背後から声が聞こえる。近づく気配に一切気づかなかった。
油断はしていない。それどころか神経を張り詰めていたぐらいだ。でも、全く分からなかった。
立て続けに起きる面倒ごとに、カイルは大きく不満を漏らす。
「何で今日は次から次へと面倒なことが起きるんだよマイケル」
カイルは相手を刺激しないようゆっくりと振り返る。
「ふむ」
相手は一人だ。全身を黒衣で包んでおり顔を見ることは叶わないが、声から察するに男でそれなりに若い。こちらをあざけるように笑っているのも感じた。
「何の御用で? 俺の名前知ってるってことはファンかな? 悪いけど押しかけNGなんだマイケル」
「ファンじゃねぇよちょっと聞きたいことがあんだよ。てかマイケルって誰だよ」
黒衣の背中には何やらゴツイ大剣のようなものが見えた。武器を使う魔俜人はあまり見ないし、いても街中での行動はリスクがある。だが人間が拘征官に牙を向く理由もなく……。どちらか判別できない。一旦様子を見るか。
「聞きたいこと? 彼女いるかって? ……おいおいマイケル、俺の彼女いない歴知ってるだろ」
「ちげーよ! 脱走させた奴どこに匿ってるかって話だよ! 後マイケルって誰だよ!」
無駄にノリの良い黒衣は、カイルの発言に返事をしながらも本来の質問を加えた。カイルには覚えのないことでひどく困惑する。
「あ? 何の話だよ。脱走者が出たのは知ってるが、脱走した奴がどこにいるかなんて知らんぞ。俺らも探してる」
カイルがそう言うと、
「……とぼけんなよ。あんな厳重警備の場所から出せる奴なんて、お前ら以外にいねぇよ」
黒衣の声色が少し変化した。カイルは自分と相手の思考乖離に疑問を呈する。
「意味わか」
響いた。
二つの刃が重なり合う音が。
黒衣は一瞬のうちにカイルの目前に迫っており、対するカイルも完璧に防ぎきっていた。
まさか防がれるとは思わなかったのか、黒衣から少しの警戒心が見え隠れする。
「へぇ……やるじゃん」
「やらねぇよばーかっておいおい」
防いだ剣が、長い包丁のようになっている。そしてなぜか片手の男。右手は……もう一つ持っていた。
「まっずい」
左から風を感じ、カイルは寸でのところで鞘を滑り込ませる。胴体はギリギリの所で繋がったままとなった。
「あっぶな」
分割可能な大剣。カイルでは両手でも持てないようなその武器を、黒衣はなぜか片手で軽々と扱えている。二つに分かれたとはいえかなりの重さの筈だ。意味が分からない。
……となると、違法保有のレリガ・レイディアーである可能性が生じた。だとすれば厄介だ。魔俜人は他者のイグニスカを使えば拒否反応が起こるため、レイディアーを使用することは出来ない。
この相手は、自分と同じ人間だ。知られてない何者かが動き出したというのか。そしてそのターゲットが何故か自分である現実。恐らく相手が間違えているのだが、この思い込みようからして会話は困難。カイルは久しぶりに自分より阿呆を見つけたと微妙な感情が生まれた。
「……」
とはいえ今のカイルにとって、相手が人間か否か違法保有者か否かというのはどうでもいいこと。レリガ・レイディアーのみが問題なのだ。
レリガ・レイディアーはノーマルとは違い、身体能力向上効果の他簡易魔法を武器周辺に展開出来る特殊な武器。取り付けられた装置内のマナルフトを消費する仕組みはレイディアーと変わらないが、レリガは人間が小型魔俜人を持っていると言って差し支えない性能の為かなり危険。
「あいよっと!」
黒衣が瞬時に背後へ回り、カイルの首元へ双剣を振るう。カイルはすぐさま察知し前方へと飛び込み旋回。背中を微かに刃が掠ったような感触が残り擦るが、特に異常はなし。でも怖くて濡れる。
