さっそくハドリーさんとナーガさんを森に呼んできた。
アステリの木を見た瞬間、ハドリーさんが目を輝かす。
「こんな場所があったのか! 結婚式にピッタリじゃねえか! すぐにご馳走の準備をし直すぞ。完全に冷めちまったから火を入れ直して、いやセッティングも進めないと……お前たち、手伝えよ」
「はい!」
大きく手を挙げた私の横で、ナーガさんがブスッとして顔を背けてる。不本意だけど、逃げられないと観念してるみたいだ。
「ありがとうございます、先輩。俺達も手伝います」
「何言ってんだ、お前らが主役の式だろ。とっとと帰って身支度してこい。そんな泥だらけで結婚式出られねえだろ」
「でも、僕ら結婚式に出られるようなスーツ持ってないんですよね。騎士団の正装……も向こうのアルの家に置いてきたから、どうしようか」
「それなら大丈夫!」
サディさんの当然の疑問に、私がまた手を挙げた。
「村の仕立て屋さんにお父さんたちのスーツをお願いしておいたの。ね、ハドリーさん」
「ああ、どうせまともな服なんて持ってないだろうと思ってな。俺から頼んでおいた」
最初はソフィアちゃんたちに協力してもらってこじんまりとやろうと思っていた結婚式だったけど、ハドリーさんのおかげで村のお店屋さんも何軒か協力してくれることになった。
とはいえ、まさかお父さんたちがそんな関係だとは思ってなかったみたいで、完全に理解してくれたかどうかは怪しい。でも仕事として受けてはくれた。
お父さんが目を丸くする横で、サディさんが苦笑した。
「なんにも知らなかったの、僕らだけみたいだね」
「主役だってのにな」
笑い合う2人の前で、ハドリーさんが手を叩いた。
「はいはい、主役は俺たちのお膳立てされてりゃいいんだよ。さっさと準備してこい」
「わかりました。アリシア、一旦家に戻ろう。お前も着替えないと」
「私はお手伝いしてから行く」
「いや、一緒に来てくれ。頼む」
お父さん、なんで必死になってるんだろう?
と思ったら、サディさんがお父さんの腕を引いた。
「せっかくアリシアちゃんが準備してくれるんだから、僕らは邪魔しないように戻ってようよ」
「い、いや、でも……」
「なに? 僕と2人になるの、嫌なの?」
サディさんに覗き込まれ、お父さんの顔がサッと赤く染まる。
お父さん、プロポーズの直後だからサディさんと2人きりになるの気恥ずかしいんだね。もう、照れちゃって。
「嫌なら結婚式、やめれば?」
ずっと黙ってたナーガさんが、唐突に口を開いた。
お父さんがすぐさま首を振る。
「嫌なわけあるか! 結婚式は絶対に挙げる!」
「じゃ、早く帰ってまずはシャワーだね」
「え、あ、ああ、ちょっ、サディ?」
アタフタしてる間に、お父さんはサディさんに引きずられて行った。
ナーガさん、もしかしてお父さんをその気にさせるためにわざと煽って……
「なんだ、やっぱりやるのか。面倒くさい」
大きく舌打ちしたこの人が、そんな気の利いたことをするわけがなかった。
一方ハドリーさんは、すごく張り切ってくれてる。
「よし、まずアリシアちゃんは村長の家に行って泥を落とさせてもらえ。そこでみんなに結婚式をやると報告だ」
「みんなに結婚式に来てもらうの?」
「村が大変なときに俺たちだけこそこそ結婚式してられないだろ。アステリを見て、旨いもの食えば景気づけになる」
お祭りの代わりにしちゃおうってことだね。
「お父さんたちが結婚するって伝えてない人もいるけど、大丈夫かな」
「あのな、こういうことはドサクサに紛れてやっちまった方がいいんだ。台風で大変な中でアステリが熟して、男同士が結婚だろ。頭がついていかない間に畳み掛けちまえばこっちのもんだ」
ハドリーさんがニヤリと笑った。いいのかな、それで。
「ハドリーはいつもそうやってゴリ押しする。戦略なんて考えない。バカみたいな戦い方」
「なんとでも言え。俺はこのやり方で今までやってきたんだ」
ナーガさんを軽くあしらうハドリーさんは、大人の余裕が見えた。お父さんならこうはいかない。
「ハドリーさんはやる気マンマンだね」
「当たり前だ。これだけ腕を振るえる機会は滅多にないからな。村の奴らに俺のご馳走を食わせてやれるのが楽しみだ」
「……もしかして、みんなにご飯食べてもらいたかったの?」
「この村の奴らはいっつも同じものばかり食いやがる。新しい物を食ってみようって気はないらしい。張り合いがないんだよ」
なるほど、それが目的だったのね。
まあもちろん、お父さんたちを祝ってくれる気持ちはあるんでしょうけど、ナーガさんと違う方向でハドリーさんもマイペースだなぁ。
それから手分けして準備が始まった。
ハドリーさんはお店へ、ナーガさんは家に戻って、私は村長さんちに直行した。
玄関を開けると、ソフィアちゃんが飛んできた。泥だらけの私を抱きしめてくれる。
「ソ、ソフィアお姉ちゃん! お洋服が汚れちゃう」
「アリシアちゃん! 無事だったのね! いなくなっちゃったって聞いて、私本当に心配して……」
ソフィアちゃんの目には涙が浮かんでいた。心配かけちゃったな。
「ごめんね、でも私は大丈夫。お父さんたちが助けてくれたの。それでね……」
お父さんたちの活躍はソフィアちゃんの大好物だろうけど、後回しにしよう。
涙を拭くソフィアちゃんに森のアステリのことと、結婚式のことを話した。ソフィアちゃんの顔がパッと華やぐ。
「結婚式ができるのね!」
「うん、だから村の大人の人たちにも協力してほしいんだけど」
「わかったわ。お父さんとお母さんに話してみるから、任せておいて」
「ありがとう!」
力強く頷くソフィアちゃんが頼もしい。でもコソッと耳元に顔を寄せてきて――
「アリシアちゃんのお父さんとサディさんの活躍、後で絶対聞かせてね」
もちろん、お礼にいくらでもお話させていただきます。