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第2話 かの世界は次の段階へ

 2096年12月31日


 年末を迎えた今日。

 いつも営業している一階の店を閉めて俺達一家は家でゆっくりとそれぞれの休日を過ごしていた。

 俺は自分の部屋のベッドで自堕落に寝転がっていた。


 気付けば既に午前10時を過ぎている。


 今日の朝、いつもの時間に目を覚まして両親の仕事を手伝おうとすると止められたのである。

 今日は何もせずに休んでいなさいと朝早くに起きた俺に対して両親に告げられ、今日の予定は何も無くなってしまったのだ。

 いつも手伝いをしてもらって助けられたから、今日くらいは休みなさいとのこと。


 両親の忠告に従い俺は現在に至っている。

 その両親はというと、自分達もそれぞれの趣味に時間を使っていたのだ。


 仕方なく俺は、ナウス内にログインし何か手頃なクエストでも回っていようかと迷っていた頃。

 VRヘッドギアから着信音が鳴ったのだ。

 手の届く範囲に少々雑に置かれたVRヘッドギアを取り出し装着するとその内容を確認する。


 このVR器具が全国民へと行き渡るようになったのは、ここ30年程。

 行き渡るにあたってしっかりとした法整備が敷かれたのはそれから数年掛かりであり今に至ってもそれは試行錯誤の段階で続いている。


 このヘッドギアは標準的な機能としてARモードが搭載されている。これらを使えば仮想世界に入らずとも現実世界であたかもVR世界でのウィンドウが存在しているかのようにメールやカメラ、アプリの使用が可能になる代物である。


 非常に便利だが、この一つ一つの値段がかなり高いのが難点と言える。大量生産が可能な割に、これ一つで安い車の一つは買える程なのだ。


 気持ち程度は大事に使わなければならない。


 俺はヘッドギアをARモードに切り替え、届いたメールを確認していく。


 「これか」


 俺は受信したメッセージを確認する。

 メールの送り主は華式であった。


 『今日、もし良かったら一緒に出掛けられませんか?

 話したい事があります。

 待ち合わせ場所と時間は、お昼12時に駅前です』


 たった3行程、それだけが文面には記されている。

 通話が出来るにも関わらず直接話したいという華式の意向が上手く読み取れない。

 ナウス内ではなくわざわざ現実で会いたいという彼女の意向が上手く掴めないと感じた。


 対応に困る内容、俺は真っ先にそう浮かんだ。

 しかし俺は彼女の誘いをそう安々と断れない。

 例えるなら、放っておけない小動物の類いを相手にしている感覚だろうか。

 現に俺は退屈で時間を持て余しており、彼女の誘いを上手く断る理由も無い。

 俺は仕方なく、「分かった」と短文のメールで返し、約束の時間が近づくと彼女との待ち合わせ場所に向かう事にした。



 約束の時間の五分前に俺が着いた頃に彼女は既にその場所に立っている。

 茶色いコートを身に着け、今時の女性ファッションを感じさせる冬の装いの彼女。

 元々の小柄な体躯から僅かにあどけなさすら感じさせる。幼さも感じるが、何処か大人びているような不思議な雰囲気が彼女から感じる。


 「随分と早いな、何分くらい前から来ていたんだよ?」


 「今さっき来たところだよ」


 「そうか。

 で、華式が直接まで会ってまで話がしたいまた何かあったのか?」


 「ええと、特に困ってる事は無いよ?