「こえぇ……」
黒衣は休む間もなく地面を削りカイルへ駆ける。真正面からの攻撃だ。カイルは力強く構えて防御態勢に移る。だが、黒衣は寸でのところまで迫ると高く跳躍した。双剣を結合させ異常な速度で落下、カイルに大剣を振り下ろす。
「うおぅ!?」
速度を持った重い一撃を防ぐのは危険と判断。カイルはバックステップでギリギリの回避。代わりに地面が抉れるが、直後の衝撃波により体勢が後ろに傾く。黒衣はそれを見逃さず瞬時に双剣に変え左右から薙ぎ払った。空振りカイルの姿を見失う。
「ん?」
「上だよ」
黒衣は声に気付き上を向く。すると同時にカイルくんのスーパー曲鬢蹴り。見事に決まり黒衣がよろめくと、カイルは空中回転し首を狙った。だが黒衣には対応され弾かれた。
「あっぶぃ!」
「お返し」
黒衣はもう一度飛びカイルを蹴り飛ばす。
「ぎゃふぅ!」
カイルは大きく吹っ飛び地面を削り転がった。
中々に良い一撃を貰ったため腹が痛く上手く起き上がれない。だが黒衣は体勢を整える隙などは与えてくれない。倒れ込むカイルに向け追撃を開始。全速力で駆けてきた。
「いやああああ!」
カイルは黒衣の殺気に涙をまき散らす。
「食らえよ!」
次は大剣状態だった。タイミング的に避けられない。カイルは仕方なく痛みをこらえ立ち上がり、真正面から受けることに決めた。
ぶつかる。
今まで体験したことが無いようなズシリと重たい一撃。だがカイルは何とか防ぐことに成功した。地面に根っこを張るように踏ん張り続ける。とはいえ何度も食らえば刃を折られそうだ。
「……」
刃と刃が触れ合ったままカイルと黒衣はしばし目を合わせる。まるで、互いが互いに一目ぼれした瞬間かのように、二人には妙な視線の絡み合いがあった。
「結構強めに行ったのに全然ビクともしねぇ……。やっぱお前で当たりだな」
「だから俺無関係だって言ってんだろ馬鹿か全身真っ黒野郎。夜目が利いてなきゃ見えねぇぐれぇ黒くなりやがって新手のファッションかぁ?」
「冗談言ってる割には苦しそうだぜ信奉者」
「っ!? 信奉者? 俺が? 違うに決まってんだろ馬鹿かお前!」
勘違い甚だしい。カイルは会話の成り立たない黒衣の被り物をはぎ取り、顔の悪口を言いたくなった。だが自分よりイケメンだったら嫌なので諦める。
「はぁっ!」
黒衣は大剣を分割させると高く跳躍し、空中で身体を捻った。カイルに連続しての蹴りを繰り出す。カイルは的確に捌く。が、相手の動きが速すぎるあまり徐々に体勢の維持が困難に。
「おいおい速すぎんだろ夕飯食ってるなお前」
「お前はまだか? なら蹴りでも食えよ!」
黒衣は横に回転し蹴りで薙ぎ払う。カイルは上体を後ろへ下げ鼻すじをつま先が掠る。
すると黒衣は地面に剣を振り下ろし、すかさず突進での双剣乱舞。縦横無尽に刃が飛び交う。手数で押し切る気のようだ。
「やっばばばばばば」
これまた速い。カイルは現時点ではなんとか対応するも、これ以上受け流す余裕はない。なぜなら、夕飯のお餅をまだ食べていないからだ。腹ペコでは上手く身体が動かない。
少しずつ、少しずつ押され気味になる。弾ききれず身体を掠めるようにもなる。躱せているのが奇跡だ。
「ちょちょちょ手加減してくれ死んじゃう」
「じゃあさっさと吐けや!」
「漏れそうなの!」
「あ?」
カイルは黒衣の見せた一瞬の隙を突き反撃を開始。形勢を多少立て直す。
「やっべ」
「漏れるからトイレの時間頂戴」
「やだよどうせ逃げるんだろ!」
「逃げないよ警備部連れて来るだけ」
