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第6話

  一九七二年七月四日———

 私としたことが、もっと丁寧にやらなくては!あんな強引にやってしまっては気づかれてしまうだろう!あくまでも丁重に扱う必要があるのだ、あの娘は絶対に壊してはならないのだから。


  一九七二年十月十三日———

 ああ、邪魔だ、邪魔だ。父親も母親も、あ

の友人も。あの娘を囲む全ての人間が邪魔

だ。全てを排除してしまいたい。この力を

持ってして、それは簡単なことだ!

 いや、早まってはいけない。あの娘を悲し

ませることが私の目的か?あの娘を悲嘆に

陥れてどうする?それでは意味がない。あ

くまでも今のまま、あのままのあの娘を手

に入れるのだ。他の方法は?考えろ、考え

ろ、考えるんだ———!


  一九七三年六月三日———

 私はとうとうおかしくなってしまったよう

だ。お前に合わせる顔がない。何というこ

とか、この日記を開くまで、今日が何の日

であるかすっかり忘れてしまっていたのだ

からね!お前の命日だというのに。これま

で一度たりとも忘れたことなどなかったと

いうのに。ああ、ああ、ああ!私の頭の中

はあの娘のことでいっぱいだ。これも全て

あの娘が私の元へやって来ないせいだ。も

う待つ必要はない。今すぐに!今すぐやる

のだ!


  一九七四年二月十八日———

 ああ、可愛い娘よ、どうか笑っていてくれ。

こんな化け物のそばへ来てはならないよ。

そのままでいいのだ、安全な場所で、安ら

ぐ人たちと共に生きるのだ。ここへ来ては

ならない。この私に近づいてはならない。


  一九七四年二月十九日———

 何をやっているのだ、相手はたかが十二歳

だ。あんな素寒貧な身体なんて私の力を持

ってしたらなんてことないだろう!早くや

るのだ、早く全てを終わらせるのだ。これ

まで幾度となくやってきたことだろう!そ

れなのに、それなのに———私は一体何を躊

躇っている?


 日記には何としてでも君を手に入れんとする執念、大切に思うがあまり暴走していくさまが記されていた。同時にふと我に返り人間の心を取り戻したかの如く、自分の悍ましい姿を思い出したかの如く、君を遠ざけようとする苦悩が記されていた。


 男は告白を続けた。


「あの娘の関わるところ全てで私は姿を現そうとした。邪魔者は皆、排除しなければならない。何としても手に入れなければならない。当たり前だろう!あの娘は私のものだ。私の子どもなのだから!」

 男は口を開けたまま、全てを吐き出すように嗚咽を漏らした。そして不敵な笑みを浮かべた。


  一九七五年十月七日———

 教師というのは毎日毎日あんなに近くにい

るものなのか?あの娘のそばをうろつくで

ない!———ああ、ああ、ああ!私の中にはあ

の娘が足りない。あの娘さえ手に入れられ

ればもう、何も望むものはない。


  一九七六年一月十九日———

 これほどまでに美しく、若々しい姿を見せ

ているというのに。あの娘の目はどこにつ

いているのだ?なぜこの私に見向きもしな

い。これほどまでに思ってやってるという

のに!まだ幼いからと手を下して来なかっ

たがもう待つ必要はない。この能力を前に

したらあの娘だって逃げ場はあるまい。


 一九八六年八月二十日———

 何をやっている?もう少しで見つかるところだったではないか!あの娘に怪しまれるようなことをしてどうする?能力を使う?とんでもない!私は決してあの娘を壊したくはないのだ、あのまま、あの姿のままでいてほしいのだ。それでこそ妻の生き写し。ああ、どれもこれもが私の邪魔をしてくる。今日はもう疲れてしまった、早めに眠った方が良さそうだ。


 一九八八年十月十六日———

 ああ、神よ、お前よ。これは許されざることだろう、しかし!私が完全なる勝利を挙げたのだ。そうだろう?なに、私が間違っていると言うのか?お前が亡くなってからどれほどの目に遭ってきたと思ってる?ああ、聞きたくない、何も聞きたくない!お前までそう言うのか?この私が悪だと!


