夕焼に染まる空を背に、俺は夕飯の準備に取り掛かっていた。鍋から立ち上る湯気が、部屋に温かな香りを満たしていく。そんな中、背後でかすかな物音がして振り返ると、ドロシーが毛布を羽織って立っていた。
「あっ! ドロシー!」
俺の驚きの声に、彼女はうつむき加減で応えた。
「ユータ、ありがとう……」
その声には、感謝と恥じらいが混ざっていた。
「具合はどう?」
俺は優しく尋ねる。ドロシーの顔色を確かめながら、彼女にそっと近づく。
「もう大丈夫よ」
彼女は柔らかな微笑みを浮かべた。その表情に安堵し、俺も思わず笑みがこぼれる。
「それは良かった」
しかし、ドロシーの様子がどこかおかしい。彼女は頬を
「それで……、あの……」
「ん? どうしたの?」
俺の問いかけに、ドロシーの頬はさらに赤みを増した。
「私……まだ……綺麗なまま……だよね?」
その言葉の意味を、鈍感な俺はすぐには理解できなかった。
「ん? ドロシーはいつだって綺麗だよ?」
俺の返答に、ドロシーは少し困ったように目を伏せる。
「そうじゃなくて! そのぉ……男の人に……汚されてないかって……」
ドロシーの言葉に、ハッとした俺は急いで答えた。
「あ、そ、それは大丈夫! もう純潔ピッカピカだよ!」
俺の言葉に、ドロシーは安堵の表情を見せる。
「良かった……」
彼女は目を閉じ、大きく息をつくとゆっくりと微笑む。その表情に、俺は胸が締め付けられる思いがした。
「怖い目に遭わせてゴメンね」
俺は精いっぱい謝罪する。しかし、ドロシーは首を横に振った。
「いやいや、ユータのせいじゃないわ。私がうかつに一人で動いちゃったから……」
「でも……」
その時、ドロシーの腹から音が鳴った。
ギュルギュルギュ~
ドロシーは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯く。俺は思わず笑みがこぼれた。
「あはは、おなかすいたよね、まずはご飯にしよう」
俺たちは向かい合って食卓に座り、夕飯を共にした。今日の出来事には触れないという暗黙の了解のもと、孤児院時代の思い出話に花を咲かせる。院長の物まねをしたドロシーの表情に、俺は思わず吹き出してしまった。
朝の大事件が嘘のように、部屋には温かな空気が満ちていく。ドロシーの明るい笑顔を見ながら、俺は不思議な感慨に浸っていた。日本にいた頃の自分を思い出す。あの時の俺には、こんな風に女の子と笑い合うことなどできなかった。
夕食が終わると、俺はドロシーを家まで送ることにした。夜の街を歩きながら、俺たちは肩を寄せ合う。
それはとても穏やかで幸せな時間だった。
◇
ドロシーの家に着くと、俺は念入りにセキュリティの魔道具を設置した。誰かが近づいたら即座に俺に連絡が入るよう設定する。
「これで安心だ」
俺はドロシーに微笑みかける。彼女も安心したように頷いた。
「ユータ、本当にありがとう」
ドロシーの瞳に、感謝の色が宿る。俺は彼女の手を取り、優しく語りかけた。
「何があっても、俺がドロシーを守る。約束するよ」
その言葉に、ドロシーの頬が再び赤く染まる。
「ありがとう……。頼りにしてるね……」
俺たちは互いに見つめ合い、うなずき合った。
◇
「今日は月のウサギが良く見えるなぁ……」
あれ? なんで日本から見てた月とこの月、模様が同じなんだろう……?
今まで当たり前のように見ていた月の姿が、俺の中で急に異質なものに変貌する。ここは地球ではない。別の惑星のはずだ。そうであれば、衛星の数も、その色も、大きさも、模様も、全てが違っていてしかるべきだろう。にもかかわらず、目の前に浮かぶ月は、地球のそれと寸分違わぬ姿をしている。
これは一体どういうことだろう?
俺の背筋を、ゾクリとした感覚が走る。まるで、自分が気づいてはいけない何かに触れてしまったかのような不安感。それは、この世界の根幹に関わる重大な秘密を垣間見たような、そんな感覚だった。
思えば、この世界には様々な
だが、それならばなおさら、この世界は地球とは全く異なる姿をしているはずではないのか?
俺は立ち止まり、再び月を見上げた。その神秘的な輝きの中に、何か重大な秘密が隠されているような気がしてならない。
「この世界の真実を、俺は知らなければならない」
この世界の謎を解き明かすことができれば、きっとドロシーを守る手がかりも見つかるはずだ。
夜風が頬を撫でる。その冷たさが、俺の決意をさらに強くする。明日から、この世界について徹底的に調べてみよう。図書館や古老たちの話、あるいは遺跡の探索……。あらゆる手段を使って、この世界の真実に迫るのだ。
月明かりに照らされた道を、俺は新たな決意と共に歩み続けた。この世界の謎を解き明かす冒険が、今まさに始まろうとしていた。