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第5話

「はぁ……はぁ……。クッソ……強すぎるだろ……」


 カイルは村へと逃げ帰り、暗い細道を歩いていた。呼吸は乱れ身体のあちこちからは血がにじみ出ている。足もふらつき時折倒れそうになるが、カイルはそれでも先へと歩を進めていく。脳裏には親友と知り合いの顔。


「ゼイン……フィーネ……」


 継承者が強いことは分かり切っていたが、まさかここまでの戦力差があるとは思わなかった。自分の不甲斐なさに苛立ちが隠せない。


「……化け物すぎんだろ継承者」


 ランデと名乗るその男は、フィーネを捕えるとカイルとゼインに攻撃を開始した。二人はフィーネ奪還の為全力を以て相対したが、相手の圧倒的なまでの実力により為すすべなく、遂にはその命すら尽き欠けようとした。」


 相手の魔法は死霊魔法だった。今まで一度たりともあのような化け物とは会ったことがない。恐らく自分たちが生まれるずっと前から継承者として君臨しているのだろう。だが、それだけであれば十分対応できた。


「こっぴどくやられたようじゃねぇか」


 どこからか声がかかる。力なく前を見ると、壁にアルザンが寄り掛かってこちらを見ていた。


「……アルザン」

「仲間のイケメンが逃がしてくれたんだな。まさか魔法に頼らない継承者がいるとは思わなかっただろ?」


 魔法に頼らない。……そう。ランデは最初こそ魔法を行使したが、ゼインとカイルとの戦闘にはほとんど魔法を使うことが無かったのだ。どこで習ったか軍隊式格闘術と武器術。魔法以外の技術をメインウェポンとし、こちらへのダメージを着実に増やしてきた。安易に魔法での防御も行わずの回避も行っており、舐めているだけかもしれないが、わざわざ時間がかかる方法を使っていた意図が不明。


 ……にしても。全て見通しているかのようなご登場のアルザン。中々に厭らしい。


「てめぇ……やっぱ全部把握したうえで見ていやがったか。漁夫の利でも狙おうって算段か?」

「手を貸して欲しかったのか? 一度貸したと思うんだが」

「……あいつは楽園と言っていた。お前らとしても脅威の筈だろ」


 表立って協力は出来なくても、敵の敵は味方という体で一時的な共闘を結ぶことぐらいは出来た筈。アルザンの実力であれば遠隔での援護も可能だと分かっている。


「勘違いするな」

「あ?」

「俺達は俺達のやり方で目的を叶える。お前ら拘征官がどうなろうと知ったこっちゃねぇんだよ」


 冷たく言い放つアルザン。カイルは相手の立場であるならばそう答えるというのも分かっていた。だがそれでもこの抑えきれない感情は攻撃へと変わる。


「お前らみてぇなクズ共がいるから死人が出るんだろうが。ただただ運が良かっただけの癖に調子のってんじゃねぇぞ」


 低く唸るような声でアルザンを睨みつけるカイル。アルザンは余裕の表情。寧ろ少しの驚きが垣間見えた。


「お前がそんなこと言うとはな。……まぁ今はいいか。とりあえず現状俺から言えることは一つ。お前らにとっては、俺と対立することの方が危険だってことだけだな」

「……」

「なーに安心しろ。俺はまだお前の味方だしあの男もお前には手を出さないさ」

「どれってどういう……クソ」


 アルザンの姿はもう無かった。


「……化け物め。知ってるくせにいつも肝心なことは言わない」



*****



「これからどうすればよろしくてよ」

「知るか俺に聞くな拘征官初対面だぞ」

「そっか」

「何だお前!?」


 朝になり村は賑わいを見せ始めたが、ゼインは未だ帰ってきていない。動けなくなっている可能性を考えもう一度戻ろうとしたが、もう移動することは出来なかった。


 まず教会が無くなっていたのだ。あったのはただただ広くに咲く花々のみ。


 カイルは頭が混乱し、ただいま現実を拒絶中。宿屋に併設する飯屋で見知らぬ男たちの輪に入っていた。


「お前どっか行けよ。何があったか知らねぇが俺達はこれから仕事なんだよ」

「だってどうすればよろしいのか分からなくて分からなくて震えるんだもん」

「……」


「あんっ!」


 追い出された。


「いてて……クッソ。本部共も来ないしゼイン帰ってこないしどうすんだよ任務報告したくねぇ……」


 太陽の明るさ、人々の営み。普段はどちらかといえば心地よく感じるその日常一つ一つが今はただただ苦しく感じる。視界に耳に、あらゆる感覚に何かが入ってくるたび、思考が遮られ上手く考えがまとまらない。静かにしてほしいと本当に思う。


