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174. おてんば娘?

 まぶしい光の洪水に襲われ、俺は思わず目をつむった。


 う、うぅ!


 手のひらで光を遮りながらゆっくりと目を開く。瞼の隙間かられる光が、徐々に視界を鮮明にしていく――――。


「こ、ここは……?」


 上質な木の香気こうきが漂う空間。きざみの深い木製キャビネットと落ち着いた色合いの机、青々とした観葉植物が清浄せいじょうな空気を醸し出している。大きな丸形照明からは温かな光が溢れ、まるで外資系金融のオフィスのような洗練せんれんされた空間だ。そして、その先にある大きな窓からは――――。


 へっ!?


 青空に向かってそびえ立つ、朱色の巨大な鉄塔。四角い展望台から流れる優美な曲線は、まさしく東京タワー。あの特徴的なシルエットを見間違えるはずがない。


「と、東京タワー! な、なんで!?」


 驚きの声を上げた瞬間、自分の声の異変に気付く。高く澄んだ声は、もはや人間のものではなかった。戸惑いに駆られて手を見下ろすと、そこには桜色の肉球が!


「な、な、な、なんだこりゃ!」


 慌てて手鏡に目を凝らす。映し出されたのは、まるでぬいぐるみのような柔らかな毛並みを持つ猫の姿。琥珀こはく色の瞳には縦長の瞳孔が浮かび、深いきらめきを湛えていた。


 自分の変貌に茫然ぼうぜんとしていると、部屋の奥から激しい声が響き渡る。


まこと! また、ポカやったわね!」


 振り向いた先には、懐かしい美奈先輩の姿。栗色くりいろの長い髪が優雅ゆうがに揺れ、その美しい横顔は凛然りんぜんとした気品を湛えている。あれから長い時を経たはずだが、ダンスサークル時代の輝きは失われていなかった。


 会議テーブルの向こうで、先輩は一人の男性に憤怒ふんぬの眼差しを向けていた。その男性は三十代半ばといったところか、えない風体ふうていで肩を落としていた。


「いや、ちょっと、誤解だって!」


「何が誤解よ!」


 美奈先輩は机上のティッシュ箱をつかむと、容赦なく男性の頭を叩き始めた。その仕草には、かつて部室で見せた奔放ほんぽうな青春の残り香が漂う。


「痛い、痛い、やめてー!」


 頭を抱えてテーブルに突っ伏す男性の姿は、まるで喜劇のワンシーンのような滑稽こっけいさだった。


 久しぶりに目にする先輩の溌剌とした姿に、懐かしさが込み上げてきて思わず笑みがこぼれる。


 しかし――――。


 あのおてんば娘がこの世界の創造神……。その事実は、俺の理解の範疇を超えていた。創造神とは、荘厳そうごんで近寄り難い存在であるはず。しかし目の前で繰り広げられる光景は、まるで学生時代の延長のような喧騒けんそうに満ちていた。


 俺がその矛盾に思いを巡らせていた時、耳に飛び込んできた言葉に全身が凍りつく。


「シャトル奪われて誰だかわからないって余程の間抜けだわよ!」


 美奈先輩の一喝に、俺の心臓が鼓動を高める。その言葉は、まるで罪を暴く審判しんばんの声のように胸に刺さった。


「いや、だってきれいさっぱりデータ消されてるんだよ?」


「誰が消したか調べればいいじゃない! あんたバカなの!?」


 美奈は怒りを募らせ、ティッシュボックスで男性の頭を乱打らんだする。その様子は学生時代と変わらない豪快ごうかいさだった。


「だから今それやってるんだよ!」


「そんなのちゃっちゃとやんなさいよ!」


「はいはい……」


 男性は渋々人差し指を空中でクルリと回し、空中に青く浮かび上がる画面を展開する。その指先には、疲れが滲んでいた。


(マズい……)


 奪われたシャトルとは、間違いなく俺たちの一件に違いない。レヴィアは痕跡を消したようだが、この世界の管理者たちの目をどこまで欺けるのか。不安が心の中で渦巻く。


 俺が冷や汗を流していると、一陣の春風のように、にこやかな女性が近づいてきた。


「みぃつけた!」


 水色みずいろの髪が陽光を受けてきらめき、デニムのオーバーオールは少年のような闊達かったつさを感じさせる。その下の白いシャツからは、豊満な膨らみが自然な弾力だんりょくを持って主張していた。


「あなたが豊さんね、僕はシアン、よろしくねっ!」


 そのうるわしい女性は、まるで子猫を抱くように俺を優しく抱き上げ、頬ずりをした。


 にょわぁぁぁ!


 頬ずりされる感触に、猫の本能としてのどを鳴らしそうになる。人としての意識と猫の感覚が混ざり合う不思議な感覚。この非現実的な状況に、夢か現かの境界が曖昧になっていく。


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