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第6話

 ……


 カイ


 ……


 カイル


 ……



「カイルッ!」

「おっぱい揉ませっ! ……ありゃ?」


 カイルが目を開けると、しゃがみ込んだルシェルがこちらを見下ろしていた。膝枕はしてくれないようだ。レリガ・レイディアーと思われた大鎌はどこにも見当たらない。刺客は全員倒してきたようだ。


「カイル一体何があった。こんな場所でぶっ倒れてるなんてよ。やられたのか? 後俺の胸触るんじゃねぇきもいんだよ」

「あ、すまん。……何か……はされたかな。だが何が起きたとかは全くの不明。意味が分からなくて吐きそうだぜ」

「魔法食らったのか?」

「あ、あいつの魔法は……幻術の類じゃねぇ……」

「あぁ。幻術系統の魔法は既に継承者が存在し、本部が秘密区域で管理している。生きてるから使える奴はいない筈だぜ。どんな規格外野郎でもな」


 カイルもルシェルも起きた事実をあり得ないという意見が一致する。だが、フィーネは明らかに精神面に干渉してきた。言葉一つで対象の感情を自由自在に操る……。どう考えてもマナルフトを作りだしたものとは考えにくい。


「じゃあ一体……。訳分かんねぇよ……」


 明らかに、現実に置いて行かれているようで大分精神が摩耗する。もうかなり限界に近い。


 カイルは重く汗まみれの身体を緩慢と起こし、呼吸を整える。とてつもなく身体が怠く重く吐きたいが、そうも言っていられない。


「ま、俺もさっきまで閉じ込められてたわけだし、お前を責めることは出来ねぇ……ハイドさんに悪いことしちまったな」

「ハイド?」


 誰のことだ。


「俺の相棒であり先輩だ。この任務に就いていたんだが、ちょっと色々あってはぐれた」

「おめーもか」

「あ? ゼインとはぐれたのか? そういやいねぇなあいつ」

「ゼインはよ」


 カイルはとりあえずフィーネと自分の愛すべき関係以外のほとんどを話した。


「あーおけおけ。見事に全員やられたって感じか。だりいな昇級は望めそうにないぜ」


 悪態つくように不満を漏らすルシェル。カイルも嫌な気持ちに押し勝てず思わず泣けてきた。


「……これからどうすりゃ」


 カイルが小さく呟くと、ルシェルが立ち上がって背伸び。


「一旦報告に戻るか。合流すらままならなかったって言われるのも嫌だけど仕方ないかねぇ……ハイドさんがどこにいるかも分からねぇし」

「お前達が戻ることは無い。ここで永遠に死ぬ運命なのだ」


 ルシェルは警戒心を膨れ上げ一瞥する。


「誰だおめーら。カイル分かるか」


 カイルも大慌てで立ち上がり。


「おめーが分からないのに俺が分かる訳ねぇ」


 見ると、そこには十名を超える数の魔俜人がいた。どこ所属かは分からないが、全員がそれなりに強い。


「使えねーなやっぱ支部だわ」

「支部の悪口言うな犯すぞ」

「いやーんえっちー。ってのはまぁいいや。それよりお前ら、ここに世界最強の拘征官カイル様がいるが、お前ら如きが勝てると思ってんのか?」

「おいルシェルこれ以上の罵倒は許さねぇぞ」


 カイルとルシェルは警戒しつつも特に気圧される様子を見せなかったため、魔俜人グループのリーダー各と思われる一人の黒ローブが前方に二人の身体を召喚した。


「これを見てもそう言えるのか?」

「あ?」

「カイルの生き別れの彼女か?」

「俺彼女いたことないって」


 二人は相も変わらず余裕の返答だったが、すぐに目が大きく開く。そこにいたのが、見落とせない存在だったからだ。


「ゼイン!」

「ハイドさん!? おいおいマジかよ……」


 カイルはゼインを。ルシェルはハイドの存在を確認した。どちらも間違いなく、自分たちの良く知るパートナーであった。レリガ・レイディアーも近くにあるのが見えた。


「この二人は我々が始末した。お前らも同じ場所へと送ってやろう」


 その言葉にルシェルは腹を抱えて、挙句の果てには涙も漏らしつつ大笑いした。


