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79. 宇宙からの声

 リリアンは一口エールをなめて――――。


「苦~い!」


 と、言いながら、俺の方を向いて渋い顔をする。


「高貴なお方のお口には合いませんね。残念ですわ」


 ドロシーがさりげなくジャブを打った。その声には、僅かな勝利感が滲んでいる。


 リリアンが恐ろしい形相でキッとドロシーをにらむ。


「あ、エールはワインと違ってですね、のど越しを楽しむものなんです」


 俺は慌てて仲裁に入った。王族とのトラブルなんて御免こうむりたい。


「どういうこと? ユータ?」


 リリアンの声に、興味が混じる。


「ゴクッと飲んだ瞬間に鼻に抜けるホップの香りを楽しむので、一度一気に飲んでみては?」


 俺の説明に、リリアンはジョッキをのぞきこむ。


「ふぅん……」


 リリアンは緊張した面持ちで、エールを一気にゴクリと飲んだ――――。


 あっ……。


 目を見開くリリアン。


「確かに美味しいかも……。さすがユータ! 頼りになるわぁ」


 俺にニッコリと笑いかけてくるリリアン。その完璧な笑顔に、俺は思わず心を奪われかける。


 しかし、ドロシーの表情は険しかった。


「そ、それは良かったです。で、今日のご用向きは?」


 俺はドロシーからの痛い視線から逃げるように、冷や汗を垂らしながら聞いた。


「そうそう、孤児院の助成倍増とリフォーム! 通してあげたわよ!」


 リリアンの声には、誇らしさが溢れている。


「え? 本当ですか!?」


 思わず俺の声が裏返った。


「あら、わたくしが嘘をつくとでも?」


 ドヤ顔のリリアン。


 俺はスクッと立ち上がるとジョッキを掲げた。


「リリアン姫の孤児院支援にカンパーイ!」


「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」


 四人の声が重なり、部屋中に温かな空気が広がる。


 ドロシーも孤児院の支援は嬉しかったらしく、素直に頭を下げた。


「王女様、ありがとうございます」


 その姿に、これまでの緊張が溶けていくのを感じる。


「ふふっ、Noblesse oblige(ノブレス・オブリージュ)よ、高貴な者には責務があるの」


 リリアンは得意げにそう言うとジョッキをグッとあおった。


「それでもありがたいです」


 俺も心からの感謝を込めて頭を下げた。これで後輩たちが冬の寒さやひもじさから解放されると思うと、胸が熱くなる。


「で、今日は何のお祝いなの?」


 リリアンは並んだ料理を見回しながら聞いた。


「お祝いというか、慰労会ですね」


「慰労?」


 リリアンの声には好奇心が滲んでいた。


「南の島で泳いで帰ってきて『お疲れ会』ですね。帰りにドラゴンに会ったり大変だったんです」


 ドロシーが丁寧に説明する。つい先ほどまでの険悪さ嘘のように感じられた。


「ちょ、ちょっと待って! ドラゴンに会ったの!?」


 ガタっと立ち上がり、目を丸くするリリアン。


「あれ、ドラゴンご存じですか?」


 俺の問いかけに、リリアンは急に真剣な表情になった。


「ご存じも何も、王家の守り神ですもの。おじい様、先代の王は友のように交流があったとも聞いるわ。私も会いたーい!」


 リリアンは手を組んで必死に頼んでくる。その姿は、王女というよりも、夢を追う少女のようだった。


「いやいや、レヴィア様はそんな気軽に呼べるような存在じゃないので……」


 俺は困惑しながら言葉を選んだ。


「えぇーーーーっ! リリアンのお願い聞けないの?」


 長いまつげに、透き通るような潤んだ瞳に見つめられて俺は困惑する。


『なんじゃ、呼んだか?』


 いきなり俺の頭に声が響いた。その声は、まるで遠い宇宙の彼方から届いたかのようだった。


「え? レヴィア様!?」


 俺は仰天した。名前を呼ぶだけで通話開始? ちょっとやり過ぎじゃないだろうか?


『もう会いたくなったか? 仕方ないのう』


 レヴィアの声には、どこか楽しそうな調子が混じっていた。


「いや、ちょっと、呼んだわけではなく……」


 と、話している間に、店内の空間がいきなりパリパリっと裂けた。


「キャハッ!」


 楽しそうに笑いながら金髪おかっぱの少女が全裸で現れる。唖然あぜんとするみんな。そのいきなりの登場は、まるで異世界からの来訪者である。


 あちゃ~……。


 なぜこんなに大物が次々と客に来るのか……。俺はちょっと気が遠くなった。この小さな店が、世界の中心になってしまったかのような錯覚に陥る。


 しかし、全裸はマズい。


「レヴィア様! 服! 服!」


 俺が焦ってみんなの視線をさえぎった。


「あ、忘れとったよ、てへ」


 そう言ってレヴィアはサリーを巻く。その仕草には、不思議な愛らしさが混じっていた。


「困りますよ。人前に出るときは服、人間界の基本ですよ」


 俺は諭したが、レヴィアはそんなこと全く聞いていない。


「おう、なんじゃ、楽しそうなことやっとるな。われも混ぜるのじゃ!」


 真紅の目を輝かせながら、子供のように無邪気にレヴィアは叫んだ。


 ツカツカとテーブルに近づくいたレヴィアは、エールの樽の上蓋うわぶたをパーン! と叩き割って取り外し、そのまま樽ごと飲み始めた。その豪快な姿に、誰もが息を呑む。


「あぁっ! 今晩の酒が……」


 俺は青くなって宙を仰いだ。



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