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60. 朱色に輝ける舟

「断れなかったの?」


 ドロシーは眉をひそめる。


「ドロシーの安全にもかかわることなんだ、仕方ないんだよ」


 俺はそう言って、諭すようにドロシーの目を見た。


 ハッとするドロシー。


「ご、ごめんなさい……」


 うつむいて、か細い声を出すその姿に、胸が痛んだ。


「いやいや、ドロシーが謝るようなことじゃないよ!」


 ちょっと言い方を間違えてしまったかもしれない。


「私……ユータの足引っ張ってばかりだわ……」


「そんなことないよ、俺はドロシーにいっぱい、いっぱい助けられているんだから」


 なんとかフォローしようとしたが、ドロシーの目には涙があふれてくる。


「うぅぅ……どうしよう……」


 ポトリと涙が落ち、その一滴にドロシーの心の重みを感じた。


「ドロシー落ち着いて……」


 俺はゆっくりドロシーをハグした。どうしようもない震えが伝わってくる――――。


「ごめんなさい……うっうっうっ……」


 嗚咽する背中を俺は優しくトントンと叩いた。


「ドロシー、あのな……」


 俺は自分のことを少し話そうと思った。これは長い間隠してきた真実を明かす時なのかもしれない。


「俺、実はすっごく強いんだ」


 俺はドロシーの瞳をまっすぐに見た。


「……?」


「だから、勇者と戦っても、王様が怒っても、死んだりすることはないんだ」


「え……?」


 いきなりのカミングアウトに、ドロシーは理解できてない様子だった。その表情に、戸惑いと混乱が見える。


「……、本当……?」


 ドロシーは涙でいっぱいにした目で俺を見つめた。


「本当さ、安心してていいよ」


 俺はそう言って優しく髪をなでる。


「でも……、ユータが戦った話なんて聞いたことないわよ、私……」


「この前、勇者にムチ打たれても平気だったろ?」


 俺はニヤッと笑った。


「あれは魔法の服だって……」


「そんな物ないよ。あれは方便だ。勇者の攻撃なんていくら食らっても俺には全く効かないんだ」


 俺は笑顔で肩をすくめる。


「えっ!? それじゃあ勇者様より強い……ってこと?」


「そりゃもう圧倒的ね」


 俺はドヤ顔で笑った。


「う……、うそ……」


 ドロシーは唖然あぜんとして口を開けたまま言葉を失っている。その表情に、俺はついクスッと笑ってしまう。


 人族最強の名をほしいままにする勇者。それより強いというのはもはやドロシーの想像を超えてしまっていた。


「あ、今日はもう店閉めて海にでも行こうか? なんか仕事する気にならないし……」


 俺はニッコリと笑って提案する。


 ドロシーは呆然ぼうぜんとしたまま、ゆっくりとうなずいた。



         ◇



 俺はランチをバスケットに詰め込み、ドロシーには水着に着替えてもらう。


 短パンに黒いTシャツ姿になったドロシーに、俺は日焼け止めを塗った――――。


 白いすべすべの素肌はしっとりと手になじむほど柔らかく、温かかった。その感触に、俺は思わずドキリとする。


「で、どうやって行くの?」


 ドロシーがウキウキしながら聞いてくる。


「裏の空き地から行きまーす」


 少し悪戯っぽく言いながら裏口を指さす。


 え……?


 ドロシーは何を言っているのか分からずに、けげんそうな顔で小首をかしげた。



       ◇



 俺は空き地のすみに置いてあったカヌーのカバーをはがした。朝露に濡れたカバーの感触が、これから始まる冒険を予感させる。


「この、カヌーで行きまーす!」


 買ってきたばかりのピカピカのカヌー。朱色に塗られた船体にはまだ傷一つついていない。その艶やかな色が、二人の気分を盛り上げる。


「うわぁ! 綺麗! ……。でも……、ここから川まで遠いわよ?」


 どういうことか理解できないドロシー。その困惑こんわくした表情に、俺は笑みをこぼす。


 俺は荷物をカヌーにドサッと乗せ、前方に乗り込むと、


「いいから、いいから、はい乗った乗った!」


 と、後ろのシートをパンパンと叩いた。


 首をかしげながら乗り込むドロシー。


 俺は怪訝けげんそうな顔のドロシーを見ながらCAの口調で言った。


「本日は『星多き空』特別カヌーへご乗船ありがとうございます。これより当カヌーは離陸いたします。しっかりとシートベルトを締め、前の人につかまってくださ~い」


「シートベルトって?」


「あー、そこのヒモのベルトを腰に回してカチッとはめて」


「あ、はいはい」


 器用にベルトを締めるドロシー。その真剣な表情に、俺はつい微笑んでしまう。


「しっかりとつかまっててよ!」


「分かったわ!」


 ドロシーは俺にギュッとしがみついた。ふくよかな胸がムニュッと押し当てられ、その感触に俺は思わず顔が熱くなるのを感じた。


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