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episode_0037

【タイトル】

第37話 大人の時間② ※アルバート視点


【公開状態】

公開済


【作成日時】

2022-01-10 17:54:40(+09:00)


【公開日時】

2022-01-10 20:00:00(+09:00)


【更新日時】

2022-01-10 20:00:00(+09:00)


【文字数】

1,980文字


本文122行


 風呂から出ると、バスローブが置いてあった。

 躊躇いながら袖を通し廊下に出ると、入れ替わりにサディが風呂に入って行く。


 ウロウロしていても仕方がない。意を決して寝室に入ると、大きめのシングルベッドがひとつ。サイドテーブルにランプが灯っていた。

 ベッドの端に座ってみるが、落ち着かない。


 この流れは完全に……ってことだよな?

 いや童貞でもあるまいし、今更動揺することでもないんだが。

 でも男同士だぞ!? サディのことは好きだが、心の準備が……というか、心が通じていればそれでよくないか!? でも期待されているのに怖気づくなんて、男としてのプライドが……


 ドアの開く音が聞こえ、ビクッと肩が跳ねる。


「へえ、偉いじゃん。シラフで待ってたんだ」


 バスローブ姿のサディが入ってきた。

 しまった、酒のことを忘れてた。飲んどきゃ良かった。


 サディが当然のように真横に座ると、上気した身体から熱が伝わってくる。


「アル?」

「な、なんだ!?」

「え、緊張してんの?」

「緊張というか……ホントに、するのか?」

「そのつもりだけど?」


 風呂上がりだからか、サディの火照った顔がやたら艶めかしく見えた。そんな風にサディを見ている自分にも驚く。

 サディの目に俺は、どう見えているんだろうか。

 瞳に映る俺をじっと見ていると、サディとの距離が近くなって……


「ま、待った!」

「なんだよ」


 サディが口を尖らせた。


「なんで近づいてくるんだよ」

「アルが見つめてくるからだろ。キスしたいのかと思った」

「ち、違う!」

「なーんだ」


 肩を落とすサディの姿に、罪悪感が襲う。

 サディはずっと、叶わないと思っていた俺への想いを胸に秘めてきた。ようやく叶ったと思わせておいて、俺がこんな態度なのはマズイ。

 でも、一線を越えてしまうのは……


「寝よっか」

「へ……?」


 と言うなり、サディはさっさとベッドに寝転んでしまった。


「い、いいのか?」

「なにが?」

「し……しなくて」

「アルにその気がないのに、したってしょうがないだろ」


 そうだけど……!

 心の準備ができていないはずだったのに、いざしないと言われるとそれはそれで複雑だ。

 ぐるぐる胸の内で自問自答を繰り返している俺を尻目に、サディはなんでもなさそうな顔をしていた。

 これで俺が普通に寝てしまえば、サディは何もしないだろう。けど、それでいいのか。俺。


「……自信が、ないんだ」

「男相手じゃ勃たない?」

「違う! そういうことじゃない!」

「別にいいよ。今更俺の身体見て興奮できないだろ」

「だから、そうじゃないって言ってるだろ!」


 ベッドに飛び乗ると、サディが驚いて起き上がった。膝を合わせ、じっと向かい合う。


「俺は……一夜限りの関係というのは好きじゃない。特にお前とは、そういう関係にはなりたくない」

「そりゃ俺だってそうだよ」

「ということは、一線を越えれば……その、俺にも責任がある」


 女性経験は多い方じゃない。身体の関係にまでなった相手は、きちんと誠実に恋人として、夫婦として誓った相手だけだ。


「サディを、幸せにする……自信がない」


 告白したときは、目の前のことしか考えていなかった。

 でも恋人として、家族として共に過ごす未来まで、サディを幸せにする自信が俺にはない。


「俺はアルと一緒にいられるだけで、十分幸せだよ」

「っ……」

「アルは責任感強いからなぁ。大切な人を自分が幸せにしてんなきゃと思ってるんだろうけど、好きな人と一緒にいられればそれだけで幸せなんだよ」


 いつもそうだ。俺が幸せにしたいと思っている人に、俺の方が幸せにしてもらっている。

 俺を覗き込むサディの顔が愛おしくてたまらない。触れたい。もっと触れてほしい。

 だけど……


「アル」


 サディにあやすように抱き寄せられた。俺より華奢な胸板に、強く抱きとめられる。伝わる胸の鼓動が、どちらのものかわからなくなった。

 肩に背負っていた責任感、孤独感、虚勢、プライド……そんなものが、すべて溶けていくようだった。

 ただひとつ、胸の奥底に眠った恐怖心が顔を出す。

 宙に浮いた震える手が、自然とサディを掴んだ。


「……どこにも、行かないでくれ」

「行かないよ。ずっとアルの傍にいる」


 目閉じて、と言われ素直に応じると柔らかい唇が触れた。

 甘すぎるくちづけが離れると、サディが薄く笑って俺の肩に手をやった。

 そのままベッドに、押し倒される。


「っ、俺が下なのか!?」

「そりゃそうでしょ」


 なんでそうなる!?

 という抗議は、サディに胸元をなぞられて封じられた。ひっ、と情けない声を上げてしまう。


「赤くなってる。そんな一生懸命洗ったの?」

「悪いか……っ!」

「ごめん、かわいいなぁって思って」


 くつくつと笑うサディに、顔まで赤くなるのを感じる。

 永遠なんてものはない。失う恐怖はなくなりはしない。

 それでも俺は、サディと共にいたい。


「サディ」

「なに?」

「灯りは、消せよ」

「わかってるよ」


 灯りの消えた部屋で、俺たちは夜に溶けていった。




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