カイルと黒衣は会話を交わしながら攻撃をぶつけあう。黒衣はカイルの隙だらけの剣技を正確に受け流し、カイルは攻撃の手を一瞬たりとも止めずに相手に隙を突かせない。
それからしばらく火花を散らすほどの弾き合い。互いが目で捉えるのでなく身体で自動的に動き着実に相手の命を刈ろうとする。しかし何度ぶつかろうが戦況は変わらず……いや、カイル側がやはり劣勢に傾いている。
「息があがってきているな! 訓練は適当にしているのか?」
「サボってますはい」
まずい。順調にこちらの動きが鈍ってきた。相手の攻撃を避けるのが、全て紙一重に変わっている。気を抜けば致命傷になりかねない。このままでは殺される。
「なぁちょっと休まねぇかい!? ちょっと疲れた」
「嫌に決まってんだろおめー痛ぶって吐かせんだからよ」
「吐くって美女のでも嫌じゃね?」
「そーゆー意味じゃねぇ! ……あ?」
突然折れた。黒衣の右手に持っていた剣が。断面は変色し強度を極限にまで弱めている。
カイルは黒衣が折れた刃を一瞥したと同時に、腹に猛烈な蹴りを入れた。
「ぐふっ!」
黒衣の力が弱まり左の剣も落ちかける。カイルは見逃さず全力で弾いた。浮遊した剣は空中で円を描き、遠くへと落下する。無防備となった黒衣。
「まずい」
「死ね黒野郎」
カイルが前方から形無く消える。まるで動かずその姿を隠したかのように突然に。
黒衣はカイルの気配を追おうと辺りを見回す。
「どこだ!?」
コツン。
微かに足音が聞こえた。
「っ!?」
恐らくはわざと。こちらの恐怖を煽るように厭らしく鳴る音。黒衣の精神は見事なまでにかき乱される。
「な、なんなんだよおまぐふっ……!」
何かが後ろ首に触れ、黒衣は静かに血を吹いた。
とてつもない激痛と共にくしゃくしゃと細胞が押しつぶされる感覚。首の半分に固い何かが入り込んでいる。いや、首の半分が切れている。……いや、切れていると表せるのかすらも怪しい。理解不能な異質な状況が、今この場に誕生していた。
「じ、じま」
……死ぬ。
黒衣は身体の全てで恐怖を感じ、少しでも死を遅らせるよう視界が暗闇に染まる中その何かに手を触れ……手が潰れた。
「っ!?」
黒衣は何が首に入り込んでいるのかようやく気付いた。だが、死は確定事項。もう覆せない。
「あばよ」
カイルは声と共に闇夜に姿を見せ、挨拶と同時に最後の半分を断った。
黒衣の首は地面へと転がり、やがて剣腹に阻まれる形で停止する。それは折れた刃では無く、カイルの持っていた剣だった。
「リエン……てめぇも……か……」
黒衣だった首―オールバックのヤンキー風ちょいイケメンは、カイルを睨みつけ息絶える。
一瞬の出来事だった。戦闘はカイルの勝利で決着を迎える。
「首切ったのに意識あるの怖すぎ」
カイルは地面に突き刺さる自分の剣を引き抜くと、掴んでいた鞘に戻し腰へ。力なく尻もちをつく。
「あぁづがれだ……」
結果としては、相手がこちらを圧倒的なまでに格下だと思っていた、というのが勝因だろう。相手に降参させ拘束する余裕は無かった。情報が何一つ掴めなかったのは悲しいことだが、もうどうでもいい。カイルは手加減できるほどの実力は無いのだから。
「……バレてんのかねぇ。……まっいっか」
色々と探りたいことはあるが、とりあえず一番気になるのは、黒衣の武器がノーマルかレリガかだ。ただの武器じゃないのは間違いない。
「あそ~れんそ~れい」
面倒そうに頭を掻きながら折れてない剣に近づくと、しゃがみ込んで全体を見つめる。
「ふむ……」
