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9. 新たな自分へ

「あら、坊や。どうしたの?」


 優しげな声に振り向くと、髪をお団子にまとめた眼鏡の女性が微笑んでいた。白衣の下から覗く豊満な胸が、かがむ時にゆらゆらと揺れ、ユータは思わず目をそらした。


「あの、薬草を採ってきたんです。買い取ってもらえないでしょうか?」


 少し緊張しながら、バッグから取り出した薬草を差し出す。


「えっ!? こ、これは……マジックマッシュルーム!!」


 驚きの声を上げる受付嬢。その瞬間、ギルド内の空気が一変した。


「ぼ、坊や、これをどこで見つけたの?」


 受付嬢の目が驚きで見開かれた。その瞳に、怪訝そうな光が宿っていく。


「さっき森で採ってきたんです。買い取ってもらえますか?」


 ここが正念場である。ユータの声には、緊張が滲んでいた。


 受付嬢は困惑の表情を浮かべながら、ゆっくりと首を傾げる。


「もちろん、大丈夫だけど……本当に君が自分で採ったの?」


 その問いかけに、ここぞとユータは胸を張った。


「はい!  森の小川脇の倒木で見つけました。マジックポーションの材料ですよね」


 受付嬢の表情が柔らかくなる。しかし、すぐに心配そうな眼差しに変わった。


「うーん、でも親御さんは何て言ってるの? 危険な場所に行くのは……」


 その言葉に、ユータの笑顔が曇る。


「僕に……親はいません」


 受付嬢の顔から血の気が引いた。


「あ、それは……ごめんなさいね。聞かなければよかった……」


 ユータは軽く首を振り、微笑んだ。


「大丈夫です。孤児院の院長先生が、家族のようにいてくれますから」


 その言葉に、受付嬢の目に温かみが戻る。


「そう……君は強い子なのね……」


 受付嬢は優しく俺の頭をなで、俺はにんまりとほほ笑んだ。


 その後、ギルドの登録証を作ってもらい、マジックマッシュルームの買取が行われた。金貨1枚に銀貨3枚。日本円にして約十三万円の価値だ。


 帰り道、喜びを抑えきれず、自然とスキップになる。ポケットの中で奏でるチャリチャリとした硬貨の音が、新しい人生の始まりを告げているようだった。


「日本では……時給千百円で怒鳴られてすぐに辞めちゃったのになっ! ハハッ!」


 ユータは過去のトラウマを笑い飛ばす。


「よし、金貨一枚は自分の報酬にして、銀貨三枚は孤児院に寄付しよう。いつか、もっと大きな成功を収めて、孤児院のみんなを驚かせてやるんだ!」


 夕暮れの街を歩きながら、ユータは未来への希望に胸を膨らませていた。この異世界で、彼の新しい物語が幕を開けようとしていた。​​​​​​​​​​​​​​​​



        ◇



 宵闇よいやみが街を包み始めた頃、ユータは孤児院の門をくぐった。中からは賑やかな声と、夕食の準備を告げる食器の音が漏れ聞こえてくる。


「院長先生! ユータが帰ってきましたよ~!」


 誰かの声に呼ばれ、マリー院長が奥から姿を現した。ユータを見つけるや否や、彼女は駆け寄ってきた。


「ユータ! こんなに遅くまでどこにいたの?」


 厳しい口調で問いただす院長の目には、しかし深い愛情が宿っていた。


「あ、あの……」


「大丈夫だったの? 怪我はない?」


 院長は返事も待たず、かがみこんでユータの目を覗き込むと、優しく頭をなでる。その仕草に、ユータは胸が熱くなるのを感じた。


「遅くなってごめんなさい」


 俺は謝りながら、ポケットから銀貨三枚を取り出した。


「これ、僕からの寄付です。受け取ってください」


 マリー院長の目が丸くなる。


「まあ! こ、これは……どうしたの?」


「薬草が売れたんです。僕、頑張ったんですよ」


 誇らしげに胸を張った。


 その言葉を聞いた瞬間、院長の目に涙が光った。彼女はユータを抱きしめ、その小さな体を強く引き寄せた。


 俺は院長の豊満な胸に顔を埋められ、もがく。


 孤児院の経営は年々厳しくなっていた。割れた窓も直せず、雨漏りも酷くなる一方。そんな中で、十歳の孤児が寄付をしてくれる。それは、マリー院長にとって想像もしなかった喜びだった。


「ユータ、本当にありがとう」


 院長は涙ながらに言った。


「でも、約束して。危険なことはしないって」


 ユータの手足の傷を見つけると、マリー院長は心配そうに眉をひそめた。


「はい、わかりました」


 俺はニッコリと頷く。


「明日からは採集道具を工夫して、もっと安全に頑張ります」


 その夜の夕食は、一品追加され、いつもより少し豪華だった。ユータの活躍を祝う雰囲気が、食卓を包んでいる。


「へえ、すごいじゃん!」


 親友のアルが銀貨を見て目を輝かせた。


「俺も行こうかな……」


「森まで二時間歩いて、そこからがまた大変なんだよ」


 俺はニヤニヤしながらアルの顔をのぞきこむ。


「あー、やっぱりパス! ぎゃははは!」


 アルは手をバッテンにして笑った。


 それから俺は森へ通いつめた。日曜日だけはミサに参加し、準備を手伝い、休息を得るが、それ以外は朝から夕方まで薬草取りに没頭していた。


 毎日の稼ぎは平均して七万円ほど。そのうち二万円を孤児院に寄付し、残りを貯金していく。一週間もすると、孤児院の食事はより栄養価の高いものになり、子供たちの笑顔も増えていった。


 俺はそんな笑顔を見ながら人生の充実感を得ていた。人のためになる人生、それはニートだった前世では到底かなわなかった大切な宝物なのだ。



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