【タイトル】
第34話 本当の気持ち
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2022-01-07 18:53:50(+09:00)
【公開日時】
2022-01-07 20:00:44(+09:00)
【更新日時】
2022-01-07 20:00:44(+09:00)
【文字数】
2,433文字
【
サディさんの家は、レンガ造りの一軒家だった。
まるでドールハウスみたいなオシャレな外観に、屋根の上には煙突が見える。
ここでメイドさんやコックなども付けず、1人で暮らしてるらしい。
「お父さん、頑張ってね。私、外で待ってるから」
「あ、ああ……」
お父さんを励まして、家の陰に隠れた。窓の下に屈んで、ドギマギしてるお父さんをそっと覗く。
お父さんは不安気な顔で小さく息を吐き出してから、「よしっ」と気合を入れた。
家の扉を叩くと、少ししてサディさんが顔を出した。
「あれ、アルじゃん。どうしたの急に」
「いや、ちょっと……話があって」
「なんだよ改まって。まあいいや、入んなよ」
サディさんに招き入れられ、お父さんが家の中に入った。
今度は背伸びをして窓を覗き込む。板張りの部屋は茶色や黒のシックな家具が並んでて、奥には暖炉が見える。
「なんか飲む? って、紅茶くらいしかないけど」
「別に、なんでも……」
お父さんがギクシャクと椅子を引いてテーブルに着いた。そわそわして落ち着きがない。
紅茶を運んできたサディさんが、お父さんの向かいに座る。
「アリシアちゃんは? お留守番?」
「あ、ああ。家にいる」
ここにいるけどね。
サディさんがお父さんに「関係ない」なんて言って不穏な空気になったのに、今日は全然そんなことない。
にこやかにお父さんと話してて、この前のことが噓みたいだ。お父さんはあんなに気にしてたのに。
「で、話ってなに?」
なかなか切り出さないお父さんをサディさんが促す。
「あ、いや、その……騎士団長から、何か言われたか?」
「お見合いのこと? 『また紹介してやるから』って言われてるから、そのうち声が掛かるかもね」
「……そう、だよな」
「俺のお見合いのこと、すっごい気にするじゃん。なんで?」
サディさんの顔つきが変わった。お父さんの肩には、見てわかるほどにチカラが入ってる。
「……お前の見合い話を聞いてから、何故か胸の奥が燻ってるようだった。お前は生涯のバディで、幸せになってほしいと思ってたはずなのに。どうしてこんな気持ちになるのかわからなかった。でも、アリシアに言われて気づいたよ」
顔を上げたお父さんが、サディさんを強い瞳で射抜いた。
「俺は、サディが好きだ」
言えた! お父さん!
思わず足元がよろける。つま先立ちはキツいけど、キューピットとしてちゃんと見届けなくちゃ。
サディさんはというと、大きく目を見開いていた。
「は……なに言って……」
「俺は、今まで自分の気持ちを自覚してなかった。でも気づかなかっただけで、ずっと前からお前を好きだったんだと思う。騎士学校の頃から、旅の間も魔王を倒してからも、リリアが亡くなったときも、それから今も、ずっと傍で支えてくれた、サディを」
サディさんは黙り込んで、何も言わなかった。
しばらくの沈黙の後、お父さんが立ち上がる。
「突然悪かった。返事とか気にしなくていいからな。俺は気持ちが伝えられただけで十分だから」
そう言って、そそくさとお父さんは帰ろうとしてる。
ちょっと! 気持ちが伝えられただけで十分とか、なに言ってんの! そこが大事なのに!
お父さんが出て行こうとした瞬間、サディさんがドンと後ろから扉に手をついた。
背中越しの、壁ドン。
「告白するだけして返事も聞かないとか、ズルいんじゃないの?」
「いや、だって……」
「こっち向けよ」
サディさんがお父さんの肩を掴んで、強引に振り向かせた。サディさんはじっとお父さんを見据えてるけど、お父さんは視線を床にさまよわせてる。
お父さんの方が少し背が高いはずなのに、すごく小さく見えた。
「なんで返事聞かないの?」
「急にこんなこと言われたって困るだろ。サディは別に俺のこと……」
「アルって、俺のこと全然わかってないよね」
「っ、それは……」
「言いたいこと言えて満足? 本当に俺のこと考えるなら、その気持ち胸に秘めて黙ってようとか思わないわけ?」
サディさんの目が冷たい。背筋が凍りそうだ。
違うの、サディさん! けしかけたのは私で、お父さんは悪くないの!
どうしよう。私めちゃくちゃ余計なことしちゃったかも。これでお父さんとサディさんの友情にヒビが入ったりしたら、私……
「俺はずっと、そういう気持ちだったんだけど?」
え? と私とお父さんの声が揃う。
「俺はアルなんかよりずっと前から、アルのことが好きだったよ。でもアルはそんな風に俺を見てないことはわかってたから、黙ってたのに」
「え……え? だってお前、騎士学校の頃から女好き……」
「男だらけの中でゲイの噂立てられたら最悪だろ」
「でも、リリアと俺の仲を取り持って……」
「リリアさんと一緒になることがアルの幸せなら、俺はそれで良かったんだ。アルが幸せでいてくれることが、俺の幸せだから」
サディさん……。
やっぱりずっと前から、お父さんへの気持ちを胸にしまってきたんだ。お父さんのために。
サディさんが俯いていたお父さんの顎を掴んで、顔を上げさせた。顎クイ。
「せっかく身を引いてやってたのに、そっちから迫ってきてさ。自分からきたら、もう逃げらんねえからな」
「に、逃げるつもりはない。俺はサディが好き……ッ!?」
突然、サディさんがお父さんを抱きしめた。
私は耳を窓にくっつけるようにして、必死に聞き耳を立てる。
「俺がずっと言えなかったこと。簡単に言ってんじゃねえよ」
「……悪かった。サディの気持ち、ずっと気づかなくて」
「アルに気づいてもらおうなんて思ってなかったよ。けどこれからは、隠す必要もないよな」
ふっ、とサディさんの表情が緩む。
少し身体を離して、お父さんを見つめた。
「好きだよ、アル。もう離せないから、覚悟しろよ」
お父さんが、こくんとうなずいた。
待って。この感じ、キスするんじゃない!? ヤダどうしよう! 腐女子としては絶対見たいけど、でもお父さんのキスシーンなんて娘が見ちゃダメな気がする!
見たい、見ちゃダメ、どうすればいい!? どうしたらいいの!?
私が窓の外でパニクってる間に、サディさんとお父さんの唇が、重なっていた。