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nous
ラヴィ
ゲームVRゲーム
2024年08月31日
公開日
206,020文字
連載中
 現代よりも遥か未来の2090年代後半。
 世界は現実と異世界との交流を舞台としたフルダイブ型VRMMORPG、nous【ナウス】を中心に動いていた。

 この世界を現在実質的に支配し管理しているのは国ではなく十大財閥、通称十王という企業組織。

 十王、そしてnousの開発者であるカノラ・リールという人物を中心に生まれたこのゲームにより、様々な生活の中にVRとAR、そしてnousが多く浸透していく中でゲーム内での実力が現実世界にも影響しその広がりを見せていた。

 しかし、それは日本時間の2097年を迎えた瞬間、世界から約20億余りのプレイヤーがゲーム内へと閉じ込められてしまったのである。

 ナウス内に捕われたプレイヤーへと課せれたこの世界からの脱出条件はゲーム内に出現した新たな3つのダンジョンを期間内に全て攻略する事。

 その期日、2100年を迎えるまでの僅か3年。

 ゲーム内に多くのプレイヤーが閉じ込められ世界は大きな混乱に陥るが、十王及び各国政府は対策本部を配置し各ダンジョンの攻略へと動き始める。

 彼等はゲーム内で傘下に置く大規模ギルドと連携し一日も早いデスゲームからの開放に向けて動きつつあった。
 しかし国同士、そして十王内で様々な思惑が交錯していく事は必然。

 そして3つのダンジョン攻略を進めていくに当たり、あまりに理不尽な難易度のダンジョン達を前に彼等の攻略は徐々に滞っていく。

 更には、この世界の裏で動く巨大な陰謀が……。

 しかし、デスゲームと化したこの世界に挑もうとする者が僅かだが存在していた。

 かつて白狼とまで呼ばれ、その名を世界に轟かせた凄腕プレイヤー、ケイもその一人である。
 過去に囚われながらも現在の仲間、更にはかつての仲間も集っていき共にこの世界での抵抗を始める。

 全ては、この仲間達と生きて帰還する為に。

 これは不可能に挑み続けた抵抗者達の記録ーーー

第1話 続くと願う世界

 世界最大のVRMMORPG、nous。

 仮想世界と呼ばれるこの世界で、私達は戦っていた。

 広く、気味の悪さを感じさせる薄暗い空間。

 そこから響き渡るのは荒々しくも厳格なオーケストラの楽曲。

 ここで繰り広げられる私達の戦いを盛り上げ高揚感を呼び起こしてくる。  


 私達が現在攻略中のこのダンジョンは、半年程前に実装されたばかりの比較的新規のモノである。

 最下層に存在するボスの名はフリーディア。

 難易度は、最高難度のSSSランクの2つ下に位置するSランク相当。

 本来18人相当での攻略が推奨されている。

 そんな敵に対して、私達はたった4人での攻略に挑んでいる。

 現在の最低攻略人数は8人であり、その記録を更新する事が理由だからだ。


 そして既に、私達の戦いは終盤へと差し掛かる。

 目の前に立ちはだかっている白いヤギ頭の黒い体毛に覆われた悪魔の体力は既に4本あった体力ゲージの最後の一本へと差し掛かっていた。

 そして敵は終盤の合図とも言える巨大な咆哮を放った。

 ここまでの動きは全て想定通りである。


 「全員下がれ!!」


 私達に向けてメンバーのリーダーであるクロが叫んだ。

 敵の行動は既に全員が把握しておりリーダーである彼の指示の元に戦っている。


 私達に向かって黒い悪魔は敵意を剥き出し襲いかかってくる。

 巨大な黒腕から振るわれるのは巨大な双の蛮刀。

 大きく振りかぶると、目の前から敵の姿が突如として消え去った。

 瞬間、敵からの攻撃が私へと直撃しようとしていたが、攻撃の衝撃が目の前で響き渡った。

 敵の攻撃から私を庇ったリーダーの姿が目の前にあった。


 「後衛だとしても、敵への警戒は怠るな」


 「はい」


 私の目の前に巨大な盾を持った黒い全身甲冑を纏ったクロが、怪物の攻撃を容易く受け止めてみせる。

 攻撃の衝撃は火花をあげて、放たれた衝撃の強さを感じさせた。


 「メイちゃん、クロ!

 そこどいて!!」


 咄嗟の判断で私達は右へと飛退く。

 瞬間、私の居た位置に茶髪の女性の影が視界を過ぎ去った。

 独特の機械的模様が特徴的な身の丈程度の片刃剣。

 声の主は軽々と構えて間合いを一気に詰めていく。

 彼女の存在を敵が気付く頃には攻撃の予備動作を既に終えていた。


 彼女の振るう剣が敵を貫いた。

 その瞬間、巨大な衝撃が響き渡る。

 放たれた彼女の攻撃はかなりの威力。

 奴の体ごと軽く吹き飛ばして見せた彼女は、得意気にこちらへ笑顔を向ける。

 巨体は吹き飛び壁に衝突、僅かに敵の動きが硬直すした。


 「どう凄いでしょう?

