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71. ダンスサークルの姫

 先輩は白く透き通る肌で整った目鼻立ち……、琥珀こはく色の瞳が魅惑的なサークルの人気者……というか、姫だった。サークルのみんなから『美奈ちゃん』って呼ばれていて、その笑顔はまるで太陽のようにいつも周りを明るく照らしていた。


 ただ、あのダンスの上手い姫がこの世界の根幹に関わっている、なんてことはあるのだろうか……? どう見てもただの女子大生だったのだが……。美奈先輩は今、何をやっているのだろう……。


 ん? 『美奈』?


 俺は何かが引っかかった。頭の中で歯車が回り始める。


 『美奈』……、『美奈』……、音読みだと……『ビナ』!?


 そのままじゃないか! やっぱり彼女がヴィーナ、この世界の根底に関わる女神様だったのだ。そのひらめきに、俺は思わずパンとひざを叩き、立ち上がってしまった。


 確かにあの美しさは神がかっているなぁとは思っていたのだ。でもまさか本当に女神様だったとは……。俺は何としてでももう一度先輩に会わねばと思った。その決意が、全身にたぎるのを感じる。


「ユータ? どうしたの? 急に立ち上がって」


 戻ってきたドロシーの声に、我に返る。


「あ、ごめん。ちょっと思い出しちゃって……」


「もしかして、また変な夢?」


 ドロシーの目が細くなる。その表情に、少し罪悪感ざいあくかんを覚える。


「いや、そうじゃなくて……昔の知り合いのことを思い出したんだ。その人に会えたら、もしかしたらこの世界のことがもっと分かるかもしれない」


「へぇ、そうなの? その人、どんな人なの?」


 ドロシーの目が好奇心で輝く。その純粋な興味に、俺は少し躊躇する。


「それが……。えーと……、俺の先輩でダンスの上手い……女神様?」


「え? 女神様!?」


 ドロシーはポカンと口を開け、首をひねった。


 俺はしまったと思った。前世のダンスサークルの先輩がこの世界を創った女神様だなんて言ったら、頭オカシイと思われるに決まっているのだ。


「あ、いやいや、女神様に似た人……だよ」


「ふぅん……。綺麗な人?」


 ドロシーはジト目で俺を見る。


「あ、いや、まぁ、そのうちにドロシーにも会わせるよ。はははは……」


 俺はしどろもどろになりながらごまかすかなかった。



        ◇



 食後にもう一度海を遊泳し、サンゴ礁と熱帯魚を満喫した後、俺たちは帰路についた。ドロシーの頬には幸せそうな心地よい疲労感が映っている。


 帰りは偏西風に乗るので行きよりはスピードが出る。雲を切り裂くように飛ぶカヌーに、ドロシーは時折歓声を上げた。


 鹿児島が見えてきた頃、ドロシーが突然身を乗り出して叫んだ。


「あれ? 何かが飛んでるわよ! ユータ、見て!」


「え? 何? 鳥?」


 見るとポツポツと浮かぶ雲の間を、巨大な何かが羽を広げて飛んでいるのが見えた。その姿は、黄金の光を帯びて輝いている。


 鑑定をしてみると――――。


レヴィア レア度:---

神代真龍 レベル:???


「龍!? やばい! ドラゴンだ!」


 俺は真っ青になった。背筋に冷たいものが走る。


 レア度もレベルも表示されないというのは、そういう概念を超越した存在、この世界の根幹にかかわる存在ということだ。ヌチ・ギと同じクラスだろう、俺では到底勝ち目がない。逃げるしかない。


 俺は急いでかじを切り、全力でカヌーを加速した――――。


 ギシギシとカヌーは今までになくきしみ、今にも壊れそうな音を立てる。


「きゃぁ! ユータ、何があったの?」


 ドロシーが俺にしがみつく。その手が震えているのを感じる。


 しかし、答える余裕がない。俺は必死に全魔力をカヌーの加速に流していく。


 ぬぉぉぉぉ!!


 直後、いきなり暗くなった――――。


 え……?


 慌てて上を向くと、なんと巨大な翼が太陽を遮り、ゆったりとはばたいているではないか。


「ひぃぃぃぃ! ドラゴンだぁぁぁ!」


 巨大なウロコに覆われた前足の鋭いカギ爪が、にぎにぎと獲物を狙うように不気味に動くのが目前に見える。その爪は、まるで刀剣のように鋭く輝いた。


 さっきまで何キロも離れた所を飛んでいたドラゴンがもう追いついている。その異次元の速さに、絶望が込み上げる。


 逃げられない――――。


 これがドラゴンというものらしい。常識の通じない超常の存在に、俺は観念せざるを得なかった。


「いやぁぁぁ! ユータぁ!」


 ドロシーは叫び、俺にしがみついてくる。しかし、さすがの俺でもこんな伝説上の生物にはなすすべがない。


 やがてドラゴンは横にやってきて、三メートルはあろうかと言う巨大ないかつい顔を俺の真横に寄せ、ばかでかい真紅の燃えるような瞳でこちらをにらむ。その眼差しには、人智を超えた圧倒的な迫力が宿っていた。


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