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184. 銀のビキニアーマー

「痛い痛い! わ、分かりました……お願いします!」


 俺は渋い顔をしながら頭を下げる。


「ふふっ、期待してるわよ?」


 ヴィーナは満足した様子で優しくうなずいた。


「がんばります!」


 俺は力強くこぶしを握った。


 ただの人間がこの星の管理者になる――――その重みは未だ実感できないが、もう後には引けない。


 大きく息をつくと、俺は握ったこぶしをじっと見つめた。


「いやいや、さすが我が見込んだだけのことはある男じゃ! 頼んだぞ!」


 レヴィアは再び俺の背中をパンパンたたく。


「痛い、痛いですって!」


 俺はムッとしながらレヴィアを見た。この不思議ふしぎな金髪おかっぱの少女と共にこの星を導いていく――――その道のりは多難そうに思える。


 クスッと笑うヴィーナ。


「ふふっ、いいコンビじゃない。じゃぁ少しだけ手伝ってあげるわ」


 ヴィーナは琥珀色の瞳をキラリと光らせると、ターン!とパンプスのかかとで、フロアを鋭く打ち鳴らした。


 その瞬間、世界が変容を始める。


 フロアに浮かび上がる金色に輝く波紋――――。


 それは生命の息吹のように脈打みゃくうちながら、壁面を這い上がっていく。まるで天上の織物が巨大なホールを包み込むようだった。


 俺は思わず息を呑む。


 波紋は次第に天井へと集まり、やがて一点に収斂しゅうれんしていく。


 そして――――。


 突如、無数の黄金色の粒子が降り注ぎ始めた。それは星屑のようにきらめき、ホール全体を幻想的げんそうてきな光で満たしていく。まるで天上の世界の一片が、この場に顕現けんげんしたかのように――――。


「うわぁ! すごぉい!」


 ドロシーの感激が、黄金色の輝きの中に木霊こだまする。


 ヴィーナはニコッと微笑むと、優雅な仕草で扇子せんすを取り出した。その真紅の豪奢ごうしゃな扇面が、バッと開かれ、ブンと一振り――――。


 扇子が織りなす風は、たちまちホール全体を黄金色の粒子のうずで満たした。まるで冬の吹雪を金色に染め上げたかのような光景。


「うわぁ!」「キャ――――!」


 突然のまばゆい金色の旋風せんぷうに、俺たちは思わず目を閉じて身をかがめる。しかし、吹雪の中にいると不思議な温もりを感じた。まるで母なる大地の慈愛じあいに包まれているかのような感覚――――。


「きゃははは!」


 だが、シアンだけは、この壮大な神秘しんぴの渦中にあっても、無邪気な笑いを響かせていた。



       ◇



 黄金色の吹雪が次第に収まっていく――――。


「ふふっ、もういいわよ!」


 ヴィーナの声に導かれ、俺たちは恐る恐る目を開いた。


 巨人の姿は消え、宙を舞っていた女性たちが皆、フロアに降り立っている。彼女たちの瞳には、長い呪縛じゅばくから解き放たれた喜びの光が宿っていた。


「あ、あぁぁぁ……」「た、助かった……」「うわぁぁぁん!」


 彼女たちの声が響き渡る。それは単なる喜びの声ではない。魂の深部からき上がる解放の叫びだった。長きにわたるとらわれの時を経て、今、彼女たちは自分の人生を取り戻したのだ。


 喜び合う女性たちの姿に、思わず涙がにじむ。見れば、赤いリボンだけの簡素かんそなブラジャー姿だった少女も、友と抱擁ほうようを交わしながら涙を流している。


「良かった……」


 俺は涙をぬぐいながら静かにうなずいた。



        ◇



 ドロシーの目が、一人の女性を捉える。褐色かっしょくの肌にえるビキニアーマーを身にまとった彼女の姿は、まるで古の神話から抜け出してきたかのような威厳を放っていた――――。


 陽炎かげろうのように揺らめく黄金の光の中、引き締まった肢体にまとわれた銀の縁取ふちどりが施されたビキニアーマーは、まるで太陽をり込んだかのようにきらめき、戦士としての凛々りりしさを際立たせている。


 その端正たんせいな横顔に魅せられるように、ドロシーは一歩、また一歩と近づいていく。その足取りには、どこか躊躇ちゅうちょと期待が入り混じっていた。


「あのぅ……」


 おずおずと声をかけたドロシーに、褐色の乙女は不思議そうな表情で首をかしげる。


「どなた……ですか?」


 その問いかけに、ドロシーの胸が締め付けられる。しかし、彼女は強い思いを込めて言葉を紡いだ。


「覚えてないと思うのですが、実は私、あなたに助けられたんです。私だけでなく、あなたの勇気でみんなが救われました」


 その言葉と共に、ドロシーの頬を一筋の涙がつたう。それは彼女の想いの結晶けっしょうのように、清らかに輝いていた。


「え? 何のこと? ヌチ・ギの野郎はいつかぶっ飛ばしてやると思ってたけど、ずっと動けなかったのよ?」


 戦士の言葉には、屈辱くつじょくと怒りが混じっている。しかし、その強さこそが、かつてドロシーの筋書きに応えた心そのものだった。


 たった一人残された絶体絶命の瞬間、彼女がヌチ・ギを羽交い絞めにし、自らの命を顧みずに火山へ突っ込んでくれたからこそ今がある。


「その想いに……、助けられました……、うっうっうっ……」


 ドロシーの声がれる。これまでこらえていた感情が、大きな波となって押し寄せてきた。もはや言葉にならない感謝の想いが、涙となってあふれ出す。



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