目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
腐敗の連征官
真田ユーザ―ネーム
異世界ファンタジーダークファンタジー
2024年08月31日
公開日
67,512文字
連載中
魔法を扱い人々を攫う謎の存在--魔俜人のいる世界。

魔俜人を捕らえ隔離する使命を担う連征官は、日夜魔法を扱う強敵を拘束するため戦ってきた。

第1話

「脳筋こっわああああああああい!」


 外壁が吹き飛んだ。と同時に青髪の男が現れる。どこにでもありそうな平凡な剣を握り、身体のあちこちには血が付着。目元からは涙が浮かび上がっていた。勢いを強めたまま地面へと落下していく。


「カイル大丈夫か!」


 地上から叫んだ翠髪の天パ男。神官服に似た白基調の軍装を雑に着こなしており、右肩から前部にかけてある飾緒には液体の入った小瓶が吊るされていた。


 右手には曲がりくねった歪な形状の長剣。その剣先からは雷に似たものが迸り、強力な力を保有していることが見受けられる。だが力を手助けに使おうとはせずただただカイルを見守るにとどめていた畜生。言葉に似合わず顔は少し笑っていた。


「助けろってゼインンンンンン!」


 そんなゼインを視認したカイルは、目が飛び出るほどにかっぴらいて涙を放出する。今にも地面に頭から激突しそうというのに、仲間は助けようともしない。その現実にメンタルは崩壊し、悲嘆の噴水が空中に美しく描かれた。


「占い師死ねやああああああああ!」


 カイルは死の間際、とあることを思い出していた。


 今から少し前のこと。


「私に彼女が出来る可能性はどの程度ございますか」


 辺り一面真っ暗な空間を囲い照らすように並ぶ蝋燭。その間には、青髪で前髪をだらしなく垂らす一目見て冴えない男―カイル。彼は正座で座り込み、目の前にあるテーブルを挟んで奥にいる占い師を神妙な面持ちで見つめていた。鼻から上を大きなタオルで隠し口元だけを覗かす異質な占い師は、艶やかな唇を震わし淡々と言い放つ。


「諦めなさい」


 よく考えると本当に占い師なのか怪しい風貌をしていたが、カイルにとっては本物であった。本物だと思っているからこそ、この言葉は重くのしかかった。少しの間沈黙し、一呼吸を終えて現実を受け入れていく。


「そうですか諦めまっててめぇこのクソ占い師が今すぐぶっ殺してや」

「あ?」

「申し訳ございません今すぐ失せます生きててごめんなさい」


 カイルはたった一音にノックアウトされ、出口へと向かった。金は前払いしているので大きな損失だ。今日の夕飯を買う金はもう残されていない。おごってくれる友もいない。人生はなぜこうも辛いことの連続なのだろう。男は現実に涙し、すれ違う誰かに難癖でもつけようかと思った。


「お待ちなさい。もう一つ見えました」


 占い師の声に、カイルは静かに恐る恐る振り返る。


「な、なんすか……?」


 今度はどんな悪いことを言われるのだろうか。恐怖のあまり現実を見る視界に霞がかかる。


 だが、なんとなく今までの冷たい雰囲気とは違うように感じた。もしかしたら、今日の夜彼女が出来るのかもしれない。カイルは期待に胸を躍らせ目を輝かした。ここからが、俺の時代なのだと。今までの努力が実を結ぶのだと。