 その、たまには二人で出掛けれらないかなって思ったから。

 変だったかな?」


 僅かな上目遣いでこちらを見てくる彼女。

 彼女の元からの性格上、狙ってやってる訳ではないだろうが。

 尚更、素で行われてる仕草であると断り辛いと感じる


 「いやまあ、そんな事はないが。

 じゃあ、これからどうするんだよ?」


 「お昼はもう食べて来た?」


 「いや、まだ食べていないよ」


 「そっか、私もまだなんだ。

 じゃあ何処か適当なところで食べに行こう?」


 そう言って、俺は彼女と共に昼食を摂りに歩き始める。

 近くの軽食喫茶で軽く済まし、それから彼女の提案の元で色々なところを歩いて回った。

 今日の彼女を見た限り、サークル以外でのいつもの彼女の様子と比べて、自分から積極的に話しているように伺えた。


 「どうかしたの?」


 華式が会話が途切れ俺の様子がおかしかったのを感じ、話し掛ける。


 「いや、今日はやけに楽しそうに見えただけだ。

 あの時比べたらとは大違いだろう。」


 「そっか、うん。

 そうだよね。

 私、少しは明るくなれたのかな?」


 「俺からはそう見えたんだ。

 実際、少しずつだとしてもいい変化だろうよ」


 華式は横で静かに頷き僅かに微笑むと、こちらに手を伸ばしる。


 「まだ時間あるからさ、もう少し一緒に歩こう」


 「ああ……」


 彼女の伸ばした手に一瞬驚くが、試しに俺がそのまま華式の手を取ってみる。


 「っ!!

 ええと、その」


 「やっぱり、今更気づいたか」


 「うん。ええと、その……ごめん。

 その、嫌なら離しても、いいよ」


 「別に、否定する理由はない」


 「そっか、うん。

 じゃあ、このままでお願いします

 今日は混んでるからね。

 その、はぐれないように……」


 「分かった」


 彼女の言葉を受け入れ再び動き始めようとした瞬間だった。

 俺のバックからメールの受信を告げる着信音が鳴り響く。


 「メールだよね?

 一応見てみたら?」


 「そうだな」


 彼女から手を離し、俺はリュックに入れていたVRヘッドギアを身に着ける。

 それから慣れた手付きでARモードへと切り替え、手早くメールの内容を確認する。

 メールには送り主の名前は無く文面だけがそこにあるようだ。

 ただのテキストファイルだろう、ウイルスに感染していない事をメールをアプリに通し俺はメールの内容を確認する。


 『nousの地にて、真実を伝えよう。

 全ては、我らの故郷の為に』


 たったそれだけがメールには記されていた。


 「何が書かれていたの?」


 「多分、迷惑メールの可能性が高いと思う内容だよ。

 が、普段はフィルターで全部弾かれるはずなんだが。

 こちらのアドレスを指定し送ったのは確かなんだよ。

 相手が何処の誰かが分からないがな」


 「そう……」


 「メールの内容が、nousの地にて真実を伝えよう。全ては我らの故郷の為に」


 「何か新しいイベントの告知かな?」


 「新イベントなら、恐らく華式や他のプレイヤー達にも届いているはずだろう?

 仮に限られた者達に送られた来たのなら何故俺が選ばれた理由が分からない」


 「そうなの?

 私は白狼って呼ばれるくらい有名だからそれが理由とか勝手に思っていたけど」


 「まあ、俺が白狼である事は身内かサークル内でしか知られていないはずなんだよ。

 最悪、学内に広まってるとしても俺より強い奴も結構居るだろうよ。

 となれば、わざわざ俺1人を指定する理由がない。

 そもそも、俺は白狼呼ばわりされるのに未だに慣れない」


 「そうだったね、ごめん。

 じゃあ、これは私怨というか何か罠の可能性?

 確実にPKを狙った物?」


 「その可能性が高いんじゃないのか」


 少しの間を開けて、華式は俺に問いかける。


 「どうするの?」


 「放っておくよ。

 だが、夜には一応ログインする予定がある。

 年越しイベントが、ナウス内で行われるらしいんだ。

 今年の催しは多少興味があるから、可能なら行こうとは思っていたんだが」


 「そうなんだ。

 今年は何か特別良い報酬とかがあるの?」


 「そういう可能性があるくらいだよ。

 一部プレイヤーのコミュニティ上では今年は大規模なアップデートが行われる。

 そういう出所不明な噂はされていたんだよ。

 だあらまあ、本当かどうかは分からない」


 「アップデートかぁ……、そんな情報は初耳だよね?

