帰り道、皆、無言で淡々と歩いた。その沈黙は、重く、そして深い。
考えていることは皆同じだった。
ヒョロッとした駆け出しの武器商人が地下八十階の恐るべき魔物と知り合いで、便宜を図ってくれた。そんなこと、いまだかつて聞いたことがない。あの魔物は相当強いはずだし、そもそも話す魔物なんて初めて見たのだ。話せる魔物がいるとしたら魔王など上層部のクラスだろう。それがユータの知り合い……。なぜ? どう考えても理解不能だった。その疑問が、一同を悩ませていく。
街に戻ってくると、とりあえず反省会をしようということになり、飲み屋に行った。薄暗い店内には、冒険者たちの喧噪が満ちている。
「無事の帰還にカンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
俺たちは木製のジョッキをぶつけ合った。その音に、緊張が少しほぐれていく。
ここのエールはホップの芳醇な香りが強烈で、とても美味い。俺はゴクゴクとのど越しを楽しむ。その味わいに、つかの間の安らぎを感じる。
「で、ユータ、あの魔物は何なんだい?」
早速エドガーが聞いてくる。その目には、好奇心と警戒心が混ざっていた。
「昔、ある剣を買ったらですね、その剣についていたんですよ」
俺は適当にフェイクを入れて話す。本当のことなんてとても言えないのだ。
「剣につく? どういうこと!?」
エレミーは
「魔剣って言うんですかね、偉大な剣には魔物が宿るらしいですよ」
「えっ!? 魔剣持ってるの?」
アルが目を輝かせて聞いてくる。魔剣なんて見たことがある人すら、ほとんどいないのだ。
「あー、彼が抜け出ちゃったからもう魔剣じゃないけどね」
「なんだ、つまんない」
アルは口をとがらせるとまたジョッキを呷った。
「それは、魔物を野に放ったということじゃないのか?」
ジャックは俺をにらむ。
「剣から出す時に『悪さはしない』ということを約束してるので大丈夫ですよ。実際、まじめに働いてたじゃないですか」
俺はにっこりと笑って答える。ジャックに絡まれるのもいい加減ウンザリしてはいるが、冒険者様はお客様なのだ。営業スマイルは欠かせない。
「ダンジョンのボスがお仕事だなんて……一体何なのかしら……?」
エレミーはため息をついた。
それは俺も疑問だ。金塊出したり、魔物雇ったり、ダンジョンの仕組みは疑問なことが多い。この世界の謎が、俺の好奇心を
「今度彼に聞いておきますよ。それともこれから呼びましょうか?」
俺はニヤッと
「いやいやいや!」「勘弁して!」「分かった分かった!」
皆、必死に止める。その慌てぶりに、俺はつい吹き出しそうになった。
『あんな恐ろしげな魔物、下手したらこの街もろとも滅ぼされてしまうかもしれない』とでも思っているのだろう。皆が二度と会いたくないと思うのは仕方ない。俺からしたらただの奴隷なのだが。
「そうですか? まぁ、みんな無事でよかったじゃないですか」
俺はエールをグッとあおった。喉を潤す冷たい液体が、緊張をほぐしていく。
みんな
「そうだ! そもそもジャックがあんな簡単なワナに引っかかるからよ!」
エレミーがジャックにかみつく。
「す、すまん! あれは本当にすまんかった!」
ジャックはいきなり振られて慌てて深々と頭を下げた。
俺は、立ち上がり、ジョッキを掲げる。
「終わったことは水に流しましょう! カンパーイ!」
ジャックにはいろいろ思うところはあるが、深層へ行けたのも彼のおかげなのだ。
エレミーはジャックをにらんでいたが……、目をつぶり、軽くうなずくとニコッと笑ってジョッキを俺のにゴツっとぶつけた。
「カンパーイ!」
そして、続くみんな。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
ジョッキがぶつかるゴツゴツという音が響いた。
俺はエールのノド越しを楽しみながらダンジョンの思い出を
今度また、アバドンに案内させて行ってみようかな? 日本では考えられない、楽しい異世界ライフに、俺は思わずニヤッと笑ってしまった。
窓の外では夜の闇が深まり、街灯の灯りがぽつぽつと灯り始める。エキサイティングなダンジョン探検の一日ももう終わりだ。俺は静かに目を閉じ、今日の冒険を心に刻んだ。