「はは! こりゃあ参ったな! 精巧な偽物まで作って俺達を騙そうってか! いやぁははは……笑えるねその根性……。なぁカイ……」

「うわあああああん!」


 カイルは地面に崩れ落ちると大粒の涙を放出して騒々しく喚き散らしていた。


「ゼインンンンンンン! 俺に女の子紹介するって約束じゃああああんん! うええええええええん!」

「……」


 ルシェルは硬直、魔俜人達も想定外だったか顔を引きつらせた。カイルはどこからかナイフを取り出して自分の首元へ近づける。


「うううう……もう無理俺も自殺」

「おいやめろカイル早まるな」

「今までありがとうジョニー……」

「俺はジョニーじゃ」

「グハッ!」


 この場にいた魔俜人の一人が地にひれ伏した。首が綺麗に断たれている。


「え」


 何が起きたというのか。誰もが理解に苦しむ中、それをあざ笑うかのようにただただ刻まれる音だけが周囲に木霊を繰り返す。


 そして……遂には立っているのが黒ローブ一人となった。数十秒……甘く見れば数秒で。それだけの速さで、この場はただ一人に支配される。


「まさか」


 黒ローブは旋回し高く跳躍した。その少し後に空間を振るう刃の音。


 下を見下ろしその存在へ憎悪の目を向ける。


「拘征官……貴様……!」

「殺してやるよクズ共が」


 カイルは血塗れの刃を上空へと突きつけた。


「おいおいカイル結構やるじゃねぇか」


 ルシェルはいつの間にか攻撃を開始していたカイルを見て感心すると、内ポケットに入れていた手を抜き腕を組んだ。


「あの調子ならカイルに任せても大丈夫か。俺はハイドさ」


 ルシェルのいた空間が抉れる。


 そこには巨大な拳があった。ルシェルはその気配に一切気付くことは叶わず。


 だが痛みを覚えたのはその巨大な腕の方。


「なにぃっ!?」


 いつの間にかルシェルは頭上へと飛んでいた。手には大鎌を構え、腕はその刃によって刻まれている。血しぶきを上げ苦痛が一気に表へ浮かび上がる。


「ぐううっ!」

「遅すぎるだろお前」


 ルシェルは大鎌を頭上から地面へと振り下ろした。


 相手の胴体は縦上に真っ二つに割れ、左右へと崩れ落ちる。土と血の混ざる歪な煙が宙を包み込み、ルシェルは不快そうに顔をゆがめた。


「けほっ……巨大化魔法か。なんか、うちが捕らえてる継承者の魔法借りてる奴多い気がするんだが気のせいか?」

「攻撃を避けると同時に腕へと乗り、刻みながらの接近。いやはやお見事だね」


 ルシェルは声に振り返る。


「まだいんのか」


 次は双剣を持った上半身裸のスキンヘッド。声と見た目が噛み合っていない。


「本部の拘征官とやらが想像以上に危険な事は今分かった。こいつはうちでも結構強い方だったんだよ?」

「いやどう見てもでかいだけの雑魚だろ。攻撃力なんかより、スピードの方が大事だぜ?」


 この男からは魔法の気配を感じず、判別器の反応も無い。人間か……?


「おいお前魔俜人じゃねぇように見えるが。あれか? 魔俜人に協力する人間って奴」

「さぁどうかな」

「聞かれたら答えようぜ? 勿体ぶってもどうせくだらねー理由なんだろ!?」


 ルシェルは大鎌に風を展開。スキンヘッドは面白そうににこりと笑う。


「風のレリガ・レイディアーか! 本部所属のその実力、じっくりと見させてもらおう!」

「見られるのは趣味じゃねぇよ。見せたがりのカイルとは違うんだ」


「くしゅんっ! ルシェルが俺の悪口言った間違いなく。俺は見せたがりじゃねぇってツッコみたくなる」

「何を言っているんだ貴様は」


 カイルと黒ローブは互角の戦いを繰り広げていた。どちらも一歩も引かない一進一退の攻防戦。カイルは剣を振るい、黒ローブはどこからか生み出した電撃迸る棒を振りかざす。


「雷って継承者だよな確か……。お前も借りたとかいうやつか」

「さぁどうかな」

「裏切り者確定か」


 カイルは目にも見えぬ速さで剣を振るい、黒ローブの雷棒を弾き飛ばす。黒ローブはすかさずカイルに手をかざし魔法を展開するも瞬時に破壊され、瞬き一瞬の内、後ろ首に剣刃が触れた。