 内容は新しい敵、新依頼とか、熟練度のキャップ開放、新スキルとか色々と予想出来るけど一体何だろうね」 

 「具体的に何かは不明だが、それでも何かしらは来る可能性が高いだろうよ。

 年が変わるなら、大抵そういう新機能が追加されるのはよくあるからな。

 ナウスがどうするかはわからないが」


 「アップデートの予想時間は?」


 「日本時間では、日をまたぐ0時丁度が予想らしい。

 年越し丁度となると、サーバー落ちとかありそうだが。過去に一度もそういう事例は無かったからそういう心配は無いとは思うよ」


 俺は再び例のメールへと視線を向ける。

 メール自体は特に珍しい物ではない。

 この世界が大規模ネットワークと常に繋がってる以上、世界中から様々な情報が行き交うからだ。

 個人が既に莫大な情報と関わる以上、情報セキュリティは常に異様な程の進化を遂げている。


 世界最大のVRMMORPGナウス。

 このゲームに導入されているセキュリティに関して、その強さは1企業の扱う物の比ではない。

 2年前に行われた世界中からの大規模なハッキング行為に対して、このゲームを運営しているユグドラシル社は一切の侵入すら許さず敵のハッキングを防ぐと同時に逆ハッキングを仕掛け敵を一斉検挙した事例がある程である。

 この後の会見にてユグドラシル社の代表を務めるカノラリールは世界中のメディアに対して堂々と次の言葉を宣言した。


 「例え世界全体から物理攻撃を仕掛けられたとしてもこのサービスの運営に関しては何ら問題はない。

 例え私がこの場で殺されようとも、かの世界は世界中の多くのユーザーへ提供し続けられるだろう」と。


 そんな強固なセキュリティ故にゲーム内では現実の会社がゲーム内にオフィスを置き、国によっては軍事系の訓練にもこのゲームを導入しているのである。

 現在のこの世界はナウスというゲームを介して回っているに他ならならないだろう。


 過去に二度、大きな問題は起こっていた。

 しかし、他の企業が解決に掛かる時間とは比較にならない程、早期に解決している運営の保守能力は世界トップレベルである。


 そんな中で自分に対して来た一通のメール。

 僅かな違和感を俺は拭えずにいた。


 気のせいだろう。


 そんな一言では無視は出来ない程に……


 「継悟君?」


 考え事をしている中、隣に立っていた華式が顔をこちらに覗かせてくる。


 「どうかしたか華式?」


 「その、やっぱりあのメールが気になっているの?」


 「ああ、まあ気になるのは確かだよ。

 ゲーム内のフレンドあるいは現実の連絡先からはメールを送る事が出来るのは分かるんだが。

 今回はその宛先が不明なんだよ。

 そして記されたいたのが少し奇妙な内容だったから余計にな」


 「心当たりがあるの?」


 「これが特にこれと言ってない。

 ただ何かおかしい気がするんだが……、

 どうしたものかと思ってな」


 「そっか……」


 「華式、済まないが今日はここまででいいか?

 ナウス内で、少し個人的に調べたい事がある。

 本当に済まない」


 俺の言葉を聞くと、少し寂しげな表情を浮かべて静かに頷く。


 「うん、分かった。

 調べるって事は、宛はあの人だよね?」


 「思っている通りの人物だよ。

 まあ、可能ならあまり関わりたくないのが本音だが。

 その、今日は先に帰らせてもらう、後で何か埋め合わせはする。

 年越しイベントの時には必ず時間を合わせる」


 「うん、私も向こう側で待っているから。

 頑張ってね」


 「ああ。

 もし、時間が近付いて来なかったら連絡をしてくれ」


 会話を交わし終えると、俺は急いで自宅の方向へと走り始める。

 この違和感が何なのかを突き止める為に俺は先を急いでいた。


 2096年12月31日 日本時間 午後11時39分


 ユグドラシル社の本社、北アメリカ大陸とユーラシア大陸の間に位置する人工島である。

 世界最高レベルのセキュリティが保たれていたかの場所である。

 その社長室の一角にて、一発の銃声が鳴り響いた。

 本来は絶対にあり得ない状況に、警報音が部屋全体へと鳴り響き続けた。


 「っ……」


 腹部に受けた弾痕を抑える1人の男。

 晴天の太陽の光が部屋の構造により影を生み出していた。

 影に隠れるように、男に未だ銃口向ける一人の人物がそこにいた。

 部屋にはその2人しかおらず、外部から警備員が駆けつけるのも時間の問題だった。


 「まさか、それがお前の目的だったのか?