柄と刃の狭間付近に、小型化された四角い物体が取り付けられた跡があった。内部に埋め込まれているようだが、その方法が少々雑で分かりやすい。……とはいえこれでハッキリした。これはマナルフト転換装置が取り付けられた武器―レイディアーで間違いない。
「やっぱレイディアーか。だが属性付与が無かったんだよなぁ……レリガでは無いのか?」
レリガ・レイディアーは単体で能力向上効果は持たない。起動すれば何らかの変化が生じる筈なのだ。だが特に武器自体に変化は無かった。
「うーん……」
やはり装置自体もしくは武器に使われた素材を調べた方が良さそうだ。
「どーしたもんか。まぁ一応。研究室製かどうかぐれぇはおうっ!?」
突如装置が破壊された。カイルは驚きのあまり腰が抜ける。剣からは煙が漂った。
「……遠隔破壊。研究室製の記録されてるやつかよ」
レイディアーは盗まれた場合に備え、異変を感知し次第遠隔で破壊できるようになっている。この技術はごくごく一部の者しか知らず暗号化もされているため、現状再現不可能なものだ。となればこの男は、現役の拘征官ということになる。
拘征官が拘征官を狙う。不可解にもほどがある。一体何が起きているというのか。まったく面倒すぎて嫌になる。なのでカイルは考えることをやめた。
「たーぶんレリガだけど詳しく調べんのはだりぃな誰だっ!?」
カイルは振り返った。明らかに背後に何かを感じたのだ。だが誰もいない。
「気のせい……か?」
こちらへ突き刺さる敵意を含んだ視線。この場に誰かがいた痕跡は見られないものの、カイルは空気の澱みに焦りを禁じ得ない。
「……」
長居は危険かもしれない。
「とはいってもなぁどーしよっか」
「動くなっ!」
「っ!?」
異質な視線の次は警備部。やっとのご到着のようだ。数人の姿が見える。少し腹が立ちながらも一応は喜ばしい状況。カイルは立ち上がると警備部に説明を……と思って止めた。
「あ」
カイルは先ほどの戦闘にて少々バレたくない行いをしており、バレるとこれから面倒事が大量発生するのは容易に考えられた。逃げた方がいいだろう。
幸い警備部はまだ道を曲がってすぐの所にいたため、まだ顔はバレていない筈。服も視認で確定できる距離では無い。まだ大丈夫だ。
「逃げるでちっ!」
というわけでカイルは一目散に走り去った。何度も何度も道を曲がり、追跡されてないことを確認してから、お餅を挟むパンを買うためパン屋に行き店内を物色。返り血を浴びていたカイルを見た店員は、カイルの首根っこを掴み奥の巨大洗濯機に放り込んだ。カイルは回った。気持ち悪い中無理に走っていたこともあり、ド派手に吐きまくった。賠償金は高かった。
パンに挟んだお餅は美味だった。
*****
「ぶほうぅうっ!?」
カイルは鼻血で虹を描くように吹っ飛んでいく。書類作成中のアンゼルの机に乗るように着地し、アンゼルの頑張りが無駄になった。アンゼルは「てめぇ!」と叫ぶとカイルを机から落とし胸ぐらを掴む。
「おいこらクソカイル殴すみません後にします」
アンゼルは後ろにカイルを投げカイルは床に転がる。その近くには、仁王立ちでカイルを睨みつけるエレナがいた。カイルのすぐ横には正座をしているゼインもいる。顔面が膨れ上がってイケメンの見る影もない。
「やぁカイル……。一緒に逝こう……」
「俺はまだぐへぇっ!」
エレナはカイルの顔を思い切り踏みつける。
「なーに報告なく帰ってるんですかあんたらは!」
「ご、ごべんだざい……ゆるじでぐだざい……」
カイルとゼインはボッコボコにされた。
それから何分経っただろう。意識が戻ると、エレナ隊用会議室にいた。
「継承者となり得る存在が見つかったようです」