「はぁ……可愛い子とエロいことしてぇ……一日中ペロペロしあいてぇ……」


 大分思考が末期になってきた。しかも普通に人の往来がある通りで一人呟いている。通報案件。その証拠に多くの村人がカイルに侮蔑の目を向けている。だがカイルはその程度で傷つく程のやわな鍛え方はしていない。特に気にせず一呼吸。服装は拘征官の軍装に着替えていたため、恐らく拘征官の評判が下がった瞬間でもあるが気にしない。自分がハッピーであればそれでいいのだ。


「一旦抜いて出直ん?」


 端末に通知が届いた。ルークからの連絡のようだ。


 同じエレナ隊所属のルーク。肩までかかる黄色い長髪で、常にけだるげな雰囲気を醸し出している男だ。戦闘ではカイルと同程度の役立たずでゼインと比べれば雑魚同然だが、魔法が残す残滓の調査は相当に長けている人材。任務評価はカイルの遥か上。


 カイルは滅多に連絡してこないルークが何を言うのかとても怖くなりながら、ゆっくりと耳に触れる。


「こちらデリバリーイケメンカイル」

『デリバリーブスはいらねぇ』

「デリバブッ!?」

『お前ら任務どうなった』


 ギクッと肩が震えるも、相手が権限を保有しないルークであることから、恐らく個人的な連絡だと判断。誤魔化す必要は無さそうだ。


「本部来ないしゼイン消えたし対象奪われたしで万事休す応援求むもう無理リスカしよ」

『お前らんとこもやべぇみてぇだな』

「ん? なんかあったのか?」


 ルークの言い方が不穏な雰囲気を醸し出している。また面倒ごとでも起きたのか。


『言いたくないが言うわ。隊長が失踪した。ラグラと共にな』

「……は?」


 ルークは何を言った?


『続いて大コンボ。その二人以外は死んだ』


 カイルは停止寸前の思考歯車を何とか回し返答。


「……てことは」

『あぁ。隊長とラグラが魔俜人側に寝返った可能性がある』

「あり得ない。エレナはそんな奴じゃねぇよ」


 カイルは断言するように言う。


『そういやお前と隊長同期だったな。……ゼインもだっけ。もうヤったのか?』

「心の底からヤりたじゃなくてあいつは俺やゼインより遥かに善人だ。私利私欲で動く奴じゃねぇ」


 カイルとエレナ、ゼインは、拘征官になった時期が同じのいわゆる同期だった。悲しいことにエリート街道を歩めたのはエレナのみで、二人は見事に蹴落とされた敗北者だったが、研修期間なども常にチームを組んできた仲。ゼインと自分だけは、他の誰よりもエレナの正義を信頼している。そうカイルは確信していた。


 だがそんなカイルの思いを踏みにじるかのようにルークからは聞きたくない言葉が送られた。


『表沙汰には出来ないからアオスデルグの一部拘征官にしか伝わっていないが、支部長が二人を生け捕りにするよう命令を下した。捕らえて拷問する気だ』

「……マジかよ」


 どうやら支部長は確定させているご様子。独自の情報網を持っている人のため、何らかの確証に至る何かを手に入れた可能性はあるが、どうにもきな臭い。


『ここでゼインも消えるとなると、お前も疑われるかもな』

「ゼインは百パー違ぇよ。俺を逃がしてくれたんだからな」


 それだけは命を懸けてもいいレベルだ。ゼインが魔俜人側に寝返るなど絶対にあり得ない。エレナ以上にあり得ない。


『詳しく話せ』


 カイルは多少適当だが極力細く話す。ルークは味方に付けるべきだと考えた。


 しばしの無言の後ルークが言う。その沈黙期間がとても怖かった。心臓飛び出るレベルでバクバクだ。


『あーそーゆーことね。お前らだけじゃ無理なのも頷ける。……だがゼインは死んだと見た方がいいだろうな』

「……」


 やはりそう思うか。


『あいつの実力は知ってる。だがそのランデとかいう奴はちょっとレベルが違い過ぎるぜ。生きていれば黒。死んでいれば白って感じかな。ま、重症でどっかにいる可能性はあるが、ゼインを見逃すメリットが魔俜人側には無いからなぁ。現時点では分からん』