 カノラ・リール?」


 男が倒れているその人物へ尋ねると、倒れているその人物は僅かに笑いながら上を見上げた。


 「はは……、流石に痛みが違うな現実は。

 向こうとは訳が違うよ。

 あの世界の痛覚軽減のシステムがどれほど偉大なのか身に染みたなぁ」


 カノラ・リールと呼ばれた男は傷を抑えながら影の人物に話しかける。


 「私は始めから、今日の為に己の全てを捧げていた。

 ようやく、我々の悲願が叶う時が訪れる」


 「無駄だ、お前達の計画はこれで終わりだろう?

 貴様のやろうとしている事ははじめから間違いだった。

 我々を巻き込むような真似を私は決してさせはしない。

 例え、お前自身にどんな理由があろうともな」


 「いや、もう遅いよ。

 アレに仕込んだブラックボックスの内部ウイルスにより計画は時間通り遂行されるんだ。

 そして、先に仕掛けたのはお前達の方だろう?

 私達から全てを奪った元凶である君達にこちらが非難を受ける筋合いは無い。

 君とは実に長い付き合いだったよ」


 傷を抑え、男は天井を見上げ笑いながら影の人物へ告げる。


 「俺は間違っていただろうよ。

 この計画を進めるにあたって、はじめから自分のしようとしている事が許されるだなんて思ってはいないさ。

 私のやろうとしている事がどれほど愚かであるか、私自身が一番よく分かっている。

 私もそこまで馬鹿ではないさ」


 「何が言いたい?」 


 「はは、いや自分がなんとも滑稽過ぎるのでね。

 お前に、いや違うか、

 この世界の住人に私達の全てを託そう……。

 過去の我々にはもうどうにもならない、今度は君達が我々と同じ末路を迎えるのかもな。

 だが、もし君達が……、君達がアレを変えてくれる可能性があるのなら……。


 意識が薄れゆく最中、男はゆっくりと呟いた。


 「今度……こそは救って欲しい。

 この世界も、ナウスを……」


 言い終えた瞬間、カノラ・リールという男の命は消え去った。



 カノラ・リール。

 彼は、このユグドラシル社の代表取締役でありのナウスの設計者として世界中にその名が知れ渡っていた。

 現在、世界を束ねるのは十大財閥、通称十王と呼ばれる企業連盟組織。

 彼はこれらの財閥の何処にも属さず、彼等から遣わされた役10万人程度の技術者達によってこのナウス及び人工島を創り出しこれまでソレを治めていた。


 彼の死は後に世界中に知れ渡る事になる。

 しかし、この時世界はこれから起こる最悪の出来事に舵を切る事になっていた。


 2096年 12月31日 午後11時04分


 目の前は星の光が照らす薄暗い世界が広がっている。

 現実でいえば関東エリアに位置するであろう場所に俺は立っていた。

 荒廃した建造物の上で、下界を見下ろしていると聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


 「時間通り来ていてくれたようだね」


 後ろから声を掛けられ振り向くと身に覚えのある彼女がそこに居た。。

 ここに俺を呼び出した人物、エルクがそこに居た。。


 「エルクか。

 お前こそ何が目的だよ、わざわざそちらから呼び出して来るなんて珍しいと思った」


 「なるほど、君も私を探していたんだ?」


 そう言って、銀髪の長い髪が特徴的な彼女はこちらを値踏みするかのような視線を向けてきた。


 彼女なナウス内でも、名のしれた情報屋である。 

 かつては俺の師を務めていた彼女、その実力は少なくとも自分達よりは遥かに上の存在だろうか。

 彼女は現実世界でも長い付き合いがある。

 今現在に至っても俺が小さい頃をネタにからかってくる程だった。


 だが俺は情報屋である彼女の腕を信じ例のメールの件について調べる為にやむを得ず連絡を取る。

 しかし、連絡をしようと思えば彼女にソレを見破られていたかのようにあちら側から時間と場所を指定し、待ち合わせを要請してきたのである。


 俺は、自分の思考を彼女に全て管理されているようで少し気味の悪いと感じた。しかし、細かい説明無しで対応出来るだけマシだろうと頭で無理矢理納得させる。


 「謎のメールが俺の元へ届いた。

 文面は先程伝えた通り、

 で、俺以外にもメールが届いていないか調べて欲しいんだよ」


 俺が彼女に自分の要件について伝えると、彼女は少し考え込みながら返答を返した。


 「君も、なんだね?

 例の変なメールが届いていたのは?」


 君もと言われ、俺は少し驚きながらも彼女に聞き返す。

 すると、少し意味深な僅かな微笑みを向け彼女は話続けた。


 「お前の元にもあのメールは届いていたのか?」


 「まあ、一応ね。

 でも、アレの宛先が何を目的としたものなのかが不明な点、それが一番困ったところだなぁ。

 一応、こっち側からちょいと裏から掛けて発信源をまあ突き止めては見たけどさ」


 「宛先は掴んでいたのか。

 てか、それは流石に不正行為に当たる可能性はないのか?」


 俺が彼女に疑問をぶつけると、軽く首に手を当てながらやぶからぼうに彼女は答えた。


 「ああ、君にはまだ私の仕事について何も言っていなかったか?