「あなたは今度痛い目に合うそうです」


 占い師は初めて優しい笑みを浮かべた。


 そして今に戻る。


「あぎゃうあああああうううふぃふぃふぃいいい!」


 激突。


 地面は抉れ石片や土埃が舞い散る。


 死者を隠すように辺りを煙が包み込み、カイルの安否は確認不可能となった。落下したのは三階から。受け身を取っていなければお亡くなりになったことだろう。


「あらあらカイル死んだか」


 ゼインは仲間である筈のカイルの安否は一切気にしない。それどころか大きなあくびまで見せた。


 そんな中、苔に覆われ崩れかけた廃屋から一人の男が現れる。表情は苛々を抑えきれず歪み切っていた。


 「雑魚が。相手の力量を測り間違えるからだ。このクソ拘征官めが」


 両手からは炎が蠢いており、上半身はシャツが破れ重装備の筋肉をこれでもかと見せつけていた。


 そんな恵まれた体躯を見てもなお首を傾げるゼイン。


「雑魚ぉ? おいおいまだ僕がいるじゃないか。君より強い僕が」


 後半を強調させ煽る。男はそんなゼインの長剣を一瞥し、舌打ちしながらも言い放つ。


「お前のそれはレリガ・レイディアーのようだが、相手が悪かったな。魔法もどきで俺の炎は覆せない。じっくりと俺のイグニスカを注入してやる」


 炎がより濃さを増し辺りの気温を上げていく。だがゼインも余裕の態度を崩さない。


「魔俜人ってほんと気持ち悪い。君のイグニスカなんて入ったら僕自殺するから。カイル汁の方がマシ」

「言ってろ」

「おいゼイン俺を助けろ頭から血が出てるんだ」

「……」

「頼むお前の為ならいくらでも出してやるから本当はエレナのた」

「一日放置」

「誠に申し訳ございません」

「くっだらねぇ」


 男は目前からかき消えた。体格に見合わぬ素早さだ。ゼインは自分の目を疑いながらも冷静に相手の気配を探り、


 背後に気付いた。


「うお速っ!」

「食らえよ!」


 炎を纏った拳が、ゼインの滑り込ませた刃に激しくぶつかる。ゼインは正確に捌いていくも少しずつ押されていく。


「魔俜人のくせに脳筋って! 嫌になるね!」

「嫌がってろ!」

「マジか!?」


 威勢の良い声とともに、ゼインはとてつもない力で押し飛ばされた。体勢が一瞬崩れる。だがすぐに構え直し男を見る。遅かった。


 男は手をかざし炎渦を放出する。前方一斉を燃やし尽くすほどの高火力。何かが壊れる音や燃え尽きる音。多くが連なるこの一撃を、ゼインは回避できなかった。


 数十秒後。


 男は炎を消滅させ、生命反応の無くなった地面を見下ろした。骨すら残らなかったようだ。跡形もなく消えている。その事実に男は軽く舌打ち。


「……やっちまったか。少しでも器増やさねーと恩恵少なくなっちまうのに。……ま、人間なんぞいくらでもいる。また誰か襲えばいいか」


 男は気を取り直して身を翻す。次の獲物に思いをはせて。


 そして両腕を切られた。鮮血が飛び散る。


「ぐっ!?」

「残念でーした」


 必死に振り返ると、そこにいたのはゼイン。その横には涙と鼻血で顔を装飾したカイル。髪色が赤色に染まっているがギリギリこの世に留まり続けている様子だ。足はふらつき股間からは滝が流れ落ちているが、無事だ。


 両者とも無事生き残っていた。


「なんだとっ!?」


 男は瞬時に体勢を整え反撃に出ようとするも、足払いされ地面に顔面をぶつける。それでも抵抗を試みるがゼインが足で頭を押さえつける。


「炎の魔俜人はおててにイグニスカがあるからね。両腕なくちゃお前はただのマッチョ。僕らには勝てないよ。大人しく隔離されてろ」

「ぐ……」


 男も抵抗すれば先の短い命を失うことに気付き、ただただ今を恨むことしか出来なかった。だが、一つ気になることは聞いておきたかった。土を口に含みながらも弱弱しく口を開く。


「な……なぁ……」

「なーに」

「どうやって……避けた……」


 男の問いに、ゼインは吹きだした後答える。明らかに嘲笑するかのようにわざとらしく笑みを浮かべて。


「君らは体内に保有するイグニスカを、空気中のマナルフトと結合させることで魔法を発動している。だけど、マナルフトって結合直後は触れるんだよね。その一瞬に一定の衝撃加えれば破壊可能。常識でしょ」


