【タイトル】
第66話 精霊
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2022-02-12 17:52:50(+09:00)
【公開日時】
2022-02-12 20:17:27(+09:00)
【更新日時】
2022-02-12 20:17:27(+09:00)
【文字数】
2,147文字
【
外に出ると、持っていたペンデュラムをナーガさんに渡した。
「これ、ずっと貸していただいてありがとうございました」
ナーガさんが受け取ると、私はまた丸腰になる。
ここには妖精もいないし、ナーガさんが一緒にいるんだから大丈夫とわかってるけど、ずっと身に着けていたお守りがなくなるとやっぱり不安だ。
「どうした?」
「いえ、なんでもないんですけど……」
さあっと、柔らかい風が私とナーガさんの周りを吹きぬけた。暖かい風。
「風の精霊がいる」
「精霊!? ここにですか?」
「精霊はあんまり姿を現さないから見えないけど。今の風はキミを歓迎してくれてるんだと思うよ」
精霊も風も目には見えない。けど、頬に当たるこの暖かな風と、揺れる木々でその気配はなんとなくわかる気がする。
「この辺にいる精霊には、僕が話をつけておいたから」
「私のこと、話しておいてくれたんですか?」
「前世の記憶がある変なやつがここで修行するからって」
そんな紹介されてるの、私……間違ってないけど。
でも、歓迎されてるってことは悪いようには思われてないんだよね。
私は見えない風の精霊に向かって「アリシアです。はじめまして」と挨拶した。
ザーっと木々がウェーブのように音を立てて揺れ、まるで風の精霊が返事をしてくれたみたいだ。
「魔法の基礎訓練をする。目を閉じて」
言われるがまま、目を閉じた。
「一定のリズムで呼吸をして、自分の内側に集中するんだ。自分の中に流れる魔力の感覚がわかる」
吸って、吐いてを繰り返して集中する。
といっても、よくわからない。そもそも自分の内側ってどこ? 魔力の感覚ってどんなの?
「……集中してないだろ」
「すみません。でも自分の内側に集中するって、具体的にどうすればいいんですか?」
「目を閉じて気持ちを落ち着かせれば魔力を感じられるだろう。そこに集中する」
「いえ、感じられないんですけど……」
「キミ……魔法のセンスはアルバートに似たのかもね」
ナーガさんが呆れたように言う。
それって、魔法のセンスゼロってことじゃないですか!
「アルバートも、僕が魔力の使い方教えたら『そんなもんわかるか!』って怒ってた。聞かれたから教えてやったのに」
「ま、まさか私もお父さんみたいに魔法が使えないってことは……」
「飲み込みの悪い魔法使いもいるから。後はキミがどれだけ根気よく訓練できるかだね」
諦めないでやるしかない、ってことか。
ざわざわと揺れる木々が私を応援してくれてるようで、何度も深呼吸と集中を繰り返した。でも、全然感覚は掴めない。
本当にこれで魔法が使えるようになるのかな。
ナーガさんは私のことを魔法使いだって言ったけど、お母さんが魔法使いってだけで魔力レベルはお父さん並みだったらどうしようもない。
魔法を使えない魔法使い。物語のタイトルとしては、おもしろそうだけど。
って、全然集中できてない!
……ちょっと休憩しよう。そろそろお昼のはず。
「ナーガさん、サディさんが食事を作ってくれたんです。一緒に食べませんか?」
一瞬めんどくさそうな顔をしてから、ナーガさんが諦めたように息を吐いた。
「食べないとサディアスがうるさいから」
「ナーガさん、ほっとくと全然ご飯食べないってサディさんが心配してましたよ」
「食べてるよ。一粒で栄養の採れる魔法食があるんだ」
「なんか、イメージ通りですね」
バスケットを開けると、中にはサンドウィッチが入っていた。
そういえば、朝私が目玉焼きに四苦八苦してる横で何か作ってたけど、これだったんだ。
私は切り株に、ナーガさんは大きな石に腰掛けてサンドウィッチを食べた。
卵にハムに、バターとイチゴのジャム。どれもおいしい!
このハムにはシャキシャキのレタスが合うはず。お父さんの畑で作ってもらおうかな。
「で、キミはどんな魔法が使いたいんだ?」
「え?」
「何か目標があった方が、修行にも身が入るだろう」
確かに。単純な基礎訓練をただやるよりはモチベーションが上がる。ナーガさん、ナイス。
それならやっぱり、思い浮かぶのは今日の目玉焼き。
「私、火の魔法が使えるようになりたいです!」
「無理」
「えっ!? なんでですか?」
「水・火・風・地の四大精霊が司る魔法は難易度が高い。特に火は1番強力だから、最初の目標にするのは無謀」
一刀両断。聞かれたから答えたのに……。
ガックリしてる私に、サディさんが首を捻る。
「そんなに火を使いたかった? 何を燃やすつもり?」
「燃やしたいんじゃなくて、料理に使いたいんです」
「料理に火なんて使う?」
「使いますよ。煮たり焼いたり」
「魔法で作ればいい」
卵を目玉焼きにする魔法とかがあるってことなんだろうか。
でもそれじゃ味気なさすぎる。
というか、料理の魔法があるってことは……
「部屋を掃除する魔法とかないんですか?」
「あるよ」
「だったら、それで部屋を掃除すればいいのでは?」
何気なく言ったら、ナーガさんが顔をしかめた。
「魔法を使うには魔力が必要だろう。魔力を使うのも労力がかかる」
「だから部屋は散らかったまま……と?」
「散らかってない。どこに何があるかは全部わかってる」
片付けられない人がよく言うやつ……。
手を使うのも魔法を使うのも、面倒くさいってことですね。
「何をするにも、魔力が感じられるようにならなきゃ意味がない。まずはとにかく基礎訓練だ」
「はーい」