 一応私は現在、ナウスの日本支部で勤務しているんだよ。

 細かい役柄についてはあまり言えないが、そうだなぁ……、

 こういった不審な物や事柄を調べるという行為、多少は面倒と感じるような事が今の私の仕事だと言えばいいかな。

 で、話を戻すが例のメールの発信源は何処だったと思う?」


 彼女の質問に対して、俺は事前に予測していたメールの発信源と思われる国々を挙げて答える。


 「今のところの予想では、インド、中国、アメリカの3ヶ国が可能性が高いと踏んでいた。

 あの国等が今の最先端を率いているのは明白だろう?」


 「なるほど、君はそう推測したのか……。

 ああでも、先に言うと3ヶ国全部ハズレ。

 でも、全くそうとは言えないのかな?」


 こちらを明らかにからかう素振りで返答した彼女に多少苛つきながらも、俺は彼女に落ち着いて例の発信源について尋ねた。


 「それじゃあ結局何処だったんだよ?」


 「この世界を運営しているユグドラシル社、その本社がメールの発信源だよ。

 発信対象は、私を含むEX【エクストラ】スキル所持者にのみに送られた物だ。

 つまり、あのメールは本来十王、あるいはその直属ギルドの顔ぶれのみに送られている特別なモノだったという訳さ」


 彼女が告げた、例のメールがEXスキル所持者のみに送られていたという事実。

 その言葉に俺は驚いた。。

 あまりの驚きに思わず言葉を失っていると、彼女は言葉を続ける。


 「私は初耳だったよ、君がEXスキルを持っている事についてね。

 運営が現在存在を公表しているのは全15種類という数字のみ。

 ごく一部のプレイヤー、あるいは特別な条件の達成で得られるソレを私はまあ仕事の関係上で持ってるが君がまさか所持しているとは思わなかったよ。

 現在確認されているのは13種類のみ、モノによっては君が14番目のスキル所持者という訳になるのかな?」


 彼女の言葉に俺は思っていた事を聞き返した。


 「俺が、そのEXスキルとやらを持っているのはおかしいのかよ?」


 「ナウスの全ユーザーは権限レベルによって一括管理されている。

 そして、それ等によって所持出来るスキルの段階はある程度は決まっているんだよ。

 例えば日本ユーザーの大半は5段階レベルの内のレベル2。お役所仕事や軍の人達はレベル3相当、私や運営に関わる者が4、そして十王、それ等幹部クラスはレベル5だ。

 そして噂ではレベル5以上も存在するとか言われているがまあそんな事はどうでもいい。

 問題はEXスキル所持者は少なくとも権限レベルが4以上というのが今のところ判明している条件だ。

 コレは全ユーザーの1%にも満たないほんの一握りのプレイヤーだよ。

 君みたいなごく普通よ一般人が早々と持てるような代物ではないという事だ」


 「一般人ね。

 噂程度でプレイヤーを社会地位に応じて振り分けているという噂があったが、まさか本当だったのか」


 「誤解しないで欲しいのが地位に応じての振り分けというのとは少し違うものだという事だ。

 強いて言うなら管理レベルはゲームを適切に管理するための役職のような物なんだよ。

 誰かが一方的な独占や支配をさせないための牽制力、抑止力と言えばいいのかな?

 現実の警察や軍のような役割というイメージだ。

 とにかくだ、色々説明省いて告げるとするなら一般人の君がEXスキルを持ってるのは少しおかしいと感じたんだよ」


