それから一週間くらい、何もない平凡な日々が続いた。最初のうちは俺からピッタリと離れなかったドロシーも、だんだん警戒心が緩んでくる。それが勇者の狙いだとも知らずに……。
チュチュン! チュチュチュ!
陽が昇ったばかりのまだ寒い朝、小鳥のさえずる声が石畳の通りに響く。
「ドロシーさん、お荷物です」
ドロシーの家のドアが叩かれる。
朝早く何だろう? とそっとドアを開けるドロシー。その仕草には、まだ警戒心の名残が見える。
ニコニコとした、気の良さそうな若い配達屋のお兄さんが立っていた。
「『星多き空』さん宛に大きな荷物が来ていてですね、どこに置いたらいいか教えてもらえませんか?」
「え? 私に聞かれても……。どんなものが来てるんですか?」
ドロシーの顔には、
「何だか大きな箱なんですよ。ちょっと見るだけ見てもらえませんか? 私も困っちゃって……」
お兄さんは困り果てたようにガックリとうなだれる。
「分かりました、どこにあるんですか?」
ドロシーが二階の廊下から下を見ると、
「あの馬車の荷台にあります」
お兄さんはニッコリと指をさす。
ドロシーは身支度を簡単に整えると、馬車まで降りてきて荷台を見た。
「どれですか?」
「あの奥の箱です。」
ニッコリと笑うお兄さん。
「ヨイショっと」
ドロシーは可愛い声を出して荷台によじ登る。その姿には、危険が迫っているとは知らない無防備さが滲んでいた。
「どの箱ですか?」
ドロシーがキョロキョロと荷台の中を見回す。
「はい、声出さないでね」
男は嬉しそうに短剣をドロシーの目の前に突き出した。刃がギラリと朝の光を反射する。
「ひっひぃぃ……」
恐怖と絶望で思わず尻もちをつくドロシー。
「その綺麗な顔、ズタズタにされたくなかったら騒ぐなよ」
男はそう言って短剣をピタリとドロシーの
こうしてドロシーを乗せた馬車は静かに動き出す。ギシギシときしむ車輪の音が、運命の残酷さを物語っているようだった。
◇
俺は夢を見ていた――――。
店の中でドロシーがクルクルと踊っている。フラメンコのように腕を高く掲げ、そこから指先をシュッと引くとクルリと回転し、銀髪が
美しい……。俺はウットリと見とれていた。優美なドロシーに、すっかり心を奪われてしまっていたのだ。
いきなり誰かの声がする。
「旦那様! ドロシーが
アバドンだ。いい所なのに……。その声が、夢の世界に現実の不協和音を持ち込む。
「ドロシー? ドロシーなら今ちょうど踊ってるんだよ! 静かにしてて!」
「え? いいんですかい?」
「いいから、静かにしてて!」
俺はアバドンに怒った。
ドロシーはさらに舞う。そして、クルックルッと舞いながら俺のそばまでやってきてニコッと笑う。
ドロシー、綺麗だなぁ……。
すると、ドロシーが徐々に黒ずんでいく……。
え? ドロシーどうしたの?
ドロシーは舞い続ける、しかし、美しい白い肌はどす黒く染まっていく。その光景は、まるで悪夢の具現化のようだった。
俺が驚いていると、全身真っ黒になり……、手を振り上げたポーズで止まってしまった。
「ド、ドロシー……?」
俺が近づこうとした時だった、ドロシーの腕がドロドロと溶けだす。
え!?
俺が驚いている間にも溶解は全身にまわり、あっという間に全身が溶け、最後にはバシャッと音がして床に溶け落ちた……。その光景は、あまりにも
「ドロシー!!」
俺は叫んだ自分の声で目が覚め、飛び起きた。
はぁはぁ……冷や汗がにじみ、心臓がドクドクと高鳴って呼吸が乱れている。全身がブルブルとどうしようもなく震えていた。
「ゆ、夢……?」
俺は髪の毛をかきむしり、そして大きくあくびをした。
「そらそうだ、うちの店、踊れるほど広くないもんな……」
その安堵感の裏で、何か大切なことを忘れているような不安が渦巻いていた。
あ、そう言えば……、アバドンが何か言ってたような……。
俺はアバドンを思念波で呼んでみる。
「おーい、アバドン、さっき何か呼んだかな?」
アバドンはちょっとあきれたような声で返事をした。
「あ、旦那様? ドロシーが
「どこへ?」
アバドンはちょっとすねたように言う。
「知りませんよ。『静かにしてろ』というから放っておきましたよ」
俺は真っ青になった。ドロシーが