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74. 海王星の衝撃

「ありがとうございます。でも……ふとももを触らせるのはマズいですよ」


 俺は口をとがらせる。


「あれはお主の願望を発現させてやっただけじゃ」


「が、願望!?」


 俺の声が裏返り、顔が熱くなるのを感じる。


「さわさわしたかったんじゃろ?」


 無邪気に笑うレヴィア。その笑顔に、俺は言葉を失う。


「いや、まぁ……、そのぉ……」


「ふふっ、われにはお見通しなのじゃ」


 ドヤ顔のレヴィア。その表情に、俺は完全に降参だった。


「参りました……。で、おっしゃった正解とは、この世界も地球も全部コンピューターの作り出した世界ということなんですね?」


 俺は嫌な話題を変え、核心に切り込む。心臓が早鐘を打つのを感じながら。


「そうじゃ。海王星にあるコンピューターが、今この瞬間もこの世界と地球を動かしているのじゃ」


 レヴィアの言葉に、俺は息を呑む。その『正解』が、俺の心にのしかかってくる。


「か、海王星……?」


 いきなり開示された驚くべき事実に俺は頭の中が真っ白になる。具体的なコンピューター設備のこともこのドラゴンは知っているのだ。さらに、その設置場所がまた想像を絶する所だった。海王星というのは太陽系最果ての惑星。きわめて遠く、地球からは光の速度でも四時間はかかる。その遠さに、現実感がさらに薄れていく。


「か、海王星!? なんでそんなところに?」


 俺は唖然あぜんとした。声が震えるのを抑えられない。


「太陽系で一番冷たい所だったから……かのう? 知らんけど」


 レヴィアは興味なさげに適当に答える。その態度に、この壮大な真実がいかに彼女にとって些細なものかを感じる。


「では、今この瞬間も、私の身体もレヴィア様の身体も海王星で計算されて合成レンダリングされているってこと……なんですね?」


 レヴィアの言う通りなら自分はゲームのキャラ同然ということになる。自分の存在の根幹を問い直すような話に、胸が締め付けられる。


「そうじゃろうな。じゃが、それで困ることなんてあるんかの?」


 レヴィアはニヤッと笑い、俺の瞳をのぞきこむ。


「え!? こ、困ること……?」


 自分がゲームのキャラだったとして困ること……?


 俺は必死に考えた。世界がリアルでないと困ることなんてあるのだろうか? そもそも俺は生まれてからずっと仮想現実空間に住んでいたわけで、リアルな世界など知らないのだ。熱帯魚が群れ泳ぐ海を泳ぎ、雄大なマンタの舞を堪能し、ドロシーの綺麗な銀髪が風でキラキラと煌めくのを見て、手にしっとりとなじむ柔らかな肌を感じる……。この世界に不服なんて全くないのだ。さらに、俺は滅茶苦茶強くなったり空飛んだり、大変に楽しませてもらっている。むしろメリットだらけだろう。


 しかし、心の奥底で小さな不安がうごめく――――。


 世界の管理者に好き勝手されてしまうこと……は困るのではないだろうか?


 ヌチ・ギのような奴がのさばること、管理者側の無双はタチが悪い。その存在が、この完璧な世界に影を落としている。


「ヌチ・ギ……みたいな奴を止められないことくらいでしょうか……」


 俺は躊躇いがちに言葉を紡ぐ。


「あー、奴ね。あれは確かに困った存在じゃ……」


 レヴィアも腕を組んで首をひねる。


「レヴィア様のお力で何とかなりませんか?」


 俺は手を合わせ、頼み込む。ヌチ・ギの存在はいつか必ず面倒な事になる。それを解決できるのは同格のレヴィア以外には考えられなかった。


「それがなぁ……。奴とは相互不可侵条約を結んでいるんじゃ。何もできんのじゃよ」


 そう言って肩をすくめる。その言葉に、俺の心は沈む。


「女の子がどんどんと食い物にされているのは、この世界の運用上も問題だと思います」


 俺は必死に訴えた。


「まぁ……そうなんじゃが……。あ奴も昔はまじめにこの世界を変えていったんじゃ。魔法も魔物もダンジョンもあ奴の開発した物じゃ。それなりに良くできとるじゃろ?」


 なんと、魔法は彼の創造物だという。この精巧なシステムは確かに素晴らしいものではある。


「それは確かに……凄いですね」


 俺はその功績の大きさに、複雑な思いがする。


「最初は良かったんじゃ。街にも活気が出てな。じゃが、そのうち頭打ちになってしまってな。幾らいろんな機能を追加しても活気も増えなきゃ進歩もない社会になってしまったんじゃ」


「それで自暴自棄になって女の子漁りに走ってるって……ことですか?」


 天才開発者の挫折の成れの果てでの怪物化という経緯に、複雑な想いが混ざる。


「そうなんじゃ」


「でも、そんなの許されないですよね?」


 経緯はともあれ、俺としては何とか活路を見出したかった。


われもそうは思うんじゃが……」


 レヴィアの声には、無力感が滲む。


「私からヴィーナ様にお伝えしてもいいですか?」


 俺は最後の望みを女神に託そうと考えた。


 しかし、レヴィアは目をつぶり、静かに首を振る。


「お主……、ご学友だからと言ってあのお方を軽く見るでないぞ。こないだもある星がヴィーナ様によって消されたのじゃ」


 レヴィアの声には、これまでにない凄みがあった。


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