 説明を終えて、俺の中に様々な思考が過ぎる。 

 EXスキルの意味というのがあまり理解が出来てはいないが確かに俺は例のEXスキルを持っている。

 このゲームを始めて割とすぐにステータス画面に現れ、突っかかれるのも面倒だったから言わないでいたモノであった。


 色々と思う事があったが、一つ彼女に対して俺は問い掛けた。


 「じゃあ結局、あのメールは例のEXスキル所持者にしか届いていないんだな?

 そうなると、発信源であるユグドラシル社の意図は何だって言うんだ?

 EXスキルの所持者、それも十王等に不審なメールを送り付けていたんだろう。

 十王って言えばは、ナウスを運営しているユグドラシル社のスポンサー、簡単に言えば支援者だ。例のメールがイタズラとかだったら、下手をすれば会社の信用にも関わる大きな事案になり兼ねないんじゃないのか?」


 俺の問い掛けに対して、彼女は首を振りながら答えた。


 「まあ、それ以上に関しては私にもさっぱりだなんだ。

 私達への返答は未だに無いのが原状。

 まあ、私程度の立場じゃあ上の動きに関しては何も知らないのが当然だろうけどさ。

 アレが何かのイベント、アプデ関連……あるいはまた別の目的なのか。

 まあ私個人の勝手な見解としては、何かの不具合の可能性の方が高いと勝手に思ってはいるんだけど」


 「そうか、あまり問い詰めて悪かったな……」


 「私くらいなら別に構わないよ

 君の求める回答にはなったかい?」


 「現段階では十分だ、答えて貰えるだけでもありがたい」


 「そうかい。

 それじゃあ情報提供の見返りとして君の持つEXスキルの名前を教えて貰えるかな?」


 いつの間にか、情報料として、俺自身のスキルを明かせと要求され流石に言葉に詰まる。

 そして俺は覚悟を決め、例のスキルの名前を告げた。


 「事象予測、それが俺のEXスキルだ。

 俺がこのゲームを始めて割とすぐから、このスキルは俺の元に存在していたんだ。

 が、どうもその使い道が未だにわからないんだよ。

 何気に熟練度だけが伸び続けている置物にも等しい物だ」


 「事象予測、初めて聞いた名前だね。

 14番目のスキルでは間違いなさそうだけど、何も効果が無いのか……。

 それで、現在の熟練度は幾らくらいなんだ?」


 「最大800の熟練度の内の現在は320程だ。

 今に至っても、これといって身につけた加護や能力は何も無い。

 そして、このスキルの熟練度が伸びる条件も一切不明なんだよ。更にこのスキルの伸びは他のスキルに比べて半分以下の伸び具合だ。

 これを持っていたとしても何かレアな報酬が貰える訳ではない。名前の通りに何か、敵の情報辺りが把握出来る訳でも無かった……。

 一体、これは何のスキルなのか俺自身が知りたい程だよ」


 「なるほどねぇ……。

 結局、300を超えて現在においても一つも無いのか。

 私にも隠しておいて、嫌がらせのつもりかい?」


 「言う必要がこれまで無かっただけだ。

 それに、実際のところ付けてる意味が無いに等しいスキルだ。自分はもう何かのやり込み要素の一つだろうと思って付けているくらいだ。400を超えても何も無いなんて事は無いだろうとは多少の期待はしている程度だが……。

 無かったら、無かったでこのスキルを切り捨てるつもりだよ」


 「そうかい。

 まあ切り捨てるのだけは、もう少し保留にしておいてくれないか?