 やっぱりSクラスは硬いけど、私の力には敵わないみたいだね!」


 軽々と身の丈程の大剣を構える彼女は剣を担ぎつつも自慢げに言う。

 そんな彼女に対してクロは注意を呼び掛けていた。


 「ドラゴ、お前なぁ。

 いつもだが、いきなり俺達の後ろから襲いかかるのはやめろと言って……」


 いつもの説教気味のクロに対して、ドラゴは耳を塞ぎ聞こえないようにする。


 「分かってる。分かってるから!

 こんな時まで、お説教は辞めてよーー!!

 ほら、敵さんはまだ動けるんだからね、ね?」


 彼女の言うとおり、先程飛ばされた怪物は先程の硬直を終えている。

 気付けば既にこちらへと凄まじい速度で向かって来ているではないか。

 遠くから迫りくる敵の体力ゲージを私は確認する。

 既に体力は3割程度にも満たない程に減少している。

 あと2回程だろうか。

 彼女攻撃が再び当たりさえすればこの戦いは終わるだろうと予想出来る。


 敵の突進を今度は全員が瞬時に避けると、敵の狙いはは先程攻撃をした彼女へと移る。

 怒りに身を任せるかのように彼女へと凄まじい勢いで向かっていた。


 「いいねぇ。

 それじゃあ力勝負といこうかな!!」


 敵の攻撃と再び彼女の攻撃が衝突する。

 流石に前衛の攻撃役の彼女が正面から奴の攻撃に耐えられる訳が無いと思っていた。

 しかし、そう思った思考は。

 彼女の目が僅かに赤く光り、振るわれた巨大な蛮刀をを彼女一人で抑えて見せたのだ。


 「先週ようやく覚えた狂戦士と戦場制圧の複合スキル、オーバー・ザ・トリガー。

 体力消費前提だけど、君くらいには十分効くようだね」


 「ーーーー!!」


 彼女よりも5倍はあろうかという巨体の敵。

 巨大から振るわれる無慈悲ともいえる苛烈な攻撃を幾度も受けても尚、彼女はその手に持つ大剣で容易く防いでいた。

 大剣を振るう彼女の体力ゲージは目に見えて減っていくが敵の攻撃を全て凌いでいく。

 使用しているスキルの影響だろうが、あの敵と互角に渡り合える事に私は驚かされる。

 しかし体力の減少が敵の攻撃によるものでは無いにしても、体力の減少はかなり早い。

 8割近くあった彼女の体力がものの数十秒で半分を下回っていたのだ。


 そんな彼女の様子に呆れつつもリーダーは盾を構え敵に向かう。

 すると、彼の持つ盾がスキルの発動を告げる光のエフェクトで輝いた。

 彼は転倒スキルを使用したのだろう。

 その衝撃で敵が仰け反り彼も同じく攻撃の反動で僅かに怯んでしまう。

 しかし、敵の攻撃の手を止める事に成功すると、すぐさま彼女と共に敵から距離を取り動いていた。

 攻撃のメインの技では無いのか、威力はほとんど無く敵の体力ゲージの減少は微々たるもの。

 遠くからでは確認出来ないが、敵の攻撃を撒くくらいには十分効果を発揮していた。


 「お前、新スキル取ったなら事前に言ってくれよ。

 分かるだろ?

 終盤にアタッカーが落ちられたら困ることくらいさ」


 「分かってるって。

 ユウキ!!私にも回復お願いしまーす!」


 後ろから彼等の一部始終を見ていたユウキと呼ばれた金髪の彼はクロと同じく呆れている様子である。

 ドラゴにフラスコ状の回復薬を乱雑気味に投げ渡す。

 彼なりの彼女の身勝手に対する僅かな抵抗なのだろうとすぐに私は察した。

 先程の攻防で残り2割を切るところまで減少していた彼女の体力がほぼ全快まで回復していく。


 「ドラゴ、回復素材なんだけどあまり時間が無かったから多く確保出来てないんだ。

 いつもみたいに、ジュース感覚で一人でガブガブ減らせると全員に行き渡らないんだ。

 可能なら無駄な消費は避けてもらえないとさぁ……。

 だから新スキルはしばらく封印。

 クロもそれで合意だよね?」


 「そうだな。

 ドラゴ、しばらくソレは禁止だからな」


 「えぇ、せっかく何回か徹夜してまでようやくこのスキル取ったのに!?

 貴重な素材とか結構使ったんだよ!

