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59. 可愛いガッツポーズ

「うーん……」


 リリアンは腕を組んでしばらく考え込む。


「分かったわ、こうしましょう。あなた勇者ぶっ飛ばしたいでしょ? 私もそうなの。舞台を整えるから、ぶっ飛ばしてくれないかしら?」


 どうやら俺が勇者と揉めていることはすでに調査済みのようだ。


「なぜ……、王女様が勇者をぶっ飛ばしたいのですか?」


 俺の声には、好奇心と警戒心が混じっていた。


「あいつキモいくせに結婚迫ってくるのよ。パパも勇者と血縁関係持ちたくて結婚させようとしてくるの。もう本当に最悪。もし、あなたが勇者ぶっ飛ばしてくれたら結婚話は流れると思うのよね。『弱い人と結婚なんてできません!』って言えるから」


 リリアンの言葉に、俺は思わず同情してしまう。あんな奴と結婚させられたらたまったものではない。


「そういうのであればご協力できるかと。もちろん、孤児院の助成強化はお願いしますよ」


 俺はニコッと笑う。行方も知れない勇者と対決できる機会を用意してくれて、孤児院の支援もできるなら断る理由はない。


「うふふ、ありがと! 来月にね、武闘会があるの。私、そこでの優勝者と結婚するように仕組まれてるんだけど、決勝で勇者ぶちのめしてくれる? もちろんシード権も設定させるわ」


 リリアンは嬉しそうにキラキラとした目で俺を見る。長いまつげにクリッとした琥珀色の瞳。さすが王女様、美しい。その美貌に、一瞬我を忘れそうになる。


「わ、分かりました。孤児院の助成倍増、建物のリフォームをお約束していただけるなら参加しましょう」


「やったぁ!」


 リリアンは両手でこぶしを握り、可愛いガッツポーズをする。その仕草に、思わず微笑んでしまう。


「でも、手加減できないので勇者を殺しちゃうかもしれませんよ?」


 俺の言葉に、一瞬空気が凍りつく。


「武闘会なのだから偶発的に死んじゃうのは……仕方ないわ。ただ、とどめを刺すようなことは止めてね」


 リリアンの声には、微かな緊張が滲んでいた。


「心がけます」


 俺はニヤッと笑う。懸案が一つ解決しそうなことに、胸の重荷がすぅっと晴れていくのを感じた。


「良かった! これであんな奴と結婚しなくてよくなるわ! ありがとう!」


 いきなり俺にハグをしてくるリリアン。ブワっとベルガモットの香りに包まれて、俺は面食らった。


 うほぉ……。


 トントントン……。


 と、その時、ドロシーが二階から降りてくる。なんと間の悪い……。俺の心臓が、一瞬止まったかのように感じた。


 絶世の美女と抱き合っている俺を見て、固まるドロシー。その表情に、言いようのない痛みを感じる。


「ど、どなた?」


 ドロシーの周りに闇のオーラが湧くように見えた。その闇が、この場の空気を一変させる。


「あら、助けてもらってた孤児の人ね。あなたにはユータはもったいない……かも……ね」


 リリアンはドロシーを舐めるように見回した。


 俺は慌ててリリアンを引きはがす。


「ち、違うんだドロシー……」


 しかし、ドロシーは鋭い視線でリリアンをにらむ。


「そ、それはどういう……」


 ドロシーの声が震えている。


「ふふっ! 冗談よ! じゃ、ユータ、詳細はまた後でね!」


 リリアンは俺にウインクして、出口へとカツカツと歩き出した。その足音が、妙に高く響く。


 唖然あぜんとしながらリリアンを目で追うドロシー。


 リリアンは出口でクルッと振り返り、ドロシーをキッとにらむ。


「やっぱり、冗談じゃない……かも」


「なんですって……?」


 激しい火花を散らす二人。その瞬間、空気が張り詰める。


 俺はいきなりやってきた修羅場にオロオロするばかりだった。


 リリアンはニヤッと笑うと、


「バトラー、帰るわよ!」


 と、颯爽と去っていった。


 扉が閉まり、静寂が訪れる――――。


「ドロシー、これは……」


 俺は冷や汗を流しながら説明をしようとしたが……。


「あの人、なんなの!?」


 ドロシーはひどく腹を立てて俺をにらむ。その瞳に、怒りだけでなく不安も渦巻いているのが見てとれた。


「お、王女様だよ。この国のお姫様」


 俺は肩をすくめて答える。


「お、お、王女様!?」


 目を真ん丸くしてビックリするドロシー。この国の特権階級のトップの一族、雲の上の人であることにドロシーは固まってしまう。


「なんだか武闘会に出て欲しいんだって」


「で、出るって言っちゃったの!?」


「なりゆきでね……」


 俺の言葉に、ドロシーの顔が青ざめていく。


「そんな……、出たら殺されちゃうかもしれないのよ!」


 この世界の武闘会は、地球で行われているような安全を確保したような大会ではなく、実質は殺し合いなのだ。毎回多くの死傷者がでて、観客もそれに興奮して盛り上がるという実に野蛮な大会だった。


「そこは大丈夫なんだ。ただ……、ちょっと揉めちゃうかもなぁ……」


 俺は公開の場で勇者を叩きのめすリスクにちょっと気が重くなる。移住を含めた万全な対策を施したうえで挑まねばならいだろう。


 俺は深いため息をついた。



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