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55. 胸に迫る海岸線

 広大な森と川と海が見えてきた。さらに高度を上げていく……。


 どんどん小さくなっていく風景。まるで地図を見ているようだ――――。


 青かった空も徐々に暗くなり、ついには空が真っ暗になる。宇宙のやみが、俺を包み込む。


 ゴー! とうるさかった風切り音も徐々に小さくなり、ついには無音になった。静寂が訪れる。


「いよいよだぞ……、何が出るかなぁ……」


 俺はワクワクしながら小窓から地上を見ていた。青くかすむ大気の層の下には複雑な海岸線が伸びている。その美しさに、思わず息を呑む。


「綺麗だな……」


 と、この時、海岸線の形に見覚えがあるような気がした。既視感デジャヴが、俺の脳裏をよぎる。


 ニョキニョキっと伸びる特徴的な二つの半島……。その形に、懐かしさを感じたのだ。


「知多……半島……?」


 俺は思わず口を突いて出た言葉に自分で驚いた。


「へっ!? あ、あれは知多半島と渥美半島……じゃないのか?」


 どっちが知多半島で、どっちが渥美半島だか忘れてしまったが、これは伊勢湾……? 俺の心臓が、激しく鼓動を打ち始める。


 となると、向こうが伊勢志摩……。いやいや、そんな馬鹿な! 俺は必死に否定しようとする。


 しかし、よく見れば浜名湖もあるし琵琶湖もある。日本人なら誰だって間違いようがない形……。


 俺は血の気が引いた。全身から力が抜けていくのを感じる。


 俺たちが住んでいたのは、なんと日本列島だったのだ。


 その瞬間、俺の中で何かが崩れ落ちた。これまでの冒険、異世界での経験、全てが一瞬にして色あせていく。代わりに湧き上がってきたのは、混乱と戸惑い、そして新たな疑問だった。


「なぜ……なぜ日本なんだ?」


 俺の声が、狭い鐘の中に木霊こだまする。その問いかけに、答えてくれる者はいない。ただ、無限に広がる宇宙の闇だけが、俺を取り囲んでいた――――。


 さらに高度を上げていくと全貌が見えてくる。それはまごうことなき日本列島だった。俺の目の前に広がる光景は、忘れることなどできない懐かしい日本。俺は思わずウルっと涙腺が緩んだ。


 確かに以前、移動中に綺麗な富士山みたいな山があって、「火山だったら同じ形になることもあるよね」と勝手に思い込んで『異世界富士』と呼んでいたのだ。でも、やっぱりあれは富士山だったのだ。自分の鈍感さに、今更ながらあきれてしまう。


 さらに高度を上げる……。すると、見えてきたのは四国、九州、そして朝鮮半島。さらに沖縄から台湾……。北には北海道から樺太があった。そう、俺が住んでいた世界は地球だったのだ。


 俺は唖然あぜんとして、ドサッと布団に倒れ込んだ。狭い鐘の中で、自分の激しい鼓動が耳に響く。


 気候も季節も生えている植物も日本に似すぎてるなとは思っていたのだ。しかしそれは当たり前だったのだ、同じ日本だったのだから……。今思えば、あの懐かしい空気感、どこか既視感のある風景、全てが繋がってくる。


 俺は頭を抱えてしまった。異世界だと思っていたら日本だった。これはどういうことだろうか? 人種も文化も文明も全く日本人とは違う人たちが日本列島に住み、魔法を使い、ダンジョンで魔物を狩っている。その光景を想像すると、現実と非現実が混ざり合い、頭がクラクラしてくる。


 この世界が仮想現実空間だとするならば、誰かが地球をコピーしてきて全く違う人種に全く違う文化・文明を発達させたということだろう。


 しかし――――。


 一体何のために? その目的を考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。


 そもそも地球なんてどうやってコピーするのだろうか? 俺は必死に考えるが……皆目見当もつかなかった。頭の中で、無数の疑問が渦を巻いている。


 ふと、窓の外に目をやると、地球が青く輝いているのが見えた。その美しさに、一瞬だけ疑問を忘れてしまう。その澄んだ青色が、俺の心を静かに癒していく。


「綺麗だなぁ……」


 宇宙に来たら何かが分かるというのは正しかった。しかし、それはまさに想像の斜め上を行く事態で、むしろ謎は深まるばかりである。その皮肉な状況に、俺は苦笑せざるを得なかった。


 俺は青く輝く美しい星、地球をしばらく眺め続けていた。その姿に、故郷日本への想いと、この不思議な世界への疑問が交錯する。静寂の中、俺の心は激しく揺れ動いていた。




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