 先月、メイちゃんとかにも色々手伝ってもらったりしたのにさぁ。

 初日で封印ってそりゃないよぉ!!」 


 そうこう3人が揉めている内に再び敵の攻撃が向かっていた。

 彼等の争いが収まる気配がない。

 仕方なく私は手に持った長銃を瞬時に構えていく。

 狙いを定め、これから蛮刀を振るおうとしている右腕に標準を向ける。


 私の役目は、後方からの攻撃支援。

 この程度の状況は幾度も乗り切ってきた。

 だから、この攻撃は必ず当たるだろう。

 放たれた弾丸は、敵の振りかざす右腕に寸分の狂いもなく弾は命中する。

 凄まじい銃声とほぼ同時に起こった事象に、3人は僅かに驚愕していた様子だった。

 敵の体力を示すゲージは更に目に見えて減っていく。

 そして、攻撃は会心判定だったのか敵のその腕を吹き飛ばし右腕の部位破壊に成功する。


 私の攻撃により敵の直撃を免れたクロが私に話掛けて来た。


 「今度は俺が助けられたな」


 「はい、お役に立てて良かったです。

 討伐まであと少しですから頑張りましょう」


 「やったね、メイちゃん。

 敵もあともう少し。

 みんな張り切ってこう!!」


 敵は既に弱り切り、体力も1割を切り残り僅かだ。

 勝てる、そう確信した直後だった。


 突如、異変は起こり始める。

 強い風が入り部屋を照らす明かりが消ていく。

 禍々しい力黒い瘴気の塊が敵を中心に向かって集まっていた。

 敵の体力ゲージがみるみると回復していき、挙句の果てには先程吹き飛ばした腕すら再生していたのだ。


 「おいおい……。

 まさか、ここで変異するのかよ」


 「奴が変異なんてする情報、初耳だね?」


 「超低確率、もはや都市伝説レベルの話だからな……。

 本来、Sクラス以上では変異しないはずなんだが、極稀にSクラスでも変身する個体が報告されているらしい。

 まさか、それに出くわすとはな……」


 クロのそんな言葉にユウキが問いかける、


 「一応聞いとくけど、その確率は?」


 「お前と昔遊んだゲームの色違い。

 アレと同じくらいの確率だよ」


 「ああ…、なるほどね」


 その回答を察したのか、ユウキは僅かに苦笑いを浮かべる。


 「クロぉ、ここまでやって何も無しとか嫌だよぉ」


 ドラゴは駄々こねるが、クロは指揮を取り直し私達に呼び掛ける。


 「まあ仕方ない、やれるだけやろう。

 ユウキは変わらず俺達への支援中心で頼む。

 ドラゴと俺で前衛はなんとか出来るはずだろう。

 メイさんはさっきと同じく火力支援を頼む。

 なあに、いつもと同じ陣形だ。

 勝てるかは分からないがやれるだけやろう」


 「「了解!!」」


 姿が変わった黒き悪魔に私達は戦いに挑んだ。




 戦況は最悪と言える状態だった。

 先程まで削られた敵の体力はほぼ全快。

 変異によりもう一度ボス戦を強いられている過酷な状況でもある。

 ダンジョンの攻略においても長い時間を私達は既に費やしていた。

 これまでの戦闘により、精神的にも堪え私達の判断能力も落ち始めていたのは明白である。


 「クロ、避けて!!」 


 メイの咄嗟の声に反応し、クロは敵の攻撃を寸前で受け止める。

 攻撃の威力が凄まじいのか、クロは抑えるだけで手一杯であった。


 敵の姿は以前と変わり、先程までと同じ敵とは思えない程凶悪である。

 黒い体には赤く光る紋様が現れている。

 辺りが暗い影響なのか、敵の体も黒い為闇の中から赤い紋様が残像のように写っており、悪魔の影が不気味に視界へと入り込む。

 そして、先程までこちらを盛り上げていた高揚感を感じさせる曲長とは打って変わり、こちらへの絶望を告げる重々しい楽曲へと変化していたのだ。

 音と目の前の状況が合わさり不安や焦りに追われていく。

 私達は敗北へと確実に追い込まれていた。


 そんな時、ユウキがクロへ咄嗟に叫ぶ。


 「クロ!!」


 声の意味に気付いた時、既に遅かった。

 敵の豪腕から振るわれる刃が、彼のすぐ横にまで迫っていたのだ。

 凄まじい衝撃音が鳴り響き、彼の身体は紙くず同然と思わせる程に吹き飛ばされ床へと転がり落ちる。

 攻撃は彼の身体に直撃し先程まで全快近い体力が、一気に3割近くまで削られていたのだ……。


 こちらが敵との圧倒的な戦力差を目の前で見せ付けられた瞬間だった。


 「っ……痛え。

 痛覚を軽減してる割には、キツ過ぎるだろ!」


 キレ気味に嘆く彼に駆け寄ったユウキは回復薬を彼に投げつけた。

 ふらつきながらもゆっくりとクロは立ち上がると、前線で敵の攻撃を抑えるドラゴの様子を見ながらユウキに話し掛けた。


 「ユウキ。

 ソレ、捉え方によっては少し傷付くんだが」


 「そんなつもりじゃないって……。

 てか、どうするのクロ?