 ゼインは淡々と話す。カイルは口を開けてぽかんと硬直。というよりもうほとんど聞こえていない。


「意味わかんねぇ……」


 こればかりは男もカイルと同じようだった。


「分かる必要無いさ。魔法使えるからって自分らが最強だと思っているゴミ共にはね」


 優しく放たれた嘲笑。悔しいが男は何も返せなかった。


「ちっ……」

「なぁお前」


 頭が動いたカイルはしゃがみ込んで、黙り込む男に顔を近づける。


「なんだ死にかけ……口臭ぇぞてめぇ」

「はぁ~」

「おぇっ!」

「君って楽園の場所知ってる?」


 男は、何を言ってるんだこの汚臭男はというように眉をひそめ、全力の強がりを披露。


「知るかよ! 俺は一匹狼だ! 誰ともつるまねぇ!」


 どうでもいい情報の応酬。求めていない回答と顔にかかった唾にカイルは落胆し、大きくため息を漏らした。


「……魔俜人ってよ。集団でつるむとマナルフトの奪い合いになるから、単独行動ってのは良いと思う。魔法の使い過ぎで不利になることがほとんど無いからね。だけどよ、少しは情報収集したら? その程度じゃ仲間無しで生き残るのは無理だよ」

「……」


 カイルの言葉に男は匙を投げ沈黙。完全に勝負あった瞬間である。……戦闘ではカイルは敗北しかかっているが。


「じゃ、移送班呼ぶか? 俺らが連れ帰るのはちと重い」


 カイルはもう武器を持つことすらままならない。応援を呼ぶのは急務といえた。


「だね。後は勝手にやってもらおう。僕も重いのは嫌だ」


 ゼインは全く気にしてくれない。普通に接してくる。カイルは縁を切ることに決めた。



*****



「ある日のことでございます。イケメンのカイルくんは美尻のマダムと遭遇し、運命的な恋に落ちます。しかし、彼女はマダム。カイルくんの恋は実りませんでした。おしまい」


 数週間後のある朝、拘征官アオスデルグ支部の一室にて。カイルは同僚のアンゼルに物語を聞かせていた。数秒で終わる物語を。


「つまんね」


 当たり前の反応。軍装からも分かる程恵まれた体躯のアンゼルは、短く整えられた髪をつまらなそうに掻き毟った。表情は苦虫を嚙み潰したかのよう。カイルはブちぎれる。


「お前が暇つぶしに話しろっつったんだろうがっ!」


 アンゼルも反応。


「作り話しろって意味じゃねぇよ! お前が捕まえた奴の話だよっ!」


 突如喧嘩が勃発。仮にも軍人である筈の二人だが、子供のように殴り合った。近くのデスクにもたれかかっていたゼインは、それを面白そうに見つつも音に気付いて警告する。


「ねぇカイゼル。隊長が来たよ」


 もつれあう二人の顔が同時にゼインの方へ。互いの頬に指を突き付ける。


「俺はカイルだこいつはアンゼル」

「俺はアンゼルだこいつはブス」

「てめー俺はイケメンだこの脳筋野」

「仲が良いですね。もう結婚しちゃえばいいのに」


 ドア前から声が届いた。三人は声の主に視線をずらす。そこにいたのは、服装自体はカイル達と同じ軍装で橙色髪の妙齢女性だった。後ろで結った馬尾のような後ろ髪を揺らし、やれやれと呆れ果てている。


 カイルはアンゼルを押し倒して手を上げる。


「エレナ隊長と結婚したいです!」


 そんなカイルの言葉に、エレナは全力で拒絶の目を向けた。


「カイルは特にお断りです」


 冷たく言い切られカイルはいつもの如く涙した。メンタルが弱すぎる。だが仕方ない。カイルは彼女がいたことが人生で一度も無いため、美女からの拒絶は殴られるよりも遥かに大きいダメージを彼に与えるのだ。


「……ひどい……ううう……」


 カイルは縮こまって嗚咽を漏らす。ゼインとアンゼルはその様子を面白そうに眺め、エレナは頭を抱えた。


「まったく……。三人とも、遊んでないで早く来てください。区域から脱走者が出たとの報告があります」

「え……」


 その言葉に三人の表情は強張った。


「ラグラは捜索隊の指揮、ルークは万一を考え残滓が無いかの調査をお願いします。他は情報収集、本部対応等々お任せします」

「了解」

「あ、カイルとゼインは聞き込みに行きますよ付いてきてください」


 エレナは支部内にいる同部隊の隊員達に指示を出していき、役割を与えられた者達はそれぞれ自分の持ち場へと向かう。そんな中、二人で立ちすくむカイルとゼイン。カイルは恐怖のあまり石像と化し、ゼインはここでも怠そうにあくびをしていた。エレナが二人を見て睨みつける。


