俺は大きく息を吐いた。緊張の糸が切れ、安堵感が全身を包み込む。隣には、うつむいたままのドロシー。彼女の小さな手が、俺のジャケットの袖口をキュッと掴んでいた。
「ドロシー、もう十分だろ、帰るよ」
ドロシーの耳元で囁く。
無言でうなずくドロシーの姿に、俺は胸が痛んだ。
店主が青ざめた顔で駆け寄ってくる。
「え? どうなったんですか? 困りますよトラブルは……」
俺は落ち着いた様子で微笑み、金貨三枚を店主の手に握らせた。
「バランド様にはご理解いただきました。お騒がせして申し訳ありません」
金貨の輝きに、店主の目が見開かれる。
「えっ!? こ、こんだけいただければもう……。ど、どうぞ、彼女と朝までお楽しみください!」
「うん、朝までね」
俺はニヤリと笑った。
ドロシーの手を優しく引き、二人で静かに店を後にした。夜の街に出ると、冷たい風が頬を撫でる。
空を見上げれば、星々が二人を見守るかのように輝いていた。
「ユータ、私……」
ドロシーの声が震えている。
「大丈夫だよ」
俺は優しく彼女の手を両手で包んだ。
「もう安全だ」
ドロシーはコクリと静かにうなずいた。
冷たい夜風が二人の頬を優しく撫でる中、ユータとドロシーはゆっくりと歩を進めていた。街灯に照らされた石畳の道は、二人の影を長く伸ばしている。
「少し……肌寒いね……」
「うん……」
賑やかな声が溢れている繁華街で、二人の間には静かな空気が流れていた。
「ユータにまた助けてもらっちゃった……」
ドロシーの声は小さく、申し訳なさそうに首をかしげる。
「無事でよかったよ」
俺はニコッと微笑み、優しく返した。
「これからも……、助けてくれる?」
街灯の明かりに照らされたドロシーの瞳が、不安と期待を滲ませて輝いていた。
「……。もちろん。でも、ピンチにならないようにお願いしますよ」
俺は少しだけ厳し目のトーンでくぎを刺す。
「えへへ……。分かったわ……」
ドロシーは両手を夜空に伸ばし、星を眺めながら答えた。
「結局……、どこで働くことにするの?」
「うーん、やっぱりメイドさんかな……。孤児が働く先なんてメイドくらいしかないのよ」
ドロシーの言葉には、諦めが混じっていた。
俺は深呼吸をし、決意を固め、提案する。
「良かったら……うちで働く?」
「えっ!? うちって?」
ドロシーは驚きで足を止めた。
「うちの武器屋さ。結構儲かっているんだけど一人じゃもう回らなくってさ……」
俺は店の状況を説明し、経理や顧客対応の手伝いを求めた。
その言葉を聞いたドロシーの目が、まるで星のように輝く。
「やるやる! やる~!」
ドロシーは腕を突き上げ、嬉しそうにピョンと跳びあがった。
俺は少し照れくさそうに続ける。
「良かった。でも、俺は人の雇い方なんて知らないし、逆にそういうことを調べてもらうところからだよ」
「そのくらいお姉さんに任せなさい!」
ドロシーは胸を叩き、自信に満ちた表情を見せる。その姿に、俺は心強さを感じた。
「ありがとう。では、ドロシーお姉さんにお任せ!」
「任された! うふふっ」
見つめあう二人の間に、新たな絆が芽生えるのを感じる。
「じゃあ、就職祝いに美味しい物でも食べようか?」
「えっ!? 私そんなお金持ってないわよ?」
ドロシーは両手を振った。
「な~に言ってんの、お店の経費で落とせば大丈夫。初の経理の仕事だゾ」
「お、おぉ……。それはちょっと緊張するわね……」
「ふふっ、何が食べたいの?」
俺の提案に、ドロシーの目が輝いた。
「うーん、やっぱりお肉かしら?」
「よーし、今晩は焼肉にしよう!」
夜の街を歩きながら、二人の会話は弾んでいく。
「ドロシーの時間は俺が朝まで買ったからね。朝まで付き合ってもらうよ? くふふふ……」
「えっ!? エッチなことは……、ダメよ?」
ドロシーの頬が赤く染まり、俺は慌てて言い訳する。
「あ、いや、冗談だよ。本気にしないで……」
一瞬の沈黙の後、二人の笑い声が夜空に響いた。
この夜の出来事が、彼らの関係をどう変えていくのか。それはまだ誰にも分からない。ただ、二人の心の中には、確かな温かさが広がっていた。