 流石にこのままじゃ時間の問題だよ」


 「……。」


 「彼女がいつまでも抑えられる訳じゃない。

 戦うにしても、今のメイさんにはこの状況は厳し過ぎるよ」


 クロが吹き飛ばされた直後、彼等に再び被害が及ばぬようドラゴは敵の攻撃をなんとか凌いでいた。

 可能な限りの時間稼ぎだろう。

 2人が今後の流れを模索している時間を少しでも得る為の彼女の僅かな抵抗だった。

 しかし、彼等が話している数十秒の間に、どうにか敵を抑えていた彼女に限界が訪れようとしていた。


 瞬間、一際大きな衝撃が響き渡る。

 気づいた時にらドラゴの体が吹き飛び、壁に叩きつけられていたのだ。


 「うへぇ、流石にヤバイかもぉ」


 再び立ち上がろうとするが、力は入らずそのまま膝を付いてしまう。

 敵が徐々に迫る中、私はいてもたってもいられず

 気付けば私は引き金を引いていた。


 発砲音が空間に鳴り響く。

 その瞬間、何か硬いモノがぶつかったような音がその直後に響き渡ったのだ……。


 敵の攻撃を止められた、一瞬はそう思った。

 しかし、目の前で起こった事象を目の当たりにした瞬間その考えが間違いだと気付かされた。


 私の放った攻撃は防がれていたのだ。


 しかも、軽々とその巨大な手で弾丸を摘むように握っている。

 瞬間、弾丸だったソレを軽くひねるように握り潰して見せた。 


 「嘘っ……。

 今まで防がれた事が無いのに」


 あり得ない、絶対にあり得ない。

 剣を防がれる、槍が防がれるならまだ分かる。


 だが、弾丸を掴み握り潰すなんて……


 そんな話は聞いた事が無い。


 銃が全く効かない敵なんて存在するはずが無いのに。


 私が敵の思わぬ行動に怯んでいると、ゆっくりと私の元に敵は向かって来た。


 気付けば、こちらを見下す巨大な捕食者の姿が視界を覆っていた。

 禍々しい、殺意と暴力を具現化したような存在。

 私は呆然と敵を見ている事しか出来なかった。


 勝てない。


 勝てる訳が無い……


 「メイちゃん!!」


 敵は躊躇いもなく、手に持った蛮刀を振るった。

 銃が効かない敵に対して、銃が武器である私には手の打ちようが無いのだ。


 全てを諦めていた……。


 私は、ここで負けるのだと。


 「ごめんね」


 絶望し目の前の敵への敗北を悟った刹那、私の視界に何かの影が写り込む。 

 気付けば、私の身体は何者かによって抱えられていた。

 私を抱えたその人物は、敵の攻撃を寸前で回避し私の無事に対して一息付いていた。


 戦う事を諦めていた私を助けた者。


 灰色のコート、何処か獣を思わせる装いの茶髪の男性アバター。

 この場に居るはずのないもう一人の仲間が目の前に存在していた。


 「ギリギリで間に合ったようだな、メイ」


 「ケイ?

 あなたがどうして……」 


 「さっきクロから救援を受けて、駆けつけたんだよ。

 見慣れない敵に苦戦しているようだと連絡を受けた」


 「そう、なんだ」


 「話は後だ。

 メイ、まだ動けるか?」


 「大丈夫だよ……。

 今度は大丈夫だから」


 「そうか。

 クロ達には、態勢を取り戻すまで時間稼ぎをしておくと伝えて欲しい。

 ここは、俺に任せろ」


 そう言った彼に私は何も言わずに頷くと、腰に帯びた細身の剣をゆっくりと引き抜き、倒すべき敵の姿を捉えた。

 向かい合わせで自身の数倍はあろう敵と対峙する。

 その姿は魔王に立ち向かう勇者そのものとして私の目には写っていた。


 彼を信じ、私はクロ達の方へと向かう。

 すると、突如私の視界にドラゴが入り込みいきなり抱きついてくる。


 「メイちゃんが無事で良かったぁ!」


 ドラゴは私に抱きつき、泣きそうな様子で強く抱きしめて来る。


 「来るしいですから!

 ちょっと、離れて……」


 ちょっと苦しいが、彼女の存在に僅かな安心感を感じる。


 「ぎりぎりのところで彼が助けてくれたんだ……。

 クロが彼を呼んだんだよね?」


 「そうなの?!