 君のスキルについてはこちら側から少し調べて置くからさ。それに私個人としても君のEXスキルに対して少し興味がある」


 「そうして貰えるとありがたいが。

 で、どうせまた何か要求するのか?」


 「それは勿論、こっちも一応仕事だからね。

 そうだなぁ、この間倒したフリーディアの変身個体についての情報で構わないよ。

 あと今度、おじさんの店で一つケーキを奢って欲しい」


 要求が相変わらずの図々しさだが、見返りとしてはいい方だろうか。昔みたいにSSクラスのボス討伐に手伝って欲しいとか、無茶な事を色々と言われるのだと思っていたが。


 「分かったよ、それで情報が得られるのならな」


 「じゃあ、この商談は成立ということで。

 一週間後にまたこの場所で落ち会おう」


 「了解した」


 すると、俺の方に着信音が響く。

 何かと思い確認するとメッセージ元は華式のアバターであるメイからの物であった。

 それは、現在の時刻が年越しの10分前だという知らせだった。


 俺の反応を見たエルクは、いかにも怪しい笑顔を浮かべてこちらに話しかけてくる。


 「もしかして君の彼女かい?

 いやぁ、やっぱり白狼さんはモテますねぇ」


 「そんなんじゃない。

 あんたもよく知ってる、メイだよ」


 「ああなるほどね、彼女か。

 未だに君達2人の関係性は面白いね。

 そうやって楽しめるのは君達の年齢くらいだろうし、毎日上司に頭を下げる生活がもうすぐ君達にも分かるさ」


 「昔からその調子だよな、エルクは。

 うちの店で入り浸ってた頃と何も進歩してないだろ」


 「あはは、厳しい言われようだね。

 でも君達2人はまだ付き合ってる訳でもないんだろう?

 それに加えて、元メンバーの彼女を振ってるくらいじゃないか。

 全く、いつも君は優柔不断だね」


 「2年前の事だろう、別に今は関係ないはずだ。

 それに彼女とは前に色々あって助けているんだけだ。

 あんたにも一応、その理由は話しただろう?」


 「そうだね。

 まあ、私から見れば随分彼女には肩入れしているようにも感じるかな。

 少々、過保護気味ではないのかな?」


 「それをどの口が言うんだよ?

 別に問い詰めはしないがそろそろ俺から離れてもいい頃のはずだ。

 これ以上俺と深く肩入れするのも、あんた自身の首を締める行為だろう?

 それに、メイに対してだがこれは俺の責任だ。

 その分は彼女に対して償わないといけない」 


 「君の言うとおりかもね。

 でも、彼女は君をそうは思っていなかったとしてもかい?

 いい加減、君も気付いているんだろう。

 あの子の気持ちについてはさ?」


 「勝手に諦めるだろうよ、俺からはどうもしない」


 「相変わらずそういう所は冷たいねえ。

 当時のシロちゃんが本当に可哀想に思えるよ。

 あの子が好きだった彼があれ程怒るのも無理はないねぇ」


 「もう話は十分だ。

 一週間後にまたここで」


 「はいはい。

 じゃあ、またここで落ち会おう。

 まあ、おじさん達によろしく言っておいてくれ。

 今度の休みにでも、あの店にまた寄るからさ」


 彼女は俺にそう告げると、俺はメイの待つ場所へと足を急いだ。



 メイが俺にメールで伝えた場所は、ナウス内の大都市エリアから少し離れた高いビル状の建物の屋上だった。

 そこから、仮想世界の星を一人え見上げる彼女の姿が見えてくる。

 赤いポニーテールの小柄な女性アバターがこの世界でのメイのアバターであるのは一目で分かる。

 赤と黒を基調とした迷彩柄の衣装を纏っており多少視認はし辛いが彼女の戦闘スタイルには合っている物だろう。


 「待たせたなメイ」


 俺が声を掛けると、メイは僅かに微笑みながら頷くとこちらの声に応じた。

 そして、俺は彼女の周りに見慣れた人物達が既に居る事に気付いた。


 「遅いよ、ケイ!