「貴様……実力が明らかに逸脱しているぞ。なぜ支部なんぞにいる」

「俺はまだこのままだ。属性分からんし連行だるいから死んでもらうぜ」


 黒ローブの首が落とされる。


 転がり足元にぶつかる頭。カイルは侮蔑の表情でそれを見ると踏みつぶそうと足を置き。


「やるじゃねぇかカイル。見直したぜ」


 やめる。足を下ろしルシェルを見る。少し先には真っ二つの巨大な死体とその上に横たわるスキンヘッド。昔と遥かにレベルの違うルシェルにカイルは空笑いした。これが本部に所属できる人間との差かと驚愕し少しの自信が綺麗に砂と消える。


「ちゃっかりデカブツ倒してるお前に言われたくはないな……」


 ルシェルは「これぐらい普通だぜ」と答えると、カイルの肩に手を置いた。


「だが、ここまで強くなってんなら、エレナもお前にはメロメロだろうな」

「ルシェル俺はエレナと付き合ってないぞ」

「え……?」


 今まで色々と驚くような状況下に置かれていたはずなのだが、今ここで見せたルシェルの驚き愕然とする表情は、始めて以上の何者でもなかった。そこまで驚くことなのだろうか。どうあがいても人間じゃない大きさの相手がいた事実の方が驚愕でないかとカイルは苦笑する。


「ルシェルって何か決めつけがましいよな」

「よく言われる。それよりハイドさん達見ようぜ」

「お、おう」


 カイルとルシェルが互いのパートナーの死体らしきものの確認に歩を進めると。


「こんにちは」


 優し気で心地の良い声が聞こえてきた。上空から。この声はつい最近聞いたことがある。


「おいおい」


 カソックを着た銀髪の男。なぜか空に浮かぶ謎魔法。ランデその人だった。にこやかに笑いゼインとハイドらしきものを指さす。


「この二人はもう死んでいますよ」


 ルシェルもランデの存在を見つめると、特に怖気づくことなく口を開く。


「でも、近くで見せてはくれないんだろう?」


 ルシェルは内ポケットに手を入れている。ランデはその意図に気付きながらも平静で。


「えぇ。嘘だと思うのであれば、嘘だと思っていた方が幸せですから」

「……」

「ではこれで」


 ランデは少し話すとすぐにその場を去ろうとする。一体何しに来たのだろうか。カイルは大慌てで声を荒げた。


「おい! ゼインが俺を逃がした後何があったか言え!」


 空白の時間。ゼインがやっとの思いで自分一人だけを見逃したその後。カイルはそれを知らずにランデを帰すことは出来ない。


 ランデはくるりと旋回しカイルを見る。顎に手をやり自己の記憶を思い返す。


「……ゼイン? ああ雷の彼ですか。中々強いお方でしたよ。私の相手では無かったですが」

「ハイドさんはどうした」

「この長髪の彼は何やら奇妙な術を使ってきましたので少々手こずりましたが……結果は今の通りです」

「……」

「おいルシェル。ランデにやられたのか?」


 カイルの問いにルシェルは首を横に振る。 


「全くの不明だ。だが、死霊師と単独交戦したとなると、ちょっと現実味を帯びて来るな」

「信じんのか?」

「あり得ないとは思ってる。だがな、お前も一度力を見たなら分かるだろ? こいつはマジでヤバいぞ。本部の中でも特に危険視されている奴だからな」


 ルシェルの声が明らかに変わっている。どことないやる気の無さは消え、ランデに一点集中しているようだ。


「……」


 カイルは無言に切り替わった。ルシェルは冗談を言いながらも現実的な視点を持っている人間だ。希望的観測はしない。であるならば、カイルとて可能性を考えてしまう。


「あ? 二人がいねぇ」


 ルシェルがふとゼイン達に視線をずらすと、そこに彼ら二人の姿は無かった。すぐさま顔をランデへ向け鋭い眼光で睨む。


「どこやった?」


 少しの音すらなく消え去った二人。動作なく対象を自由自在にするというのは驚異的過ぎる。ルシェルはすぐにでも戦闘に入れるよう呼吸を整えた。カイルも剣を構える。


 ランデは掌を向けると首を振って言った。


「返してほしければ楽園へ来ることです。現時点であなた方と争う気はありません」

「俺ら二人とも襲われたんだが?」


 奇襲しておいて争う気はないと言うのは無理がある。この状況下での登場からしてランデとこの刺客たちは関係があるのは間違いないのだ。だがランデは平然と事故の主張を続ける。


