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44. 立ち昇る悪魔の笑み

「ぐはっ!」


 吹き飛んでぶざまに地面を転がるブルザ。実にいい気味である。


「俺の大切なドロシーを何回った? お前」


 俺はツカツカとブルザに迫り、すごんだ。


 怒りのあまり、無意識に『威圧』の魔法が発動し、俺の周りには闇のオーラが渦巻いた。その姿は、まるで地獄じごくから来た使者のようである。


「う、うわぁ」


 ブルザはおびえながら、まぬけに後ずさりする。その目に、初めて恐怖の色が浮かぶ。


「一回!」


 俺はブルザを蹴り上げた。手加減しようと思うが怒りで抑制が効かない。


 ぐはぁ!


 ブルザはまるでサッカーボールのように宙を舞いながら倉庫の壁に当たり、落ちて転がってくる。


「二回!」


 再度蹴りこんで壁に叩きつけた。激しい衝撃音と共に壁に亀裂きれつが走る。


 ぐふぅ!


 ブルザは口から血を流しながらボロ雑巾のように転がった。


「勇者の所へ案内しろ! ボコボコにしてやる!」


 俺の叫び声には、決意と怒りが滲む。


 しかし……、俺は勇者の邪悪さをまだ分かっていなかったのだ。


 ブルザはヨロヨロと起き上がると、嬉しそうに上着のボタンを外し始める。


「は……?」


 俺は一体何をしているのか分からずキョトンとして、ブルザを見つめた。ブルザの目には何かを覚悟した怪しい光が浮かんでいる。


 直後、ブルザは俺に上着の内側を見せた。


 そこには赤く輝く火属性の魔法石『炎紅石』がずらっと並んでいる。その狂った光景に、俺の心臓が一瞬止まったかのように感じた。


「はぁっ!?」


 『炎紅石』は一つでも大爆発を起こす危険で高価な魔法石。それがこんなに大量にあったらどんなことになるのか想像を絶した。


 俺は即座に飛び上がる――――。


「勇者様バンザーイ!」


 ブルザはそう叫ぶと激しい閃光に包まれた。


 激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――。


 爆発の衝撃波は白い球体となり、世界の終わりを告げるかのように麦畑の上に大きく広がっていく……。


 倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開された。その破壊の規模に、俺は言葉を失う。


 衝撃波が収まると、真紅に輝くきのこ雲が立ち上っていく。灼熱の中、ゆったりと空を目指すその姿は、悪魔の笑みのように見えた。


 俺は空を高速に逃げながら防御魔法陣を展開していたが、それでもダメージを相当食らってしまった。パジャマは焼け焦げ、髪の毛はチリチリ、体はあちこち火傷で火ぶくれとなる。その痛みが、この想像を絶する現実の重さを思い知らせた。


 命を何とも思わない勇者の悪魔の様な発想に俺は愕然がくぜんとしながら、激しい熱線を放つ巨大なキノコ雲を眺めていた。同時に『自分の方が強いからなんとでもなる』と高をくくっていた自分の甘さを嫌というほど痛感する。


 ドロシー……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?


 見下ろせば爆煙たち込める爆心地は灼熱の地獄と化し、とても近づけない。その光景に、俺の心がきしむ。


「あ、あぁぁ……ドロシー……」


 折角アバドンが救ったというのに、爆発に巻き込んでしまった……。


 俺は詰めの甘さを悔やんだ。その後悔が、キューっと胸を締め付ける。


「ドロシー! ドロシー!!」


 俺は激しくのどを突く悲しみにこらえきれず、空の上で涙をボロボロとこぼしながら叫んだ。



       ◇



 やがて爆煙がおさまってくると、俺は倉庫だった所に降り立った。足元の熱さが、この現実の重さを痛感させる。


 倉庫は跡形もなく吹き飛び、焼けて溶けた壁の石がゴロゴロと転がる瓦礫がれきの山となっていた。その光景は、まるで地獄絵図のようだった。


 あまりの惨状に身体がガクガクと震える。その震えが、俺の心の動揺を物語っていた。


 俺はまだブスブスと煙を上げる瓦礫がれきの山を登り、ドロシーがいた辺りを掘ってみる。


 熱い石をポイポイと放りながら一心不乱に掘っていく。手の皮が剥けても、痛みすら感じない。


「ドロシー! ドロシー!!」


 とめどなくこぼれる涙が、焼けた地面に落ちてシュワァと蒸発していく。


 石をどけ、ひしゃげた木箱や柱だったような角材を抜き、どんどん掘っていくと床が出てきた……が、赤黒く染まっている。なんだろう? と手についたところを見ると鮮やかに赤い。


 血だ……。


 鮮やかな赤がダイレクトに俺の心を貫く……。


 俺はしばらく動けなくなった。


 手がブルブルと震える。その震えが、俺の恐怖と絶望を物語っている。


 いや、まだだ、まだドロシーが死んだと決まったわけじゃない。息が残っていればまだ助ける方法はあるのだ。


 俺は首をブンブンと振ると、血の多い方向に掘り進めていった。




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