お父さんは忙しい仕事の合間を縫って、できるだけ私と一緒にいてくれた。
けど、お父さんも今まで幼い娘と一緒に過ごした経験がほとんどない。
明らかに、私と2人きりになると戸惑っていた。
なんとかメイドさんたちに間に入ってもらって、一緒に遊んだり絵本を読んでもらったけど、ぎこちない。
私も相変わらず『お父さん』とは呼べない。
メイドさんたちには言えるのに、お父さん本人に呼ぶことができないでいる。
6歳児らしさを意識してるせいで喋り方もたどたどしい。
抱きしめられてもどう反応していいかわからない。
親子初心者同士、探り合いの日々が続いた。
ある夜、寝かしつけてもらった後でふと目が覚めた。
お父さんとメイドさんの声が聞こえる。
「マドレーヌ、俺はどうしたらいいんだろうか」
「旦那様はアリシアお嬢様の父親として、立派にやっていらっしゃいますわ」
マドレーヌさんは、うちで1番長く勤めているメイドさんだ。
5人の子どもを置いて旦那さんが出て行ってしまったので、うちで働くことになったらしい。
メイド長でもあるマドレーヌさんを、お父さんはとても信頼していた。
「何を聞いても『なんでもいい』ばかりだし、ワガママも言わない。6歳の子はもっとあまえたりするものじゃないのか」
「お嬢様は聡明なお子様ですから、仕事でお疲れのお父様にご面倒を掛けたくないのですわ」
「それに、俺が抱きしめるといつも身体を固くするんだ。アリシアの方から抱きついてきたこともないし、俺を避けてる素振りもある」
「これまで旦那様と一緒にいる時間がなかったのですから、照れていらっしゃるのですわ」
「でも、俺のことを1度も『お父さん』と呼んでくれないんだ! これはどう考えてもおかしいだろう!」
やっぱり気づいてたか……。
そうだよね、どう考えても不自然だ。
でも、私の精神年齢は20歳。今更6歳として親にあまえるのは難しい。
前世で6歳の頃だって、親にあまえた記憶なんてないのに。
結理の頃から、私は『お父さん』という存在を特別視していたように思う。
望んでも手に入らない。私には縁のない存在。
そんな特別な人が突然目の前に現れても、そう簡単に『お父さん』と呼びかけられない。
「マドレーヌ、もしかしたら……もしかしたら俺は、アリシアに……アリシアに嫌われているのかもしれない!!」
お父さんが半狂乱になって頭を抱えた。
ああっ、違う! そうじゃないんだよ!
という心の声が届くはずもなく、お父さんはパニックに陥っていた。
「俺がアリシアを放って仕事ばかりしていたから! リリアやメイドたちに任せきりで父親らしいことを何もしていなかったから! 俺はアリシアに嫌われているんだあああ!!」
「旦那様、落ち着いてくださいな! お嬢様が目を覚ましてしまわれます」
マドレーヌさんに宥められて、なんとかお父さんは落ち着きを取り戻した。
……というより、意気消沈しているようだ。
「旦那様」
マドレーヌさんの真剣な声が聞こえた。
「お嬢様は、パパ見知りなのかもしれませんわ」
「パ、パパ見知り?」
「父親に対して人見知りをしてしまうことです」
「ま、まさか、親子なのにそんなこと……」
「父親でもなんでも、接する時間が少なければ同じことですわ」
人見知り……。
前世の私は人見知りだった。それから、アリシアも。
「パパ見知りを治すにはどうすればいいんだ」
「お嬢様といる時間を長くされれば良いのですわ。今でも旦那様はお食事をご一緒になさったり、遊んで差し上げているではないですか。きっとそのうち慣れて――」
「いや、それじゃ足りない。もっと一緒にいるべきだ。明日は仕事を休んでアリシアと2人で出掛けるぞ!」
「お気持ちはわかりますが、今からではご予定が……せめて週末になさっては」
「いいや、明日だ。明日はサディも同じ訓練に入っていたはず。あいつに任せておけば大丈夫だ」
そうと決まれば、とお父さんが勢いよく部屋を出て行った。
サディさんという人に仕事を任せに行ったんだろう。
同僚の人かな。急にごめん、サディさん。
でも、「訓練」って……?
それより、明日はお父さんと2人きりで出掛けることになったらしい。
大丈夫、かな……。