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73. 最強のデコピン

「ほう、うらやましいのう……。われも大学生とやらになるかのう……」


「え!?」


 こんな恐ろしげな巨体が『大学生をやりたい』というギャップに俺はつい驚いてしまった。


「なんじゃ? 何か文句でもあるのか?」


 ドラゴンはギョロリと真紅の目を向けてにらむ。その視線に、背筋が凍る思いがした。


「い、いや、大学生は人間でないと難しいかな……と」


 俺はブンブンと首を振り、慎重に言葉を選びながら答える。


「何じゃそんなことか」


 そう言うと、ドラゴンは『ボン!』と煙に包まれた――――。


 え……?


 俺は漂ってくる煙を手のひらではらいながら、渋い顔で後ずさる。


 すると、中から金髪でおカッパの可愛い少女が現れた。見た目中学生くらいだが、何も着ていない。彼女はふくらみはじめた綺麗な胸を隠す気もなく、胸を張っている。その姿に、俺は思わず目をらしてしまう。


 ただ、その真紅の瞳はドラゴンのそれだった。


「え? もしかして……レヴィア……様……ですか?」


 声が裏返るのを必死に抑える。


「そうじゃ、可愛いじゃろ?」


 そう言ってニッコリと笑う。いわゆる人化の術という奴のようだ。その笑顔には、どこか無邪気むじゃきさが残っている。


「あの……服を……着ていただけませんか? ちょっと、目のやり場に困るので……」


 俺が目を背けながらそう言うと、


「ふふっ、われ肢体したいに欲情しおったな! キャハッ!」


 そう言いながら腕を持ち上げ、斜めに構えてモデルのようなポーズを決めるレヴィア。その仕草に、年齢不相応なあでやかさを感じる。


「いや、私は幼児体形は守備範囲外なので……」


 俺はつい本音を漏らしてしまう。


 は……?


 レヴィアから少女とは思えない重く低い声が響く。


 バキッ!


 刹那、レヴィアの足元の大理石が砕けてヒビが広がった――――。


 え……?


 レヴィアは顔を真っ赤にし、目に涙を浮かべ、細かく震えだした。その表情の変化に、俺は言葉を失う。


 逆鱗に触れてしまったようだ。ヤバい……。冷や汗が背中を伝う。


「あ、いや、そのぉ……」


 俺はしどろもどろになっていると――――。


「バカちんがー!!」


 レヴィアは叫びながら瞬歩で俺に迫り、デコピンを一発かました。その素早い動きは、とても人間の目では追えない。


 バチィィィン!!


「ぐわぁぁ!」


 俺はレベル千もあるのにデコピンをかわすことも出来ず、まともにくらって吹き飛ばされた。頭蓋骨が砕けるかと思うほどの衝撃に激痛が走る。


 HPを見れば半分以上持っていかれた。もう一発食らったら即死である。何というデコピン……。ドラゴンの破壊力は反則級だ。


 床に転がりながら、俺は自分の不用意な言動を後悔した。神格を持つ存在を怒らせてしまったことの重大さが、身に染みて分かる。


 くぅぅぅ……。


 俺は痛みに耐えつつ、ゆっくりと体を起こした――――。


「乙女の美しい身体を『幼児体形』とは不遜ふそんな! この無礼者が!!」


 レヴィアはプンプンと怒っている。その怒りは、まるで嵐のように部屋中に渦巻いていた。


「失言でした、失礼いたしました……」


 俺はおでこをさすりながら立ち上がる。頭がズキズキと痛んだ。


「そうじゃ! メッチャ失言じゃ!」


 レヴィアの叫び声が神殿中に響き渡る。


「レヴィア様に欲情してしまわぬよう、極端な表現をしてしまいました。申し訳ございません」


 俺は必死に言い訳をする。冷や汗が背中を伝った。


「ん……? もう一度言うてみぃ」


「え? レヴィア様に魅了されないように……」


「そうかそうか、なーるほど、なるほど。それじゃ仕方ない、キャハハハ! 服でも着てやろう」


 レヴィアは機嫌を直すと、サリーのような布を巻き付ける簡単な服を、するするっと身にまとった。それでも横からのぞいたら胸は見えてしまいそうではあるが……。


「これでどうじゃ?」


 ドヤ顔のレヴィア。その表情には、少女特有の無邪気むじゃきさが混じっている。四千年生きてきたという話はどうなったのだろう?


「ありがとうございます。お美しいです」


 俺はそう言って頭を下げた。心の中では安堵のため息をつく。


 実際、彼女は美しかった。整った目鼻立ちにボーイッシュな笑顔、もう少し成長したらきっと相当な美人に育つに違いなかった。その姿は、まるで妖精のように神秘的だ。


「そうじゃろう、そうじゃろう、キャハッ!」


 『キャハッ!』? 俺はこの独特の笑い方に心当たりがあった。夢の中のドロシーが同じ笑い方をしていたのだ。その瞬間、記憶がよみがえる。


「もしかして……夢の中で話されてたのはレヴィア様でしたか?」


「ふふん、つまらぬことに悩んでるから正解を教えてやったのじゃ」


 レヴィアは得意げに胸を張った。



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