「……聞いてましたか? 二人とも行きますよ。脱走がどれくらい問題か分かってますよね」


 区域からの脱走は、拘征官に恨みのある存在が街へ解き放たれたということ。厳重警備が破られた証拠でもある。そのような状況下でさえ危機感を欠如させている二人は、エレナにも擁護できないレベルへと昇華していた。


「役立たずナンバーワンツー早く」

「だ、だってぇ……ううう……」


 泣きじゃくる赤子カイル。この街では魔法が使えないようになっているため、魔法に頼り気味の魔俜人が脱走するなど不可能に等しかった。それでも脱走が出来てしまうなんて分かれば、その穴を突いて街を陥落させに来るなんてことが起きかねない。カイルは冷や汗ダラダラで顔を引きつらせ失神しかけていた。


「今から確認に向かいますので。早く」

「確認?」

「えぇ。今朝の区域担当者から話を聞きます」

「え、脱走って今日なの!?」

「そうですよ。流石に何日も経てば広まってしまいますしね」


 今朝といえば、カイルが初めて珈琲をブラックで飲んでいた時間だ。遂に大人の階段を上れたと思えば、まさかこのような問題が生じてくるとは。カイルの悲しみはヒートアップ。


「僕はちょっと用事があるから」

「ゼインも行きますよ」

「はい隊長」


 拘征官随一のプレイボーイであるゼインさえも従わせる若き天才エレナ。カイルは、一生付いて行きますぜ……と脳内で彼女を崇めた。



*****



「脱走されたのに気付かれたのはいつ頃でしょうか」


 本当に脱走者が出たようで、区域担当者たちは殺気だっていた。誰がいつ消えたのかも早急に調べているようだが、なんと一致できないらしい。


 誰かがいないが誰か分からないこの不可解な状況。制服姿の老齢担当者が、髭を執拗に触り苛立っている。


「早朝の確認時に、イグニスカ反応が一人分無いことが確認されました。名前も一人一人確認しましたが、特定には至らず。一体何が起きたというのでしょう。魔法はこの街では使えませんし……」

「過去一日分の担当者の居場所は調べましたか?」

「はい。誰も不可解な動きはしていませんでした。それに、情報は確認時間以外で見ることは出来ませんし、変更された場合も新しく記録されますので……」


 捕らえた魔俜人を管理する隔離区域では、問題が生じないよう多くの対策が施されている。例えば担当者の居場所は常時記録されているし、魔俜人の情報も、変更を加えれば変更を加えたという情報が新たに記録される特殊なシステムを使用している。上書きは絶対にできない。


 エレナはうーんと少しばかり思考し、その後蓋然性のある言葉を呟いた。


「レリガ・レイディアー違法保有者の侵入が疑われますね」


 カイルは何を言っているのか分からなかったが、担当者はその意味に返事をする。


「やはりですか? 我々の間でも違法保有者による犯行ではないかという話が出ておりまして……。ですが、あれを作れるのは国家研究室のみですし、拘征官の中でも僅か数パーセントの方しか保有を許されていませんよね。ほとんどの方がレイディアーと聞いております」


 起動武器≪レイディアー≫。魔法を扱える魔俜人に対抗するための武器。


 武器の内部または外部に、イグニスカとマナルフトが保有された転換装置が取り付けられており、それを起動結合させることで、対象が触れている間のみ身体能力を向上させる疑似魔法を発動する。


 魔俜人の魔法とは違い空気中のマナルフトは使用できず、装置内に保有されるイグニスカとマナルフトが尽きれば効果を失う。代わりに魔法を扱えない場所においてもその恩恵を受けることが可能。


「えぇ。天才であれば作れるというものでもありませんし、合法保有者は全員が継承者との単独交戦可能な実力。盗まれることも考えにくいです。まぁ、盗むメリットもありませんしね。デメリットは大量にありますが」


 レイディアーには様々な対策が施されている他、魔俜人自体にもレイディアーが使えない理由がある。壊すメリットはあっても盗むメリットは無い。これは誰もが知っている事実だ。