面々が集う中、視線の先にいるエレナが淡々と任務内容を説明している。
「バジ……? べんどうごどがづづぎばずね……」
未だに脱走者を発見できておらず辺りは大混乱中なのだが、全員でそれに対応している訳にもいかない。拘征官はあくまで魔俜人との戦闘がメイン。基本的に隔離区域の問題は、区域管理部と別途編成される調査班の仕事だ。というわけでカイル達拘征官にはもう別の任務が来ている。
「本部から二名ほど派遣されたようですが、作戦にはアオスデルグからも複数名参加するようにとのこと」
「ほへぇ……」
「本来はアオスデルグの中で実力のある部隊―ルクシラ隊の中から加えるよう言われておりましたが、戦闘に長けた人材の方が良いとのことで、うちから二名出すことになりました」
カイルの腫れ上がったお耳がぴくっと動く。
「ルクシラ隊の方が強くね」
カイルは雑魚集団に難しい任務を与える意味が分からなかった。エレナ隊は本部が関わるような重要任務は与えられたことがほとんどない。
そこにはエレナも頷く。
「えぇ。ですが、ルクシラさんは念のためレリガ・レイディアーを持つ人の方が良いと言っていました。あそこは保有者がルクシラさんだけですから。代わりに脱走者捜索に人員を割くようです。いわゆる役割交代ってやつですね」
納得カイルくん。ルクシラ隊はエレナ隊よりも総合的に優れた者が多いが、継承者とも単独で互角に渡り合えるとされるレリガ・レイディアー合法保有者は隊長のみ。代わりに魔俜人捜索に長けた人材が豊富というのが特徴。他支部で過去に発生した脱走も、ルクシラ隊が早期解決に貢献したとか。
「場所は」
「シノーリアです」
「シェールの方が圧倒的に近いですー」
カイル達の住むアオスデルグからシノーリアへは列車で何時間もかかる。シェールならばそこまでかからない。
「シェールはルクシラさんから聞いた話ですと、最近魔俜人による被害が拡大しつつあって、その対応にほとんどの人員が送られている状況だそうです。本部から応援も来ているほどで、現状は他の支部に頼らざるを得ない状況だと伺っています」
「……やべぇな」
エレナは特に表情は変わらないが、聞いた者達は皆顔を歪めていた。アオスデルグでは初の脱走者が現れ、シェールでは魔俜人の台頭。何かあるのではと勘ぐってしまう。勿論、カイルは勘ぐるだけでそれ以上は考えないが。
「詳しい内容は本部の方からあるようなので、とりあえずカイルとゼインは合流してください」
眠そうな顔のゼインはん? と眉を顰めカイルは叫んだ。
「俺ら!?」
「え……なんで」
エレナは至極当然な言葉を返す。
「我々の中で最も役立っていないのはあなた方二人です。特に、ゼインは私とも実力大差ないんですから働いてください」
「えっと」
「殴りましょうか?」
「お受けいたします」
半ば強引に任務を下されたカイルとゼイン。すると、エレナの近くで話を聞いていたエレナ隊随一のエリートでセンターパート目つき鋭い系イケメン―ラグラが会話に割り込む。
「隊長、お言葉ですがこの二人では想定外の事態が起きた場合に」
「問題ありません」
「この重要任務は私の方が」
ラグラが使うのはレイディアーだが、ハッキリ言って実力はレリガ・レイディアー合法保有者の本部所属とも大差ない。カイルの百倍は強いという話を、カイル本人は聞いたことがある。その証拠に、任務成績はエレナの次に優れていた。
だが、エレナは優しく微笑んで言った。
「ラグラには私と一緒に別の任務へ行ってほしいのですが……駄目ですか?」
「もちろん喜んで。おいゼイン、隊長の役に立てよ」
「う、うん……」
