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episode9



 その日の夜、ベッドでいつもぎこちないお父さんとの会話が初めて盛り上がった。


「急にサディが魔法を教えてくれってリリアに頼んでな。それで魔導の剣が使えるようになったんだ。あれは筋力や腕力だけじゃ使えない、魔力のコントロールができないとダメだからな」

「お母さんは魔法が得意だったの?」


 何気ない質問のつもりが、お父さんは私の顔をじっと見つめた。


「お母さんは魔法使いだっただろう」

「えっ、あ、そうだったっけ?」


 そんなのは初耳だ。

 アリシアの夢の中にも……そもそも、アリシアの記憶にほとんどお母さんはいなかった。


 お父さんがふっと寂しそうに笑う。


「そうか。お母さんのこと、覚えてないよな」


 ああ、なんか悪いことしちゃったかも。

 でもこればっかりはどうしようもないし……


「ね、ねえ、サディさんと一緒にお仕事してるんでしょ? いつも一緒なの?」

「あ、ああ。大抵いつも一緒だな」

「お城の騎士さんに剣を教えてるんだよね。どんなことしてるのか聞きたいな~」

「仕事の話? 女の子が聞いておもしろい話じゃ……」

「旦那様、お話してさしあげてはいかがです?」


 部屋の隅で見守っていたマドレーヌさんが、そっとお父さんに言った。


「お嬢様は魔導の剣にも興味があるようですもの。それに、大好きなお父様のお話ならなんだって楽しいですわ」

「大好きな……」


 お父さんの目がキラリと輝いた。


「よしわかった! いくらでも話してやるぞ、アリシア!」

「わーい! ありがとう!」



 そんなこんなで、私は毎晩お父さんの仕事の話や、騎士学校のときの話を聞いた。

 もちろんそこにはサディさんの名前が頻繁に出てくる。


 サディさんと出会った頃のお父さんは一匹狼で、誰にも心を開いていなかった。

 でもそんなときにサディさんに誘われ、バディになった。

 サディさんと一緒に行動するうちに仲間の大切さを知って、お互いを支え合う絆が深まったという。


 騎士学校を出ると大半が王国騎士団に入団する。

 でもお父さんは魔王を倒しに行くと決めた。

 不可能だ、騎士団に入れば将来安泰なのにと反対される中、サディさんはお父さんを信じてついてきてくれた。

 そして仲間が増え、魔王を倒し、引退してからもサディさんとはずっと一緒。


 なんという尊い話。

 薄い本が広辞苑並みになってしまう!



「アリシアは本当にサディの話が好きだな」


 最近のベッドタイムは、遠回しでなく直接サディさんの話をねだるようになっていた。

 そりゃ勘づかれて当然。


「えーっと、だって、サディさん優しいから」

「アリシアは……サディが好きなのか?」


 お父さんの顔が曇った。

 マドレーヌさんがくすりと笑う。


「旦那様、いくらお嬢様がサディアス様をお好きでも、そういう意味ではございませんわ」

「だが! そういう意味になるかもしれないだろう! 俺はいくらあいつでも、アリシアを嫁にやる気はない!」


 嫁!?

 いやいや、サディさんはお父さんのものだから! 大丈夫だから!


「まあ、サディは子供に……というか女にやたらと優しくて、リリアにもそうだった。あいつリリアと妙に仲が良くて、それで……」


 それは嫉妬ですか!? お父さん!

 これはまだまだ聞きたいことが山積みだ。

 でも今は、ずーんと肩を落としてるお父さんを励ますのが先。

 だけど、いい案が思いつかない。


 マドレーヌさんに目で助けを求めると……


「そうですわ、旦那様。今度の記念式典、お嬢様にもご参加いただいたらどうでしょう」

「記念式典ってなに?」

「魔王を討伐した日に、お城の訓練場で記念式典が行われるのです。毎年の恒例行事なのですが……」

「式典なんて子供にはつまらないだろう」


 肩を落としたままのお父さんが答えた。

 いやいやいや、魔王討伐の式典なんて興味あるに決まってる!

 サディさんも出席するはずだしね。


「私行きたい!」

「お偉いさんの話聞くだけで、おもしろいことなんて……」


 乗り気じゃないお父さんに、マドレーヌさんが耳打ちする。


「式典では旦那様は勇者として称えられるのではありませんか。お嬢様にかっこいいところをお見せするチャンスですわ」


 お父さんの肩がピクッと動く。

 それから、私を見てこほんと咳払いをした。


「式典の間、大人しくしていられるか?」

「うん、じっとしてる!」

「それなら来なさい。もともと、家族も呼ぶようにと毎年言われていたからな」


 なんだ、それなら呼んでくれればよかったのに。

 以前のアリシアが式典に興味あるかはわからないけど。


「これでかっこいいところを見せて、アリシアに『お父さん』と呼んでもらうんだ……!」


 お父さん、心の声が漏れてます。



 式典は見てるだけだけど、せっかくだから私からもお祝いをしたい。

 お父さんとサディさんに、何かプレゼントをしよう。プレゼントといえば、サプライズだよね!


 といっても、私はお金を持たせてもらってない。

 それに、6歳の子のプレゼントなら買ったものより気持ちがこもってるものの方がいいはず。

 料理は厨房に入れてもらえないだろうし、お裁縫はこんな小さな手じゃ上手くできる気がしない。

「肩たたき券」ってこの世界でも通じるのかな? 

 でも父の日とかならともかく、魔王討伐の記念日には見劣りする。


 だったらベタだけど……花束はどうだろう。

 サディさんに作ってもらった腕輪はとってもキレイだった。

 たくさんお花を摘んで冠を作ってもいいかもしれない。

 確か森に花畑があるってサディさんが言ってたっけ。


 お父さんとサディさんの花束はお揃いに……いや、ペアを意識するような色合いにすれば……

 いやもうホント尊いが過ぎるぞ!!


 あんまり前に用意しておくと花が枯れちゃうし、当日じゃさすがにギリギリすぎる。

 それなら、決行は式典前日。


 問題はどうやって森に行くか。

 1人で森に行くなんて許してもらえるはずないし、中身20歳だから大丈夫と説明するわけにもいかない。

 メイドさんたちについてきてもらえば、お父さんに報告は必須。サプライズにならない。


 私の傍にはいつも誰かしらメイドさんがいるから、自由になれるのはお昼の後からおやつの時間まで。

 その時間はよく中庭で遊んでいるけど、私が大人しくしているとわかってメイドさんたちはたまにしか様子を見に来ない。

 抜け出すならこの時間だ。



 それから何度も、お屋敷を抜け出して森の花畑まで行ってみた。

 花畑までのルートも時間もバッチリ。


 決行は明日だ!




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