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21. 世界最強

 鬼のしごきを受け続けること半年――――。


 ユータの体と心に、魔法の知識と技が深く刻み込まれていった。毎晩のしごきに耐え、ファイヤーボールを操り、空を自由に飛ぶ力を手に入れた彼の胸には、院長への感謝の念が溢れていた。


 そして、日々上昇を続けるレベルは、ついに二百を超えていた。一般人でレベル百を超える者がほとんどいない中、その倍以上。人間としてはトップクラスの強さを持つ存在となっていたのだ。


 翌日の早朝、俺は静かに孤児院を抜け出した。まだ薄暗い朝もやにけぶる空へと飛び立つ。人里離れた場所で、院長にも見せていない初めての全力の魔力を解放しようと心に決めていたのだ。


 隠蔽いんぺい魔法をかけ、街の上空にふわりと飛びあがる――――。


 墜ちたら死んでしまう高さ。最初は恐怖に震えていたが、徐々に慣れ、速度を上げていく。朝もやの中、孤児院や街の建物がどんどん小さくなっていった。


 冷たい朝のもやをかき分け、俺はさらに高度を上げていく――――。


 もやを抜けた瞬間、ぶわっと目の前に広がった光景に思わず息を呑んだ。


 真っ赤に輝く朝日。ぽつぽつと浮かぶ雲が赤く染まり、その影が光の筋を放射状に放つ。まるで映画のワンシーンのような幻想的な風景が広がっていた。


「うわぁ……、綺麗……」


 神々しく輝く真紅の太陽に、思わずブルっと震えてしまう。


 前世では部屋に引きこもり、無様ぶざまな最期を迎えた自分。そんな自分が今、新しい人生を手に入れ、空を自由に飛び、この息を呑むような美しさを独り占めにしている。胸が熱くなり、頬を一筋の涙が伝った。


 工夫と根性でつかみ取ったこの景色。きっと一生忘れることはないだろう。


 俺は真っ赤な太陽に向かって腕を伸ばし、その光芒をキュッとつかむ。


「今度こそ、絶対成功してやる……」


 人類最高峰の力を手に入れたのだ。絶対、幸せをつかみ取る。その決意が、俺の心に強く響く。


「ヨシ! 行くぞ!」


 俺は初めて全魔力を解放する。碧い光が俺の身体を包み、ものすごい加速を生み出した。


 うぉぉぉぉ!


 ほとばしる碧い閃光の中、まるでジェット機のように俺は朝の光の中をすっ飛んでいく。


 ヒャッハー!!


 これが人類最速の飛行魔法なのだ。周りの風景がどんどん後ろへと飛んでいく。そのものすごい世界に俺は思わずガッツポーズ。


 と、その時、ピロローン! と、レベルアップの音が頭に響く。


 こんな時にでもレベルアップしてしまうのだ。


 うはははは!


 さらに増していく速度。おれは有頂天になってクルクルとバレルロールを舞った。



        ◇



 しばらく飛んでいくと海岸線に出た。碧い水平線がゆったりと弧を描いている――――。


 この世界では初めての海。漂ってくる潮の匂いに前世を思い出し、少し感傷的になってしまう。


 海の上をしばらく行くと岩礁が見えた。海から突き出ている大きな岩だ。


 俺はそこに向かって高度を落としていく。


 ゴツゴツとした黒い岩、周りには海しか見えない。ここなら、誰にも迷惑をかけずに魔法の力を試せるはずだ。


「いっちょやってみっか!」


 俺は大きく深呼吸をし、目を閉じる――――。


 院長から教わった通り、意識を心の底へと沈めていく。やがて、魔力のさざめきが感じられた。その一端に意識を集中させ、右腕へとグイーンとつなげる。


 出力は最大。全魔力を右腕に集中させていく――――。


「うぉぉぉぉぉ! ファイヤーボール!」


 カッと目を見開き俺は叫んだ。刹那、手のひらで渦巻く炎のエネルギーが巨大な火の玉となって海面へと飛んでいった。


 轟音と共に海面が大爆発を起こす。激しい閃光に続いて海面を同心円状に走る衝撃波が、ユータの小さな体を襲った。


「ぐわぁ!」


 海面が沸騰し、霧のように立ち込める湯気。ショックで浮かび上がる魚たち。灼熱の赤いキノコ雲がゆったりと上空へと舞い上がっていく。その光景に、俺は言葉を失った。


 院長の言葉が、頭の中で反響する。


『大いなる力は大いなる責任を伴う』


 ゾッとする感覚が背筋を走る。自分がすでに、核兵器並みの危険な存在になっていることに気づいたのだ。


「こんな力、誰にも知られちゃいけない」


 俺は静かに誓った。人前では決して魔法を使わないと。


 『商人』という職業でも、ここまで強力な魔法が使えることに驚く。MPや魔力、知力の伸びは低いものの、パラメーターに即した威力は十分に出ているようだった。同レベルの魔術師には及ばないが、レベルの低い魔術師になら勝てるのだ。


 そして、レベル百に達している魔術師がほとんどいない状況では、レベル二百の商人である俺はすでに世界最強の魔術師かもしれない。


 水平線を眺めながら、俺は深く考え込んだ。世界最大の責任を背負うことが、一体何をもたらすのか――――。


 海風が、ユータの髪を優しくなでる。その小さな体に、世界を変える可能性と、計り知れない責任が宿っていた。


 ユータの冒険は、新たな段階に入ろうとしていた。



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