次の日、朝食のときお父さんに「今日は休みだから街に出掛けよう」と誘われた。
『アリシアのパパ見知りを治そう大作戦』だ。
目的を知っている身としては、こっちにもプレッシャーがかかる。
でもせっかくアリシアとして転生したんだから、親子として仲良くなりたい。
マドレーヌさんに着替えさせてもらったのは、ドレスかと見紛うようなピンク色のワンピース。
か、かわいい……。
結理として生きていたころは、お父さんの遺族年金でやっと暮らしていて、こんなかわいい服は買ってもらえなかった。
欲しいと思ったこともなかったけど。
扉がノックされ、お父さんが入ってきた。
「着替えは済んだか?」
「ええ、すっかりおめかしされましたよ」
マドレーヌさんが答えると、お父さんが目を細めた。
「おお、ピッタリだな」
「お嬢様は色が白くて、桃色のワンピースがお似合いでしょう? とってもかわいいですわよね?」
「あ、ああ。すごくかわいいぞ」
娘の洋服の褒め方なんてわからないお父さんに、マドレーヌさんがアシストを出す。ご苦労様です。
「アリシアお嬢様、今日はお父様と楽しんでいらしてくださいね。何かおねだりすれば、買っていただけるかもしれませんわよ」
「はっはっはっ、そうだな。お父さんがなんでも買ってやるぞ」
パパ見知りを治さなくてはと気負っているのか、いつも以上にお父さんがぎこちない。
私からも何か言った方がいいんだろうけど、何を言えば……
「今日はお帽子被っているの?」
お父さんの帽子を指差してみる。深緑色のハット。
「ああ、街に出掛けるときはこれがないとな」
へえ、オシャレなんだな。
「さあ、アリシア。そろそろ行こうか」
「う、うん」
お父さんに差し出された手を繋ぐ。
大きな手に、私の小さな手はすっぽり包み込まれた。
お父さんに手を引かれて家の外へ出る。
始めて外から見上げた家は、思ってた以上に大きなお屋敷だった。一体何LDKあるのか。
自分の部屋からほとんど出たことなかったけど、1人で歩きまわったら迷子になりそうだ。
屋敷の前の緩やかな石畳の坂を下って行く。
ここは城下町だったらしく、遠くにディズニー映画でしか見たことがないようなお城が見えた。
外国に来たみたい。
……外国どころか異世界なんだけど。
しばらく歩いて行くと、徐々に人が増えてきた。
露店が並ぶ通りはまるで商店街。見たことない食べ物や民芸品、おもちゃがすらりと並んでいる。
キラキラとした宝石が埋め込まれている宝石箱もある。といっても、宝石を模したガラス玉だろうけど。
「あれが欲しいのか? 買ってあげよう」
「あ、ううん。いいの」
珍しいから見ていただけで、特別欲しいわけじゃない。
でもその後もお父さんは私の視線の先を素早く見つけ、「買ってあげる」と繰り返す。
おちおち見てもいられない。
「遠慮しなくていいんだぞ」
遠慮しているんじゃなくて、本当に欲しいものがない。
まさかBL本やBLゲームが売っているわけないし。
前世でも子供の頃はあんまり欲しいものがなくて、親に何かをねだった記憶もない。
でも、何も買わないというのも悪い気がする。
せっかく連れてきてもらったのに。
「お嬢ちゃん、ペンダントはいかが? お姫様みたいでカワイイわよ」
派手な格好をした露店のお姉さんに声を掛けられた。
お姉さんの横にあるアクセサリースタンドには、キラキラしたペンダントが飾られている。
前世でお菓子売り場に売っていた食玩のペンダント。あれに似てる。
思い出した。
物欲のなかった前世の私が、唯一欲しかったのがあのペンダント。
でも買ってとは言えなかったし、バイトを始めた頃にはもう恥ずかしくて買えなかった。
「買ってやろうか?」
「うん」
「そうか! じゃあ、好きなのを選びなさい」
赤、青、黄色、ハート型に星型。色とりどりのペンダントは見ているだけで楽しい。
お父さんがそんな私をニコニコと見つめている。
「いくつでもいいぞ。そうだ、選べないなら全部買おうか」
「だ、大丈夫。ひとつにするから」
たぶんお父さんの財力ならこの露店の商品全部買えそうだ。
でもこういうのはやっぱり、ひとつに選んだ方が特別感がある。
「あ……」
見つけたのは金色のペンダント。鍵の形をしていて、ヘッドの部分はピンクのハートがついている。
アニメの魔法少女がつけていそうなかわいいデザイン。子供っぽいかな。
でも今の私は6歳。何も問題はないはず。
「これがいい」
「おお、かわいいな。アリシアに似合いそうだ。じゃあ、これをこの子に」
お姉さんは「まいどあり」と言うと、ふとお父さんの顔に目を留めた。
お父さんがサッと帽子を目深に被り直す。
瞬間、お姉さんが「あら!」と目を輝かせた。