 全く、私達だけで年越しするところだったんだよ!」


 「まぁまぁ、とりあえず間に合ったんだからさ落ち着きなよドラゴ」


 「まあ、一番最後なのには変わらないんだ。

 ケイ、この借りは後で高くつくぞ」


 「なるほどな……」


 思わずそんな言葉が溢れる。

 珍しくメイから誘いがあった理由は、あいつ等今回の事を裏で計画していたからだとようやく俺は気付いた。


 丁度俺を待ち構えていたのはメイ以外にも、ドラゴ、ユウキ、クロ。

 現実世界での、いつもの彼等の姿がそこにあった。


 「サプライズにはなったようだが。

 お前もなぁ、もう少しは察しろよ?」


 クロが色々と突っかかって来るが、それを跳ね除けドラゴが俺の方へと詰め寄って尋ねてきた。


 「ねぇねぇ、今日は二人でデートしてたんでしょう?

 どんな感じだったの?

 メイちゃん、さっきから聞いてもさっぱり私には教えてくれないからさ!

 ねぇ、二人がどんな事したのか私にも教えてぇ!」


 「何も言わなくていいからぁ!!

 それにあれはデートとかじゃないから、ただ一緒に出掛けてただけだよ!!

 だから何も無かったって……!!」


 ドラゴが俺に強引に引っ付いて来るのをメイは無理矢理引き剥がそうとする。二人の仲がいいのは結構だが、メイはかなり慌てて色々話す順番が可笑しくなっているようにも見えていた。


 「ドラゴ、メイさんを困らせるな。

 でも、メイさん一人置いて帰るお前もなぁ」


 クロは彼女を静止したと思えば俺に突っかかって来る。少し苛ついて来る発言であったが、それをユウキは間に割っては入ってくる。


 「まぁまぁ、クロも落ち着いて。

 ほら、ケイも早くこっちにさ」


 ユウキが俺を強引に引っ張り出し、気付けばギルドメンバー全員で円陣を組まされていた。


 俺の右にユウキ、クロ、ドラゴ、そしてメイと並びドラゴが俺達に話しかける。


 「ユウキー!あとどれくらい?」


 「あと20秒くらい」


 「よーし、それじゃあ全員数える準備しろ!!」


 ユウキの声を合図にクロが俺達へ声を掛ける。


 クロが俺達に呼び掛け、その時を待っていた。

 そして、その時はやってくる。


 「「10!ー9!ー8!」」


 カウントダウンを開始、クロ合図に合わせて俺達は声を上げる。


 「「5!!ー4!!ー3!!」」


 カウントダウンは進む、全員が今か今かとその時を待っていた。

 それは俺自身も何処かで楽しんでいた。


 「「「2!!ー1!!!ーーゼ………」」」


 しかし、カウントを切ろうとした刹那だった。

 目の前の世界が突然闇へと染まる。

 上手く声も出せず、体の自由すら効かない……


 「………!!」


 皆のうめくような音が僅かに聴覚で捉えられる。

 徐々に自身の意識は闇に呑まれていく。

 思わず死を直感する程。

 俺は僅かでもその恐怖へと抗おうとするが自分の体は思うように動かない。

 身体は僅かな抵抗すら叶わない。

 そして確実に意識も闇へと飲まれていく。

 消えゆく意識の中で、俺は誰かの声を確かに聞いた。


 ーーーナウスへようこそ、明峰継悟君。


 人なのか分からない、無機質な機械的な音声。

 謎の声を聞くのを最後に俺達の意識は落ちていった。


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