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episode_0071

【タイトル】

第71話 恋人


【公開状態】

公開済


【作成日時】

2022-03-19 22:20:23(+09:00)


【公開日時】

2022-03-19 22:20:29(+09:00)


【更新日時】

2022-03-19 22:20:29(+09:00)


【文字数】

2,247文字


本文106行


 朝ご飯の後、お父さんは落ち着きがなかった。

 意味もなく部屋の中をうろうろして、かと思ったら畑に行ってもう耕してある場所を繰り返し耕してた。そして忙しなく、何度も部屋の時計を確認してる。


 ハドリーさんになんて言うか、頭の中でずっとシュミレーションしてるんだろうな。

 私も釣られてそわそわしてきた。早く午後になればいいのに。


 なんて落ち着かない午前中がようやく終わって、サディさんが作ってくれた昼食を食べる。

 食べ終わるとすぐ、ずっと時計を気にしてたお父さんが立ち上がった。


「出掛けてくる」

「うん、ハドリーさんによろしくね」

「私も出掛けてくるー」


 お父さんと一緒に家を出て、家の敷地の境目まで来た。ハドリーさんの喫茶店と、ナーガさんのいる森は逆方向だ。


「アリシア、修行頑張るんだぞ」

「お父さんも頑張ってね」

「お、お父さんは別に頑張ることなんてないぞ!」


 あ、お父さんが何しにハドリーさんちに行くのかは知らない設定だった。

 笑って誤魔化して、お父さんに手を振って別れる。

 少しだけ森に向かって歩いて、お父さんが見えなくなったところで引き返して追いかけた。ハドリーさんちの場所はわかってる。見つからないように、ゆっくり行こう。


 しばらく歩くと、ハドリーさんの喫茶店が見えてきた。と、ドアが開いてハドリーさんが顔を出す。咄嗟に物陰に隠れた。

 ハドリーさんは『開店』と書かれたドアプレートをひっくり返し、『準備中』にして店に戻っていく。

 人払い? ってことは、今からお父さんが話をするんだな。


 ガラス戸からそっと覗くと、お父さんはカウンターの席に座っていた。ハドリーさんはカウンターの中で、コーヒーか何かを用意してる。

 なるべく1番近い窓を探して覗き込んだ。カウンターの横、2人の横顔が見える良い位置。ここからなら、声も聞こえそうだ。


「改まって話なんて、どうした?」

「あの、実は……」

「深刻な顔してんなぁ。娘に『お父さんなんて嫌い!』とでも言われたか?」

「アリシアにそんなこと言われたら俺は死にます!!」


 いや、死なないでお父さん。相変わらず私のことになると大袈裟なんだから。

「冗談だろうが」とハドリーさんがお父さんにカップを差し出す。お父さんはそれをひとくち飲んで、息を整えた。


「で、何の話だ?」

「サディのことなんですが……」


 見ている私の拳にグッと力が入る。

 俯き加減だったお父さんもまた、まっすぐと顔を上げた。


「サディと俺は、バディだからというだけで一緒に暮らしてるわけじゃないんです。今の俺とサディは、生涯のパートナー……恋人、なんです」


 カウンターを拭いていたハドリーさんの手が止まった。じっと、お父さんを見つめる。

 しばらくそうしていた2人だったけど、不意にハドリーさんが布巾をお父さんの顔に投げつけた!?


「ぶはっ! なっ、先輩!?」

「そういうことは早く言え! なんだよ、バディバディって不自然なくらい連呼しやがって。サディが可哀想だろ」

「え、ええ……サディに『本当のことを言ってほしかった』と言われまして」

「当たり前だろ。男のクセにはっきりしねえやつだな」

「すみません……」


 お父さん、怒られてる……。

 でも良かった。ハドリーさん、2人のことを受け入れてくれてるみたい。最初から隠すことなんてなかったんだね。


「それにしても、まさか本当にそうだったとはな」

「どういうことですか?」

「サディがお前に気があるんだろうなとは、前から思ってたさ」

「ええっ!?」


 お父さんと一緒に叫び出しそうになって、慌てて口を押さえる。


「い、いつからですか!?」

「旅してたときから。サディがお前を見る目はなんていうか、バディだとかそんなもの以上の何かがある気がしてな。サディと2人で見張り番したとき、お前のことをやたら熱っぽく語るもんだから『あいつのこと好きなのかよ』って聞いたことがある」

「それ、サディはなんて言ったんですか?」

「ただの軽口だったのに、『やめてください!』ってやたらと否定してよ。逆に怪しいと思ったらマジだったのか」


 お父さんがポカンとしてる。その熱っぽいサディさんの視線に、全然気づいてなかったんだろうな。

 その頃のお父さんはきっと、お母さんに夢中だっただろうから。


「ま、お似合いなんじゃねえの。せいぜい大事にしてやれ」

「肝に銘じておきます」

「まあ、もしサディに愛想尽かされたら」

「縁起でもないこと言わな……ッ」


 ぐっ、とハドリーさんがお父さんに顔を近づけた。


「俺が貰ってやるよ」

「はっ、えっ、」

「お前、結構可愛いとこあるしなぁ。今からでも遅くねえだろ。俺にしとけよ、アル」


 ハハハハドリーさん!? どうしよう! お父さん総受けじゃん! 最高!

 ……じゃなくて! 腐女子の性癖としてはいいけど、アリシアとしてはせっかく一緒になれたお父さんとサディさんが引き離されちゃうのはダメに決まってる!

 ああ、サディさんに恋敵が! お父さん大ピンチ!


「お、俺、俺には……サディが、いるので……っっ」


 狼狽えるお父さんの顔にハドリーさんが手を伸ばした。

 ま、まさか顎クイ!? からのムリヤリ唇が奪われちゃう!?


 バシッと、お父さんの頬が引っぱたかれた。


「バーカ、誰がお前なんかに欲情するか」

「な……え……? じょ、冗談、ですか?」

「当たり前だろ。すぐ本気にしやがって。本当にアルはからかい甲斐がある」


 頬を押さえて呆然としてるお父さんを、ハドリーさんがゲラゲラと笑っている。

 な、なんだ。冗談か……私までいろんな意味でドキドキしちゃったよ。

 お父さん、きっと昔からこんな風にからかわれてたんだろうな。





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