「うーん……」
リリアンは腕を組んでしばらく考え込む。
「分かったわ、こうしましょう。あなた勇者ぶっ飛ばしたいでしょ? 私もそうなの。舞台を整えるから、ぶっ飛ばしてくれないかしら?」
どうやら俺が勇者と揉めていることはすでに調査済みのようだ。
「なぜ……、王女様が勇者をぶっ飛ばしたいのですか?」
俺の声には、好奇心と警戒心が混じっていた。
「あいつキモいくせに結婚迫ってくるのよ。パパも勇者と血縁関係持ちたくて結婚させようとしてくるの。もう本当に最悪。もし、あなたが勇者ぶっ飛ばしてくれたら結婚話は流れると思うのよね。『弱い人と結婚なんてできません!』って言えるから」
リリアンの言葉に、俺は思わず同情してしまう。あんな奴と結婚させられたらたまったものではない。
「そういうのであればご協力できるかと。もちろん、孤児院の助成強化はお願いしますよ」
俺はニコッと笑う。行方も知れない勇者と対決できる機会を用意してくれて、孤児院の支援もできるなら断る理由はない。
「うふふ、ありがと! 来月にね、武闘会があるの。私、そこでの優勝者と結婚するように仕組まれてるんだけど、決勝で勇者ぶちのめしてくれる? もちろんシード権も設定させるわ」
リリアンは嬉しそうにキラキラとした目で俺を見る。長いまつげにクリッとした琥珀色の瞳。さすが王女様、美しい。その美貌に、一瞬我を忘れそうになる。
「わ、分かりました。孤児院の助成倍増、建物のリフォームをお約束していただけるなら参加しましょう」
「やったぁ!」
リリアンは両手でこぶしを握り、可愛いガッツポーズをする。その仕草に、思わず微笑んでしまう。
「でも、手加減できないので勇者を殺しちゃうかもしれませんよ?」
俺の言葉に、一瞬空気が凍りつく。
「武闘会なのだから偶発的に死んじゃうのは……仕方ないわ。ただ、とどめを刺すようなことは止めてね」
リリアンの声には、微かな緊張が滲んでいた。
「心がけます」
俺はニヤッと笑う。懸案が一つ解決しそうなことに、胸の重荷がすぅっと晴れていくのを感じた。
「良かった! これであんな奴と結婚しなくてよくなるわ! ありがとう!」
いきなり俺にハグをしてくるリリアン。ブワっとベルガモットの香りに包まれて、俺は面食らった。
うほぉ……。
トントントン……。
と、その時、ドロシーが二階から降りてくる。なんと間の悪い……。俺の心臓が、一瞬止まったかのように感じた。
絶世の美女と抱き合っている俺を見て、固まるドロシー。その表情に、言いようのない痛みを感じる。
「ど、どなた?」
ドロシーの周りに闇のオーラが湧くように見えた。その闇が、この場の空気を一変させる。
「あら、助けてもらってた孤児の人ね。あなたにはユータはもったいない……かも……ね」
リリアンはドロシーを舐めるように見回した。
俺は慌ててリリアンを引きはがす。
「ち、違うんだドロシー……」
しかし、ドロシーは鋭い視線でリリアンをにらむ。
「そ、それはどういう……」
ドロシーの声が震えている。
「ふふっ! 冗談よ! じゃ、ユータ、詳細はまた後でね!」
リリアンは俺にウインクして、出口へとカツカツと歩き出した。その足音が、妙に高く響く。
リリアンは出口でクルッと振り返り、ドロシーをキッとにらむ。
「やっぱり、冗談じゃない……かも」
「なんですって……?」
激しい火花を散らす二人。その瞬間、空気が張り詰める。
俺はいきなりやってきた修羅場にオロオロするばかりだった。
リリアンはニヤッと笑うと、
「バトラー、帰るわよ!」
と、颯爽と去っていった。
扉が閉まり、静寂が訪れる――――。
「ドロシー、これは……」
俺は冷や汗を流しながら説明をしようとしたが……。
「あの人、なんなの!?」
ドロシーはひどく腹を立てて俺をにらむ。その瞳に、怒りだけでなく不安も渦巻いているのが見てとれた。
「お、王女様だよ。この国のお姫様」
俺は肩をすくめて答える。
「お、お、王女様!?」
目を真ん丸くしてビックリするドロシー。この国の特権階級のトップの一族、雲の上の人であることにドロシーは固まってしまう。
「なんだか武闘会に出て欲しいんだって」
「で、出るって言っちゃったの!?」
「なりゆきでね……」
俺の言葉に、ドロシーの顔が青ざめていく。
「そんな……、出たら殺されちゃうかもしれないのよ!」
この世界の武闘会は、地球で行われているような安全を確保したような大会ではなく、実質は殺し合いなのだ。毎回多くの死傷者がでて、観客もそれに興奮して盛り上がるという実に野蛮な大会だった。
「そこは大丈夫なんだ。ただ……、ちょっと揉めちゃうかもなぁ……」
俺は公開の場で勇者を叩きのめすリスクにちょっと気が重くなる。移住を含めた万全な対策を施したうえで挑まねばならいだろう。
俺は深いため息をついた。