 クロがあいつを頼るなんて珍しいよね?」


 驚いたドラゴに対して、後ろから敵と戦う彼を見ていたクロは少し納得いかない様子で答える。


 「あいつは来ないだろうから元々参加者からは外していたんだ。

 だが、ここまでやって倒せないのは流石に惜しいだろう。そもそも、変異個体自体の出現率が限りなく低いからな……。

 報酬もその分上乗せされるかもしれない。

 背に腹は変えられないと言ったところだ」


 「なるほどねぇ」


 「メイ、奴は俺達に対して何を言っていた?」


 「態勢を取り戻すまで時間稼ぎをするって……。

 そう言ってた」


 「時間稼ぎか」


 そう言って、クロは戦闘を繰り広げる彼へ再び視線を向ける。

 視線の先で繰り広げる光景に、私達は圧巻せざるを得なかった。

 彼の動き無駄など一切無く、私達が四人掛かりで勝てないソレ相手に対等以上で渡り合っていたのだ。

 敵の攻撃を容易く回避し、一撃一撃を確実に加えていく。


 彼のその様子を見てクロはため息混じりに呟いた


 「一人で押している癖に時間稼ぎか……。

 流石、白狼だよ」


 そう言いつつも、彼は武器を担ぐと私達へ声を掛ける。 


 「アイツばかりに格好付けさせるな!

 さっさと終わらせて、明日は打ち上げだぁ!!」


 「「おおー!!」」


 仲間の意思が固まり、私達の反撃が開始する。


 一人、圧倒的な実力で敵の技や力を封じる彼の戦いは、明らかに私達とは別の世界で戦う者の姿である。

 彼の手に持つ細身の剣、光に反射しその剣の軌道が遅れて視界に入ってくるのだ………。

 それは一種の芸術とさえ思える程美しい。

 見惚れる程の圧倒的な存在感を放っていた。

 彼の攻撃の発生に生じる時間も異様に早く、一切の無駄は見られない。

 敵の攻撃が彼の肉体を捉えたかに思えばソレは幻のように消え去ってしまう。

 敵が僅かに呆気に取られているように見えていると、敵の背後から彼の姿が現れ、その剣で切り裂いた……。


 「私達も居る事を忘れないでよ!!」


 ケイの攻撃で僅かに怯んだ敵に向けて、一人の影が敵の前に入り込む。

 凄まじい衝撃が響き渡ると敵の体を吹き飛ばされる。

 衝撃の主はドラゴだった。

 敵が怯み、自慢げに武器を担ぐ彼女。


 怯んだ敵に対して余裕の表情を見せる彼女だったが。

 何事も無かったかのように一瞬で敵は彼女に向けて襲いかかって来る。

 あの動きがプレイヤーを欺くダミーの動作だと彼女が気付いた時には遅い。

 敵の攻撃が彼女の目の前もいいところである。


 しかし、その瞬間。 


 ドラゴを庇う形で何処からともなく盾を構えて敵の正面に現れたのはクロであった。

 自らの構えた巨大な光輝く盾で敵の攻撃を完璧に防いで見せる。

 敵の攻撃は弾かれ、動きが鈍り反動で退いていく。


 「守護者の最上位スキル、フル・センチュリオン。

 万全の俺にその程度の攻撃は効かない!!

 ユウキ!!」


 「了解、クロ」


 クロからの合図に合わせて、ユウキは敵をかいくぐるように移動、背後に周り込み自身の武器であるナイフ構えると瞬時にソレを投擲した。

 それらは孤を描きながら回転、巨大な敵に突き刺さる。

 与えた傷は敵の巨体に対して遥かに浅い。

 敵はすぐさま起き上がり動こうとすると、敵の動きが妨げられるかのように硬直した。


 「薬知識のスキルで作った神経毒。

 効果時間は短いけど即効性は抜群。

 多分1分くらいは抑えていられるかな?

