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183. 新管理人

「そ、そうでしたか……」


 美奈先輩とは別人であればお目こぼしも厳しそうだという事実に、俺はついうつむいてしまった。


 しかし、その時――――。


「ふふっ」


 軽やかな笑い声と共に、ヴィーナの肢体が流れるように動き始めた。かろやかに左右に重心を移し、足先を優美ゆうびに伸ばす。肩から腕へと連綿れんめんと続く動きは、まるで風になびきぬのよう。


 ……え?


 それは、あの日の振り付けそのものだった。


 懐かしい記憶がよみがえる。俺も自然と体が動き出す。


 右に一歩、戻って左に一歩。腕が音楽のように流れる。


 ヴィーナも、まるで昨日まで一緒に踊っていたかのように完璧に合わせてくる。


 わぁ……。


 ドロシーはその見たこともない斬新なダンスに目を輝かせた。


 二人の動きが調和ちょうわを生み出す。手を回し、右足を出すと同時に左手を伸ばし、逆方向へと流れ、クルッと回って手を広げる。視線が交差する瞬間、時間が止まったかのように感じられた。


 俺は嬉しくなって両手を掲げる。そして――――ハイタッチ!


「覚えててくれたんですね」


 わずかに上がった息を整えながら問いかける。


「記憶と体験は共有してるのよ。それが長生きの秘訣だわ。ふふっ」


 ヴィーナは優しく微笑んだ。


 どうやら【分身】には単に複数の身体を持つ以上に深い意味が込められているらしい。金星で生まれ、百万年近い歳月を生きる者の人生とはどういうものか、俺には想像もつかない世界だった。


 振り向けばレヴィアは教室の後ろに立たされている生徒のように、口をとがらせて裁きを待っている。


 俺は深く息を吸い、覚悟を決め切り出した。鼓動が高鳴る。


「この星は、確かに今までは問題だらけでしたけど、これからは変わります。だからもう少し様子を見てて欲しいんです」


 ヴィーナの目を見据え、俺はしっかりと言い切った。レヴィアがビクッと身体を震わせる。


 ヴィーナの琥珀こはく色の瞳が、俺を射抜いぬくように見つめた。その視線には、百万年の時を超えた叡智えいちが宿っている。


 やがて、深い思索の色をにじませた目線を、ホールに浮かぶたくさんの女の子たちへと移すヴィーナ――――。


「ふぅん……、どうしようかねぇ……」


 ヴィーナのつぶやきに続く沈黙が、まるで永遠のように感じられた。俺の胃は締め付けられ、冷や汗が背筋をつたう。


「チャ、チャンスを下さい!」


 俺は渾身の力を込めて叫び、この星への想いと希望をこめ、深々と頭を下げる。


 すると、ドロシーが駆け寄ってきて、俺の隣で同じように頭を下げた。


「め、女神様……。どうかお願いします!」


 彼女の純真な心が、俺の想いを更に熱くする。


 ヴィーナは二人の姿を見つめ、その口元にかすかな笑みが浮かべた。その表情には、深い満足感がにじむ。


「期待以上だったわ」


 ……え?


 予想外の言葉に、俺は思わず首をかしげる。


「ヌチ・ギの件なんかとっくに知ってたわ。でも、どうしたらこの星が良くなるかいい案が出なくて困ってたのよ。ヌチ・ギを排除してもその先のイメージがわかなかったの」


 ヴィーナは肩をすくめる。


「し、知ってらっしゃったのですか!?」


 レヴィアの声が裏返る。


「あんた、女神をなめんじゃないわよ?」


 ヴィーナの眼差まなざしに、レヴィアは思わず身を縮める。


「し、失礼しました……」


「それで……。俺を送り込んだ……?」


「そうよ? 豊くんなら何かやってくれるんじゃないか……ってね?」


 俺は深いため息と共に首を振った。自分の人生が女神の筋書き通りだったという事実に、茫然ぼうぜんとする。


「でもまさかここまでやってくれちゃうとはね。ははっ」


 ヴィーナは苦笑する。


「じゃ、じゃぁ……」


「いいわよ? この星、盛り上げてくれるなら。必然的にヌチ・ギの後任はキミだけどね?」


 へ……?


 俺はその言葉の意味がすぐに分からなかった。


「『この星は変わります』ってあなたさっき啖呵切ったじゃない。ふふっ」


 女神の笑みには、どこか茶目ちゃめっ気が混じっている。


「いや、でも……」


「何? 嫌なの?」


 琥珀色に瞳をギロリと光らせるヴィーナ。


「嫌なんてそんな……。ただ……俺にできるのか……と?」


「やらないなら交渉決裂よ?」


 ヴィーナは俺の顔をのぞきこむ。


「マ、マジですか!?」


 やらねば何億人もの命と共に消し去られる。


 俺にやらないなんて選択肢はなかった――――。


「あーっ! いいじゃないか! な、ユータ! 新管理人就任おめでとう!」


 レヴィアは慌てて駆け寄り、俺の背中を力強く叩く。その手には、何としてもここで話をまとめたい必死さが表れていた。



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