目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
27. 七トンの重圧

くっ! さあ、来い!」


 汗と緊張で滑る手を剣のつばに這わせ、俺は全身の力を振り絞った。


「ぬおぉぉぉ!」


 しかし、剣は微動だにしない。レベル千の怪力でさえ、この一本の剣を動かすことができないとは――――。


「な……なんでだよ!」


 俺は焦った。いまだかつてこんな無力感に襲われたことはない。俺の怪力は無意味なのか……?


 だがその時、俺の脳裏に奇妙な発想が閃いた。


「引いてダメなら……押してみろ!」


 ためらいなく、俺は剣を地面へと全力で押し込んだ。


「うおぉりゃぁ!」


 刹那せつな、パキッという乾いた音が響き渡る。台座が砕け散り、剣が沈み込んでいく。


「やった! こ、これで……」


 勝ち誇る声が途切れる。台座の割れ目から、黒い霧が噴出ふんしゅつし始めたのだ。


「うわぁ!」


 反射的に後ずさる――――。


 その瞬間、背筋を凍らせるような低い笑い声が響いた。


「グフフフ……」


 霧の中から現れたのは、優雅なタキシード姿の小柄な魔人。その姿、禍々しく放たれるオーラは、俺の予想をはるかに超えていた。


「我が名はアバドン。少年よ、ありがとさん!」


 黒い口紅を塗った唇が歪み、不気味な笑みを浮かべる。


「お前が……封印されていた悪い魔人?」


「魔人は悪いことするから魔人なんですよ、グフフフ……」


 アバドンの言葉に、俺はフン! と気合を入れる。


「じゃぁ、退治するしかないな」


 グッとファイティングポーズを取ると、アバドンは嘲笑で応える。


「少年がこの私を退治? グフフフ……笑えない冗談で……」


 その瞬間、ユータの姿が消えた。


「え……?」


 アバドンが驚きの声を上げる前に、ユータの拳が魔人の顔面に叩き込まれていた。


 ぐほぁ!


 壁に叩きつけられ、無様に転がるアバドン。


 俺は鼻で嗤うとそれを見下ろした。


「笑えない冗談? そうかもしれないね。でも、それは弱いお前の妄言が、だけどね」


 怒りに燃えたアバドンの叫びが、狭い空間に木霊こだまする。


「何すんだ! このガキぃぃぃ……」


 ゆっくりと立ち上がる魔人の目は、憤怒ふんどの炎に包まれていた。


「レベル千の俺のパンチで無事とは……さすがは魔人か……」


 アバドンの指先が、ユータに向けられる。呪文がつむがれ、眩い光線が放たれた。


 パウッ!


 室内に乾いた音が響く。


 しかし――――。


 ユータの姿が霞む。


「そんなノロい攻撃、当たるかよ!」


 瞬歩で光線をかわしながら間合いを詰め、渾身の一撃をアバドンの腹に叩き込む。


 ぐふぅ!


 うめき声と共に吹き飛ぶアバドン。しかし、ユータの攻撃は止まらない。


 再度間合いを詰めるユータに、アバドンは慌てて金色に輝く魔法陣のシールドを展開した。


 ほぉ……?


 その美しさに、ユータは一瞬、まなこを奪われる。


 だが――――。


「俺のこぶしを止めてみろ!」


 放たれるレベル千の強烈右フック――――。


 魔法陣は粉々に粉砕され、こぶしはそのままアバドンの顔面を捉える。


 ガハァッ!


 再び壁に叩きつけられる魔人。


 しかし、それでも魔人は起き上がってくる。


「マジかよ……。その耐久力だけは一流だな……」


 そのしぶとさに俺は舌を巻いた。


「このやろう……俺を怒らせたな!」


 紫色の液体を口からしたたらせながら、アバドンがえる。


 ぬぉぉぉぉ!


 漆黒しっこくのオーラが渦巻き、アバドンの筋肉がパンパンに膨張していく。タキシードがパン! とけ、魔人の姿が光に包まれていく。


 おわぁぁぁぁ!


 まぶしい光が収まると、そこには想像を絶する姿のアバドンが立っていた。コウモリの翼を持つ紫色の巨漢――――。


 その姿は、まさに悪夢そのものだった。


「見たか、これが俺様の本当の姿だ。もうお前に勝機はないぞ! ガッハッハ!」


 豪壮ごうそうな笑い声が響き渡る。しかし、ユータの表情は変わらない。


「へぇ、その姿が本当の姿か。でも弱いことは変わらんよね」


 ユータは、静かに微笑んだ。


 やみの力が渦巻うずまく地下室に、アバドンの怒号どごうが響き渡った。


「な、なんだとぉ……。小僧め、肉団子にしてやる! 重力監獄メガグラヴィティ!」


 両手を突き出す魔人の指先から、紫色の閃光せんこうが放たれる。ユータの周囲に奇妙なスパークが舞い、直後、すさまじい重圧が彼の体をつつみ込んでいく。


「二十倍の重力だ、潰れて死ね! グワッハッハッハ!!」


 アバドン勝ち誇った声が響き渡った。


「なるほど、これが二十倍の重力か……」


 腕を組み、微笑むユータの姿に、アバドンの表情が曇る。


「あ、あれ?」


 焦りを隠せない魔人は、全身の魔力を振り絞り、さらなる魔法を繰り出す。


「百倍ならどうだ! ギッ、ギッ、絶対重力ギガグラヴィティ!!」


 轟音ごうおんと共に、床がきしむ。七トンもの重圧がユータにかかったのだった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?