 ケイ、後はよろしくね。」


 「了解」


 ユウキの合図に応じると、切り替わるように凄まじい速度でケイは敵へ攻撃の手を加えていく。

 彼と連携するかのように、ドラゴもすかさず連携の如く攻撃で応戦。

 鈍く弱体化した敵の攻撃を容易くクロは受け止め私達の一方的な攻撃は続いた。

 圧倒的な連撃の極地を見せられ圧巻せざるを得ない。

 毒の効果時間が僅か30秒程を過ぎようとしていた頃既に敵の体力は残り3割を経過する。


 順調に勝利の兆しが見え始め、敵の体力が2割程を切ったその刹那だった。

 状況は一変、先程まで鈍かった敵の動きは無くなったのである。

 近距離で戦闘をしていたクロとドラゴとケイが敵に捉えられ、敵の振るう蛮刀が直撃してしまい転倒。

 更に敵は最も自身にダメージを与えていたケイへと狙いを定め追撃していく。 


 敵の攻撃が激しい中、度重なるスキルの使用に生じた硬直時間が体の動きを鈍らせる。

 尚も、彼の驚異的なその技量で辛うじて凌いでいた。

 紙一重もいいところだろう、そんな彼は更に敵への反撃へ移ろうと攻撃の態勢へ入ろうとする。

 しかし、このタイミングでケイは体の態勢を崩してしまい地面に倒れ伏してしまった。


 「っ!!」


 僅か数秒にも満たない一瞬の隙だろう。

 しかし、変異し強化されたその怪物が自身の好機を見逃すはずはなかった。


 彼に対して無慈悲な一振りが迫りくる。。


 辛うじてケイは手に持ったその剣で攻撃の軌道を反らし弾く事に成功する。

 衝撃が空間一帯に響き渡る、絶対絶命ともいえる状況を辛うじて彼は回避してみせた。


 人間離れした彼の技量に圧巻するが、敵の攻撃は止まない。

 再び振るわれた2撃目が彼へと迫っていく。


 直撃すれば確実に体力全損は免れないだろう。


 今度は当てる、必ず当てると覚悟を決めて狙いを敵の蛮刀へと定める。

 当てなければ、これまでの彼等の奮闘の意味が無くなってしまう。

 覚悟を決めて引き金を引くと、放たれた弾丸は敵の振るう蛮刀へと凄まじい衝撃のエフェクトを上げて命中。

 会心判定を得たのか、敵の蛮刀を砕いていった。


 引き起こされた好機を逃さずケイはすぐさま走り出す。

 敵から瞬時に距離を取ると一切視線を交わす事なく前衛をクロと交代する。

 まるで次に何をすればいいかお互いに分かっているかのような動きだった


 敵は構わずケイの姿を追いに向かうが敵の行動はすぐにクロの構えた盾によって阻まれる。

 衝撃が再び響き渡るが、クロの目は敵の姿を捉えていた。

 私はあの時に行われた二人の動きに驚きを隠せなかった。即座に防御へと移り変わる咄嗟に行われた動きだろうが、その練度に驚愕する。

 どれほどの信頼があって成り立つ動きなのか、偶然にしろあの動きを完璧にこなしていく2人の技量は凄まじい。


 そして、クロの盾が敵の攻撃を捉えた衝撃により、敵の体が再び硬直する。

 敵の攻撃が完璧に止んだ瞬間、弾いた直後にクロは既に後ろで攻撃を控えていた彼女の名前を叫んだ。


 「ドラゴ!!」


 「了解!!」  


 クロとドラゴの位置が瞬時に入れ替わる。

 敵に一瞬の猶予すら与えぬ為に、入れ替わりには一秒にも満たない間である。

 彼女はクロと入れ替わった瞬間と同時に、クロが怯ませた敵に対して自身の渾身の一撃を力一杯で振るう。

 彼女の振るう攻撃に僅かに辺り一帯の空間が震え、敵の体が一瞬歪むと同時に大きく吹き飛ばされる。


 体力は目に見えて減っていく。

 残り1割にも満たず、あと一撃で全てが決まると思われた。


 その瞬間、一人の声を私は捉える。


 「装填完了」


 声の報告を振り向くと、両手で拳銃を構えるケイの姿がそこにある。


 「ーーーー!!」


 怪物は最後の雄叫びを上げて、残った力の全てをケイへと向けて迫りくる。

 対するケイは、両手で白い煌きを放つ拳銃を構えて敵の姿を捉えていた。

 向けれた標準は敵の頭、決まれば必ず敵を倒せる。

 ケイの体力ゲージ、対峙する巨大な敵と変わらぬ程だろうか。


 次の一撃で全ては終わる。


 目の前の光景がゆっくりと流れていく。

 迫る悪魔と拳銃を構えた彼のシルエットが私の視界へはっきりと写り込む。


 瞬間、世界は光に包まれ同時に強い爆風が巻き起こされた。


 長き終わりを告げる激しい閃光に視界を奪われた。

 光阻まれた視界が徐々に晴れていく。

 視界の先にあったのは動かぬ巨大な怪物の影であった。