「では一体……」

「……考えうるのは」


 エレナ達は会話を続ける。


 そんな中、後ろにはいるがやはり話は理解できてない仲間のゼインに顔を向けるカイル。


「……なぁゼイン」

「なーに」

「レリガ・レイディアーって俺も手に入るかな」


 そう言うカイルのつぶらな瞳に、ゼインはにこやかな笑みを浴びせた。


「任務成績上位者の内筆記や実技試験も満点近くでかつ信用度も必要。君じゃあ無理だね」

「本当に無理で笑う」


 万年ビリケツ男カイル。無念の予選敗退。


「それにさ、これめっちゃ燃費悪いよ。長期戦になると内部のマナルフト尽きてただのかっちょいい剣になる」

「レリガが短期決戦型ってマジなの?」

「うん。相手がどれだけ強くてもすぐ倒すの必須。ぶっちゃけレイディアーの方が楽だね」

「いらないや」


 いらなかった。


「僕とかが合法保有者って言われるのには訳があって」

「いらないや」

「まずレリガ・レイディアーというのは違法の」

「いらないからもういいでち」

「ん? まだいっぱい話すことあるよ?」

「あの……ごめんなさい……ほんと……」


 カイルはゼインの優しさに包まれた嫌がらせに敗北。


「分かりました。では何か進捗があり次第ご報告を。後日本部より調査班が編成されますので全面協力をお願いします。後、警備門は必ず閉め本当に抜け穴が無いかも再度確認してください」

「かしこまりました。全力で対応いたします」

「こちらはこちらで調べます。では」


 カイルとゼインが話しているうちに、どうやらエレナ側も会話が終わりを迎えたようだ。エレナが身を翻し去っていく。


「ま、待ってくだされ奥様!」


 カイルとゼインも慌てて追いかけた。


 外、少し歩いた先。


「ゼインカイル、疑ってはいませんが一応お聞きします。最後の起動は廃屋での戦闘ですね?」


 エレナが振り返ると、二人は過去を思考。


 レイディアーは能力の大小あれ全てが人を容易に殺せる代物。そのため所持者が違法行為に手を染めれば国に重大な危機をもたらす危険性も秘めている。よって、使用できるのは拘征官や特別に許可を受けた一部の人間のみ、かつ起動するたびに使用履歴が軍部のデータベース上に記録され、不正に使用すればバレるようになっている。具体的には時刻や場所などだ。


「えっと……多分そう。ゼインが助けてくれなかったから怪我した。あれから数日間は熱に苦しみました」

「あの程度で死んだら継承者に即殺されるって。……僕もカイルとの任務以来使ってないかな。最近の日課はナンパからのワンナ」

「黙れ」


 カイル達の所属する部隊は掃きだめと呼ばれ、拘征官の中でも特に役に立たない人間が多く集まっている。そのためたまーに任務がくれば良い方で、最近は迷子探しなどの人助けを無理やりやらされていた。起動した日なんてのは覚えていない。ちなみにエレナなどの一部の優秀な人間は、他部隊の任務協力などで常に忙しい。


「てか俺はレイディアーやぞ。ゼインはともかく俺を疑うのはどうかと思う。この雑魚の中の雑魚を。誰も眼中にないカイルって言われたこともあんだぞこれ普通にいじめな」


 エレナの話であれば、レイディアーを使う九割以上の拘征官は容疑者から外れる筈というのがカイルくんのお考え。


「念のためですよ。レイディアーが不自然な場所で使われていた場合、違法保有するレリガ・レイディアーも同時に使っていたという可能性が生じますので」

「二重起動だなんてそんな奴いるか? 身体壊れるしまず複数持つの自体不可能だろ」


 二重起動。仕組みの異なるレイディアーとレリガ・レイディアーを同時起動させることで、複数の身体能力向上効果を無理やり自分に付与する方法。理論上誰よりも速く重く強くなれる唯一の手段で、レイディアー×レイディアーは出来ない。しかし、保有できるのは一人一つまでと明確な決まりがあり、武器一つ一つには保有者登録が義務。また現時点で存在するのは国家研究室作成分のみかつその作成方法は門外不出。まずやってみることすら出来ない都市伝説といえるだろう。尤も、実行すれば相当な負荷がかかり長生き出来ない身体となるためやろうと思う人もいないが。