「……クソ」

『一旦戻ってくるか? 今はお前が隊長だからよ』

「……そう……だな……じゃねぇ隊長?」


 ちょっと何言ってるか分からない。カイルは目を見開き涎を垂らした。涎は別に近くに良い匂いのお姉さんが通ったからとかじゃない多分。


『お前だよお前。隊長が何らかの理由で職務遂行困難に陥った場合副隊長に全権限が委譲されるんだぜ。知ってるだろ』

「わおあめいじんぐ」


 本当に何言ってるか分からない。まず副隊長は隊長の次に優秀な人間がなるものだ。エレナ以外役立たずと言われているとはいえ、カイルより優秀な人間で見れば多く存在している。


「……きも」


 カイルの視線がお尻にいっていたのがバレて罵倒された。お姉さんはそのまま去っていった。だがカイルは断じてお尻など見ていない。美しい脚を見ていたのだ。


『思い出してみろよカイル。副隊長がどうやって選ばれたか』

「あ? それはエレナの次に強……。おやぁ?」


 カイルの記憶が復元される。もやがかっているが、どうやらカイル達はくじ引きをしているようだ。……そして完璧に把握。


 隊長は最も優秀であるエレナに最初から決まっていたが、副隊長を決める際、適材がいなかった他誰も名乗り出なかったため、くじ引きで引いていたのだ。カイルは酔っぱらって複数を引いていたことにより、重要なポストを手に入れてしまうという残酷な事実を進むに至った。


 カイルが、副隊長なのは間違いない事実であった。自分の記憶がそう断言している。


「やっちまったぁ……」


 カイルは絶望の淵に落とされ大きく肩を落とし涙を流す。


『頑張れよカイル。これからは報告書作成は勿論、任務関連の処理とかもお前の役目だ。やったな事務作業だぜ』


 副隊長は隊長の補佐が主な仕事だが、エレナ隊の場合だと普段特に権限は無い。そのため誰もカイルに従う理由は存在し得ないのだが、今回のように隊長の職務遂行が不可能に陥った場合などは、全権限が臨時的に委譲される.。これは拘征官規定に書かれているため、エレナ隊でも強い縛りとして存在する。だがカイルにとってはいらない権限だ。


「ちっくしょうどうすりゃ」

『だから一旦戻って来いって』

「どう言い訳するかって問題があるだろうがっ!」


 任務に駆り出された拘征官四名のうち三名がいないうえに失敗しているこの状況。誰がド考えても一人だけ追及され最悪クビにされかねない。何も考えないで戻ればかなりの大問題が生じるだろう。