 そして、怪物の攻撃が当たる寸前で怪物と同じく硬直し止まっていたケイの姿。

 敵の姿が色味を徐々に失い、私達を長らく苦しめたソレは跡形もなく光と化し消え去った。


 「攻略完了」


 ケイのその言葉を後に私達は盛大な歓声を上げた。

 彼の周りにみんなで集まり疲弊しながらも彼の周りに集まって共に勝ち取ったこの勝利を大きく分かちあった。


 この日の感動を私達は絶対に忘れないだろう。


 2096年12月30日 午後8時29分。

 私達はこの日Sクラスのユニークモンスター、フリーディアをギルドメンバー5人での攻略に成功。

 これまでの最少攻略人数8人の記録を大幅に更新した私達の存在はnous内に知れ渡ったのだった。




 「っ……」


 感覚が現実へとゆっくり引き戻され、意識が徐々に戻っていく。

 先程、仮想世界で繰り広げた戦いの疲れが現実にまで遅れてやってきていた。

 未だになれない、仮想世界特有の疲労感が全身へとやってくる。

 僅かに古びた天井が視界に入り、現実世界に戻ったのだと体が認識していく。

 頭に嵌めたVRヘッドギアを乱雑に取り外し、俺は体を伸ばした。


 「継悟、ようやく起きたみたいだね。

 あなたが一番最後だよ?」


 「そうか」 


 一番最初に視界に入ったのは常に上機嫌の女性、辰風霈【たつかぜひさめ】だった。

 茶髪に染められた長い髪をいじりながら、いつものように俺の方へと話し掛けて来る。

 そんな彼女は寝起きに近いこちらの顔を見ては彼女は僅かに笑いを堪えていた。


 「俺の顔がそんなに面白いか?」


 「別に。

 弘矢ーー、継悟もやっと起きたよ」


 「そうかい。

 ようやく起きたか、継悟。

 これはやるよ、俺からささやかな礼だ」


 そう言って眼鏡を掛けた黒髪の人物、黒川弘矢【くろかわひろや】は俺の方へと近づくと何かを手渡した。

 部屋近くの自販機で先程買ったばかりなのか、温かい缶コーヒーを俺は素直に受け取る。


 「それはどうも。

 アレくらいの敵なら別にいつでも構わない。

 ギルド内での役割の内だからな」


 「そうかい。

 相変わらず好感の持てない態度だな、お前」


 「昔からだ」


 「バイト先の喫茶店。

 お前の実家が営業している時でのお客様への対応とは大違いだろう?」


 「……別に、仕事だからな。

 仕事は仕事で割り切っている」


 これ以上彼に漬けこまれてもアレなので俺は先程貰ったコーヒーを開け一気に飲み干した。

 すると、横から仲裁が入る。


 「まあまあ、弘矢も継悟もそのくらいにしよう。

 せっかく向こうで強い敵倒したばかりなんだからさ、ね?」


 加賀祐希【かがゆうき】、弘矢とは高校からの付き合いの金髪の彼は手慣れたように彼をなだめつつも説得をする。俺と弘矢の会話から空気が悪くなっていくのを察したのだろう、チャラいように思えるが実際周りの空気を察する能力に関しては一番長けているとつくづく思う。


 「別に、これくらいはコミュニケーションの内だ。

 あと祐希、今回は貴重な回復素材を多量に使ってしまって済まないな。

 後でまた素材集めを手伝うよ」


 「別にいいよ。

 さっきのアレを倒せた成果があるんだからさ。

 もう十分だよ、討伐報酬もかなり良かったし。

 それに今日は、華式さんの大活躍だよね。

 弘矢も継悟も、彼女に助けられたんだし」


 「確かに、そうだな……。

 芽衣さん、今日は俺の方が助けられたよありがとうな」


 「いえ……、そんな!

 私はただ何とかしたくて、がむしゃらで……。

 皆さんにはいつも助けられてばかりですから。

 お役に立てて、その……良かったです」


 弘矢からの礼の言葉に大袈裟な程の対応を取る彼女。

 華式芽衣。【はなしきめい】

 中学、高校、そして俺が大学に入学してもまさか同じサークルにまで来るという俺とは何故か縁の深い人物である。

 大学に入学する前からは、俺の両親の経営する店で訳あってバイトをしており彼女と関わる事はもはや日常の一つと化している。


 「芽衣ちゃん、今日は大活躍だからね?

 ほらほら!もっと喜びなよ!!」


 霈はそう言い彼女に抱きつき、人形を扱うかのように腕を上下に上げ下げさせる。

 しかし、内気な彼女は彼女の腕を真っ先に振り払い逃げ出す。

 狭いこの部屋で霈は彼女を追いかけ回すと、弘矢が彼女声を掛けた。


 「それくらいにしろ。

 華式さんに嫌われるぞ霈」


 「そんな事無いよね?

