『ユーリさん、昨日のオレウケ見ましたか?』
『見た見た! ついにサーシェスの気持ちがアルヴィンに伝わったね!』
『でもあのカプ、自分は逆だと思うんですよね。公式と解釈違い』
『まあ公式はアルヴィン総受けだからね』
≪俺が転生したらBLゲームの受けだったんだが!?≫ 通称オレウケ
ごく普通のサラリーマン・明久がトラックに轢かれ、中性ヨーロッパに似た異世界に転生してしまった。しかもそこはBLゲームの世界!
剣士アルヴィンとしてなるべく目立たないように過ごしていたが、ひょんなことから王国騎士のサーシェスに拾われ、魔王を倒す戦いに巻き込まれる……!?
今、我ら腐女子に大人気のBLアニメだ。
もとは小説投稿サイトで連載されていた小説だが、そこから人気に火が付きコミカライズ、そして今期アニメ化に至った。
SNSのBL用アカウントで、日々オレウケの感想や考察をつぶやいたり、二次創作を見るのが最近の楽しみだ。
私だって、頭の中では常に妄想している。これを漫画や小説にして、フォロワーさんたちと共有できたらどれだけ楽しいだろう。
頭の中の妄想が、ポンッと具現化できる能力があればいいのに。
「桜野さん! またスマホいじって! 没収ですよ」
「も、もうちょっとだけお願いします! 今神絵師様の絵がRTされてきたんです。これを目に焼き付けておかないと死んでも死に切れません」
「ダメです。桜野さんは絶対安静なんですよ」
看護師さんにスマホを取り上げられ、サイドテーブルの端へと置かれてしまった。
私、桜野
常に点滴やいろんなチューブに繋がれてほぼ寝たきり、絶対安静。サイドテーブルのスマホも取れないくらい体が動かせない。
私にできることといえば、唯一動く指先をなんとか駆使してスマホでSNSをしたり、配信されるオレウケを見たり、声優さんたちのラジオを聞くくらいだ。
父親は物心つく前に他界、母親は数年前に病気で亡くなった。
そして私は19歳のとき、母と同じ病気にかかり入院生活となった。進行が早く、20歳になった今は既に寝たきり状態。
家族もいない、ぼっちの学生時代。社会人経験する間もなく闘病生活に入ってしまった自分には、見舞客の1人もいない。
母は私が小学生のときから病に伏せっていて、看病は主に私がしていた。
寝たきりに近い母の傍から離れることができず、遊びに行くことはほとんどなかった。
そんな小学生時代、私を支えてくれたのはアニメと漫画だった。
中学で初めてBLというものに出会い、私の人生は薔薇色になった(BLだけに)。
高校からはスマホという文明の利器を手に入れ、ネットで二次創作という存在を知った。イラストや小説が投稿されているサイトを巡り、自分も推しカプの小説を書いた。
18歳になったときは嬉しかった。これでやっと18禁が解禁だ!
でも喜びもつかの間、運命は残酷だ。
そんな私の心の支えは、SNSで繋がっているフォロワーさんたち。
母が亡くなったときも、支えてくれたのはフォロワーさんと推しの存在だった。
顔も本名も知らない彼女たち(彼かもしれないが)と腐女子トークをしているときは現実を忘れられる。
もう二次創作をする体力は残ってないけれど、腐女子仲間とBLがある限り、私は幸せだ。
スマホも取り上げられてしまったし、今日はそろそろ寝よう。
寝付くまでの妄想はアルヴィンとサーシェスに決まりだ。
アルヴィンとサーシェスの気持ちが通じ合った初めての夜。
サーシェスがおもむろにアルヴィンを押し倒す。
「ちょっ、何す……」
「何って決まってんだろ? 俺のこと好きなんだよな?」
「好き、だけど……」
「散々俺のこと待たせたんだ。今更手加減できねえからな」
サーシェスの指先が、アルヴィンの細い腰を撫で……
ん、なんだか顔が熱くなってきた。興奮しすぎたかな。
いやなんか違う。心臓がバクバクいって動悸がしてくる。
と思ったら、今度は血の気が引いて身体が冷たくなってきた。指先が震え出す。
気持ち悪い、吐きそう、息が苦しい。
ナ、ナースコール……!
「桜野さん! 大丈夫ですか!」
「早く先生を!」
飛び込んできた看護師さんたちが慌ただしく処置を始める。
けど、なんとなくわかる。
ああもうこれ……私、死ぬんだな……
オレウケ、最後まで見届けたかったけど、無理みたいだ。
SNSのみんな、私の分までアルヴィンとサーシェスを頼んだよ。
死んだら私も、異世界転生できるかな。そう思えば、何も怖くない。
できれば異世界でも腐女子になりたい。それが私の、唯一のアイデンティティだから。
それからできれば今度は、家族に囲まれて過ごしてみたい……