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【タイトル】

第90話 カレー


【公開状態】

公開済


【作成日時】

2022-08-20 18:16:42(+09:00)


【公開日時】

2022-08-20 20:00:33(+09:00)


【更新日時】

2022-08-20 20:00:33(+09:00)


【文字数】

1,919文字


本文106行


 ナーガさんを引っ張ってハドリーさんのお店に戻った。

 お昼のピークタイムは過ぎたのか、さっきと打って変わって静かにお茶を飲むお客さんが数人しかいない。


「ハドリーさん! ナーガさんを連れて来たよ」

「おっ、やっぱりアリシアちゃんに頼んで正解だったな」


 明らかに不機嫌そうなナーガさんを気にせず、ハドリーさんは「よう」とカウンターの中から身を乗り出す。


「久しぶりだな。たまにはメシ食いに来いって行ってるだろ」

「この前食べた」


 サディさんと一緒に杖を買って来てくれたときのこと?

 デザート用のチョコやクッキーをいくつか口に放り込んで、「甘くなった」とか言ってポテトをちょっと食べてたっけ。

 あれは食事にカウントしないでしょ。


「ナーガさん、もしかして偏食?」

「そうそう、こいつ野菜も肉もロクに食わないからな。ミートソースのスパゲッティくらいいけるだろと思ったのに、ネズミが盗み食いした程度で残しやがって」

「フォークにグルグル巻きつけるのが面倒。手が痛くなる」


 そんな理由なのか……。

 とにかく、ただ食べるのが面倒なんだな。


「そんなお前でも食える料理、開発してやったぞ」


 ハドリーさんがニヤッと笑う。

 大きな銀色のお鍋の蓋を開けると、馴染みのある匂いが流れてきた。

 これは……カレーだ!


 ハドリーさんがお皿にライスを乗せて、その上に茶色いカレールーを掛ける。「はいよ」とカウンターテーブルに置かれたそれは、野菜がみじん切りのように小さく入っていた。


「なにこれ」

「シチューを改造した俺のオリジナルメニューだ。野菜も肉もたっぷり入ってるが、スプーンだけで食えるぞ」


 食欲のそそる匂いのそれを一瞥すると、ナーガさんはズズズッとお皿を私の方に寄せてきた。


「食べないの?」

「僕、シチューは嫌いなんだ」

「これはシチューとはまた違うから。絶対おいしいから食べてみて!」

「食べたことないくせに……あるのか?」


 ナーガさんが勘付いたらしい。そう、カレーは前の世界で超有名な食べ物!

 とはハドリーさんの前で言えないから、無言で小さく頷く。

 異世界の食べ物ということで興味が湧いてくれたのか、ナーガさんが無言で銀のスプーンを取った。

 恐る恐るというくらい慎重に、カレーを掬って一口。


「どう?」

「どうだ?」


 私とハドリーさんに詰め寄られても、ナーガさんは無言。

 でも、また一口。食べ続けてる。

 思わずハドリーさんとハイタッチ!


「やったね、ハドリーさん! ナーガさん、カレーなら食べられるみたい」

「大成功だ! ……ん? カレー?」


 しまった! ハドリーさんのオリジナルメニューなのに、うっかり名前を!


「あー……えーっと、辛そうな匂いがしたから『カレー』なんて名前どうかなぁと思って」

「そりゃいいな。よし、この改造シチューは『カレー』にしよう。アリシアちゃんも食うか?」

「食べるー!」


 久しぶりのカレーは、それはそれはおいしかった。

 寝込んでるお母さんに代わって、初めてちゃんと作ったのがカレーだったっけ。

 おっと、懐かしい味を堪能して忘れそうになってたけど、本題はここから。


「あのね、2人にお願いがあるの」

「へえ、話ってのはそのお願いのことか。言ってみな」

「面倒事なら僕はご免だ」


 話はもちろん、アステリの収穫祭でお父さんたちのサプライズ結婚式のこと。

 その料理をハドリーさんにお願いした。


「はー、結婚式か。そういや、旅立った記念日だとか言ってたな」

「お父さんたち、きっと喜んでくれると思うんだけど……どうかな?」

「そりゃ喜ぶに決まってる。わかった、式のご馳走は負かしとけ」

「ありがとう! それで、ナーガさんは」


『面倒なこと頼むなよ』って顔してる。

 大丈夫、そんなの重々承知。


「当日、寝てないでちゃんと出席してね。できれば式に相応しい格好で」

「まあ……出るだけなら出てやるよ」

「それから、魔法でフラワーシャワーをしてくれると嬉しいな。花びらを撒いて祝福するの」


 ものすっごい顔をしかめられた。

 なるべく手間じゃないものを選んだつもりだったんだけど。


「弟子が師匠に命令するなんて、立場をわかってるのか」

「ご、ごめんなさい。でも、お父さんとサディさんのために……」

「それくらい気持ち良くやってやればいいだろ、ナーガ。お前だって、アルとサディには散々世話になってるんだから」

「別になってない」


 ナーガさんがガタッと音を立てて立ち上がった。そして、指を鳴らそうとしてる。


「ナ、ナーガさん!」


 機嫌を損ねたままじゃ、式に出てくれなくなるかも!

 慌てて呼び止めると、ナーガさんは中指と親指をくっつけたまま、ままジロリとこちらを見た。


「杖の礼だけはしてやる」


 パチンと指を鳴らした瞬間、ナーガさんは青い炎に包まれて消えてしまった。

 と、とりあえずこれで大丈夫……だよね。




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