 芽衣ちゃん、私の事嫌い?」


 「いえ、そんな事は」


 「それじゃあいいよね!」


 そう言って、容赦無く霈は彼女に抱き付く。


 「離れてく・だ・さ・い!!」


 相変わらずの賑やかな面々には呆れつつも時間はいつの間にか過ぎていた。

 時刻は既に9時を過ぎ。

 全員が帰る準備をし始めていると弘矢は俺に話し掛けて来た。


 「継悟、今日はもう夜が遅いから。

 華式さん送ってもらいたい。

 お前、途中まで帰り道は一緒だろう?」


 「分かった。

 華式、それで構わないか?」


 「あっ……はい。

 その、私からもお願いします」


 「それじゃあ、僕と弘矢と霈さんは一緒に帰ればいいのかな」


 「私はそれでいいよ。

 そうだ、弘矢。

 継悟に飲み物奢ったんだから私にも何か奢ってよ?」


 「はいはい、分かったから。

 それじゃ、今日はお疲れ様。

 次会うのはもしかしたら来年辺りか?」


 「そういや、確かにそうなるのかな。

 明日は大晦日だし、その次からはお正月。

 去年は確か、ゲーム内で餅の配布あったよね。

 二週間手を付けないと、餅がカビるとかで少し話題になったよね?」


 「ああ。

 私、使わないでカビらせたかも。

 もしかして、まだストレージに……」


 「霈、お前なぁ」


 「まぁまぁ、霈さんも餅の件はいいとしてさ。

 今度、継悟の店で新年会しようと思うんだけど、継悟はおじさん達には話を進めといてくれてる?」


 「ああ、一応意向は伝えたよ。

 うちの店で良ければ構わないそうだ」


 「へぇ、継悟と祐希でそんなの企画してたんだ。

 ねえ、継悟?食べ物とかはもちろん食べ放題?」


 「ある分だけどな」


 「やった!来年が楽しみだよ!」


 「全く……。

 相変わらずお前は食べ物ばかりに釣られて……」


 「弘矢、そろそろ行かないと電車間に合わないよ?」


 「よし、それじゃあ今度こそ解散だ。

 継悟、芽衣さん良いお年を」


 「はい、良いお年を」


 弘矢達の姿が見えなくなるまで華式は手を振り見送ると、俺と華式も帰路へと向かう。



 華式が俺の横を無言で歩く。

 特に何か話す訳でも無く、いつもの道をただ歩いていた。

 気付けば慣れて日常の一つ化していたこの光景。

 既に帰り道の半分が過ぎた頃、華式が話掛けてきた。


 「今日は……その、ありがとうね。

 私を、その助けてくれてさ……」


 「いつものことだろう」


 「うん、確かにそうだよね……。

 私駄目だなぁ、いつもみんなに助けられてばかりでさ」


 「実際、そうまでもないだろう?

 華式は成長していると思う。

 あの状況で俺と弘矢を助けられたくらいだ。

 以前よりは、確実に成長している。

 これまでの努力がこうして今回、その結果が現れた。

 十分に誇っていい、この経験を糧にこれから更に頑張ればいいからさ」


 「そっか、うん……。

 それなら良かったよ」


 そう言って僅かに微笑む彼女の表情に僅かに戸惑う。

 自分らしくもない言い方をしたのが要因だろうか?


 「ああ…」


 「私ね……、今のサークルに入って弘矢さん達のギルドで一緒にゲーム攻略をしている今が楽しいよ」


 「そうか」


 「今日みたいに、みんなの役に立てた事なんてほとんど無かったけどさ……。でも、今のメンバーでこれからも楽しく居られたらって思う」


 すると突然、彼女は歩みを止める。

 俺の右手を掴み、こちらを見つめた。

 俺に対して彼女は何かを言おうとしている。

 何かを伝えようとしているのは、分かっていた。


 「だからね……その、あの……。

 来年も、その次もみんなで楽しく居られたい…です

 だから、あの……」


 何かの意を決して彼女は言葉を続けた。


 「いつも継悟君には迷惑ばかり掛けてしまって、本当に感謝してるんだよ。

 恩返しとかしてもし切れない程に……。

 だからいつか、その、あなたが困っていたら私を頼って欲しい、です。

 あなたが助けて欲しい時に、私があなたを助けられるようになるから。

 継悟君の力になれるように……、もっとみんなと同じ場所で居られるように頑張るから」


 彼女の言葉に俺は少し驚いた。

 自分の知るかつて姿とは既に違うモノが今の彼女にはある。常に内気で一歩引く彼女から告げられた決意に、僅かに安堵している自分があった。


 俺は彼女の伝えた言葉に対して言葉を返した。


 「ああ、華式ならきっと出来るよ。

 俺が困っていたら、その時は頼むかもな」


 「はい。

 もし、私が力になれなくても、あの時みたいに今度は私があなたの側で支えますから。

 かつて継悟君が私にそうしてくれたように、それくらいなら私にも出来ますから」


 「そうかい。

 そろそろ行こう、門限過ぎたらお互い怒られるだろう」


 「うん」


 こうしていつもの日常はまた一日過ぎていく。

 今日のような日が続いてくれればいい。

 心からそう思っている自分がそこにはあった。


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