ラグラは声色に明るさを装飾し、表情ににやけが浮かび上がった。ゼインへの態度は鬼。カイルに至っては眼中にも無いようだ。
「(ラグラって絶対エレナのこと好きだよね。暇さえあればエレナのこと見てるし)」
「(ゼイン殿。彼はエレナを将来の妻とするべく努力しておられるのです。未来のお嫁様に厭らしい視線を向けるのも、紳士たるもの仕方がないことですよ。男は私以外ケダモノですから)」
「二人とも、この任務はすぐに行けとのことですので。これ、持ってってください」
「……ん?」
エレナからシノーリア行きの切符を渡される。表情は優しいが、何だか背筋が凍りつくような感覚を覚え、カイルは心で泣いた。
「今日を逃せば自腹ですよ」
「行って参ります! うっひょー旅立ちだぁあああ!」
二人は疾風の如く身支度し、暴風のように消えていった。エレナは呆れながらも少しの笑みを見せる。
「まったく……」
「隊長」
面倒な人間が消えたからか、ラグラが再度エレナに声をかけてきた。
「私が同行する任務とは何でしょうか」
「楽園の幹部らしき存在が見つかりました」
「っ!? ……ゼインがいなくて大丈夫なのでしょうか」
ラグラはエレナが相手であっても、余裕の表情は無く現実的な考えを持っていた。エレナは険しい表情ではあるものの、強く言い放つ。
「大丈夫です。継承者では無いようなので我々の戦力であれば十分対応可能かと。別部隊から数名応援も来るようですし、確実にやり遂げられます」
「……了解しました」
「カイル、ゼイン……期待してますよ……。こっちは任せてください……」
*****
≪まもなく出発いたします≫
「やばい遅れるぅうぅうぅう!」
「カイル早く!」
列車の窓から叫ぶゼイン。
「うおおおおおお卵焼きいいいいいいい!」
カイルは鬼の形相でホームを走る。邪気を身に纏い近づく者全てに威圧するその姿は、人々に底知れぬ恐怖感を与え、それなりに混んでいた道が次々と開かれていく。そのおかげでカイルは扉が閉まる直前に滑り込みセーフ。
頭から通路に倒れこみ泡を吹くカイル。
「ぶうぶぶぶぶぶぶ」
痙攣している。ゼインはやれやれと頭を振ると、面倒そうにカイルを運んだ。
「さっさと生き返ってくれ」
「あうあはふげらふけほめすたん」
*****
「この死体の首腐っているな……」
調査班の中で唯一軍装姿の男が、しゃがみ込んで激臭を放つ死体を覗いていた。他の調査メンバーは鼻をつまんで遠ざかり、別の場所にある血痕などを調べることに注力するようだ。
「腐敗のレリガ・レイディアーは、継承者の誕生によりもう作れないものと記憶していたが……」
男は鋭い形相で死体を見つめ、しばしの思考を開始した。そして、小さく呟くように言う。
「……まさかいるのか。継承者と組んでいる人間が」
その言葉には憎悪のようなものが含まれており、聞く者が怖気づくような何かがあった。
「現時点での合法保有者は拘征官のジェイクとルーク護衛官のみとなります。昨晩は使用されておりません」
背後にいた女が端末を操りながら発言する。男はそれを一瞥すると顎に手をやって答えた。
「……やはり違法保有者の仕業か」
「本当にいるのでしょうか? レリガ・レイディアーを研究室以外で作るのは不可能なはずじゃ」
疑問に包まれた顔で覗き込む女。
「可能性としては十分あり得る。リシア。念のため保有者二人のアリバイを調べ上げ、それが済み次第支部の拘征官の情報を集めろ。そして疑わしき者は」
男は気付かれないよう独り言のように呟く。
「事故を装って殺せ。十人までは許す」
女は特に表情を変えることなく男に耳打ちする。
「了解しました。ボス」