「私達は何人も例外なく受け入れます」

「何言ってんだ。お前ら楽園は魔俜人保護が目的の組織だろう。俺たちは来てほしくない存在の筈だ」


 楽園は表向きでは、魔俜人を拘征官から守るために保護すること、また拘征官含め人類が皆共存する世界の実現を目指している。ただそれだけであれば特に警戒されることでも無いのだが、楽園は拘征官に強く警戒されている組織。その理由の一つに。


「警備人が何人も殺してるって話じゃねぇか」


 警備人の存在がある。彼らは楽園内部に侵入した異端者―魔俜人以外を処刑し楽園内部での治安を保つ役割を担っている。これは例え何らかの理由で迷い込んだとしても適用されるものだ。具体的なことは謎に包まれているも、システム上仲良くは出来ないにはなっていると聞く。


「……」


 ランデは敵意無き笑みを崩さず、ルシェルは言葉を続ける。


「お前ら楽園が、招待とやらが無いと入れないってことも知ってるぜ。俺達がただ手をこまねいただけだと思ったか? バーカ。ちゃーんと調べてるんだよ」


 ルシェルは最後の馬頭を共闘させ煽る。だがランデはやはり表情が崩れず温厚のままだった。


「別に知られていたとしても問題は生じませんよ? まず秘密にしているわけではございませんし、何より知っていたところでどうすることもできません。でしょう?」


 ルシェルの言葉に乗ったかランデも後半を煽るように強調させて見せた。ルシェルは図星だったか小さく舌打ちすると特に追及は行わなかった。


「警備人は招待のある存在である限り、誰一人殺めてはならぬという規則もありますしね」

「拘征官の女見たりしてないよな。後男も」


 次はカイルが声をあげる。


 聞けば答えてくれるタイプであるランデ。彼であれば何らかの情報を握っているのではとカイルは考えた。何やら気になる言葉は全部無視。


「男女のペアですか……。楽園に来たという情報は聞きませんね」

「本当か?」


 どうにも信用ならないランデ。何か嘘を付いているように感じてならない。常に飄々と余裕のある態度と無駄に顔が良いというのが気にくわないからそう感じるだけかもしれないが。


 すると、ランデは小さく答えた。


「……あなたに嘘を言っても仕方が無いでしょう」

「?」

「継承者様もじきに楽園へと来られます。あなた方の今望む全てが楽園に存在するのです。見つけたければ来ることですね。私が招待してさしあげましょう」

「何を考えてやがる」

「聞こえたでしょう? 招待があれば敵であっても安全安心です。自由に中を移動できますよ」


 ランデは声高にメリットのみを挙げているが、本当にのこのこ付いて行くとでも思っているのだろうか。敵意は何故か見えないが思考は相変わらず読めない。とりあえず質問。


「楽園ってルクシェイルにあるんだよな」

「えぇ。招待無き者に扉は開かれませんが、確かにそこに存在します」

「……」


 ただの罠という可能性もかなり高い。だが何か分かる可能性があるのもまた事実。揺れ動く感情の中、何が正解かカイルは自問自答する。それはルシェルも同じだった。


「俺らをおびき寄せてって匂いがプンプンすんだよなぁ……」

「嘘は吐きません。吐かないことがこの世において最も重要なことなのですよ」

「……」

「行けるのであればすぐにでも向かいたい、そんな強い理由が奥底から感じられますね」

「あ?」


 カイルの表情に何かを感じたか、突如笑みを浮かべたままランデは手を叩いた。


「いいでしょう。神は人々を平等にするべきと仰いました!」


 ランデはそう言うと、指を鳴らしカイルの足元に魔法円が浮かんだ。


「これは」

「まずいぞカイル強制されるっ!」

「特別に楽園へと招待してさしあげます」


 ルシェルはカイルの腕を掴み魔法円からの脱出を試みる。その表情はひどく焦っていた。


「うそん」


 だが見えない壁に阻まれてしまう。


「楽園へ二名様ご案内です。招待者は死霊師ランデ」

「てめぇふざけん」


 抵抗声虚しくカイルとルシェルの視界は歪み、世界のピースは崩された。


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