「もう少しだった。あと一歩のところまで来ていた。私はやってのけたのだ。ついに娘は私のものとなった。初めて手に入れたのだ、これほどまでに望んでいたものをね!それなのに———私は愚かだったよ。お前ならわかるだろう。我々はヒトだ。人間じゃない。私の存在は綺麗さっぱりかき消された。邪魔者を全て排除した瞬間にね」


 あの日、あの街へ越してきたのは仕事のためだと君は話していた。しかしそれは男が能力を使っていたからだ。君の記憶から男の存在は消え去り、存在せぬものとして生活を送ることになった結果だ。無論、そんなこと君は知る由もないのだが。

「お前は感謝しなくてはならない、この私に!盛大に感謝するのだ!さあ、さあ!私の愚かな真似によってあの娘は越していったのだからね!そこでお前と出会った。見つけるのにどれほど苦労したか。突然消え去ったのだ、この私の前から。私のものになるはずだったというのに!そしてどうだ?やっとの思いで見つけたと思えばそこには男がいるではないか、情けない若造が、ましてやあろうことか、ヒトだというではないか!」


 男のトパーズ色がギロリと光った。


「これまでどれほど時間をかけても私の元へ来なかったというのに、この若造はいとも簡単に手に入れている。なぜだ?私の方がふさわしいに決まっている、違うか?あの時、すぐに手を下してやっても良かったのだ、どうせただの若造だと思ったからね。しかし違った、お前はヒトだ。ああ、またしても邪魔が入った!あの娘を壊したいわけじゃない、お前だけを殺めたかったのだ。それなのに、お前は死なない!私は待ったよ、それはもう飽き飽きするほどね。お前が大きな過ちを犯すまで首を長くして待っていたのだ。そしてとうとうやってくれた。やっと天は私に味方してくれた」

 男はしたり顔で僕の方へ近づいてきた。そしてこう告げた。


「素直な若者はいい。愛する者のために贈り物を用意し、代わりに刑罰まで受けてくれるとはね」

 ハッと息を呑んだ。素直?代わり?まさか———。僕が口を開く前に男は話を続けた。


「とうとうあの娘は私の元へやって来たよ。全ての記憶を失ってね。私はついにやり遂げた!再びあの娘の記憶に入り込む隙を得たのだ。そう思っていたのに、お前は何をしたのだ?あの娘に何をした?忘れていなかった。あの娘は忘れていなかった。お前の姿を、声を、匂いを、全てを!何度も何度も記憶を凍らせた。それなのに一向にお前はあの娘の前から姿を消さない!あの娘はみるみるやつれていった。表情を失くし、艶やかだった髪は色褪せていき、あっという間に白髪へと生え変わった。似つかわしくないほどに老いてしまった。まるで妻とは違う。せっかく手に入れてもこれでは意味がない。いくら寄り添ってやろうとも、こちらを見向きもしない。あの娘はずっと遠くを見つめているだけだった。もはや私が愛した娘ではなかった。我慢がならなかった。なぜこの私がお前のような陳腐な若造に敵わないのか?ああ、見ているだけでも腹立たしい。だからね、してやったよ、あの娘が望むようにね」

 悪寒がした。何か途轍もないことが起こっていると、そう全身の細胞が騒ぎ立てる。やめてくれ。僕は叫びを上げそうになった。


 次いで男は口を開いた。

「これはお前が悪いのだ。そうだろう?けれど、代わりにこの私が手を下してやったのだ。我々は共にあの娘を壊したのだ!」

 僕は全てを悟った。あの日、あのときツリーを凍らせたのは僕ではない、この男だ。僕は自分がやったと信じて疑わず、代わりに刑罰を受けた。受け続けた。

 そして君は、看守の力を持ってしても、僕の存在を忘れることができずに苦しみ、この男のもとでみるみる壊され、挙句、殺められたというわけか———。

 今にも暴走してやらんとする能力を必死に抑えつけた。ここで放ってはならない。それではこの男の思う壺だ。

 絶対に、決して、手を下してはならない。


「さあ、さあ、さあ!裁きを受けるのだ!」

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