「はあ……ここなら大丈夫だろう」
お父さんに連れられてきたのは、広い原っぱだった。
「ごめんな、アリシア。もっと街でゆっくりしようと思ったんだが」
「ううん、大丈夫。ねえ、勇者様って……」
「ああ、昔の話だよ。それより」
お父さんが差し出したのは、さっき選んだペンダント。
「なんとかこれは死守してきたぞ」
お父さんは私の後ろにまわって、ペンダントをつけてくれ……ようとしたけど
「あ、あれ? ちょっと待ってな」
留め具に苦戦してるみたいだ。
思わず小さく笑うと、頭の後ろでお父さんも笑った。
「よし、できた。こっちを向いて」
振り返って胸元のペンダントをお父さんに見せる。
「やっぱり似合うな。これを選ぶなんて、アリシアにはセンスがある」
親ばかだなぁ。
でももちろん、言われて悪い気はしないわけで、自然に頬が緩む。
「ありがとう」
なんだか恥ずかしくて声が小さくなってしまった。
お父さんが微笑む。
「そうだ、アリシアを連れて行きたいところがあるんだよ」
「おいで」と言われ、ついて行くと原っぱの一角に小屋が見えた。
よく見れば、小屋の外には木でできた柵が遠くまで続いている。
その柵の中に何頭かの馬が見えた。
「ここ、牧場なの?」
「城の厩舎なんだ。訓練に行ってる馬たちは出払ってるから、今いるのは引退した馬と仔馬たちだけだけど……」
「アル!」
振り返ると、馬を引いた男の人が立っていた。
歳はお父さんと同じくらいで、柔らかそうな灰色の髪に紫の目。背はお父さんよりちょっと低いけど、なかなかイケメンだ。
いやそれよりも驚いたのは、この人、オレウケのサーシェスにそっくり!
「急に休んだと思ったら、こんなとこで散歩かよ。体調でも崩したのかと思って心配したってのに」
「悪い、サディ。今日はアリシアと出掛ける約束をしてて」
サディ、と呼ばれた人が私を見下ろす。
「キミがアリシアちゃんか! リリアさんに似てかわいいじゃん。そりゃアルが溺愛するはずだ」
通る声でそう言われ、反射的に
「おい、この子は人見知りなんだよ。あんまり怖がらせないでやってくれ」
中身が20歳なのに人見知りとか申し訳ない。
でもサディアスさんは気にした様子もなく、私の前に膝をついた。
「驚かせてごめんね。僕はサディアス・アガスターシェ。お父さんの友達だよ」
「仕事の同僚だ」
「なにそれ、他人行儀な言い方。ずっと旅した仲じゃんか」
旅ってことは、もしかしてサディアスさんも……
「サディアスさんも、魔王を倒した勇者様なの?」
というと、サディアスさんとお父さんが顔を見合わせた。
サディアスさんが吹き出す。
「勇者様はアルだけだよ。僕は勇者様率いる愉快な仲間たちの1人」
「やめてくれ。全員で倒したんだから全員が勇者ってことでいいだろ。俺だけに押し付けるな」
「だって勇者なんていろいろ面倒だろ。リーダーだったんだから、アルが勇者様でいいんだよ」
「それもお前が勝手に決めたんだろうが」
お父さんがリーダー?
なんとなく頼りない今のお父さんからは想像できない。
「それより、こんなところで喋ってて大丈夫なのか? 訓練は」
「終わったよ。今ライラック号を戻しに来たとこ」
「ああ、そうか。今日の訓練は午前中だけだったな」
「誰かさんがデートに行ったせいで、ちょっと時間過ぎちゃったけどね」
「悪かったって。埋め合わせするから」
お父さんがサディアスさんの引く馬を撫でる。
馬も嬉しそうにお父さんに首を摺り寄せた。
「こいつがお父さんたちと一緒に旅したライラック号だ」
「優しい馬だから怖くないよ。アリシアちゃん、触ってごらん」
サディアスさんに言われて、そっとライラック号に手を伸ばす。
あったかくて、引き締まった硬い身体。
「こんにちは、ライラック号」
ライラック号は丸い瞳で私を見た。
穏やかそうだけど、この子もお父さんたちと一緒に魔王を倒しに行ったのか。
人も馬も、見た目じゃわからない。
「アリシアちゃんも今度ライラック号に乗ってみる?」
「え、でも私お馬さん乗ったことない」
「大丈夫大丈夫。乗馬が下手な誰かさんでも乗れたんだから、アリシアちゃんなら簡単に乗れちゃうよ」
「おい」
お父さんのツッコミを受け流し、サディアスさんはライラック号を厩舎の中に連れて行った。