「世の中には色々いるんですよ。自分の命より目的を優先する狂人が」

「でも今んとこそんな奴……あ」


 現状違法保有者は二人だけだと言われている。それをカイルは思い出した。


「えぇ。ギークス・アルフェイドとリエン・ファクシアンがいます。今回も彼らが大小あれ関係しているかと」

「……本部の一部隊壊滅させた奴か」


 カイルは背筋が凍り付くのをひしひしと感じる。名前の出た人物たちは下手な魔俜人よりも凶悪であるからだ。


「まぁそれを行ったのはアルフェイドの方で、ファクシアンは違法保有していること以外罪は犯していないらしいですがね。それがまた気持ち悪いっていうのはありますけど」

「こわーいぐへぅ!」


 エレナに腹を殴られるカイル。ご褒美とは言い難い痛みだ。


「信じてはいますが、報告義務があるので今から隊員の記録を確認してきます。また、この後会議に出ねばならないので、今日は“お二人”にお任せします。是非成果を上げてくださいね」


 強調するように言うエレナ。カイルはその裏に秘めた脅しに屈し股間に湖を作り出した。


「任せてくれ隊長。カイルも僕も、そこまで馬鹿じゃない。多分」

「期待してますよ……」


 いまいち信用して無いような声色で、エレナは軍部へと向かった。カイルは下半身の冷たさを無視し、背伸びをしてから言う。


「さぁてと、頑張りましょかーゼイン殿」



*****



「うげげぇげっげえげげげげげ」


 カイルは道端でスクワット、ゼインは腹筋を繰り返している。今はまだ昼時真っ最中。道行く人々の多くは二人を奇怪な目で見つめ、警備部に通報する人まで現れていた。だが二人は一切気にせず己の肉体を磨き続ける。すると本当に警備部が来たが身分証を見せて難を逃れた。


「クッソどうすればばっばっばばばばばっば」

「あーあの子可愛い。観光客かな? ちょっと話しかけてこよ」

「行くな俺が消される」

「じゃああっちにいるサイドスリットの美女は?」

「ゼイン殿……年齢の問題ではござらんのです……」

「あっ! ユウナちゃーん!」

「おい行くな!」


 二人はそれからも、主にカイルが頑張って周辺の不審人物などの調査を行ったが……。


「なんもない」


 特に成果が出るわけでもなくただただ時間が過ぎ、遂には夜になってしまった。人もまばらになり、日中は閉まっていた店の登場、ガラの悪い男たちの徘徊等、昼間とは違った街が作り上げられている。良い子であるカイルのおねんねのお時間が近い。


 悲しみのあまり肩を落とすカイル。そんな彼の背中を、ゼインは優しくさすって慰めた。


「そりゃあ無能二人が頑張ったところで発見なんて無いでしょ。こういう時は遊んで時間潰すのが一番」

「ひどいこと言うな俺は優秀だ」

「僕がいないと報告すらままならないくせにー」

「ゼイン殿……これ以上おいらをいじめるのはやめてくだされ……」

「ハハハ! ま、ラグラとかが何とかするって。僕らが何もしなくても今まで何とかなってきただろ? 今回も僕らはただやってるふりしてるだけでいいんだ」

「……事実だけどなんか悲しい」


 ゼインのあまりにも笑えぬ態度にカイルは世界が嫌いになった。


「じゃあ僕はユウナちゃんと熱い夜を過ごしてくるから、じゃね」

「いつ約束取り付けてんだよこのヤリチン野郎……くたばれや……」


 カイルは恨み節を送るもむなしく、ゼインは笑顔で去っていった。


 一人になる。


 寂しい。


「疲れた。帰ろ」


 本来は一度支部に戻らねばならないのだが、ゼインは帰る気が無いようなのでカイルも直帰することに決めた。エレナに殺されるかもしれないが、その時はその時。


「家帰ったら暖かいお風呂に入っておもち食べよっと」


 カイルは賑わいを見せる大通りを進んだ後曲がり、人気の無い路地へと入る。それからも右折左折を繰り返し、やがては人が皆無な場所まで辿りついた。音も静かで快適だ。夜道を月光が照らし、それを頼りにのんびりと歩を進めていく。密集地から遠ざかるにつれ、コツコツと響く音が自分の足音だけになる。


 世界に自分一人しかいないような感覚。こういった一人静かに風を浴びるのがカイルは好きだった。


「風がちょっと吹いてて気持ちいいわ」

「よぉカイル・アクシアド」


 一人の時間は意図せず終わりを迎えた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?