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185. 空を覆う巨大構造物

「おいおい……」


 褐色の彼女は戸惑いの表情を浮かべながらも、ひとみには優しい光が宿っていた。彼女は静かにドロシーを抱きしめる。


「良く分かんないけど、ここにいるみんなは私が助けたってこと?」


 その声には、不思議そうな調子と共に、密かな誇らしさがにじんでいた。


「うっ……、うっ……。そうなんです」


「ははっ、そう言われると悪い気はしないね」


 褐色の戦士は、朗らかに笑った。


 ドロシーは、彼女のしっとりとした柔らかい肌に包まれ、心の奥底から安堵あんどの息をついた。


 そんな中、褐色の戦士の鋭い目が周囲をとらえた。


「あれ? 男が一人いるぞ……」


 そのつぶやきに、ドロシーは我に返ったように慌てて身を離す。


「あ、あの人はダメです!」


 両手をブンブンと振りながら真顔で叫んだ。


 褐色の戦士は、その様子を見てほがらかに笑う。


「あはは、取らないわよ」


 それは、まるで妹をからかう姉のような、温かな調子だった。


 ドロシーは気恥ずかしさにうつむき、徐々に頬があかく染まっていく。


 一時は殺し合う関係の二人だったが、流れる空気はもはや長年の友のような親密しんみつさを帯びていた。



     ◇



 ヴィーナは解放された女性たちの歓喜に満ちた光景を、慈しむような眼差しで見つめていた。ゆったりと黄金に輝く微粒子を放ちながら揺れる髪が、彼女の神々しい佇まいを一層引き立てる。


「じゃぁ、レヴィア、彼女たちをねぎらいなさい」


 へっ!?


 いきなりの指名にレヴィアは冷汗をかきながら女性たちを見回した。


「ね、労うってこんなにたくさんをどうやって……? 我は接客が苦手でございまして……」


 レヴィアは泣きそうな顔でうつむく。


「ん、もうっ! あんた千年間何やってたのよ!」


 ヴィーナはおうぎをグィィンと伸ばしてしならせると、まるでハリセンのようにレヴィアの頭をパシーン!と叩いた。


 あひぃ!


「鍛え直してあげるから覚悟しておきなさい!」


「え? そ、それはまさか……」


「豊くんと一緒に研修よっ!」


 ヴィーナはニヤリと笑った。


「け、研修!? くぅぅぅ……」


 レヴィアはガックリと肩を落とし、しおれていく。


「仕方ないわね……。シアン! 船呼んで、船!」


 ヴィーナの声に、シアンの瞳がたのしげに輝く。


「まーかせて! きゃははは!」


 シアンは目を閉じ、まるで子供の手遊びのような奇妙な手振りを見せた。指先ゆびさきからこぼれ落ちる青く輝く光の粒が、ふわふわと空へと舞い上がっていく――――。


 直後、空に漆黒しっこくの闇が広がり、まるで生き物のようにうねり始める。


「こ、これは……?」


 窓の外で展開されるその不気味な動きに見入っていると、やがてそれは巨大な影となって空を覆い尽くした。次の瞬間、ズン!と大地を揺るがす重低音と共に、途方とほうもない巨大構造物が空を覆った。


「あわわわ……。な、何が起こるんですか?」


 俺はすっかりしょげているレヴィアに聞いた。


「そんなん我に聞くな! シアン様たちのやることなど分かるわけなかろう!」


 レヴィアはジト目で口をとがらせる。


「なーんだ、レヴィア様も分からないんだ」


 俺はつい軽口を叩いた。


「くぅぅぅ……、この新入りが……。先輩管理者様に向かって何を言うか!」


 レヴィアはパン!と俺の背中を叩く。舞い上がるほこり――――。


 ふぇっ……。


 シアンが変な声を出して止まった。碧眼を大きく見開き、凍り付く――――。


「うわぁ! マズいマズい!」


 俺はいつか見た光景にワタワタとするが……、止めようがなかった。


「ヘーックショイ!」


 豪快なくしゃみがホール内に響き渡る。世界の理を操るシアンもくしゃみは止められない。


 刹那、宙に浮いていた巨大構造物が大きく揺れ、一気に落下してきた。白く輝きだした巨大な船体が、まるで凶器きょうきのように降り注ぐ。


 うひぃ! きゃぁぁぁ!


 まるで天が落ちて来たかのような情景にホールはパニックになる。解放されたばかりの女性たちが右往左往する中、シアンも慌てふためいていた。


「うひっ! マズいマズい! え、えっと、止まれ! お願い! あひぃぃぃ!」


 シアンは慌てて手をひらひらと動かしたが、落ち始めた巨大構造物はそう簡単に止まらない。


「もう! 何やってんのよ!」


 ヴィーナは扇子をブワッと振り、黄金の光を発するとホール上方に巨大な金色の魔法陣を展開させる。


 直後だった――――。


 ズン!と衝撃音と共にホールの屋根が崩壊し、轟音を立てながら魔法陣の上に降り注ぐ。


 うわぁ!


 危ないと思ったが、砕け散る瓦礫の雨は魔法陣に触れると、黄金の光に包まれて消えていった――――。


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