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episode_0084

【タイトル】

第84話 集中力


【公開状態】

公開済


【作成日時】

2022-07-02 13:43:12(+09:00)


【公開日時】

2022-07-02 20:00:17(+09:00)


【更新日時】

2022-07-02 20:00:17(+09:00)


【文字数】

2,009文字


本文103行


 翌日。

 サディさんは疲れも見せないで、朝からいつも通り食事を作ってくれた。

 サンドウィッチ祭りもこれでおしまいだ。


 ナーガさんの家には午後から行くことになってるけど、つい朝から杖の入った箱を何度も開けたり閉めたりしてしまう。


「今日から杖が使えるね、アリシアちゃん」

「頑張って修行するんだぞ」

「うん! 頑張る!」


 胸にはもちろんペンダントを付けて、箱に眠る杖をうっとりと眺めた。

 これで私もやっと『魔法使い』って実感が持てる。


 お昼を食べ終わると、ドキドキしながら杖を取った。

 私の腕半分くらいのサイズの杖は、思ったよりも軽くて持ちやすい。紫色に輝くハートが宝石のようにキレイだ。


「行ってきます!」


 2人に見送られながら、杖を握りしめて家を飛び出した。

 今日はいい天気。絶好の魔法日和だ! ……と思う。



 ナーガさんの家の扉をドンドンと叩いた。


「ナーガさーん! アリシアです! 修行に来ましたー!」


 返事がない。もしかして、まだ寝てる?

 何度か声を掛けると、ガチャリとドアが開いた。ボサボサ髪で寝起き感満載のナーガさんが、不機嫌そうに顔を出す。


「午後にしろって言っただろ」

「もうお昼は過ぎましたよ」

「午後って言ったら夕方なんだよ」


 知りません、そんなこと。

 部屋の中に入ると、ナーガさんがパチンと指を鳴らした。ナーガさんの周りに風が巻き起こり、あっという間にローブを羽織ったいつもの姿になった。寝癖まで直ってる。便利。

 ナーガさんは棚からビンを取り出し、その中にある緑色の小さなキューブ状のものを口に放り込んだ。


「外に出る」

「ご飯食べなくていいんですか? 私、待ってますよ」

「食事なら今済ませた」


 もしかして、今のが魔法食ってやつ? 確かにこれは味気ないな。


 外に出ると、サーッと風がなびいていた。チュンチュンとどこからか鳥の鳴き声が聞こえる。


「なんだっけ? ……ああ、動物の言葉がわかる魔法だったか」

「はい! よろしくお願いします!」


 杖を両手に握りしめて構えると、「違う」と言ってナーガさんがローブの袖から杖を取り出した。お父さんたちがプレゼントした、あの杖。


「杖は片手で軽く握るだけでいい。使うのは魔力だ、握力を使っても魔法の妨げになる」

「ナーガさん……杖、カッコイイですね!」


 ナーガさんの蛇が巻き付いたような杖は、まさにハリー・ポッターにでも出てきそうな雰囲気だ。ローブを着たナーガさんが杖を指揮者のように構えると、本当にサマになる。


「キミの手本としてやってるだけだ」

「やっぱり大魔法使いの雰囲気ですね! お父さんたちにも見せたかったなー。この世界にもカメラがあればいいのに。あ、今度うちに来たとき持ってきてくださいよ。杖で魔法使っているところ見たら、お父さんたちもきっと喜んで――」


 ナーガさんが青筋を立ててるのに気付いて口を結んだ。今にもへし折りそうな勢いで、わなわなと杖を握りしめている。マズい、怒らせた。


「弟子の分際で、キミまで僕をからかうとはいい度胸だ」

「か、からかってません! 本当にカッコイイなと思って! ナーガさん、まるでスネイプ先生みたいですよ。あ、スネイプ先生っていうのはハリー・ポッターって映画に出てくる魔法使いで、映画っていうのは……」

「黙れ」


 すみませんでした……。


 これ以上怒らせないよう、黙って右手に杖を構えた。なるべく力を入れないように。


「要領は前と同じ、魔力を全身に巡らせる。指先までじゃなく、杖の先まで行き渡るのをイメージして」


 ナーガさんから「やってみろ」という視線が向けられる。

 目を閉じて、じっと身体の内側に集中する。緑色のエネルギーが、身体を巡って指先を越え、杖の先まで流れ込む。

 不思議と、自分の腕が伸びたように感じる。杖の先までが自分の身体のようになった。


「杖を対象物に向けて、『汝の声を聴かせよ』と唱えろ」


 おお! すごい魔法っぽい!

 パッと目を開いて、辺りを見回す。さっき、小鳥の声が聞こえたような……いた!

 枝の上に小鳥が3羽止まってる。小鳥に向かって杖を振るった。


「汝の声を聴かせよ!」


 …………


 ザーッと風が流れる音だけが聞こえて、小鳥が飛び立って行った。チュンチュンという声を残して。


「……失敗、みたいです」

「うん、集中できてなかった」

「でも、ちゃんと魔力はコントロールできてたと思うんですけど」

「その後何か余計なことを考えただろう。鳥を見つける前に、キミの魔力は散っていた」


 まさか、「魔法っぽい!」ってテンションが上がっちゃったから?

 ナーガさんがやれやれと頭を振る。


「魔力は感情に左右されやすい。特にキミみたいな初心者には」

「余計なことを考えちゃいけないってことですね」

「キミにとっては魔力のコントロールよりも難しいかもしれないな」


 う……昔はそんなことなかったんだけどな。少なくとも、前世では。

 この世界に転生してから、私すっかり素直になったと思う。お父さんとサディさんのおかげで。

 けど魔法を使うときは、少し落ち着きを取り戻さないとな。



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