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6. 闇を打ち払いし者

「ハーイ! 朝よ起きて起きて!」


 衝撃しょうげきの夜が明け、朝日が窓から差し込む。アラフォーの、恰幅かっぷくのいい院長のおばさんが、廊下ろうか闊歩かっぽしながら、あちこちの部屋に元気な声をかけて子供たちを起こしていく。その声には、まるで魔法の力が宿っているかのように子供たちは飛び起きていった。


「ふぁ~ぁ」


 俺は大きく欠伸あくびをする。昨夜はあの後なかなか寝付けなかったのだ。目をこすりながら、ふと思い立って院長を鑑定してみる。



マリー=デュクレール 孤児院の院長 『闇を打ち払いし者』

魔術師 レベル八十九



「えっ!?」


 俺は一気に目が覚めた。寝不足の倦怠感けんたいかんなんて吹き飛んでしまう。


(何だこのステータスは!? あのおばさん、称号持ちじゃないか!)


 今まで単なる面倒見のいいおばさんだとしか認識していなかったが、とんでもない。一体どんな壮絶そうぜつな活躍をしたらこんな称号が付くのだろうか? 人は見かけによらないとはまさにこのこと。俺は小さく頭を下げ、心の中で今までの軽視を謝罪しゃざいした。


 食堂に集まり、お祈りをして朝食をとる。ドロシーの姿を見つけた俺は、胸がめ付けられる思いがした。彼女のまぶたれ、元気のない様子。それでも俺を見ると小さく手を振って微笑ほほえんでくれた。その健気けなげな姿に、俺は彼女を見守っていかねばと決意を新たにする。


 また、院長にも報告しなければ。二度と同様な事故が起こらないように対策をしてもらわないとならない。


「あれ? ユータ食べないの?」


 突如、アルの声が俺の思考をさえぎった。彼の手が俺のパンに伸びてくる。


「欲しいなら銅貨二枚で売ってやる」


 俺はすかさず彼の手をピシャリと叩いた。


「何だよ、俺から金取るのか?」


 アルはほおを膨らませて言う。その表情があまりにも愛らしく、俺は思わず吹き出しそうになる。


「ごめんごめん、じゃ、このニンジンをやろう」


 俺が煮物のニンジンをフォークで取ると、


「ギョエー!」


 と喚きながらアルは自分の皿を後ろに隠した。その滑稽こっけいな反応に、辺りは笑いに包まれる。


 この穏やかな朝の光景。昨夜の恐ろしい出来事が嘘のようだ。しかし、俺は決して忘れない。ドロシーを守ること、この孤児院の仲間たちを守ること。そして……、折を見て院長の秘密も探ってみたいと思った。


 俺は口に運んだパサパサしたパンをみしめながら、静かに誓う。


 俺は転生商人として必ず成功する。そして、この仲間たちを守ってみせる。


 朝日が差し込むにぎやかな食堂で、俺は一人秘かにグッとこぶしを握った。



       ◇



 食事の時間はにぎやかだ。まるで小さな戦場のようだ。あちこちで悪ガキどもが小競り合いを繰り広げ、小さな子供はすぐに癇癪かんしゃくを起こしてぐずる。その喧噪けんそうの中で、俺は静かに観察者の目を向ける。


 つい昨日まで、俺もこの喧騒けんそうの一員だった。院長たちに迷惑をかけ、悪戯に興じていた。だが今、目覚めた俺の中の二十代の意識が、この光景を別の角度から見させる。


(これからは世話する側に回らないとな)


 その思いが、俺の心に重くのしかかる。


 硬くてパサパサしたパンをみしめながら、俺は具体的な計画について考え始める。


(鑑定でひと財産築こうと思ったら……やはり商売……かな)


 転生した職業が『商人』だったのも、何かの因縁いんねんかもしれない。しかし、現実は厳しい。商売には元手が必要だ。


(何で元手を稼ぐか……)


 俺はふと、前世でプレイしていたゲームを思い出す。そこでは薬草集めから始めたのだった。鑑定スキルさえあれば薬草を探すのは簡単なはずだ。何しろ手当たり次第に鑑定していって【薬草】って表示されたものだけを集めればいいのだから。


 よしっ!


 その瞬間、俺の目に決意の色が宿る。まずは元手稼ぎに薬草を集めてやるのだ。


 食堂の喧噪けんそうの中、俺は大いなる一歩を踏み出そうとしていた。それは、孤児院の子供たちの未来を明るく照らす、小さな灯火となるかもしれない。


 俺は最後のパンくずを口に運びながら、ニヤリと笑った。


 必ず成功してみせる。この鑑定スキルを使って、みんなの幸せを掴み取ってみせる!



          ◇



 食事を終えた俺は、決意を胸に秘めて院長室へと向かう。扉の前で深呼吸し、気合を入れるとコンコンとたたいた。


「院長、ちょっとお話があるんですが……」


 俺の声は、自分でも驚くほどりんとしていた。


「あら、ユータ君……何かしら?」


 扉が開き、院長の温和おんわな顔が現れる。だが、その目には僅かな戸惑いの色が浮かんでいた。昨日までの俺からは想像もつかない態度たいどに、さすがの院長も警戒けいかいを隠せないようだ。


 俺は慎重に言葉を選びながら、まず昨晩の出来事を話す。


「えっ!? そんなことが!?」


 院長はあまりの驚きで目を大きく見開いた。


「でも、大丈夫です。ドロシーはもう落ち着いています」


「それは助かったわ……ありがとう。対策は……ちゃんとやるわ」


 院長の声には、感謝と共に深い憂慮ゆうりょにじんでいた。彼女の眉間みけんに寄る深いしわを見ながら、俺は彼女の重責を垣間見た気がした。


 そして、俺は本題に入る。


「それからですね、実は薬草集めをして、孤児院の運営費用を少しですが稼ぎたいのです」


「えっ!? 君が薬草集め!?」


 院長の目が再度驚愕きょうがくのあまり大きく見開かれる。その反応に、俺は内心苦笑くしょうを浮かべた。


「もちろん安全重視で、森の奥まではいきません」


 俺は慌てて付け加える。院長のまゆが八の字に寄る。


「でもユータ君、薬草なんてわからないでしょ?」


「それは大丈夫です。こう見えてもちょっと独自に研究してきたので」


 俺は自信に満ちた笑顔を浮かべ、胸を張って答える。もちろん薬草なんて全く分からないのだが、俺にはチートスキルがあるのだ。


 院長はいぶかしげに俺を見つめる。そして、ふと何かを思いついたように、部屋の脇にるされていた丸い葉の枝を手に取った。


「これが何かわかったらいいわよ」


 ニヤリと笑う院長の顔には、大人の余裕がにじんでいた。


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