ。

 知っての通り、彼女はワルキューレの指揮官をしていたんだが、現在は諸事情でギルドを脱退しており私の監視対象。

 まあ、これから彼女をよろしく頼むよ」


 「エルクさん、いや流石に。

 あの依頼マジだったんですか?」


 「私は本気だよ。

 いやぁ快く引き受けてくれてありがたい、ありがたい」


 「まんまと嵌められた訳ですか、はぁぁ……。

 ほんとに困った人ですね。

 俺達みたいな少数ギルドより大手の大規模ギルドの方が良いはずでは?

 そこの彼女、かなりの有名人でしょう?」


 「まあまあ。

 で、例の彼は今何処にいるんだい?

 彼女に会わせておきたかったんだがなぁ」


 「例の、ああ……。

 あいつは今、他の2人と一緒に素材集めですよ。

 俺とユウキはこの通り店番というわけで」


 「残念だなぁ」


 「で、元はあなたの仕事なのにどうして俺達に?」


 クロという男がそう尋ねると、エルクは愚痴混じりに色々と話始める。


 「仕方ないだろう、私も別の仕事があるんだからな。

 上にはきちんと彼女の監視任務の事は伝えているのに、あの輩は何かの手違いで迷宮調査の依頼をも私に色々と回して寄越したんだ。

 自分が死ぬのが怖いなら、受けなければいいものを……。

 わざわざ全部受けておいて、私達に回して寄越すんだ。利権争いをするのは勝手だが、無理なものを頼むのは困ったものだよ、本当に……。

 しかし、これも仕事だからね仕方ないんだよ」


 「迷宮調査。

 確かこの前プラントの第2階層がようやく攻略されたばかりですよね?」


 「そうだよ。

 現在は第3階層のボス部屋を探している段階。

 第1階層で約4万近く、第2階層攻略時には既に死者が7万人も出ていたんだ。

 どうにか8万人には届かないで済んだくらい。

 あの時例の彼等がいなければどうなっていたか」


 「第3階層のボスはソレ以上なのか?」


 「ああ、少なくとも同等以上はあるだろうと上の予想では出ている実際はこの目で確かめないと分からないがね。

 だから上は現在、その情報を求めている訳だ。

 攻略するにも敵の情報はある程度は必須項目。

 その過程で、また何人の命が犠牲になるか

 ミヤ、ダンジョン内でのプレイヤーの完全ロストの条件は分かるかい?」


 「ダンジョン内での、プレイヤーの3回死亡。

 これが現段階判明しているロストの条件です。」


 「その通り。

 実のところを言うと、私は一回向こうで死んでいる。

 迷宮内にいる雑魚敵相手に少々油断してしまってね。

 あと2回、私が迷宮調査で命を落とせば現実でも死亡するんだとさ。

 全くゲームに命を掛ける事になるとは呆れたものだよ」


 僅かに空気が重くなるも、彼女はあまり気にせず話を再開した。


 「とにかくだ、こういう状況故に君達を頼った。

 ここには彼がいる。

 だから、そう問題はないだろう?」


 「あの、エルク?

 先程から言っている彼とは一体誰なんです?」



 「白狼、私の知人の中で最も頼れるプレイヤーだよ」



 薄暗い森の中、突如凄まじい咆哮が鳴り響き周りの木々が大きく揺れた。

 俺の目の前に居る巨大なクマ型の敵。

 額の一文字の傷と、灰色の混ざった独特な毛並み。

 Aランク下位相当に該当するグレイト・ベアだったはずだ。

 灰色の毛並みの先にある、赤い爪の豪腕。

 アレをまともに受ければただでは済まない。


 「こんなところで出くわすか、面倒な相手だな」


 「ケイ、こいつって食べれる素材落とすっけ?」


 「一応落とす。

 だが味は保証出来ない。

 前に一度食べさせられたクマ型の肉はあまり美味しいとは言えないものだったが。

 それが高ランクでどう変わるのかまでは分からない」


 「そっかぁ。

 まあ、ユウキに頼めば美味しくして貰えるかもしれないしとりあえず狩ろう!

