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92. お客様は神様

 パリーン!


 俺に触れた刀は体表を纏う魔力に耐えられず、刀身が粉々に砕け散る。陽の光を浴びてキラキラ輝きながら辺りに散らばっていく破片――――。


 は?


 武器を失い唖然とする男に、俺は瞬歩で迫った。


「武器屋は選ぼう!」


 俺はニヤッと笑いながら手の甲でパン! と、男の頭を小突いて意識を奪い、吹き飛ばす。


 と、同時に後ろから声が上がった。


「マジックキャノン!」


 振り向けば眩しく輝く魔法の球が吹っ飛んでくる。その輝きは、まるで小さな太陽のようだった。


 俺は手のひら全体に魔力を纏わせ、黄金色に輝かせると、その球を平手ではたき返す。


 ソイヤー!


 輝く球はそのまま、放った魔剣士に向かって一直線に光跡を描いた。 


「な、なぜだ!?」


 生まれて初めて魔法がはじかれる現場を見て、魔剣士は唖然としながら魔法をまともにくらった――――。


 ズン!


 激しい爆発が起こり、魔剣士は吹き飛んでいく。


 ぐはぁ!


 気絶し、もんどり打って転がっていく様は実に滑稽で、俺はクスッと笑ってしまった。


 あっという間に三人の男たちが戦闘不能になる。その光景は、まるで嵐が過ぎ去った後の惨状を思わせた。


 剣を構え皮鎧に身を包んだ四人目の男は、その圧倒的な力の差を唖然あぜんとして見つめていた。そして、首を振りながらゆっくりと剣をしまうと両手を上げる。実に賢明な判断だろう。


「あれ? かかってこないんですか?」


 俺はニッコリと話しかける。


「こんなの……勝負になりませんよ……。棄権します」


 ガックリとうなだれる男の声には、敗北の苦さと同時に、強者への敬意が込められていた。


 戦いが終わり、三人の男たちが転がる空き地に静寂が戻ってくる――――。


 俺は深く息を吐き、自分の力を改めて実感した。強すぎることは罪なことである。転がる男たちを見下ろしながら俺は静かに首を振った。



      ◇



「一体どうしてくれるんだ!? 試合ができないじゃないか!」


 受付の男性は頭を抱え、天をあおぐ。その声には、計画が狂った焦りと怒りが混ざっていた。


「ごめんなさい。今日は決勝だけやればいいじゃないですか」


 俺は頭をかきながら苦笑する。


 男は俺をキッとにらむ、その目には非難の色が浮かんでいた。


「もうっ! そんな簡単に……。くぁぁぁ……。大会委員長に報告しないと!」


 男は駆け出して行ったが、途中でクルッと振り返って俺を指差し、叫ぶ。


「決勝はちゃんと闘技場でやってくださいよ!」


 なんだか本気で怒っている。悪いことしてしまった。


「善処します」


 俺はペコリと頭を下げる。段取りをぶち壊したのは申し訳ないとは思うが、因縁つけてきたのはあいつらだし、俺のせいじゃないのでは? と釈然としない思いが残った。


「あの……武器屋のマスターですよね?」


 棄権した男性が話しかけてくる。まだ若いその声には、畏敬の念が滲んでいた。


 持っている武器を鑑定してみると、俺が仕込んだ各種ステータスアップが表示された。どうやらお客さんだったようだ。その事実に、ほっとするような温かさを感じた。


「そうです。ご利用ありがとうございます」


 俺は自然と腰が低くなる。お客様は神様です。


「そんなに強いのになぜ……、商人なんてやってるんですか?」


 瞳に敬意を浮かべながら、心底不思議そうに聞いてくる。


 彼は理想を超えた強さを俺の中に見出したようだが、そんなはるか高みにいる俺が商人なんてやっていることを、全く理解できない様子だった。


「うーん、私、のんびり暮らしたいんですよね。あまり戦闘とか向いてないので」


「向いてないって……、さっきの技を見るに勇者様より強いですよね? もしかして勝っちゃう……つもりですか?」


 男は心配そうに聞いてくる。


「勝ちますよ……、勇者にはちょっと因縁いんねんあるので」


 俺はニヤッと覚悟の笑みを浮かべた。


「えっ!? 商人が勇者様に勝っちゃったらマズいですよ! 捕まりますよ?」


「分かってます。残念ですが、貴族が支配するこの国では貴族に勝つのはタブーです。でもやらんとならんのです」


 俺は目をつぶり、グッとこぶしを握った。


 彼は俺のゆるぎない信念を悟ると、大きく息をつく。


「なるほど……。素晴らしい剣をありがとうございました。また、どこかでお会い出来たらその時は一杯おごらせてください」


 右手を差し出す男の仕草には、敬意と親愛の情が込められていた。


「ありがとうございます。こちらこそご愛用ありがとうございます」


 俺は固く握手をする。その瞬間、二人の間に不思議な絆が生まれたような気がした。


「ご武運をお祈りしています」


 彼は深々と頭を下げ、会場を後にする。最後にもう一度頭を下げるその姿には、俺への期待と応援の気持ちが込められているように見えた。


 静寂が戻ってきた空き地で、俺は深く息を吐く。これから始まる決戦への覚悟と、商人としての穏やかな日々への郷愁が胸の中で交錯した。


 俺は静かに目を閉じ、風が頬を撫でるのを感じていた。



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