【タイトル】
第55話 移住先
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2022-01-28 18:16:41(+09:00)
【公開日時】
2022-01-28 20:00:17(+09:00)
【更新日時】
2023-09-07 14:59:53(+09:00)
【文字数】
2,151文字
【
すぐに来てくれたナーガさんに、私たちの決断を伝えた。
ナーガさんは呆れたようか目でお父さんを見つめてる。
「……過保護」
やっと出たリアクションがそれですか。いや事実だからいいけど。
でもお父さんはなぜか得意げに胸を張る。
「ああ、そうだ。過保護で結構。かわいい娘と離れることは絶対にない!」
ついにお父さんが開き直った。こうなったらもう最強だ。
そんなお父さんの横でサディさんが笑っている。
「アリシアちゃんはまだ7歳だもんね。家族と一緒にいるのが1番だよ」
「なんで、サディアスも一緒に行くんだ?」
ナーガさんが首を傾げる。お父さんが「それは……」と言葉に詰まった。
数秒の沈黙の後、サディさんがナーガさんに向き直る。
「僕はアルの生涯のバディだけど、生涯のパートナーにもなったんだ」
サディさんのまっすぐな瞳。ちゃんと話そうと決めてたんだ。
それに引き換え、お父さんの狼狽えっぷり。顔赤くして「ちょっ、えっ?」と1人でジタバタしてる。
「恋人ってこと?」
「いやっ、こっ、それはっ、その」
「そうだよ。だから、僕もアリシアちゃんの家族なんだ。一緒に行くよ」
へえ、とナーガさんがつぶやいた。相変わらず、全然顔色が変わらない。
サディさんが拍子抜けしたように、肩の力を抜いた。
「さすがのナーガでも、もっと驚くと思ったよ」
「モンスターしか愛せないやつもいるし、獣人と結婚するやつもいる。相手が人間なんて、驚くことでもない」
だとしても、一緒に旅してた仲間が結婚するんだから普通驚くでしょ。あんまり興味ないんだろうな。
というか、モンスターや獣人とカップルになる人もいるのか。すごい気になる。
お父さんがまだ顔を赤くしたまま、ゴホンと咳払いをした。
「とにかく、俺もサディもアリシアの修行先に同行する。いいな?」
「いいよ」
ナーガさんの許可も下りたところで、あとは引っ越し先だ。
お父さんがテーブルに地図を広げた。この国周辺の地図みたい。
「田舎だと言っていたが、どこに行くんだ?」
「自然が豊かで、精霊たちが住んでいればいい。森とか川がある、穏やかな土地」
「たまに戻ってくることを考えると、国は出なくてもいいんじゃないかな。エストヴィルにも田舎の村はあるよね」
お父さんたちがあれこれ地図を指差しながら相談してる。
覗き込むと、地図の中央に描かれた国の上に『エストヴィル国』と文字が書いてあった。この国の名前だ。学校で習ったから読める。
隣にあるのは旅行で行ったサウザンリーフ。サンリーブルは見当たらないから、もっと遠くにあるらしい。
今更だけど、ここは大陸なんだ。島国の日本地図を見慣れてるから、なんだか不思議な感じ。
と、お父さんがエストヴィルの端っこを指差した。小さく名前が書いてあるけど、学校で習ったことのない地名だ。初見じゃ読めない。
「ここはどうだ? プレンドーレ村」
「プレンドーレって、ハドリーさんがいるとこ?」
「ああ、ここならハドリーさんを頼れる。縁もゆかりももないところに行くより安心だろう」
ハドリーさん?
もしかして、同じパーティーだった人?
「ハドリーさんって、だあれ?」
「お父さんたちと一緒に旅した人だ」
「騎士学校で僕らの先輩だったんだよ」
お父さんとサディさんの先輩! きっとイケメンに違いない。
ハドリーさんともお近づきになれれば、当時のお父さんとサディさんの話が聞けるかも。
「ナーガ、プレンドーレはどうだ?」
お父さんが聞くと、ナーガさんがこくんとうなずいた。
「修行には問題ない。ただ、あの村本当に田舎だから、今みたいに大きな屋敷で使用人を雇うことはできない」
「それは構わない。俺もサディも、もともと贅沢暮らしなんて……あ」
お父さんとサディさんの視線が私に集中した。
生まれたときからメイドさんたちに囲まれたお嬢様暮らしの私を、心配してるんだろうな。
でも大丈夫。私だって、前世はお母さんと細々と2人暮らし。こっちではお手伝いする機会もなかったけど、掃除洗濯料理、だいたいできるんだから。
「私は平気だよ。向こうに行ったら、お手伝いいっぱいするね」
「ははっ、そうか。アリシアはリリアに似て逞しいな」
お父さんが私のほっぺをちょいちょいっと突いた。
それから顔を上げて、サディさんを見つめる。
「俺は向こうに行ったら農業をしようと思う」
「せっかく田舎だし、それがいいね。僕もやるよ」
「サディには家のことを頼みたい。そっちまで手が回らなくなるだろうから」
「それをした上でだよ。アル、家事できないだろうからね」
言い返せないお父さんを、サディさんが笑った。
これからは自給自足ってことだね。これぞスローライフって感じ。
「よし、ハドリーさんには俺から連絡しておく。一度は直接会いに行った方がいいかもしれないな」
「アル、なんかワクワクしてない?」
「え? そりゃまあ、久しぶりの移動だからな。冒険気分にもなるだろう」
そう言って、お父さんは楽しそうに便箋を捜し始めた。
お父さんは長いこと旅してたんだもんね。一ヶ所に定住するより、あっちこっちいろんなところに行く方が好きなのかな。
サディさんもきっと……あれ?
お父さんを見るサディさんの視線が、なんか変。ちょっと怒ってるような、複雑そうな。
「サディさん、どうしたの?」
「ん? なんでもないよ。僕たちもお引越しの準備しようか」
「うん……?」