「え!? すごい!」
コバルトブルーの小魚が群れ、真っ赤な小魚たちが目の前を横切っていく……。まるで色とりどりの宝石が舞っているかのような光景だ。
「すごーい! これが海の中!? 夢みたい……」
瞳をキラキラさせ、ドロシーの声が弾む。
「さ、沖へ行くよ。もっと素晴らしい景色を見せてあげる」
俺はドロシーの手をつかみ、魔法を使って沖へと引っ張っていった。二人の体はまるで魚のように水中をスイスイと進んでいく。
サンゴ
透明度は四十メートルはあるだろうか、どこまでも澄みとおる海はまるで空を飛んでいるような錯覚すら覚える。太陽の光は海面でゆらゆらと揺れ、まるで演出された照明のようにキラキラとサンゴ礁を彩った。その光景は、まさに海底の楽園そのものだ。
「ユータ、なんて素敵なのかしら……。こんな世界が存在するなんて……」
ドロシーはウットリと辺りを見回した。
「素晴らしいよね……」
彼女の笑顔を見ていると、俺は自分の心も軽くなっていくのを感じる。
「ねえ、ユータ。あれは何?」
ドロシーが指さす先には、大きなウミガメがゆっくりと泳いでいた。
「ウミガメだよ。何百年も生きる海の賢者さ」
「わぁ、すごい! 近づいてみてもいい?」
「もちろん。でも優しくね」
二人でゆっくりとウミガメに近づく。そのゆったりとした泳ぎに、悠久の時の流れを感じた。
◇
さらに沖に行くと、大きなサンゴ礁が徐々に姿を現す。その特徴的な形は忘れもしない俺の思い出のスポットだった。海底からキノコのようにせり上がる複雑に入り組んだ形、色とりどりのサンゴが作り出す幻想的な風景。それは、まるで海底の秘密の庭園のようだ。
俺はそのサンゴ礁につかまると、期待に胸を膨らませて言った。
「ここでちょっと待ってみよう。素晴らしいものが見られるかもしれない」
「え? 何を? もっと素敵なものがあるの?」
ドロシーの目が好奇心で輝く。
「それは……お楽しみ! きっと驚くよ。ふふっ」
俺は微笑みながら答えた。
「へぇー、何だろう……?」
ドロシーはワクワクしながら辺りを見回す。
しばらく俺も辺りの様子を注意深く見回していく――――。
ドロシーはサンゴ礁にカラフルなウミウシを見つけ、
「あら! かわいい! これなに? 宝石みたい」
と、喜んでいる。その無邪気な様子に、俺の心も和んでいく。
ほどなくして、遠くの方で影が動いた。俺の心臓が高鳴る。
「ドロシー、来たぞ! あれを見て!」
それは徐々に近づいてきて姿をあらわにした。巨大なヒレで飛ぶように羽ばたきながらやってきたのはマンタだった。体長は五メートルくらいだろうか、その雄大な姿は感動すら覚える。
「キャーーーー! あれ、なに? すごく大きい!」
いきなりやってきた巨体にビビるドロシー。
「大丈夫、人は襲わないから。マンタっていう魚だよ。海の天使とも呼ばれてる」
俺は優しく説明した。
優雅に遊泳するマンタは俺たちの前でいきなり急上昇し、真っ白なお腹を見せて一回転してくれる。まるでバレリーナのような優美さだ。
「うわぁ! すごぉい! ユータ、見て! 踊ってるみたい!」
巨体の優雅な舞にドロシーも思わず見入ってしまう。その目は驚きと喜びで輝いていた。
ただ、俺はその舞を見ながら気分は暗く沈んだ。このスポットは前世で俺が遊泳していてたまたま見つけたマンタ・スポットなのだ。広大な海の中でマンタに会うのはとても難しい。でも、なぜか、このスポットにはマンタが立ち寄るのだ。そして、地球で見つけたこのスポットがこの世界でも存在しているということは、この世界が単なる地球のコピーではないということも意味していた。地形をコピーし、サンゴ礁をコピーすることはできても、マンタの詳細な生態まで調べてコピーするようなことは現実的ではない。
俺はこの世界は地球をコピーして作ったのかと思っていたのだが、ここまで同一であるならば、同時期に全く同じように作られたと考えた方が自然だ。であるならば、地球も仮想現実空間であり、リアルな世界ではなかったということになる。そして、この世界で魔法が使えるということは地球でも使えたということかもしれない。俺の知らない所で日本でも魔法使いが暗躍していたのかも……。
しかし……。こんな精緻な仮想現実空間を作れるコンピューターシステムなど理論的には作れない。一体どうなっているのか……。俺の頭の中で疑問が渦巻く。
「ねえ、ユータ。見て! もう一匹来たわ!」
ドロシーの声に我に返る。
「えっ!? あっ、本当だ!」
もう一頭マンタが現れて、二頭は仲睦まじくお互いを回り合い、そして一緒に沖へと消えていった。その光景は、まるで永遠の愛を誓い合う二人の恋人のようだ。
「素敵だわ…… ユータ、ありがとう。こんな素敵な光景を見せてくれて」
ドロシーの声には感動が溢れている。
俺はサムアップすると、そっとドロシーの肩を抱き寄せた。
しかし、俺の心は世界の謎にとらわれたままである。
消えていったマンタの方をいつまでも眺め、不可解なこの世界の在り方に首をかしげた。