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72. パトカーに続け

 ひぃぃぃ!


 あまりの恐ろしさにドロシーは失神してしまった。


『おい小僧! 誰の許しを得て飛んでおるのじゃ?』


 頭に直接ドラゴンの言葉が飛んでくる。その声は雷鳴のように脳内に響き渡った。


「す、すみません。まさかドラゴン様の縄張りとは知らず、ご無礼をいたしました……」


 俺は必死に謝る。冷や汗が背中を伝った。


 ドラゴンは口を開いて鋭い牙を光らせる。


『ついて来い! 逃げようとしたら……殺す!』


 ドラゴンはゆったりと西の方へと旋回していく。


 俺も渋々ついていった。この感覚は……そうだ、スピード違反してパトカーにつかまった時の感覚に似ている。やっちまった――――。


 この世界で初めて出会った超常の存在、ドラゴン。その雄大な翼の羽ばたきは、とても優雅で荘厳である。


 殺すつもりならとっくに殺されているだろう。であれば、何とか申し開きをして無事に帰してもらう道を探すしかない。


 俺は渋い顔でカヌーを操作しながら遅れないようにドラゴンの後を追う。ただ、心のどこかで、この世界の真実に少しでも近づける機会なのではないかという好奇心がうずいていた。



         ◇



 ドラゴンは宮崎の霧島にある火山に近づくと、高度を下げていった。その巨体が雲を切り裂くように進む様は、まさに空の支配者である。


 どこへ行くのかと思ったら噴火口の中へと降りていく。ちょっとビビっていると、噴火口の内側の崖に巨大な洞窟がポッカリと開いた。その巨大な入り口は、まるで別世界への門のように見える――――。


 ドラゴンはそのまま滑るように洞窟へと入っていく。俺も渋々後を追った。心臓が早鐘を打つのを感じる。


 洞窟の中は神殿のようになっており、大理石でできた白く広大なホールがあった。その壮麗さに、思わず息を呑む。周囲の壁には精緻な彫刻が施されており、たくさんの魔法のランプが美しく彩っている。それぞれの彫刻が物語を語りかけてくるかのようだ。なるほどドラゴンの居城にふさわしい荘厳なたたずまいだった。


 これからどんな話になるのだろうか……、俺は胃がキュッと痛くなりながらカヌーを静かに止めた。まだ気を失っているドロシーにそっと俺の上着をかぶせ、その頬に優しく触れる――――。


 「ちょっと待ってて……」


 俺は小さくつぶやくと、トボトボとドラゴンの元へと歩いた。足が震えるのを必死に抑える。


 ドラゴンは全長三十メートルはあろうかという巨体で、全身は厳ついウロコでおおわれ、まさに生物の頂点であった。高い所から真紅の目を光らせ、俺をにらんでいる。その眼差しに、圧倒されてしまう。


「す、素晴らしいお住まいですね!」


 俺は何とかヨイショから切り出した。声が震えないよう必死に努める。


「ほほう、おぬしにこの良さが分かるか」


 ドラゴンの声は低く、しかし力強く響く。


「周りの彫刻が実に見事です。まるで壮大な宮殿のようです」


 俺は真剣に彫刻を見つめ、感想を述べた。


「これは過去にあった出来事を記録した物じゃ。およそ四千年前から記録されておる」


 その言葉に、俺は驚きを隠せない。


「え? 四千年前からこちらにお住まいですか?」


「ま、そうなるかのう」


 ドラゴンは何か懐かしむような表情を浮かべた。


 俺は大きく深呼吸をすると、深々と頭を下げる。


「この度はご無礼をいたしまして、申し訳ありませんでした」


 額から冷や汗が流れた。


「お前、いきなり轟音上げながらぶっ飛んでいくとは、失礼じゃろ?」


「まさかドラゴン様のお住まいがあるなど、知らなかったものですから……」


 言い訳のように言葉を絞り出す。


「知らなければ許されるわけでもなかろう!」


 ドラゴンの怒声が神殿中に響き渡り、ビリビリと体が振動する。マズい、極めてマズい……。


 ドラゴンを怒らせた者の末路がどうなるかなんて知らない。なんと言えばいいのか分からず、頭が真っ白になってしまった――――。


「……んん? お主、ヴィーナ様の縁者か?」


 ドラゴンは首を下げてきて、俺のすぐそばで大きな目をギョロリと動かした。その目は、まるで俺の魂を見透かすかのようだ。


 冷や汗が流れ、喉がカラカラになる。


「あ、ヴィ、ヴィーナ様にこちらの世界へと転生させてもらいました」


 やっとのことで言葉を絞り出す。


「ほう、そうかそうか……、まぁヴィーナ様の縁者となれば……無碍むげにもできんか……」


 そう言って、また首を持ち上げていくドラゴン。その表情が少しばかり和らいだように見える。


 俺は小さく息をつく。ヴィーナ様の名前が、この危機を救ってくれたようだ。


「ヴィーナ様は確か日本で大学生をやられていましたよね?」


 俺は緊張を紛らわすように尋ねた。その瞬間、ドラゴンの瞳がキュッと絞られ、懐かしそうにとおくを見つめる。


「ヴィーナ様はいろいろやられるお方でなぁ、確かに大学生をやられていたのう。その時代のご学友……という訳じゃな……」


 その声には、何か切ないものが混じっているように感じた。


「はい、一緒に楽しく過ごさせてもらいました」


 ダンスサークルで一緒に踊った、あの頃の楽しい記憶が駆け巡る。今思えば、あれが前世での自分の絶頂期だった――――。


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