 ケイ、メイちゃんも戦闘準備して!!」


 「分かりました、後ろは私に任せて下さい」


 「ケイ、どっちが一番ダメージ与えられるか勝負しよう。負けた方は今度みんなに外食奢りだからね」


 「はぁ、勝手にしていろ」


 そして俺達は目の前のクマに向かって戦いを仕掛けた。


 このナウスの世界に閉じ込められて4ヶ月、俺達はどうにかこの世界で生きている。

 始めは衝突が多く苦戦したが、クロとユウキが上手くそこをカバーしあい今の生活が送れる程には慣れ始めている。

 経営している店で取り扱う素材を集める為に今日は狩りの当番として行っている。

 相変わらずいつも騒がしいドラゴの流れには押され気味でやけに疲れるが。


 「っ!!」 


 敵の爪が自分の視界に入り迫ってくる。

 自分からはゆっくりと止まっているかのように捉えられ攻撃の当たらない最低限の動きでそれを回避。


 「ほら、ケイ邪魔だよ!!」 


 ドラゴが横から俺の攻撃に割って入り敵の腹部に目掛け大剣を振るった。

 俺が回避した爪の攻撃に多少無理やりに割り込む。

 お構い無しのその力で攻撃を弾き敵の体へと攻撃を当てて見せた。

 敵の体力ゲージが1割は持っていかれその体が反動でよろめき体制を崩させた。


 「貰った!!」


 彼女が的にトドメを刺そうと一気に攻め込んだ刹那、何処からともなく銃声が響いた。

 俺の死角、全く予期していないその攻撃に思わず驚愕した。

 敵の頭が突如吹き飛び体力ゲージが0になると光に包まれ消滅した。

 最初は後ろで控えていたメイを疑ったが、俺が視線を僅かに向けると首を振って否定する。 


 こちらに向けて何者かが近付いてくる気配、何かの存在を確信すると後ろから女性の声が聞こえた。


 「少し手間取っていたから助けたつもりだけど。

 あなた達には必要無かったかもね」


 先程の攻撃が放たれた方向からゆっくりとこちらへと歩いてくる。

 俺の意識外から攻撃を放った人物、声からして恐らく女性アバター。

 声の方向を振り向き、その姿を視界で捉えた。


 紺の髪が特徴的な女性アバター。

 手に持っているのは先程の攻撃を放ったと思われる蝶を象った赤い双銃。

 正式な名前は忘れたがグーシアに存在するSSランクの昆虫型から落とす武器だったはずだ。

 天使の翼を思わせる特徴的な服装、その右腕に嵌められている服装と同じ翼を象った金色の腕輪。


 天使の翼。

 それだけで奴が何者なのか容易く理解出来る。

 日本よナウスのプレイヤーなら、必ず耳にするであろうこの国で最強のギルドの存在だ。


 十大財閥の直属ギルドのワルキューレ。


 それも金の腕輪と来れば幹部クラス。

 まして、女性で幹部クラスの人物であれば、その人物はたった1人。


 彼女の異名がすぐに脳裏に過ぎる。


 「ワルキューレの軍神」


 俺がそう呟くと、目の前の女性アバターは僅かに微笑む。

 作り笑顔なのか、本心なのかは判断しかねるが警戒心は拭えない。

 俺が警戒しているだろう事を向こうは察しているのだろうが構わずこちらへと話し掛ける。

 「はじめまして、白狼さん。

 お仲間達と随分と苦戦していたように見えましたよ」


 愛想笑いを浮かべる彼女に対して、俺は警戒心を強める。

 そして彼女に対して俺は問いかける。


 「財閥ギルドがこんなところで何をしている?」


 「随分、私達の事を嫌っているようですね。」 


 「お前達のような大規模ギルドには、よく狩場を占領されているからな。

 あまり良い印象がある訳ないだろう。 

 上の者がそれを把握しているかは知らないが」


 「私の部下が過去にそうした振る舞いをしていたのなら謝罪します」


 そう言って、目の前の彼女は俺達に頭を下げた。

 彼女の行動に俺は驚くが俺以上にドラゴの方があたふためいていた。


 「ちょっと、あのっ頭下げられても困りますって!

 ええと……軍神さん!!

 そんなの気にしてないから、あなたがした訳では無いんだよね!ね!」


 ドラゴはそう言って、頭を下げる彼女に話し掛ける。

 言葉が通じ、彼女はゆっくりと頭を上げた。


 「……、何が目的だよ、あんた?」


 「今回は挨拶に来ただけです、これからあなた達にはお世話になる者ですから。

 今後の付き合いに壁があっては困りますからね」


 「世話になるだと?」


 彼女の言葉の理解が追い付かない、財閥ギルドの幹部が俺達に世話になるという意味が分からないでいた。


 「元ワルキューレの本隊指揮官を務めていたミヤです。

 これからよろしくお願いしますね、皆さん」


 彼女の振り撒いた作り笑顔。

 妙な不審感は拭えないまま時間だけは過ぎていった。

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