『あー確かにそうかもしれんが……隊長問題の方がヤバいし誤魔化せるんじゃね余裕余裕』


 先ほどまでの不穏な声色から一変、少しばかりの適当さが姿を見せる。いつものルークだ。だが今回は誤魔化す対象の規模が大きすぎるので乗れない。


「無理だろだってあのオルドラス様やぞ……。とんでもねー権力者のくせに何故か支部長の座にもいるあの人やぞ……」


 自身の所属する支部のトップに君臨する男の顔を思い出し、戦々恐々と顔を引きつらせるカイル。関わりたくない相手ナンバーワンだ。


『……大丈夫だあの人忙しいし……ってあぁ隊長は隊員の任務の報告義務があるな……』

「ああああああああ」

『ま、とりあえずちょっと待って何か連絡来た』

「お、おう……」


 昨日の今日で色々と問題が重なっているが、まさかまた別の問題が……なんて思ってしまう。それ程までに大分思考がネガティブ寄りになってきている。


『……帰ってきても大丈夫そうだぜ』

「どうした」


 オルドラスが急逝したのかと縁起でもないことが一番最初に思い浮かんだカイル。違うようだ。


『新しい任務だ。えっと……エレナ隊は今受けてる任務を全て他部隊に引き継がせる。で、は全員で隊長とラグラ捜索任務へと当たれ……って感じ』

「だる」


 面倒ごとはまだまだ続くようです。


『良かったじゃねぇか。拘征官は人手不足だからなぁ。とりあえずこの任務がんばりゃ許してもらえるかも』

「ま、そうか。じゃあ戻るわ」


 正直とても怖かったが、機密情報を多く握るエレナ裏切りの可能性というのは継承者と同等レベルでの重大事件だ。ルークの言う通り、しばらくは触れられないかもしれない。


「まぁオルドラス様が何も言わない筈がな……ちぃっ!」


 カイルはバックステップ。同時にカイルのいた地面は焼け焦げた。旋回し剣を抜刀する。


「まーだお昼にもなってないこの時間で攻撃とはな。ちょいとデリカシーが無いんじゃないかい?」


 返事はない。気配も見事に隠されどこにいるか判別不能。やはり判別器を持っていないと言うのは致命的だ。


「……あ?」


 そういえば綺麗さっぱり気配という気配がない。攻撃者のが、ではない。全てのいた筈の人間のだ。


「冷たい眼差しの美女がいねぇな。さっきまでかなり悪口言われてるような感覚があったんだが今は無ぇ」

「カイル」

「誰だ」


 突然の声に振り返る。そこにいたのは。


「フィ……フィーネ!」


 フィーネだった。捕らわれたと記憶しているが、どうやって逃げ出せたのか。ゼインもどこかにいるのだろうか。状況は理解できないがこれは好機だ。


 カイルの表情には光が灯り、フィーネも優しく笑みを浮かべる。


「カイル真夜中ぶりだね」

「お前どうやって……ゼインはどこに」

「ゼインは死んだよ」


 平然と言いのけるフィーネ。カイルをまた闇が覆い隠す。


「はぁ? おいおいフィーネ。怖かったのは分かるが流石に言っていいことと……お前誰だよ」


 自分でも何を言っているのか分からないが、なぜか気付いたら口に出ていた。相手はどこをどう見てもフィーネだ。変態のカイルにしか分からない身体の匂いも間違いなくフィーネだ。カイルの一生嗅いでいたい匂いランキング上位のフィーネだ。だが、なぜか違うと思ってしまった。


「え? 何言ってんのきも」


 フィーネが侮蔑するように冷たく尖った眼差しをカイルに向ける。いつもの怖いフィーネだ。ただ単に自分の頭がイカレただけか? とりあえずそういうことにしておく。


「フィーネか。……で、ゼインは」

「ゼインは死んだんだよ。分かるでしょカイル。ゼインであってもランデには勝てない」


 やはり気持ち悪さがある。


「じゃあどこにいんのかっておいフィーネどこ行きやがる!」


 フィーネは突如身を翻し、駆けだした。


 まるでカイルから逃げるかのように距離を離していく。だが時折振り返るそぶりも見せ……。まるで親から逃げる子供のようだ。もう怒涛の衝撃に疲れ果ててしまう。


「クッソ何が起きて」

「邪魔だ!」

「ぐへっ!」


 カイルは蹴り飛ばされる。勢いよく転がり、やがて地面に熱いキスをした。するとまたしてもカイルの場所に何かが着弾する音。やはり燃えている。どうやら同じ相手のようだが。とりあえずそれよりお腹が痛い。


「いでで……ってルシェルゥッ!?」


 茶色の髪をかき上げ数束を下ろす髪型の男。表情は気だるげで陰気。服装はカイルと同じ軍装を着ているものの、カイルのとは違い色に少しの黒っぽさが混ざっている。カイルの着る神官服っぽさは無くどちらかといえば厳格とした印象。大鎌を構え遠くの家屋を見つめていた。ルシェルは顔をずらすことなく答える。


「黙れカス野郎。この程度の雑魚魔法に気付かねーとか雑魚以下じゃねぇかやっぱ支部レベルだぜ」

「おいおいエレナとゼインの悪口はいただけ ってフィーネは!」

「あ? あぁあの女か。知り合いってんならお前が追え。援護する」


 会話の道中何度も炎弾が飛び交ってくるもルシェルは的確に捌いている。流石と言ったところか。カイルより遥かに対応力が高い。


 ルシェルは同期だった一人で、カイルと同じ最下位組だった男。真の阿呆がどちらかよく競ったものだ。そのためゼインやエレナとも面識がある。今では圧倒的なまでに差がついてしまっているためもう会うことは無いと思っていたが。とんとん拍子で進む連係プレイにカイルの頭が追いつけない。


