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180. 失敗したお手玉

「おぉ!」「やったぁ!」「ついに解決じゃー!」


 歓喜の声を上げる俺たち。お手上げだった蜘蛛がいとも簡単に消えたのだ。その鮮やかな手腕に【宇宙最強】の意味が少し分かった気がした。恐るべき力を操る存在の本質を、垣間見た瞬間だった。


「後は回収して終了~!」


 ドヤ顔のシアンは手のひらをフニフニと不思議なリズムで動かし、ブラックホールを空間の裂け目へと誘導していく。


 俺はドロシーとハイタッチ。


「お主、良くやった!」


 レヴィアは力任せに俺の背中をパンパン!と叩いた。


 宇宙空間にほこりがブワッと舞う――――。


「ふぇっ……」


 シアンが変な声を出して止まった。その表情が、突如として固まる。


「ふぇ?」


 俺が不思議に思っていると、


「ヘーックショイ!」


 と、宇宙空間を震わせるほどの轟音ごうおんとなって派手なくしゃみを響き渡らせた。


 刹那、ブラックホールははじけ飛び、あっという間に地上へと落ちていく。


「ヤバっ! マズいマズいマズい……」


 シアンは慌てて制御を取り戻そうと手をワタワタと動かすが、失敗したお手玉のように捕まえられそうですり抜け、青い惑星めがけて真っ逆さまに落下していった。


「あーーーーっ!」「ひぇーーーー!」


 悲痛な叫び声が響く中、ブラックホールは熊本に着弾、あっという間に阿蘇山を吸い込み、九州を吸い込み、アジアを飲み込んでいく。まるで風船がしぼんでいくように地球そのものがどんどんと収縮しながら吸い込まれていく。


 あわわわわ……。ひぃぃぃ……。


 その様はまさに恐るべきこの世の終わりだった。深淵しんえんが、全てを呑み込んでいく。


 あっけない最悪の幕切れ……。俺は現実感が全く湧かず、まるでチープなSF映画を見せられてるかのようにただただ呆然ぼうぜんと立ち尽くした。目の前で繰り広げられる光景が、あまりにも突飛とっぴすぎて、心が追いつかない。


 必死に守り続けてきた星が、多くの命が、目の前ですべて漆黒の闇へと吸い込まれて行った――――。


「ありゃりゃ……」


 シアンは天を仰いで額に手を当てた。その仕草には、いたずらが過ぎてしまった子供のような後悔こうかいが滲んでいる。


 ブラックホールはどんどんと景気よく地球を吸い込み続け、程なく、全てのみ込み、残ったのは真っ黒な宇宙空間――――。


 星々の瞬きだけが、静かにこの途方もない破壊の証人となっている。


 みんな言葉を失った。守るべき地球が全部なくなってしまったのだ。街もみんなも全て消えてしまった。それは、あまりにも虚無きょむ的な光景だった。


「あ……あ……」「うわぁぁ……」


 俺もレヴィアもひざから崩れ落ちる。一瞬で全てが消えてしまった。あまりの事に言葉を失い、動けない。


「そ、そんな馬鹿なぁ……」


 宇宙最強と聞いた時の不安が的中してしまった。強すぎる者は往々にして雑なのである。


 ほうけていると、シアンが言った。


「ゴメン、ゴメン、今すぐ戻すからさ。失敗失敗、きゃははは!」


 楽しそうに笑うシアンに俺は唖然とした。


「え?」


 『戻す』とは一体どういうことだろうか?


「まさか……時間を戻せるんですか?」


 震える声で問いかける。その可能性に、僅かな光明を見出す。


「うん、いつのタイミングに戻そうか?」


 うれしそうに笑うシアン。その笑顔には、世界の理を超越した者の余裕よゆうが感じられた。


 俺は想像もしなかった提案に一瞬言葉を失う。


 時間を戻せる、それも好きな時間に戻せるという。どういうことなのだろうか……? その概念があまりにも途方とほうもなく、理解が追いつかない。


 さすが宇宙最強。その存在の前で、常識という概念が音を立てて崩れていくようだった。


 戻してもらえるなら蜘蛛を吸い込んだ直後――――。いやいや、蜘蛛が大きくなる前? 俺の頭の中で時間軸が錯綜する。そもそもヌチ・ギが悪さをする前まで戻れば……。いや、それは違う。ヌチ・ギに復活されればまた面倒なことになりそうだ……。


 選択肢は無限にある。しかし、どれもが完璧な解決策には思えない。俺は目を閉じ、これまでの出来事を必死で整理しようとする。一つ間違えば、全てが水の泡だ。


 そんな俺の煩悶はんもんを破るように、ドロシーの澄んだ声が響く。


「あのー……」


 その声に、全員の視線が集まる。


「何?」


 シアンは相変わらずたのしげな笑みを浮かべている。


「ヌチ・ギという悪い人がいてですね……」


 ドロシーの言葉に、レヴィアがあわてて身を乗り出す。


「な、何を言い出すんじゃ! そういうことは……」


 レヴィアの声には焦りと共に、何かを恐れるようなふるえが混じっている。しかし、シアンは穏やかな笑顔のまま、スッと手を伸ばし、静かにレヴィアを制止した。


「続けて……」


 くぅっ……。


 レヴィアの表情が強張こわばる。額ににじんだ冷や汗が、その懸念けねんの深さを物語っていた。


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