「お、おう……」

「そういやエレナとの結婚式いつだよ」

「何の話だよ!?」

「悪い悪いそれは後でなさっさと行け」

「ツッコミどころが半端ないがまぁいいや行ってきます」


 カイルは何とか現実に思考を合わせると、フィーネの追跡を開始した。


「さて」

「継承者様の邪魔はさせない」


 フードの男が姿を現した。手には炎が蠢きルシェルへと恐ろしいほどまでの威圧感を示す。ルシェルはその力を見てもなお余裕の態度を崩さない。


「邪魔? おいおい。お前ら化け物共の方が邪魔だろう? 勘違いすんなよバーカ」


 ルシェルは大鎌を構え突撃した。



*****



「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 カイルは既にフィーネを見失っていたため、全速力で行きそうな場所を探ることに注力した。足は見た目に反してかなり速かったが、短時間でそう遠くには行けないだろう。それにこの村周辺はほとんどが平地で、隠れられるような場所を見つけるのは至難の業。何故か人がいないのも相まって、恐らく小さな音に耳を傾ければ視認可能性が。


「死ねや拘征官!」

「うおゅ!?」


 爆発。まだ敵がいたのか。ルシェルが見逃した……ものではない。少し違う相手だ。面倒なのでサクッと避け首を断つ。申し訳ない気もするが殺しに来る相手を生かすメリットは無い。


 やがて辿りついたのは、教会のあったあの花々の空間だった。教会はやはり存在しない。


「風強ぇ」


 急激に風が吹き荒れ上手く動けないが、腕で何とか前を見る。


 人影があった。恐らくフィーネだ。


 やはり……ここにいたのか。


「フィーネ!」


 カイルが叫ぶと、フィーネは風に髪をなびかせながら振り返った。


 月明かりが彼女の顔を照らし、心なしか大人びた印象を表へと出しているように見える。


 ……いや、まるで中身の人間が違う。そう思ってしまうほどに、何か違和感があった。


「お前何かエロくなったいや違ぇお前誰だ」


 あの刺々しい女ではなくちょっと艶のある表情。カイルのストライクゾーンに近づいているのが恐ろしい。


「きも。私は私だけど」

「ありゃいつも通りのフィーネさん」


 声は特に変化なくいつも通りの性格も返ってきた。ただ状況がそう見せただけ? 


 カイルは足りない脳みそを何とか動かすもやはり答えが見つからない。なのでとりあえず言うことは一つ。


「なぁフィーネ。お前がどれだけ状況飲み込んでんのか知らねーが、とりあえず話そうぜ。分かることは全部話すからよ。お前も」

「は? 何を? カイル、意味わかんないよ」


 フィーネは目を顰め不満そうにつぶやく。


 その返事にカイルは困惑した。


「お前自分が継承者ってのは分かってるよな? 魔俜人の中でもやべー存在。で、お前はゲロ強い相手に捕まっって俺とゼインは」

「カイルはこの世界をどう思う?」


 カイルは目を細めた。質問の意図が理解できない。


「あ? おいさっきからお前変じゃね」

「変なのはカイルの方だよ。エレナもあんたの友達も。みーんなおかしい」

「あのー俺の脳みそでも分かる言葉をお願いします……」


 カイルがへこへこしていると、フィーネはいつも通りの返答はせず優し気に発言した。


「カイルもこっちに戻れるといいね」

「あ? ……!?」


 突如なぜか気分が高揚した。何故だか口角が上がった。さっきまでの気持ち悪さが無かったかのようにきれいさっぱり消え、この世で生きられることに至上の喜びを感じる。


 何もかもが愛おしい。生命全てと交わりその鼓動を肌で感じたい。


「な……なんだよこれ……」


 自分が自分でないような感覚だ。自分はこんなこと考えない。


「うっ!」


 だがすぐにその好意的感情は逆転換する。


 フィーネを殺したい。


 今前にいるこの女を完膚なきまでに叩きのめし生きていることを後悔させたい。


 顔が青ざめ全身が震える。気持ち悪い。今すぐ体内にある全てを吐き出したい。


「ぐ……あ……あぁ……」


 視界が歪む。今すぐ死んだ方が楽と思うまでに身体が生を拒否している。


「ぜ……ぜってー……」


 カイルは重い口を最後の力で開き続ける。


「ぜってーぶっ殺してやる……」


 フィーネは今まで見せたことが無いほどに、可愛らしく慈しみに満ちた笑みを浮かべた。


「て……めぇ……誰だ……」

「きもいよカイル。一回眠れば」


 年齢相応に無邪気な笑い。


 カイルの意識は闇に飲み込まれ現実を遮断した。


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